圓国との同盟交渉
榧・蕾華の交渉術回です。
【寥国】潜入組にやや遅れて同盟交渉組も動きだしていた。
揺れる馬車に乗る蕾華は樹杖を強く握って緊張していた。
現在、彼女は【圓国】へ向かっている。
護衛として武官と氣巧術士が合計百人程同行しているため、道中襲われる心配はない。
彼女が緊張している理由は外国との交渉そのものである。【木国】にいた頃に座学は習っているし、出発前には美鳳に訓練をつけてもらっていたが、それでも万全ということはないだろう。
「はぁ~……戦闘より余程緊張するわ。私の言動が一国の運命を左右する。美鳳はいつもこんな重圧に耐えながら交渉していたのかしら……」
「心配すんなよ、蕾華様! 俺達がついてるぜ!」
「あなたも【木国】の姫君、礼儀作法で不興を買うことはないでしょう」
馬車に侍る補佐官は泰然一派のモヒカン一号と【利邑】にいた市政官である。
元々彼女は【利邑】で用心棒をしていたため、あの町の文武官たちには顔が広い。加えて【慶酒】でも泰然一派から好かれていた。故に彼女が外国へ交渉に出向くに際して護衛補佐人を募集すると、申し出る者が後を絶たなかった。町が空っぽになる勢いだったので抽選が行われた程である。
「戦争より外交の方が難しいわ。相手に弱いと思われたら呑み込まれるし、強すぎると見られると警戒される。良い具合に対等を装わないとね」
「それだけ気を付けていらっしゃるなら問題ないでしょう」
「一紗さまが近くにいればやる気も出るのに……」
いよいよ馬車は【圓国】領に入った。
とりわけて豊かではないが、治安はマシなようだ。馬車で移動する異国からの使者に頭を下げて道を開ける程度の礼儀は弁えていた。
各町への横断も通路が整備されているために移動も難儀ではなかった。
従者たちの肉体的疲労は少ない。宿のもてなしもそこそこだ。長旅にしては良い道程なのだが肝心の姫君は馬車の中で枯れていた。
「蕾華様! 水が必要ですか!? お気を確かに!」
「この方は《杜族》だから生命力が強いはずだが……さては風土病でも貰いなさったか!?」
「ちがう……病気じゃない……水も足りてる」
力なく呻く緑髪の姫君の返答に従者たちは益々混乱した。
胃薬を用意したり、祈祷を始める術者まで出始めた。そんな彼らの厚意を断り、蕾華はただ一言呟いた。
「一紗さまがいない……。【利邑】にいた頃はいないことが当たり前だったのに……」
従者たちは悩んだ。一紗は今【寥国】へ偵察と工作に訪れている。
本人を連れてくることはできない。そして短時間で【圓国】と結ぶためには、交渉はここにいる蕾華に行ってもらわなければならない。
ここでモヒカン一号が懐から取り出したのが美鳳から渡された秘密アイテムだった。
「蕾華様、ここに一紗様より預かった手紙があります」
「――っ!? よこしなさい!!」
食い入るように見つめる手紙には以下の内容が書かれていた。
『蕾華、外交お疲れ様。色々大変だと思うが国のために頑張ってほしい。お前の交渉には俺達の未来がかかっているんだ。どうにか奮闘してくれ。俺も【寥国】で頑張る。二人の力が大きな実績を生むと信じている。それが美鳳のためにもなるだろう』
細部まで目を通した蕾華は震えて喜びを吐露した。
「これは……愛の告白文! 婚姻の申し出よね!」
「いえ、違うと思います。単なる激励の―――」
「何を言ってるの! 『俺達の未来』とあるじゃない! 『二人の力で実績を生む』というのは即ち子作りのこと! 私達の子も美鳳の助けとなるだろうって……そこまでの未来を考えているのよ!」
曲解がひどすぎることや女子同士でどう子作りするのか等従者達がツッコミたいことは山ほどあったが、折角気炎を上げているので水を差すのはやめようと補佐官たちは無言のままに思いを一致させた。
「美鳳様が起爆剤になるだろうと、一紗様に書かせていたのはこういうことだったのか」
「本来は交渉がこじれそうな時に使う予定だったが背に腹は代えられん。この勢いのまま交渉に臨んでいただくしかあるまい」
蕾華外交使節団は電光石火の勢いで駆け抜けた。
おかげで二日経つ頃には州都目前に迫り、三日目には【圓国】の州都【閙畿】まで辿り着くことができた。
入城と共に【圓国】を治める紅・俊杰が出迎えてくれる。
見た目は糸目のお坊ちゃんという感じだ。雅な華服に扇子を常備している。
彼は手をつきだして蕾華に挨拶する。
「【愁国】の使者、蕾華殿ですな。遥々よう来なさった。茶菓子が用意してある。ゆるりと話そうではないか」
従者のほとんどは外で接待を受け、蕾華と側近の数人が閙畿城へ案内される。
一番豪華な客室に通されて大層なもてなしを受けた。
(男尊女卑って言ってたけど、良い人そうじゃない)
州都だけあって飯も上手く、音楽団の催しも素晴らしいものだった。
一通りの歓迎を受けた後は下働きの者は下げられて互いに側近のみの対話に移行する。
蕾華は頃合いを見計らって自分から挨拶を切りだした。
「数々のおもてなし、感謝致します。私は榧・蕾華。【愁国】より貴国との友好関係を結びに参りました。お近づきの印に【慶酒】の銘酒をお持ちいたしました」
そう言ってモヒカンから俊杰の従者に酒瓶が手渡される。
色が気に入ったのか俊杰はその場で従者に開封を指示して瓶を開けさせた。毒味するはずの従者まで香りを楽しんでから味わうように口にしている。
「毒は入っておりません。上品な味わいの名酒にございます」
「うむ。確かに香りがよいな……どれ」
侍女に酌をさせ、口をつけた俊杰は大層喜んだ。
「旨い酒だ。欲を言えば榧殿に注いでもらいたかったが……」
笑顔を向ける蕾華は心の中で前言撤回した。彼は自然体で女を男の補助役程度にしか認識していなかった。お酌を命令してこなかったのは曲がりなりにも蕾華が外交使節であり、《杜族》であるためだろう。酌を任せる程に美貌を評価しているともとれなくもないが、蕾華としては男の介護なんてまっぴらごめんだった。
「ふむ、貴殿は礼儀を弁えていらっしゃる。武勇も優れていると聞く。誠、女子にしておくのはもったいないのう。男子なりせば、すぐにでも我が陣営に迎えるというもの」
「過分な評価、有り難く頂戴します。先んじて文でお知らせしましたとおり、我が国は貴国と同盟関係を結びたく考えております」
「存じておる。朕も前向きに検討中じゃ。しかし、その前に確かめておきたいことがある」
「確かめたいこと、ですか?」
「弱者と同盟しても意味がない。故に貴殿が【愁国】を代表して《杜族》の力を振るってみんかえ?」
勿論言葉通りの意味も含んでいるのだろう。しかし蕾華は彼の心内にある真意を悟っていた。
俊杰は蕾華が《杜族》であることを疑っているのである。一度は都落ちした妹が五大民族を味方につけているとは信じ難かったのだ。手紙で訪問を持ちかけられた際に《杜族》の将を送るとしたためられていたのも顔を合わせるための方便だと考えていた。
だから《杜族》を警戒しつつも試すようなことを言ったのだ。そして《杜族》であっても女子なら勝てるかもしれないという浅慮が彼の態度から透けて見えていた。
(嫌な男……)
蕾華は内心穏やかではなかったが、怒りを押し殺して力を振るった。
彼女が印を結んで氣を込めただけで花瓶に生けられた花が萎れた茎を真っ直ぐと伸ばし始める。それだけでは終わらず、城を形作る柱からも新芽がにょきにょきと芽吹き始めた。放っておけば部屋を埋め尽くす勢いである。
「もう、もう良い! 貴殿の力は分かった!」
「まだ力の半分も示しておりませんが? 弱い同盟者では不安でしょう?」
「い、いや十分じゃ……。我が国との同盟に不足ない……」
「では?」
「同盟は締結する。……しかし手紙には密約とあった。なぜ密約なのじゃ? 寧ろ対外的に両国が同盟したと布告した方が周辺国への圧力ともなろうて」
蕾華もこの疑問が来ることは分かっていた。当然そう思うだろう。同盟はそれ自体が大きな力になる。例え本格的な戦争にならなくとも、相手には強い味方がいると周囲を委縮させる効果が期待できた。
「我が国との同盟を公にすれば、貴国と対立する【彎国】が【寥国】と結ぶ可能性があります。そうなれば【寥国】を攻め落とすのに邪魔になります」
「確かにあの忌々しい【彎国】なら侵略者に媚びへつらう恥知らずな真似もしかねんなぁ」
「ええ。我々も【彎国】との同盟を考えた時分もありましたが、あの野蛮な国より聡明な盟主がいらっしゃる【圓国】と結んだ方が良いと私が紅・美鳳に上奏したのです」
「なんと! 貴殿は愚妹より朕のことを分かっておるではないか!」
宿敵と比較の上、同盟相手に選ばれたという話が俊杰を乗せていく。女性ゆえに油断している中褒められたことで彼は大層気をよくしていた。
「貴国と我が【愁国】の力で必ずや侵略者【寥国】を討ちましょう」
「うむ! しかし戦勝後は元々この【圓国】領だった土地は回収させてもらうぞ?」
「勿論でございます。加えて【彎国】と争っている鉱山の領有権、【愁国】として『貴国に真アリ』と宣言いたします」
「結構、結構。では同盟締結じゃな」
(美鳳の想定通りだったわね……)
緊張しながら蕾華は俊杰と握手を交わした。
――【圓国】との秘密同盟は成った。
無事調印した蕾華は疲れて客室に横になる。
そんな彼女を扇子で仰ぐ従者の二人はその仕事を労った。
「流石は蕾華様! 【愁国】の三姫と謳われるだけのことはありますな!」
「美鳳の教育の賜物よ。それにあの子の助言に従ったことが大きかった」
「助言、ですか」
「お酒よ。【慶酒】の酒を最初に献上したことで相手の気をよくさせる。そして酒を飲んだ相手は酩酊状態に陥り、判断能力が鈍るのよ」
「でも、相手が酒を飲むかどうかわかんなかったんじゃねぇですかい?」
「だから【慶酒】で一番良いお酒ではなく、敢えて一番色味と香りが強く、酒精分も強いお酒を透明瓶で用意したのよ。珍しい異国の酒はそれだけで興味をそそらせるからね」
全て美鳳の計略だった。彼女は兄が【慶酒】のお酒を欲していることも、酒を持参した美女に警戒心が薄くなることも分かっていたのである。
しかし酩酊状態にあるとはいえ、見事相手との同盟を成立させたのは蕾華の手腕であった。
これで予定の一国とは結ばれた。美鳳の交渉が上手くいけば【寥国】包囲網が完成する。
美鳳の指導のおかげで何とか秘密同盟締結となりました。
蕾華も緊張を顔に出さずに上手くやりきりました。
ただ、この娘は曲解が過ぎますね。一紗に調略される経緯からしてアレですが。
色々こじらせております。
戦闘では応用力が高く、植物を使った生産力も高く、教養もあり交渉もこなせるというハイスペックキャラ……まぁ五大民族の姫君なので当然なのですが。
彼女の曲解妄想力は愛嬌でもあり弱点でもありますね。




