旅人狩りの町
保護した姉妹の話を聞く一紗達、
彼女達が語る【寥国】滞在経験は常軌を逸したものでした。
一紗達は姉妹を連れだって野営地に帰還する。
はじめこそ警戒していた姉妹だったが、妖魔の肉と水を与えると少しずつ心を開いてくれた。余程腹が減っていたのだろう。腹が満たされれば口も回るようになってきた。
「度重なるご厚意、感謝致します。私は邵・瑞麗と申します。こちらは妹の瑞季。【愁国】を目指して氣巧術師の父と三人で長旅をしておりました」
「それで道中、盗賊に襲われたのか?」
「いえ、アレは盗賊ではありません。【寥国】の民間人です」
一紗は絶句した。この紅華帝国で盗賊は珍しくもないが、それが民間人だというのは聞き捨てならなかった。彼女は涙ながらに当時を話しだした。
邵一家は内乱によって住処を追われたために新天地を探して旅立ったそうだ。
そこで見繕ったのが領主が優しいと評判の【愁国】だった。しかし彼らの出発地点から【愁国】は遠かった。何とか治安がマシな国々を巡っていたが、どうしても補給が心許なくなったために【寥国】領である旅人の町【迎梠】へ食料と水の調達に寄ったのだ。
はじめこそ歓迎してくれた【寥国】の領民だったが、宿で眠った際にそこの従業員に襲われてしまったらしい。満身創痍の父が何とか命と引き換えに逃がしてくれたが、周りの人間達は姉妹を助けてはくれなかった。それどころか僅かな路銀や上着すらも掠め取られ、町から逃げても男達が追ってきたのだという。
話を聞いていた鎧兜は神妙な顔で腕を組んだ。
「姉御の古巣みてぇなもんか? あそこも奪い合ってたんだろ?」
「いや、盗賊の巣は盗賊同士で殺し合ってたから民間人を騙して誘いだすことはなかった。まぁ、攫われた女とどこぞの姫様を除けば民間人が足を踏み入れること自体なかったが……」
「【迎梠】の民は旅人や難民を食い物にしています。そうやって暮らしてるのです」
「破落戸の町か……。内政ができていないと美鳳は言ってたが……これはあまりにも……。直接行って確かめるか」
「でもよォ、姉御。そんなガキ共連れてけねーぜ? こちとら観光に出かけてるわけじゃねーし」
当時の記憶を思いだしたのか姉妹は恐怖に震えている。
彼女達の心情的にも連れていくのは得策ではないだろう。
「別に連れてかねーよ、安全な場所に預けるだけさ」
一紗は何もない周囲を見渡して虚空に声をかけた。
「《顔無》いるんだろ? 出て来いよ」
そう呼びかけると、景色の一部が歪んで仮面の少女が姿を現した。
隠蔽の氣巧術で姿を消していたらしい。
「やっぱりか。どうせお目付け役付けてると思ったぜ」
「チッ、信用ねーなァ」
美鳳は治安の悪い地域で《顔無》をあまり使わないと言っていた。逆に言えば、強い仲間がいる場所では使用するということだ。もしくは「使わない」という台詞自体が《顔無》のお目付け役を隠すための布石だったのかもしれない。
「……一紗様、私に何用ですか?」
「分かってんだろ? そのガキ共を【愁国】へ送ってやれ。その隠遁術で姿を消せば盗賊や妖魔に襲われることもねーだろ。幸いまだ自領が近い」
「ですが私にはあなた方の補助という職務があります」
「監視の間違いだろ? 美鳳には俺達に脅されたとでも伝えておきな」
「覗き見されてるのは気に食わねぇ。仕事は俺と姉御で十分だから陰気な仮面女はとっとと消えな」
実際《顔無》一人では一紗と鎧兜には歯が立たない。
それに一紗の呼びかけを無視しなかったということは、彼女も幼い姉妹の境遇に自分を重ねたのだろう。渋々でも姉妹の入国案内を承認してくれた。
「……では、コレをお持ちください」
そう言って《顔無》は一紗と鎧兜に何枚かの札を手渡した。不思議な手触りで文字は書かれていない。
「なんだこれ?」
「『転伝識字』と言われる紙です。これに字を書いて燃やせば対となる紙にその内容が焼きつきます。また相手からの指示を受け取ることもできます。対となる紙は美鳳様が持っていますので伝令事項があれば逐一報告してください」
「ほう、アナログ式のメールみたいなもんか、便利だな」
「あなろぐ? めーる? 姉御、何なんだそれは?」
「気にすんな。外国語みたいなもんだ」
今まで使われなかったことから紙が貴重か事前準備が面倒なのかもしれない。『転伝識字』を懐に仕舞うと《顔無》は姉妹を連れて虚空に消えた。送迎を承ってくれたようだ。
「さて、子守りは押しつけたし、お仕事の続きでもすっかな」
「これから益々治安が悪くなるぜ。若い女は目立つ。特に姉御のような美人はな。ローブで顔隠しときな」
「ああ、分かってる」
二人がさらに歩を進めていくと、崩れた城門が見えてきた。
身なりの良い役人が二人門番をしている。何も知らない旅人を釣るために外面をよくしているのだろう。しかし殺戮と略奪の世界で生きてきた一紗と鎧兜には役人たちが隠している内なる狂気を敏感に感じ取っていた。
「あいつがまず獲物を探すわけか」
「入り口から入ったら全町人にカモとして知られるんだろうな」
一紗はまず外壁に目を向けた。高さはあるが崩れている箇所も散見されるため、一足飛びで侵入できそうだ。問題は侵入地点で誰かに見られる可能性があることである。
「要は潜入時に俺達の存在を感づかれなければいいんだろ?」
「鎧兜、策でもあるのか?」
彼は地面に拳を突いて自身の氣を流しこんだ。
すると、地面から数体のトカゲのような妖魔が飛び出して城門の方へ逃げだしていく。
「覇兇拳が技の一つ、〈覇兇地伝拳〉。人体に氣を流す要領で大地に俺の氣を注ぎこんだ。本当は地中を通して敵を爆殺する技だが、ちょっと手加減すれば地中の妖魔を炙り出せる」
「あっ、俺と殺り合ったときは屋内だったから使わなかったんだな」
「まぁな、それに姉御くらい俊敏なら躱されちまうぜ」
自嘲しているが、今の局面では効果覿面であった。狙い通り妖魔の群れは城門を目指し、役人たちは混乱状態に陥った。町人たちも騒ぎを聞きつけて城門へ集まっているようだ。
この隙に一紗達は壁面から城下町へ入った。
「これが町なのか……? 寂れた【利邑】や壊れた【慶酒】の方がまだマシだ」
「ほぼあばら屋だなァ。ご立派なのは天守閣だけだぜェ」
市政城以外は屋根も瓦もボロボロだった。町全体がスラム街のようだ。まだ真面な建物にはガラの悪そうな男がたむろしていた。高い建物に登って上から状況を確認してみると町の悲惨さがより一層際立った。
ガリガリに痩せた町人が力尽きれば、小汚い町人が影から群がってきて彼の衣類を奪い合う。
トカゲ妖魔がなだれ込んだ正門では武器を持った町人が妖魔を集団で撲殺し、その肉に我先にと噛り付いていた。力ない女は路地裏で身を売って小銭を稼いでいる。
「クソの掃き溜めみたいな町だ。活気もなければ資源もなく礼儀もない」
「帝国内の辺境ではありふれた光景だが、町の中でっていうのはヤバいな。俺が都督のままだったら絶対ェ欲しくねェわ」
「この町を見ていると修羅の血が騒ぐ……」
「しょうがねぇ。俺も姉御も殺しすぎたのさ。【愁国】で過ごしてると忘れそうになるが、俺達は本来こっち側なんだ。気を付けねェと魔道に堕ちるぞ」
美鳳のおかげで忘れそうになるが、一紗もまた彼らのように人としての尊厳を捨て、虐殺と略奪で生きてきた。そうしなければ生きられなかったからだ。
こんな救いようのない町は捨ててしまえという想いと、惡姫である自分も変われたなら彼らも変われるはずだという想いが心の狭間で天秤のように揺れ動く。
血と憎悪の匂いに刺激される修羅の血を抑え込んで一紗は呟いた。
「『転伝識字』で美鳳に伝えておこう。もう少し情報が欲しいが……」
「町人に聞けばいい。こんな汚い町なら姿を隠しても声でゴミが寄ってくるな。姉御は話さないでくれよ」
屋根から地上に降りた鎧兜は酔っ払って千鳥足になっている筋肉質の男に目をつけた。
彼の進路を塞ぐように立ちはだかるが、酔いが酷いらしくそのまま鎧兜の胸板に頭をぶつけてしまった。
「おい、テメェ! どこに目を……つけてらっしゃるんですかねぇ?」
鎧兜の巨体を見た男は最初の威勢が消え入りそうな程委縮してしまった。《膂族》の丈夫で大きな体はこういうときに有効に働く。ただ筋力が強いだけでなく破落戸相手に威圧できるのだ。
少女の身体である一紗には真似できない。だからこそ氣による威圧を磨いたのだ。しかしそれを使うと敏感な強敵も寄ってきてしまいかねない。ここは素直に鎧兜に任せることにした。
「テメェよぉ、この町の事情に詳しいか?」
「あ、あ、あ、アンタ、よそ者か?」
「あ? 俺は生まれも育ちも【迎梠】だぜ? おい、テメェ、俺が嘘ついてるってのか!?」
同郷の人間が町の様子について聞くはずがないことは分かっているが、威圧された男は涙目で首を横に振るしかない。
「そうだ、お前とは兄弟だった気がする! なぁそうだろ? そういうことにしておけ。そして弟のお前は兄貴である俺を立てなきゃいけねぇ! 分かるよなぁ?」
「また無茶苦茶なことを……」
鎧兜の強権的兄弟認定により、男はただの傀儡と化した。残念なことはこの酔っぱらいがまともな教養を持っていなかったことだ。【迎梠】は旅人を狩っているという既に知っている情報しかなかった。ただ自分より詳しい兄貴分がいるというので、彼の行きつけの店に案内してくれるという。出来の悪い笑顔で「こちらになりやす」と誘ってきた。
鎧兜の横に降りた一紗が心配そうに耳打ちする。
「信用して大丈夫か?」
「情報通のチンピラがいるってのが事実ならそれ以外はどうってことはねぇだろ?」
二人は酔っぱらいの背後に続くことになった。
『転伝識字』という便利アイテム登場。
時代はメールです。今はメッセですが……。
「お前とは兄弟だった気がする」からの命令。
ジャイアニズム激しい鎧兜節は味方だと頼もしいですね。
二人は酔っぱらいに案内されて彼の兄貴分に会いに行きます。




