寥国への潜入
いよいよ先遣工作隊として鎧兜と一紗が【寥国】へ入っていきます。
――数日後。
ローブを羽織り、最低限の必需品を詰め込んだ鎧兜と一紗は先んじて【寥国】へ潜入するべく、【武言】の正門まで来ていた。
「それじゃあ先に行ってくる」
「はい、あくまで偵察と工作ですからね。こちらの同盟締結まで目立つ行動は慎んでください」
「チッ、小五月蠅ェ妹だぜ」
大柄な男と少女は踵を返して旅立っていく。
見送る《杜族》の少女は心配そうだった。
「大丈夫ですよ、蕾華。私達は私達のすべきことを成しましょう」
「……うん」
州都【武言】を出てたったの二日で二人は【寥国】へと入っていた。武芸者である鎧兜と一紗は周りの人間に気を遣わなければそれだけ早く移動できるのだ。本当ならば一日目の終わりに外領へ入ることができたのだが、体力が落ちた状態で日没に入ることを避けたのである。
弱った状態でもその辺の盗賊や妖魔に後れを取る二人ではなかったが、長旅になることを考慮し、細心の注意を払っていた。
「ここが【寥国】。随分寂しい場所だな。殆ど荒野じゃねーか」
「しょうがねーさ、後先考えねー焼き畑で土が駄目になっちまってる。元に戻るのにかなりかかるだろう」
荒野に人影はない。遭遇するのは屍ばかりだ。力尽きた人間からは衣服を始め金になりそうなものが全て奪い去られていた。残った死体さえも妖魔が貪っている。
盗賊を警戒して日中の移動を強行したが、一紗達は少し後悔していた。なぜなら照りつける日差しが二人の体力を奪うからである。
歩くたびに汗がだらだらと流れ落ちる。人間よりも妖魔よりも日光の方が数段脅威だった。
水筒から最後の一滴を飲み終えた鎧兜は肩を落とした。
「姉御、こりゃ早めに水場を見つけねーとやべーぞ……」
「……それなら心配ない」
一紗が氣を集中させる。するとその氣に呼応するように大気から水分が集まってくる。
そして空気を漂う水は鎧兜の水筒を溢れんばかりに満たしていった。
「これは水属氣巧か!? へへっ! ありがてぇ!」
「水のない場所で発動させられるようになるには苦労したがな。コレが使えなかった頃は果実を探した。果実がなければ葉についた朝霜を舐めてた。それさえなければ――」
「……なければ?」
言い淀んでいた一紗を催促するように鎧兜が聴き返すと一紗は恥ずかしそうに顔を伏せながら消え入りそうな声でつぶやいた。
「……自分の尿を飲まざるをえなかった。二度と味わいたくはないが……」
「俺は姉御の小便なら喜んで―――」
「お前、顔面潰されたいか?」
「ンガガガ! よしてくれ、さらに素敵な色男になっちまう」
水分補給を終えた二人がさらに歩を進めていくと、妖魔の出現率がどんどん上がっていった。
正面から襲ってくるハイエナのような妖魔は、動きを見切って攻撃すれば問題なく倒せる相手だった。しかし、見えない箇所から奇襲してくる妖魔は厄介だった。
「流砂だ! 姉御、手を伸ばしてくれ!」
「必要ない」
鎧兜の手を取らず、自ら流砂の中心に滑っていく一紗。その先には巨大な昆虫妖魔が大口を開けて待っていた。
「俺を餌にしようってか? 残念だったな、今日餌になるのはテメェの方だよ!」
大きな顎で挟もうとする蟲の一撃を躱した一紗はその頭にめり込むように拳を叩きこんだ。
脳をやられた昆虫妖魔は黒い血を吐きながら絶命する。
「やったな、姉御! 食料節約できるぜ!」
カウボーイのように投擲されたロープを受け取った一紗は昆虫の頭に括りつける。
合図を受けた鎧兜が《膂族》の馬鹿力で一紗ごと地上まで引っ張り上げた。
日没を確認した二人はその場で野宿の準備を始める。
勿論晩餐は倒した妖魔の肉である。
「この妖魔随分デカいな。町の近くでこんなのがいるなんてな」
「あそこで待ち受けて難民や旅人を喰ってたんだろ? 結構犠牲になったんじゃねーか? おかげで俺達は肥えた肉にありつけるわけだ」
「飯がマズくなる話題はやめろ。つーか、町にはまだ着かないのかよ。美鳳に貰った地図を見るかぎりだともうついてもおかしくないはずだが……」
「目指してたトコは既に滅んだんだろ? 別にこの乱世じゃ珍しくねェ。さらに奥の町を目指すだけだ」
一紗も身を寄せた村が滅びることは何度も経験済みだ。内乱か妖魔か盗賊か。滅びる理由は沢山ある。治安の良い国をつくらなければ滅びる町や村は増え続けることだろう。
焚火を囲んで微睡んでいると、音が聞こえた。
常人なら聞き逃してしまいかねない微弱な声。少し先から聞こえてくる。
「ったく、うるせぇなぁ」
「鎧兜も聞こえたか? 様子を見に行こう」
二人が聞き取った声は一キロ以上離れた場所の〝狩の声〟だった。
十代前半程度の少女が十にも満たない妹の手を引いて荒野を駆けていた。
「お姉ちゃん、逃げ場所なんてないよ。きっとお父さんと同じように殺されちゃうんだ」
「諦めちゃダメ! まだどこかに逃げ道が……」
少女の期待も空しく、空虚な荒野が広がっているだけだ。身を隠す岩陰すらなかった。
そして幼い少女の脚では大人の男達からは逃れられない。
行く手に複数人の男達が回りこんでいた。
「待てよォ、お嬢ちゃんたちぃ!」
「目上の言うことは聞きなさいって親に習わなかったのかなぁ?」
「なんでつきまとうんですか!? 私達があげられるものはありません! 食料も水もあなた達が殺した父が持っていました! 既にもう奪ったでしょう!?」
「あー……君達のお父さん、貧乏なんだねっ! もうぜーんぶ、食べちゃった」
「腹の足しにもなりゃしねぇ。貧乏にならないようにもっと努力しろよぉ お前らの親父はダメ人間だァ!」
少女は涙を浮かべることしかできない。彼らが無造作に食べつくした食料は【愁国】へ行くために父がなけなしの財産で買った大切なものだった。少しずつ分け合って道中食べて行くはずだった。それを彼らは一瞬で奪い食べ散らかしたのだ。それだけでは飽き足らず今も姉妹の命を狙っている。少女は悔しさでいっぱいだった。
「あらら、泣いちゃった。かわいそうに。しょうがないから命だけは助けてあげようか?」
「ほんとう……ですか?」
「うん! 姉妹二人で朝までおじさん達の相手をしてくれればいいよ!」
少女は絶句する。勿論男達の要求が朝までおしゃべりするとかマッサージするとかではないことはよく分かっていた。野蛮な男が女に要求してくるようなことは父から最初に忠告されていた。「そうならないように逃げなさい」と。胸が膨らんできている自分はまだ男の毒牙に狙われる理由は分かる。しかし妹の方はまだ子供なのだ。
「妹はまだ初潮も迎えていません! お相手なら私一人でします!」
「なぁに反抗的なこといっちゃってるの? 自分の立場わっかんないのかなぁ? これだからガキが嫌いなんだ。イライラするわ~!」
「もう殺そうぜ? あの国境で難民殺ったときみてぇにさ! 死体でも愉しめるって!」
汚い男達は武器を手に詰め寄ってくる。一人二人程度なら逃げることもできただろう。しかし十五人もの男達からは逃れることはできない。
「あなたたちに……人の心はないのですか!?」
「あるよぉ、俺達は仲間を大切にするからな。仲間が愉しむために君達が必要なわけ!」
「くっ! この鬼畜!」
「社会常識を教えなかった馬鹿親父を恨むんだな。最期に親切なおじさん達が教えてやるよ。みんな~合唱だぁ~!!」
「「「「奪え~♪ 犯せ~♪ ブチ殺せ~♪ お前の全ては俺の物~♪」」」」
「――そういう訳だ。強者こそが正義! 弱者は奪われるしかねぇんだ!」
「殺されたって文句言えねぇ。死人に口なしってな! ギャハハハ!」
少女は最期を悟り妹を抱きしめて目を閉じた。
――しかし、少女に届いたのは男達の凶刃ではなく返り血だった。
眼を開けると、一番近くまで迫っていたはずの三人の男が死んでいた。
一人は首を裂かれ、一人は胸に風穴が空き、最後の一人は頭が弾け飛んでいた。
少女が視線をさらに上げると彼らの死体を踏みつけるように二人の人物が立っていた。
(大きい男の人と……女の子?)
物音に気づいた鎧兜と一紗が駆け付けてきたのだ。
野党の頭目は仲間を殺された事実を遅れて認識して怒りに打ち震えていた。
「何なんだテメェら!? 俺達の仲間をよくも! みんなぁ! やっちまえ!」
指示を受けた下っ端たちが武器を片手に襲い掛かってくる。
彼らは相手の力量を全く分かっていなかった。長年民間人相手の殺戮を繰り返してきたのだから自分より強い相手との接触に慣れていなかったのだ。
「その兜剥ぎ取ってや――へぶしっ!」
「俺の方が良い筋肉を持っ――ァッゴッ!」
鎧兜に挑んだ者は護帝覇兇拳を前に爆死していく。ある者は経孔を突かれるまでもなく腕力で殴り殺されていた。
逞しい肉体を持った鎧兜を殺すのは不利と考えた雑魚は一紗へと流れていく。
「あいつら、進んで地獄へ行きたがるとは馬鹿な野郎共だ」
鎧兜は獲物を譲るように敢えて標的を変える男達を追撃しなかった。
「へへっ女なら殺せる! ……にしても良い女だなぁ。殺した後でも楽しめそうだ」
「……へー死体なのに楽しめるのか? 器用な奴らだな」
一紗を囲んだ男達は回し蹴りで順番に首が飛ばされていく。
首を失くした自分の姿を見たときにはもう命が尽きてしまうのだ。
「――死ぬのはテメェらなのに」
「くっ! 女の分際で俺達に歯向かおうってのか!? こちらには氣巧術がある!」
接近戦は不利だと悟った一部の野党は氣巧術を発動する。
しかしその術が放たれる前に彼らの腕は落ちていた。
「おせーよタコ」
一紗が早すぎるというのもあるが、ならず者たちは強者相手の闘い慣れを全くしていなかった。平たく言えば腕が錆びていたのである。
両腕を失った男達は涙ながらに後ずさりするしかない。
「て、てめぇら……なんの恨みがあって俺達を!」
「あ? お前らも言ってただろ?」
「え? 何かお話しましたっけ?」
一紗は美少女としての最高の笑顔を男達に向ける。天使のような微笑みに許されたと勘違いした彼らは微笑み返した。だが一紗は次の瞬間歌いだしたのだ。彼らが他者を虐げ凌辱する際に歌うあの歌を――。
「奪え~♪ 犯せ~♪ ブチ殺せ~♪ お前の全ては俺の物~♪」
歌詞に合わせて男達の命を刈り取っていく一紗に、残された頭目は恐怖した。
「みみみみみみ、みな、皆殺しだと!? ……な、なんて残酷な奴らなんだ」
男に詰め寄っていく一紗。その冷徹な殺気を感じて彼は初めて自分が狩られる側だと自覚したのだ。目に映る仲間の死体が、靴に付着した仲間の血が彼の戦意を削いでいく。
「どうしてこんな惨いことを笑顔でできるんだ! アンタらに人の情ってもんがねぇのか!?」
失禁しながら後ずさる頭目は何かに当たった。見上げると後ろに回りこんでいた鎧兜の胸板であることが分かった。
同時に殴り飛ばされた彼はあまりの激痛に悶絶して転げまわる。
「うるせぇな、お前の仲間も死人に口なしって言ってただろ?」
「阿呆め! それは死んだ奴に送る言葉だ! 俺はまだ生きて……生きて?――あらぁ?」
彼の頭は不自然に膨張し、数秒後に弾けとんだ。既に護帝覇兇拳を喰らい、頭部の経孔を突かれていたらしい。
残ったのは肉塊だけだった。一仕事終えた一紗が周囲を見渡すと死体の影に女の子の髪飾りが見えた。姉妹はずっと隠れていたようだ。妹の目を塞いでいた姉の方は、目が合うとすぐに手をついて頭を下げ始めた。
「どどど、どうか、命だけはご勘弁ください!」
「あれ? 助けてやったんだが?」
「仕方ねぇよ、姉御。今、大悪党のツラしてるぜ?」
言われて血だまりに自分の姿を映すと確かに危険な女が笑っていた。
気を遣った鎧兜が自身のローブで顔についた返り血を拭ってくれる。二人のやり取りを見ていた少女は首を傾げていた。
「え? 姉御? あの、貴方たちは親子ではなく姉弟なので?」
少女にそう言われた鎧兜は酷く落ち込んでしまう。
「俺って、そんなに老けて見えるのか? まだ二十五だぜ……」
「図体がでけぇし兜で顔が見えないからな。しゃーない」
鎧兜と一紗のツーマンセル。
一章の仇敵と行動を共にするというのは奇妙ですね。
昨日の敵は今日の友です。
作者は百合推しなので蕾華か美鳳と一緒がいいのですが
不思議と鎧兜を相棒にして描くのは苦ではなかったです。
互いに修羅として生きてきたことが共通しており、ブラックジョークを言い合える仲ですね。
一紗としては前世の男友達と遊んでる感覚に近いのだと思います。
ちなみに二人にやられた雑魚共はプロローグでイキっていた人達ですね。
ネクロフィリアの男がいたので分かった方も多いと思います。




