愁国の進路について
軍議の続きです。
「話を戻しますが、この度、皆さんに集まってもらったのは【寥国】の処遇についてお話するためです。それが【愁国】の未来にも繋がります」
言い淀んでいるが、彼女の眼を見ればこの先の台詞も想像がついた。
「美鳳、【寥国】と戦争する気か?」
一紗の問いかけに軍議参加者が驚く。軍議という名目で招集された以上、戦に関わることを話し合うということは想像できていた。しかしあくまで自衛戦争が主だと考えていたのだ。
都落ち前は内需に目を向けた政策を行っており、鎧兜謀反後も政権奪回を主眼に置き、他国に仕掛けることは一度もなかった。そんな優しい姫君が自分達から仕掛けるつもりなのだ。
「統治能力があり話が分かる相手なら同盟関係を結ぶ道も考えられましたが……このまま捨て置けば、周囲の国々が【寥国】に荒らされるだけです」
「変わったな、美鳳」
「ある意味、兄上のおかげです。和平交渉は必要ですが鬼にならねばならない時もあるのです。都落ちで私はそれを学びました」
温厚な姫君に執念と覚悟を学ばせたのは兄の謀反だった。そして兄を召し抱えると再び決めたときにその思想の一部をも取り込んだのである。
戦争自体に誰も反対はしなかった。隣国はかつて【愁国】に仕掛けた前科のある国で今も諸侯に敵対行動を繰り返している。蛮族国家なら侵攻するに際し良心の呵責はない。
よって会議で話す内容は如何にして隣国を平定するかに変わっていった。
「戦なら俺に任せろ。都督という忙しい身分じゃ劇的な勝利を飾れなかったが、ただの拳法家になった今なら好きに暴れられる。武勲を立てるという約束を早速果たしてやろう」
やはり生粋の拳法家である鎧兜は内政の地位が窮屈だったらしい。
降伏時の約束もしっかり実行する腹積もりのようだ。
「兄上の武は評価しています。今後五大民族と衝突することがあれば護帝覇兇拳は役立ちますし、ね。ですが現時点での正面戦争は許可しません」
「あん? ビビってんのか? 【寥国】如き、俺達の布陣で落とせるだろ?」
「そうではない、鎧兜殿。美鳳様は他勢力の介入を恐れているのだ」
流石に軍を仕切る龍宝は時流が読めていた。領土と兵士の頭数では劣っていても【愁国】には生産力と圧倒的な戦力が存在する。単純にぶつかれば確かに【愁国】の方に軍配が上がるだろう。しかし、【寥国】に侵攻している間に他勢力が留守の【愁国】を狙う可能性がある。
戦争中に仕掛けて来なくとも、戦後の疲弊した時期に侵攻を受ければ再び都落ちになってしまいかねない。
「この国は〝統一の萌芽〟。太い幹になるまで無茶をするべきではないわね」
「蕾華の言う通りだ。石橋を叩いて渡るに越したことはねぇよ」
「姉御がそう言うなら仕方ねぇ。美鳳、どうせ小賢しい策でも練ってるんだろ? さっさと披露したらどうだ?」
「流石兄上。よくお分かりで。これからお話しましょう」
美鳳は地図の【寥国】周辺に石を置いた。
「【寥国】と陸続きになっている【彎国】と【圓国】。この二国を味方に付けるのが鍵です」
指名された二国は【寥国】に呑みこまれるように侵攻を受けていた。
徐々に領土を毟られている状態なので【寥国】を苦々しく思っていることは想像に難くない。
ただ一紗は近くにあるもう一国の存在が気になった。【寥国】と国境が接している下の国は領土も【寥国】以上の大国だった。
「このデカい【宍国】ってのは味方にしないのか?」
「【宍国】は優秀な氣巧術士や妖魔使いが多く存在する軍事国家。確かに味方に付ければよいのですが、内需も安定し、武力も有しているので基本的に中立ですね。今の【愁国】は相手にされないでしょう。あそこは【寥国】とも揉めていませんし」
「つまり、利害が一致する二国とだけ同盟を結ぶってことね。三国同盟が完成すれば【寥国】に圧力を加えられるわ。案外早く白旗上げるかも」
楽観的に捉える蕾華の言に美鳳は首を横に振った。
「【彎国】と【圓国】に同盟関係はありません。故にこそ協調して【寥国】の躍進を止めること叶わず、ただ領土を喰われるがままになってしまったのです」
「なんで? 仲悪いのか?」
「元々あそこの領主兄弟は母親同士が民族的に対立している上、両国の国境にある鉱山の領有権で揉めに揉めて泥沼状態になっているらしいですね」
「何でそんな奴らをご近所さんにしちまったんだ……」
「だから親父は馬鹿だって言ったろ? 宿敵同士が近くにいた方が強くなるって修羅の考え方だぜ。統治に関してはまるで素人なんだよ。俺のがマシさ」
「ちなみに国境を曖昧にしたのも陛下だ。主権を勝ち取った方が強者だと分かりやすいように、との仰せなのだ」
「……もう帝をぶち殺した方が早い気がしてきた」
「帝都【紅陽】はいずれ落とすつもりですがもう少し力をつけてからです。まずは【寥国】。そのために【彎国】と【圓国】とは協力関係を結ばねばなりません」
犬猿の仲である両国双方と同盟関係を結ぶのは至難である。
片方と結ぶことは容易でもその同盟が露見すれば他方とは緊張状態になりかねない。最悪【寥国】と同盟されてしまうかもしれない。
――とすれば方法は一つしかない。
「密約、だな」
「はい。【彎国】と【圓国】にそれぞれ交渉人を送って影の同盟関係を結ぶ。【寥国】さえ落とせれば、その後に同盟の事実が露見しても問題ないですし」
「密約の嘘をついた私達に足並み揃えて仕返しするのはありえないってことね」
「流石は美鳳様! なんたる奇策! ――して、誰を使者に送るのですか?」
美鳳は熟考する。
言うなれば敵をそそのかす間者であるため、慎重な人選が求められる。
両国から同時期に呼び出しを受けたら大変なので、【彎国】説得組と【圓国】説得組は分けて選ぶ必要もあった。
「片方は私が行きましょう。一応【愁国】の盟主に返り咲きましたし」
「確かに領主が出向けば説得力はデカいな。つーことは俺も美鳳に同席すればいいのか?」
「いえ、。今回は龍宝に供を務めてもらいます。あの兄弟はプライドが高い上に男尊女卑の気が強いので。……男性将軍の龍宝がいれば話を聞いてくれると思います」
一紗は舌打った。こういうとき女の子の姿になってしまったことが歯がゆくなる。
単純な力関係は自身が極めた武を披露すれば簡単にひっくり返すことができる。しかし価値観までは早々変えることはできない。まして相手が同盟を望む領主であるなら拳で教育してやることもできないのだ。
「大丈夫だよ、一紗さま。私は貴女が強いことを知ってるもの」
「蕾華……」
一紗の憤りを察した蕾華が手を重ねてくれたことで少し冷静さを取り戻すことができた。
「……分かった。今回は龍宝に任せる」
「お前に言われるまでもない」
「ふん。じゃあもう片方も男の鎧兜が行った方がいいのか? 鎧兜も領主たちとは兄弟なんだろ?」
「実はそれもできません。兄上が私に降伏したことは広く知られています。事実上、皇位継承戦争から離脱しているのです。【彎国】と【圓国】の領主にとっても紅・鎧兜は兄にあたりますが、敗者の言葉は聞き入れないでしょう」
「ああ。負け犬に居場所はない。それがこの紅華帝国の常識だ。皇子・鎧兜は死んだのさ。別に後悔はしてねーがな。あの弟共も俺を恐れてるからその場での要求は呑むだろうが後になって反故にしかねん」
「ええ。都落ちした妹が亡命を打診した時さえ彼らは門前払いしましたから……」
当時を思いだしたのか美鳳の表情は曇っていた。
思えば国を失った皇女が最初に頼るのは身内だ。それさえ阻まれたからこそ危険を冒して修羅が蠢く〝盗賊の巣〟まで惡姫勧誘に訪れたのだろう。
「彼らのおかげで一紗と会えたようなものなので災い転じて福となしました」
「しかし美鳳様、鎧兜殿ではないなら他に誰を派遣するつもりですか?」
少し考えた後、彼女はチャイナロリータ服を着飾った緑髪の少女に視線を送った。
「……蕾華、頼めますか?」
「私!? さっき相手は男尊女卑思考って言ってなかった!?」
「確かにそうですが、五大民族の肩書きは男尊女卑の価値観を凌駕します。未だ女帝の即位歴がない紅華帝国と違って五大国の歴代盟主には女性の王が幾人も存在していますし、各地に女傑の武勇も多く残っています。故に《杜族》と称すれば無碍にはされないでしょう。蕾華としては不本意かもしれませんが……」
「……私も愁国の将の一人。引き受けましょう」
榧・蕾華は木属氣巧術を得意とする《杜族》であり、その中でも王族に属する正統血統である。髪色の問題から王位継承権は剥奪されているが、姫として高い教養を受けているため交渉の仕事も重荷ではなかった。
「で、私はどっちに出向けばいいの? 【彎国】? それとも【圓国】?」
「【圓国】が良いでしょう。あそこを治める紅・俊杰は嫌な男ですがまだマシです。厄介な紅・子睿が治める【彎国】は私が直接交渉します」
鼻持ちならない方は美鳳、まだ聞き分け良い方は蕾華、という采配に収まったようだ。実の兄弟相手に散々な人物評価であるが、間違ってはいないのだろう。
「蕾華、後で私の部屋に来てもらっていいですか? 短いですがちょっとした交渉のコツをお教えしておきましょう。それと兄上の性格や言動も」
「あ、うん。ちょっとした特訓ってわけね。助かるわ」
交渉に出向くメンバーは浮足立っている。しかし役割が決まっていない一紗は不貞腐れて胡坐をかき始めた。
「はぁ~、俺と鎧兜は留守番かぁ」
「いえ、貴方達にも仕事があります。一紗と兄上には先に【寥国】へ入ってもらいます。偵察と内部攪乱が主な目的ですね。出来る限り正体は隠して内情を探ってください。全面戦争に突入する前に敵の兵力を削げるならその方がいいです」
「そういう隠密的な仕事は《顔無》の領分じゃねーの?」
「普通の国ならそうしますが、あそこは国という体を成していないので。治安が悪すぎる場所における長時間の活動はなるべく控えるようにしています」
確かに隠密能力が高いと言えども少数の女性隊員を危ない場所に派遣するのを躊躇うことは理解できた。一紗も〝盗賊の巣〟内で《顔無》を見ていなかった。彼女達の隠密能力を考えれば危険地帯の活動も不可能ではないのだろうが、主として、同じ女として美鳳が配慮しているのだろうことは想像がついた。
「美鳳、手下の女に優しくしてるんだろうが、姉御の貞操は心配じゃねーのかよ!?」
「兄上も『〝盗賊の巣〟で暮らしていた』という意味はお分かりでしょう? 万が一はありえませんよ。一紗を信頼していますので」
(まぁ、今更俺を女扱いされても困るしな)
信頼していると言われて悪い気はしない。鎧兜の方も一紗の実力は知っているし、二人で行動するという状況は嬉しかったらしく偵察命令の撤回は求めなかった。
これで話はまとまった。【寥国】攻略のための各々の役割が決まったのである。
それぞれの仕事の準備に取り掛かろうとした時、鎧兜が思いだしたように懸念を上げた。
「おい、美鳳。お前まで他領に外遊するなら【武言】は手薄になるぜ? 領主の留守を諸侯に宣伝するようなもんだ。どこの悪党に狙われるか分からんぞ」
「一度謀反起こした鎧兜が言うと説得力がちげぇな」
「けど、彼の言うことも尤もだわ。美鳳、やはり貴女は【武言】に残ったほうがいいんじゃ?」
「いいえ、手は打ってあります。―――〝影〟いますか?」
美鳳が呼びかけると一人の少女が天井から馳せ参じた。黒装束に仮面をつけた少女の装いから隠密部隊《顔無》のメンバーであることはすぐに分かった。
「面を外しなさい」
主の命令に少女は無機質な仮面を自ら外した。
そしてその顔を見た軍議参加者達は目を見開く。
「「美鳳と同じ顔!?」」
「彼女に私の代わりをしてもらいます。良いですね、影?」
「はい。お役目全う致します」
彼女は髪型や虹彩の色、立ち振る舞いだけでなく声質すらも主を模倣していた。今は服が違うため見分けもつくが、同じ服を着た状態で二人共姿を消されればどちらが本物か判断できない。それほど二人の容姿はそっくりだった。
「まさか影武者がいたとは……」
「私だって一国の姫ですよ? 影武者の一人や二人存在しますよ」
「えー!? じゃあ《顔無》の子達はみーんな、美鳳と同じ顔してるのぉ!?」
驚嘆した蕾華のユニークな発想は姫様本人が笑いながら否定した。
「そんなわけないじゃないですか。ただこの影だけは特別です。隠密能力以外に政経能力も身に着けさせているので平時の政も十分に果たしてくれますよ」
「ほう、俺が謀反起こした時に美鳳を捉え損ねたのもコイツのせいだったのか」
「そういうことだ、鎧兜殿。手の内を明かしたからには姫様の信頼に応えるのだぞ」
「チッ……」
美鳳は広く多様な業務を長時間こなしていたが、それは日常的にこの影と交代で仕事をしているからなのかもしれない。普段から《顔無》として主の下に侍っていれば、その口調や仕草、人間関係まで把握できているだろう。
どちらの美鳳と会話しているか怖くなった一紗はそれ以上掘り下げないことにした。
《顔無》の一人、影ちゃん登場です。
勿論本名ではありません。コードネームみたいなものです。
いきなり国名が複数出てきてややこしいと思ったので雑ですが相関図描きました。
参考にしてください。
※勢力相関図イメージです。
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↑ г
↑ \「侵略&領土割譲」
↑ 「過去侵略失敗」
「対立」 【寥国】 →→→→ →→→→ 【愁国】
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↓ /「侵略&領土割譲」
↓ ┗
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※※※「★中立」※
【宍国】
※ちなみに領土の面積比較は
【宍国】>【寥国】>【圓国】=【彎国】>【愁国】
って感じですね。




