再集結する仲間達
国内を安定させた美鳳は領外へと目を向けました。
果たして彼女は何を仲間達に語るのか……?
自領を安定させた美鳳は帝国再統一の野望を果たすために、今一度軍議を執り行うこととした。実兄の鎧兜を傘下に加えた後は初めてのことである。
今や仲間達は【愁国】中に散っていた。美鳳は隠密部隊《顔無》を派遣し、国家戦力である彼らに招集をかける。
龍宝は【利邑】へ派遣されることが多かった。主に流通路の確保が主目的だ。副次的には盗賊の排除を伴った治安維持、そして隣国への威嚇という側面がある。
貴従兵将軍の彼がよく通う道だと知れれば、侵略を目論む隣国や強盗を企む盗賊も手出しができなくなり、結果的に商いの町周辺の治安もよくなるのだ。
「雷将軍! 今一度鍛錬を願えないでしょうか!」
「すまんな。此度の滞在は長くはない。美鳳様より招集を受けた。鍛錬はまたの機会にな」
龍宝の傍らには仮面の女性が佇んでいた。
蕾華は酒の受け取りと農作業の助言のためによく【慶酒】へと出張していた。妖魔の数が収まった今、彼女だけで問題なく通行できる。
【武言】との交通路における露払いも《杜族》である彼女の仕事だ。
「泰然君、発注書にあったお酒の材料運んできたわよ。仕事の方は順調?」
「おう、蕾華ちゃんか。悪ぃな。他領からも酒の注文が来て景気いいからこっちは問題ねーぜ。強いて言やぁ畑仕事と妖魔退治で町人もムキムキになったくらいだ」
「あはは、確かにもう髪型でしか判別できないわね」
かつて妖魔に怯えて隠れていた町人は皆ボディビルダーのような体系になっていた。
女性ですら酒樽を担ぐ程の怪力ぶりである。仕事に妖魔退治と嫌でも力がつくらしい。
町の酒屋では非番らしいモヒカンと好青年が仲良く飲んでいた。木陰で彼らの様子を見ながら蕾華が葡萄ジュースを呷っていると、仮面の少女が音もなく背後に立った。
「蕾華様、都督・美鳳様より招集がかかりました。急ぎ州都にお戻りください」
「美鳳が? 何かしら……」
腕利きの二人が美鳳の護衛を離れて他町に出張しても問題はなかった。
州都【武言】にはかつて惡姫と畏れられた最強の傍盾人・一紗が存在するためである。
「ぐがー……」
蒼いチャイナドレスを纏った美少女は書斎で服を乱れさせたまま眠りこけているようだ。
かつて〝盗賊の巣〟に居を構え、敵を皆殺しにして惡姫と畏れられていた人物とは思えないだらしなさだった。
体をゆすると彼女はようやくぱちりと目を覚ました。仕事中の居眠りに悪びれる様子もなく鈍った肩を鳴らしている。
「一紗、主を放って居眠りとは良いご身分ですね」
「俺はお前の傍にいるのが仕事だからなぁ……ふあー……24時間営業中だぜ」
「はぁ~、気が緩みすぎですよ。それより兄上はどうしたのです?」
「鎧兜なら催したからって厠にいったはずだが……確かに遅いな。糞の切れでも悪いのか?」
――とそこへ一人の文官が息を切らして駆け付けてきた。
彼のただならぬ気配に美鳳達は身構える。
「どうかしたのですか?」
「それが、大変なんです! 帰還された雷将軍と鎧兜様が対立していて――!」
「なんですって!?」
美鳳の兄でもある鎧兜は要注意人物だった。一度はこの【愁国】を武力で乗っ取ったという前科がある。激闘の末に一紗が打ち破り、彼を傘下に加えたのであるが、まだ野心を捨てていない可能性は十分にあった。
そんな彼と揉めている雷・龍宝は貴従兵将軍の地位に恥じない実力者だ。武力を有しない美鳳を部下達と共に支えてきた采配能力も高い。しかし同時に高潔すぎるところがある。自身の主から政権を簒奪した鎧兜に対して許せぬ想いを持っていてもおかしくはない。
両者が本気で衝突すれば大参事は避けられない。
急いで廊下を駆け抜けて現場へと向かった。
「悪ぃな、龍宝。既にお前の部下の中にも俺の側についた奴もいる」
「鎧兜、貴様という男は……やはり捨て置くべきではなかった!」
まさに一触即発。どちらから仕掛けても不思議ではない。双方の後ろにはそれぞれ多数の軍人が侍っている。
「兄上、また謀反を起こすつもり―――」
「待て、美鳳。殺気は感じない。……てめぇら、何やってんだ?」
美鳳を制止しながら争う二人の男に尋ねると、二人はギロリと視線を一紗に向けた。
「聞いてくれよ、姉御! コイツ、全然姉御の良さを分からねーんだ! 貴従兵には姉御推しも沢山いるってのに!」
「何を言うか! あんな蛮族の娘より高貴な美鳳様の方が優れているに決まってるだろう!」
「「は?」」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
二人は政権について意見が衝突しているのではなく推しの姫君は一紗か美鳳かで言い争っているらしい。当の二姫は馬鹿馬鹿しくなって肩を落としている。
「ハッ! あんな口煩いだけの妹のどこがいいんだか。それに引き換え姉御は武と知性を合わせ持った素晴らしい女だぜ」
「確かに惡姫の武は認めよう。しかし知性の面では美鳳様に分がある! 加えて慈悲深さを持っておられる。従者として仕えたいのは明らかに美鳳様の方だ」
二人が激論している間には後ろの軍人達が激しく相槌を打っている。
どうしたものかと介入できないでいると、年配の男が前に出てきた。彼の名は唐・俊豪。
この【武言】で農林水産大臣のようなポストに就いている文官である。
食糧の生産と管理を長年受け持っているため、【愁国】の人間は彼に一目置いている。鎧兜ですら政権奪取時に彼をそのまま徴用したほどの有能人物である。
「お二方共、姫君の前で見苦しいですぞ」
「唐か。まさか俺に意見するとは、偉くなったもんだなぁ!」
「ご老人、止めないでいただきたい。まだ議論は尽くしていない」
「お聞きなさい! たしかに美鳳様も一紗様も優れたお方だ。しかし―――」
このとき、誰もが老人ゆえの説得力ある教義を期待していた。
だが、彼の口から語られた言葉は正反対のものだった。
「この国で一番の姫は榧・蕾華様に決まっとるじゃろ!」
今度は姫君だけでなく男達も絶句していた。しかし、唐は止まらない。年寄りの文官たちを味方に連れて自身の主張を展開する。
「蕾華様はこの国の食料事情を一気に解決してくださったお方じゃ」
「あ? 食料は俺が治めてた頃から豊穣だったろうが」
「元々は、です。じゃが、落ちのびた美鳳様の御為にとどこぞの阿呆将軍が食糧庫から大量に物資を無断拝借し、加えて謀反を起こした筋肉馬鹿が次々戦争するから食糧庫はスッカラカンじゃった! それを彗星の如く現れた美姫・蕾華様が氣巧術で満たしてくださったのです」
【愁国】は冗談じゃないくらい食糧危機間近だったらしい。《杜族》の木属氣巧術は稲や果実を一気に増やすことに一躍買ったようだ。
阿呆将軍は事情を知らなかった美鳳に叱られ、筋肉馬鹿元都督は一紗に鉄拳制裁されていた。図体の大きいはずの二人が小さくなっている。
そこに少し遅れて【愁国】の救世主、榧・蕾華が帰ってきた。
「ただいまー! ってあれ? どうしたの?」
「蕾華、後でお礼しなければなりませんね」
「お礼? よく分からないけど……だったら一紗さま貸して! 一日デートがしたいし!」
「そうだなぁ、今回ばかりは……付き合うぜ」
人知れず国家存亡の危機を救っていた蕾華はデートだけで満足らしい。【愁国】を安定させるためにあまり一緒にいる機会を作れなかったからか一紗に抱き着いて喜んだ。
この二人が【武言】で一日デートを楽しんだのはまた別のお話である。
蕾華の帰還により、【愁国】の最大戦力達が州都【武言】へ集った。
護帝覇兇拳の使い手・鎧兜、貴従兵将軍・龍宝、《杜族》の棒術使い・蕾華、我流暗殺拳の使い手・一紗。いずれも一騎当千の実力者達である。
彼らをまとめる都督・美鳳はお茶を一口啜ると会議の口火を切った。
「お疲れ様です、皆さん。軍議という形で招集させていただきましたが、もっと大きな枠組みでお話します。――我が【愁国】の未来についてです」
「……未来ね。このまま留まるか、先に進むかってことよね?」
蕾華の返答に美鳳は大きく頷いた。
「太平の世なら留まるのもありかもしれません。しかし、【愁国】はとても小さい。この戦乱の世では隣国に呑みこまれるのも時間の問題でしょう」
「五大国と渡り合うにしても、今の【愁国】では田舎の小国としか見なされねぇ。だからこそ、俺は戦争で領地を拡大しようとしてた訳だが……」
鎧兜との和睦後、彼の拡大戦争主義を悪だと一蹴できなかったのは彼の主張も理解できたからだ。乱世では食われる前に食うしかない。この修羅の国において隙を見せれば敗けてしまう。そして敗者に待っているのは無惨な死なのだ。
「かつての私なら隣国から領土を奪うなど認めませんでした。戦争すれば人が死ぬ。そして戦争相手は血を分けた兄弟が治める国なのですから……」
「……何かがあったのですか、美鳳様?」
流石に長年仕えてきた龍宝は主の心の変化を敏感に感じ取っていた。
涙を拭った美鳳は領主の顔に戻って厳かに告げた。
「……最近、隣国で虐殺が起きています」
「この修羅の国では珍しくもないだろ?」
一紗は素っ気なく呟いた。
「残念ながらその通りです。ですが、今回の犠牲者は領民ではなく、難民なのです。【愁国】の治安を知り、移住を考えた彼らが国境で命と物資を奪われるという事件が頻発しています」
「要は釣りの餌に俺達の国が使われてるわけだ。流石に虫唾が走るな。そんな舐めた真似してるのはどこの国なんだよ?」
「【寥国】です。【愁国】と隣接しているかの国の面積は我が国の二倍以上、そして今も膨張し続けています」
地図に示す【寥国】は確かに【愁国】よりは大きかった。しかしその領地は歪な形状をしている。横に長いというか不自然に延長しているように見える。
「この国は元々、【愁国】と同等程度の大きさだったのですが、戦争により他領を吸収していってるのです。我が国も随分狙われてきました」
話によると、美鳳は都落ちするよりさらに前、この【寥国】にはかなり手を焼いていたらしい。その際は龍宝が貴従兵を率いて迎え撃ち、何とか国境を防衛していた。だがこれ以上続けばいずれ押し負けると考えた美鳳は武官を欲し、実兄・鎧兜を迎えたのだという。
龍宝の武勇と護帝覇兇拳の力で【寥国】の侵攻軍を敗走に追いやったが、その後は誰もが知る通り鎧兜の謀反と美鳳の都落ちが起きてしまう。
「あの時は、本当に兄上を頼もしく思い、心から信頼していたのですが……」
「この修羅の国で隙を見せたお前が悪い。まァ後も大変だったがな。【寥国】は俺が都督の座についてもちょっかいかけてきやがったぜ? 逆に領土ぶんどってやったが……」
「それで今までダンマリだったのね」
鎧兜が強行した【利邑】や【慶酒】の徴兵もそのためだったようだ。
当時は部外者だった蕾華と一紗も段々と全容を掴めてきた。
同時に疑問が沸いてくる。【寥国】が周囲に戦争を仕掛けすぎている点だ。いくら乱世といえども頻度がおかしい。多方面に喧嘩を売って敵を作っている状態にあった。
「何でそんなに戦争してるんだ? 一応他国の領主も血を分けた兄弟になるんだろ? それをわざわざ分捕るなんて……五大国に対抗するためか?」
「あの愚兄がそこまで未来を考えている筈はないと思います。……一紗、国を治める上で食料と物資はどのようにして獲得すると思いますか? 大きく二つ手段がありますが……」
「一つは内需だな。国内を開拓し、町や畑を作って獲得する。もう一つは戦争だ。他国を侵略して領土と資源を奪取する」
満足そうに「正解です」と美鳳が答える。
すると蕾華と鎧兜は「流石!」と大袈裟に手を叩いて喜んだ。一応王族と皇族である二人も当然分かっているはずの知識であるが一紗の正答の事実そのものが嬉しいらしい。
「どちらが正しいかはその時によります。多くの国は双方の手段を有しているのが常です」
内需を安定させれば、他国の反感を買わずに利益を得られる。しかし、土地が痩せていたり、資源が乏しかったりすれば、どうしても内需は制限されてしまう。仮に潤沢な資源と農地を有していたとしても、その噂が外国に広まれば目をつけられて侵略される恐れがある。
そこで重要になってくるのが武力による戦争である。
戦争は勝てば大きなリターンがある。だが敗ければ悲惨だ。しかもやりすぎると諸外国の信頼を失いかねない上、長期化すれば国民も疲弊してしまう。
故に各国の領主は戦争か内需安定かを見極める必要があるのだ。
「……しかし【寥国】は違います。かの国は内需に目を向けません。戦争しかしないのです」
「なんだと……?」
曰く、【寥国】は《叛族》の血を引く第八皇子、紅・満喰が治める国らしい。国とは名ばかりの略奪国家で、近隣に戦争を仕掛けて領地や物資を奪い、生計を立てているというのだ。
「《叛族》ってのは確か〝盗賊の巣〟で戦った――」
「ええ。一紗が皆殺しにした傭兵集団と同族ですね。紅華帝国創立以前から特定の領地を持たない流浪の傭兵部族でした。その歴史から治政の理など培えるはずがありません。あの民族に統治なんてできる訳がないんです」
「一族単位で行動し、傭兵に、盗賊……と、敵から奪うことしかせんからな……」
龍宝が相槌を打っている。彼は〝盗賊の巣〟以外でも《叛族》と戦ったことがありそうな口ぶりだった。蕾華に至っては「略奪民族」とばっさり切り捨てている。
「帝はなんでそんな奴に【寥国】の統治なんて任せてるんだ? 他に適任者がいただろ?」
「姉御、忘れてるぜ? 俺達の親父は稀代の大馬鹿野郎だ。何にも考えてねぇのさ」
「兄上の言う通りです。【寥国】は《叛族》発祥の地という伝承があるため、その血を継いだ満喰に任せよう等と浅はかに考えたのでしょう。尤もその浅慮に救われた時もあるのですが」
「それどういう意味なの?」
蕾華の質問に答えたのは美鳳ではなく、その従者の龍宝だった。
「当時【愁国】は飢饉や疫病に見舞われ、捨てられた国だった。それを僅か八歳の美鳳様が改善なされ神童と称えられた故、そのまま【愁国】の復興と統治を任されたのだ」
「へー。小国とはいえ幼い女の子に統治を任せたっていうのは帝国の価値観から考えておかしいとは思ってたけど、そんな逸話があったのね」
称賛に照れたのか美鳳はわざとらしく咳払いをした。
今回は美鳳が【愁国】の領主になった理由、
鎧兜を武官として招いた理由、
鎧兜が無茶な増税や徴兵を繰り返していた理由及び対戦国の名が明らかになりました。
隣国である【寥国】とは因縁がある、ということになります。
※作者呟き
一紗と蕾華の【武言】デートは本筋には関わらないので
「番外編」としてどこかで描けたらなぁと思っております。
初めて【慶酒】に泊まった際の温泉回とか、
一紗が青月城で保護していた女性達のその後とか
本筋には関係ないけどどこかで書くべき話がちょくちょくあります。
本編に入れ込むとテンポが悪くなるので構想だけ練って脳内で没ってますね。
折を見て幕間の番外編一章分としてまとめて描けたらいいのですが。
三章、四章……と本筋が控えているのでいつ書くかが問題ですね。




