赦鶯との再会
懐かしい顔ぶれの再登場です。
美鳳の知らせを受けた【宍国】の使者たちは迅速に封印に長けた人物を選りすぐり【拳国】へと向かっていた。
陸路では何日もかかるため白龍の背に乗って空路から霧が立ち込める【仙洛】に向かう。
幻龍種の飛翔速度は頗る速く、半日で【拳国】の国境まで辿り着いていた。
国の盟主である赦鶯は傍盾人の它・凛透は勿論のこと、封印術に長けたスペシャリストとして嵌・雲讐、佩・慧刃、具・神覧の三頭領をお供に選んでいた。
「嗚呼、一紗に会えると思うととても胸が高鳴るよ」
「俺は惡姫より《膂族》の方が気になるぜ。拳法の国だからなぁ。封陣拳の使い手として名を馳せた嵌・雲讐としては一戦交えてェもんさ。ハハハハ!!」
「お二方共、浮つくのも結構ですが、もうすぐ【拳国】領に入ります。高度を下げてください。駐在の帝国兵士に見つかると厄介です」
「ウチの大将はまだ惡姫にご執心なのか。側室もあれだけいるというのに」
「まぁ英雄色を好むと言いますし……」
「まぁいい。それよりも窮奇だ。覇兇拳開祖が討ったのは文献に残っていたが、まさかその頭が【陽光霊山】に残されていたとは」
学のある民族は《九妖王魔》が誰に討たれたかは知識として知っているものであるいがその遺骸や本体がどこに眠っているかまでは周知されていなかった。
《膂族》や覇兇拳にとっては最強の漢が拳で破壊できなかった存在であるため、周囲の者達が恥として隠してきたのかもしれない。
地面に接触しそうなくらい低空飛行で国境を突破した白龍は【仙洛】に至ると再び上昇して【陽光霊山】を目指す。最も高く頂には覇兇拳道場があるため場所としては分かりやすい。
「グァルルルル!」
巨竜は霧立ち込める霊山の頂上まで飛翔すると高度を下げていく。
着陸目標地点だった道場は煙を上げており、道場の敷地には幾らかの死体が転がっている。
神聖な桃源郷にしては異様な雰囲気である。
「どうやら戦闘があったみたいだな」
「窮奇は老仙殿が封じたと聞きましたが……他に火種があるのですか? 流石は武の国というべきでしょうか」
「幸い消火活動は終わっているみたいです」
「大変だ! 一紗は無事だろうか!?」
「惡姫なら大丈夫だろ。 錯乱しすぎだぜ皇子様」
幻龍種の到着に色めきだす《膂族》達。その喧騒に赦鶯らの到着を察した一紗達は出迎えるべく室内から出て手を振る。その傍らには疲労困憊の《膂族》達の姿もあった。
「久しぶりだな赦鶯――」
「会いたかったよ一紗!」
出迎えの挨拶を済ませる前に白竜から飛び降りた赦鶯は強く抱擁する。相変わらず封印術で体格を男性に寄せているため感じるのは胸板の厚みと力強さだった。
遅れて着地した白竜から凛透達も降りて来る。
かつて揉めた頭領達と並んで救済に駆けつけるくらいに信頼関係は構築できているのだろう。
「お熱いことですこと」
「殿下、愛の告白は後にしてくれ」
「馴れ馴れしいのよ、一紗さまからさっさと離れなさいよ!」
「皇子、今は急を要するので」
赦鶯は目を吊り上げた蕾華と凛透に引き離されてしまった。
そんな〝彼〟は丁寧にお辞儀をする妹と目が合った。
「お待ちしておりました。〝兄上〟遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」
「いや、真っ先に僕たちへ知らせてくれて良かったよ。妖魔王を悪用されては大事だからね。……それで例の頭は?」
急に真面目な表情になった赦鶯はすっと目を細めた。
既に窮奇の首は元の部屋へと戻されている。
そこまでの案内をする道中、一紗達はこれまでの経緯を彼らに共有した。
「――成程。秀英の暴走と《仙絶血砕流》の本家狩りか。どの国も問題を抱えているね」
「鎧兜殿の姿が見えないのも道場の回りが屍だらけだったのもそういうことですか」
「……その裏で窮奇の悪意が蠢いていた、と」
「老仙殿がいなければ危うかっただろうな」
「覇兇拳開祖でも完全に封印しきれなかったんだ。さっさとやっちまおう」
扉を開けた瞬間、【宍国】メンバーの表情が強張った。
部屋の中央に置かれた首は妖魔の専門家たる《巫族》でさえ異様に覚える邪悪さがあったためである。小型化して赦鶯の肩に乗っていた白龍も氣を完封されて悪意を操作する力を失っている窮奇の首に牙を剥き激しく威嚇している。
「同じ妖魔同士分かるもんなんだな」
「ああ。白龍たち幻龍種は基本人間との共存を望む博愛主義で妖魔大戦も《巫族》と同じく中立だった。人間界の掌握を目論む覇権主義をとった《九妖王魔》達とは対極にある」
「そういえばそんな話だったな」
「勝敗が決まった後も妖魔を根絶やしにしようと人間が止まらなかった時は流石に仲裁に動きましたがね」
初代牛魔王の様な話の分かる妖魔に対しては協調路線もとりうる幻龍種も悪意の塊である窮奇に対しては敵意を隠さなかった。
赦鶯を筆頭に五芒星のように凛透、雲讐、慧刃、神覧が定位置につき、気を込めて印を結んでいく。
彼らが行使したのは、かつて皇鬼・崩界童子という〈五行封印〉という上級封印術だ。
発動にはそれぞれ五属性の適性を持つ封印術に長けた五人の氣巧術士が必須であるが、一度かけた術は超強力で対象自らが破ることはまずない。
外的要因がなければ突破できない最高位の封印術なのだ。
崩界童子封印の際は既に半覚醒状態にあったため封印には心身ともに追い込む必要があり苦労したが、今回の窮奇は既に老仙の奥義を受けて氣を完封された状態にある。
よって何の抵抗も受けず楽に封印することができた。『木』『火』『土』『金』『水』の紋章が術者の付近に展開され、それぞれの属性に沿った枷が窮奇の口を封じるように五重に縛りあげる。
これで封印は成ったが、念には念を入れて彼らは懐から符を取り出し、それぞれ窮奇が安置された台座に貼り付ける。四隅に貼った後、赦鶯が自らの符を投擲して天井に貼り付けた。
そうすると、符同士が氣で連結されてちょうど四角錐の結界を形成して窮奇の頭を囲んだ。
「五封結界術ですか。基本は五芒星の形で座上のものを封印するものですが、四角錐状にして完全に蓋をしてしまうなんて……流石は封印術に長けた《巫族》ですね」
「相手は妖魔王だ。徹底的にやった方がいいだろう。符が古びてきたら封印術の確認も兼ねて結界を張り直すから遠慮なく呼んでくれ」
「なぁ、どうせなら皇鬼と一緒くたに管理しちまった方が手間にならないと思うんだが」
「一紗様、相手は妖魔王なのです。万が一にでも共鳴したり、片方の封印が解けたら大変です。なので遠ざけて封印するのが鉄則なのですよ。牛魔王の直系は【倭国】におりますが、他の六体も離れた場所で眠っているはずです」
天下統一を果たした始皇帝ですら妖魔王全てが眠る場所を記した書籍を残していない。恐らく知らないのだろう。かつて混・貫信が皇鬼・崩界童子と融合を試みたようにその封印を解き悪用しようとする人間も少なくはない。どんな民族にとっても妖魔王は根源的恐怖の対象であり、その封印場所は最上級秘匿情報なのだろう。
一先ず、目下最大の問題は片付いたと言える。後は秀英との決着をつけに行った鎧兜の帰りを待つのみだ。
「さて、窮奇を封印したらどっと疲れてしまったよ。一紗、お茶を入れてくれないかな」
「茶なら《膂族》の連中が入れたやつが――」
「僕はキミの入れたお茶が飲みたいんだ」
手を握る赦鶯は期待の眼差しを輝かせている。
いつもなら面倒なことだと断るが、要望に応えて遠路はるばる来てくれた客人である。美鳳も「できるだけ希望に沿うように」と目線を送ってきたので脱力しながら急須を取りに行った。
しばらく後、宮女のようにお盆に茶菓子とお茶を持ってきた一紗は乱暴に足で障子を開けて皆が待つ客間へと入って来る。
慣れない手つきでお茶を入れた湯呑を配ると【宍国】の客人は一服し始めた。
「はぁ~……旨いお茶だ」
「台所にあった在庫の安い茶葉だ。もっと高級品を飲み慣れているだろ? 大体誰がいれても同じだっての」
「そんなことはない。可愛い女の子に入れてもらうお茶以上に美味しいお茶はないよ」
「か、可愛いとか! またそういうことを言う! 誰にでも言ってんだろ!?」
「いいや、キミだけだよ」
相変わらず女心を鷲掴みにする手管が上手いことである。
褒め慣れない一紗はやはり赦鶯の前ではいつもと違った乙女っぽさが顔を覗かせる。
赤面し、表情をコロコロと変える彼女をハンカチを噛みながら蕾華が見つめている。
「うー、今すぐ赦鶯を袋叩きにしたい。でもこのまま新鮮な反応の一紗さまを見てみたい心境もあるし、どうすればいいの~?」
「相変わらずだな、蕾華嬢は。アレでも一応同盟国の国家元首だぞ。慎んでくれ」
「いえいえ、よろしいですよ。皇子には良い薬です」
「凛透も殿下にはアタリが強いですね」
しばらくお茶を嗜んでいた一同だったが、まだ鎧兜の帰還はないようだ。
《仙絶血砕流》も崩壊したが、念のため老仙達の寝室や道場内は一紗の教え子達が巡回しているようで廊下からたまに彼らの足音だけが妙に響いていた。
「そういえば、兄上。《軍龍武臣》の団長方はお元気ですか?」
「ああ、そのことなんだけど――」
赦鶯は臣下達に人払いを目配せし、さらに封印術で部屋を密閉する。
誰も覗きや盗聴ができない空間を即座に作った後重い口を開いた。
「我が国は今戦争中だ。主戦力の《軍龍武臣》は戦地にいる。相手は【襍国】」
「聞かない国ですね」
「最近できた小国だからね」
美鳳達は首を傾げた。五大国には及ばずとも【宍国】は相当な軍事国家だったはずだ。新興国で宣戦布告する相手ではない。だが赦鶯は相手から仕掛けてきたと話を続けた。その話を捕捉するように神覧が口を開いた。
「勝算もなく我が国へ攻め入るはずもなし。私が麾下に調べさせたところ、どうやらかの国は【冰国】と通じているようです」
【冰国】といえば《滉族》の血を引く皇族、紅・霰玲が興した国である。南下政策を行っていたはずの彼女は何故か【愁国】を無視してその下の【宍国】を関係する国に攻めさせたのだ。その動きはいささか不自然だった。
「【冰国】も関係するのでしたら私達も無関係ではいられません。同盟国として手を貸しましょうか?」
「キミの好意には感謝するがそれには及ばない。【冰国】は今占領地の謀反を鎮圧するために動いていて我が国に割く戦力がないことは調べがついている」
「だから《軍龍武臣》だけで対処できると踏んで俺達はここにいるってワケさ」
「じゃあ【冰国】は参戦するとフカシこいて【襍国】を動かしたってのか? 何のために?」
「それは勿論、本命である【愁国】を狙うためだ。全てはその目晦ましさ」
一紗達に緊張が走った。こと政治において赦鶯は冗談を言うタイプではない。そして今まで【冰国】の南下政策から察するに【愁国】に仕掛けてきてもおかしくはなかった。
占領地の謀反は胡・洋の裏工作が上手くいっているということであるが、それもいつまでもつか不明である。まだ国境は接していないとはいえ【冰国】が近隣国家ごと【愁国】に攻めてくるのは明日かもしれなかった。
「これは【襍国】の捕虜から仕入れた機密文書だ」
慧刃が懐から差し出した密書には目を疑う文章が記載されていた。
端的に言えば、【冰国】が北から【襍国】が南からそれぞれ【愁国】と【宍国】を挟み撃ちにするという作戦指令書である。
「悪ぃな。裏を取るのに時間が掛かっちまったから今まで内密にしていた。適当な偽文書をばら撒いて動揺を誘う手かもしれなかったからな」
今や【愁国】も大きくなった。その強国へと攻め入るというのだからそれなりの準備がいるはずだ。だが流出した文書は本物だった。赦鶯達が火急的にここへ来た理由は妖魔王を封じるためと同盟国に危機を知らせるためだったのである。
「妖魔王も封印したことだし、僕達も国へ戻るよ。戦力こそこちらが上だが案外相手も粘り強い。いつ戦況が変わるか分からないからね」
「そういうことで悪いが、今お宅らが【冰国】に襲われても俺達は助けに入れねぇかもしれねー」
「お前達も自分の国は自分で守ることだ」
「情報は適宜共有しますので。そちらも何かあれば連絡をちょうだいね」
「すぐに戦の準備を始めておいた方が得策かと」
一服を終えた彼らは封印術を解除し、外へと飛び出した。
いつの間にか巨竜へと姿を変えた白龍は搭乗者を迎えようと姿勢を低くする。
すぐにでも出発できる準備を整えた彼らを見送るべく一紗達も外へ出た。
お礼を言うために前に出ていた美鳳の耳元に赦鶯が口を近づける。そして一紗に聞こえぬように封印術で音を遮りつつ美鳳にだけ聞こえるように小さく囁いた。
「美鳳、……霰玲の狙いは間違いなく一紗だ」
「ええ、分かっています。姉上は早くから〝盗賊の巣〟に目星をつけて私とほぼ同時期に惡姫を勧誘しようと動いていましたからね。彼女からすれば妹に横取りされたと怒っていても不思議ではありません」
【冰国】というよりその盟主が惡姫を戦力として欲している以上衝突は避けられない。惡姫を差しだせば和解もありうるかもしれないが、その気は美鳳もさらさらなかった。
ただ一紗本人が霰玲の狙いを知れば大胆な行動をとりかねないと懸念した赦鶯は気を遣ってあえて一紗の耳に入らないようにしたのである。
「執拗な南下政策もキミへの牽制だろう。間違いなく近いうちに仕掛けてくるよ」
「覚悟の上です。姉上とはそりが合いませんでしたし、彼女と敵対する危険性を秤にかけて尚、一紗を勧誘できた功績は大きかったですから」
「そうだね、一紗がいなければこの関係もなかったかもしれないし、我が国の内乱も違った結末になっていたかもしれない。キミは良い選択をしたと思うよ」
短く小さく会話を終えた皇族二人は何事もなかったかのように封印術を解除し、とってつけたような別れの挨拶を交わした。
途中会話が不自然に途切れたことを疑問に思う一紗に誤魔化すように赦鶯がその髪を撫でる。
「名残惜しいがこれで失礼するよ、一紗。蜜月の一時はまたの機会に」
「あ、おいッ!」
追求する前に飛び立った彼らは既に空高く舞い上がっている。
もうその背中を見送ることしかできない。
「行っちまったな。美鳳、赦鶯と何を話してたんだ?」
「別に。皇族兄妹の内緒話ですよ」
一紗と同じく首をかしげる蕾華も二人の会話を聞いてはいなかった。
もっとも、彼女は赦鶯には目もくれず一紗の方ばかりに集中していたため封印術がなくとも聞き逃していただろう。
美鳳は迫りくる敵軍大将・霰玲の狙いを仲間達には明かさず、一人胸の内に仕舞うのだった。
赦鶯が半日移動している間に《仙絶血砕流》は壊滅しました。
一紗が鍛えた武人たちが押しきりました。
モブキャラの戦闘を延々描くのもと思い大幅カットですw
残るは首領の秀英のみですね。
《巫族》は封印術に長けた民族として徹底的に窮奇を封じました。
氣の流れを封じられた上で体の動きと意思を封じ、外界と遮断する結界まで張られれば再生復活は厳しいでしょう。
結界メンテナンスのアフターケア付き。持つべきものは同盟国ですね。
そんな彼ら【宍国】は新参国家と戦争中でした。
その背後にいるのは【冰国】。
盟主、紅・霰玲は早い段階から一紗=惡姫を狙っていました。
【薇国】の盟主にして第一皇女の紅・銀杏は栄養素として一紗を狙っていましたが
霰玲は戦力・臣下として欲していました。
彼女こそ第一章で美鳳が「他の兄弟に先を越される前に」と最も警戒していた人物です。
他にも一紗争奪のライバル達はいましたが、現時点では大体皇位継承戦に敗れて消えています。




