鎧兜の計略
なぜ指名手配されて賞金稼ぎが押し寄せたことに気づけなかったのかが分かります。
蕾華が完全に回復し、話もまとまった一紗達は木陰に待機した。身を隠したのが却ってよかった。美鳳達はここにはいないと判断した賞金稼ぎたちは周囲から消えていた。
そこに鬼の仮面をつけた《顔無》が現れる。今まで見たこともない女性だ。
「美鳳様、ご無事でしたか。例の件、時間がかかりましたが情報を集めました」
鬼面の《顔無》は美鳳に密書を渡して再び首を垂れる。
「ありがとうございます。一部の者達との連絡が取れなくなっているので調べてください」
「御意」
彼女は一瞬で消え去った。その身のこなしから他の《顔無》より実力が高いことがうかがえたが、今は彼女の持ってきた書類の方が気になった。
「それは何だ?」
「何かを調べさせていたみたいだけど、敵の弱点でも分かったの?」
蕾華も興味津々に書類を覗きこんだ。
「弱点かどうかは分かりませんが、鎧兜の過去を洗ってもらいました。一緒に確認しましょう。打開策が見つかるかもしれません」
「あの殺人拳は脅威だからな。できれば弱点らしいことを経歴から探れればいいのだが……」
情報を共有する三人。鎧兜は紅帝によって《膂族》に伝わる護帝覇兇拳の道場に預けられる。そしてその厳しい入門試験に合格し弟子入りし鍛錬を積んだという。道場には他の兄弟弟子も存在していた。《顔無》が調べた情報によれば、弟弟子と揉めて決闘するも返り討ちにされ、顔に深い傷跡を残したらしい。暗殺拳故に情報が秘匿されており、それ以上は分からなかったようだ。
「新たに分かったのは兄弟弟子の存在だけか……しかし何でもめたんだ?」
「揉めた理由と兄弟弟子の居場所は突き止められなかったようです」
「結局振り出しかぁ……」
鎧兜の対抗手段を考える一紗達の背後に複数の《顔無》が現れた。
無言でゆっくりと近づいてくる。
「貴女は【武言】潜入組の……連絡がないから心配してたんですよ。何か報告が――」
「あぶねぇ!」
殺気を感じた一紗が美鳳を押し倒した。
その背中ギリギリを手裏剣のような刃物が飛んでいく。
攻撃を躱された彼女達は暗器を構えて追撃してくる。止むを得ず蕾華は樹杖で牽制した。
「どういうこと? 美鳳の部下じゃないの? この子達、《顔無》を真似た敵のスパイ!?」
「いいえ! 紛れもなく《顔無》の隊員です! でもどうして!?」
「大方、宋みたいな妖術使いに操られてんだろ! 奴よりずっと練度の高い洗脳術だが」
部下に敵として襲われるとは思っていなかった美鳳は狼狽し、パニックになっている。《顔無》が敵の手に落ちたとは認められないようだった。
「でも彼女達は氣巧術に耐性があるよう鍛えていますし、あくまで情報収集を頼んだだけです! 敵に見つかるようなヘマはしないはず……今までだって一度も――」
「深入りしちまったんだろ。故郷を目前に士気が上がったのは美鳳と龍宝だけじゃなかったんだ。こいつらは不幸な境遇から救ってくれた美鳳に恩義を感じてるって聞いた。きっと追い詰めた鎧兜の首を狙って返り討ちにあったんじゃないか?」
「そんな……」
「心配しないで美鳳。この子達は殺さずに術を解かせるから」
得意の木属氣巧術を発動する蕾華。彼女の練った氣に呼応するように木の根が地面から生えてくる。木の根は《顔無》を捉えようとするが、素早い身のこなしで躱されてしまう。
「どーなってるの!? この術で捕縛できないなんて!」
「《顔無》は隠密部隊です。攻撃力こそ低いですが、隠匿、防御、回避能力は凄まじく高い。鎧兜もそれを見越して尖兵に寄越したのでしょう」
「ちっ! やりづれぇな! 敵なら最悪皆殺しにできるが、味方じゃ威力のある技は使えねぇ」
「でも、手加減した拘束技を使っても躱されるわ」
一紗はその境遇からほとんど一撃必殺のパワー技が多く、捕獲には向かない。蕾華が一番適してはいるが、それでも飛び回る複数の少女達を捕まえることができなかった。仮面のせいで表情が読み取れないのも捉えにくい原因だろう。殺せない隠密部隊ほどやりにくい相手はなかった。
「こういう練度の高い洗脳術は経験上術者が近くにいる可能性が高い。蕾華、悪いが《顔無》を押さえてくれ」
「でも、さっきも捉えられなかったし……私一人じゃあ……」
「お前ならできる。お前にしか頼めないんだ」
熱い視線を送る一紗。蕾華は何かを思い出したかのように頬を染めて体をもじもじさせる。
迫りくる《顔無》を一時的に退けてつくった僅かな時間でそっと呟いた。
「じゃあ……キスしてほしい」
「あぁ!? こんな状況で何言ってんだ!? キスならさっきやっただろ?」
「あれは私から。今度は一紗さまからしてほしい」
「うっ!」
みるみる赤くなる一紗。先程の不意打ちも狼狽したが、自分から女の子にキスするのは恥ずかしすぎた。既に蕾華は受け身の体勢になっている。
男として半生を生きた一紗であるが女性経験は皆無だった。手順もよく分かっていない。
(別に男相手にキスするわけじゃない。相手は可愛い女の子。友達同士のノリでスパっとやっちまえばいい。……畜生、なんでこんなに緊張するんだ。日本で予習しとけばよかった!)
美鳳は野次馬根性でじーっと見つめている。あまり余裕のない中、《顔無》を捕縛し、洗脳術者を押えるには蕾華の協力がなければ達成できない。蕾華の士気が上がるなら出来るだけ上げておきたい。選択の余地はなかった。
「あぁもう! わかったよ!」
一紗は《顔無》が迫る僅かな間だけ蕾華と唇を重ねた。蕾華はそっと腕を回して一紗を抱擁する。彼女としては名残惜しかったが、敵の眼前でこれ以上余裕がなかった。自分から身を離して迫る《顔無》を樹状で弾き飛ばす。
「……じゃあ美鳳を頼んだぞ。俺は術者を殺る」
恥ずかしくなった一紗はすぐに地面を蹴って飛び出していった。追おうとする《顔無》を伸ばした樹杖で撃ち落とす。
「通さないわ。一紗さまが私に頼んだんだもの」
一紗に励まされた蕾華の士気は高かった。ぶつけられる暗器を樹杖で全て捌ききり、木属氣巧術を発動する。棒術と木属氣巧術、どちらが陽動でどちらが本命か分からなくなるほど、その攻撃は巧みだった。守られる美鳳も感嘆の声を漏らす。
「凄いですね。これが恋する乙女の底力ですか」
直接戦闘は苦手とされる《顔無》も練度は高く、連携して攻めてくる。
ある者は毒霧を散布し、躱させたところで仲間に襲わせようとした。
蕾華は樹杖で螺旋を描いて霧を振り掃い、伏兵は得物を伸ばして昏倒させる。
「仲間を操られている私が見物するだけでは格好が尽きませんねっ!」
蕾華の奮闘を陽動にして美鳳は〈金縛り〉の氣巧術を発動。
何人かの《顔無》の動きを封じたが、まだ三人残っている。彼女達は自分の身体が人質になることを弁えた上で捨て身の特攻に出てきた。
急所を狙えなかった蕾華が三人から挟撃を受ける。毒を染みこませた小刀が彼女の細い身体を抉った。目を見開く美鳳。
――とそこで穿たれたはずので少女の身体が木の葉に変わり宙を舞った。同時に四方八方の地面から伸びた大木が《顔無》全員を覆い尽くす。
「〈樹牢・棘〉」
洗脳されていた《顔無》は木造の檻に閉じ込められた。抜け出そうとすると棘が牙を向く。
自害しようとした者には蔓がまきついて動けなくする仕組みになっていた。
「あとは一紗さまが術を解いてくれるまで大人しくしておいてもらうわ」
森林の中を猿のように飛びまわる一紗は早々に敵を見つけた。やはり近くにいるという読みは正しかったらしい。術者は奇妙なほど肌が白くパンクな格好の骸骨のような男だった。
「来たね来たねー……子ネズミちゃんが一匹」
「お前が術者か。名乗るなよ。そのまま死ね!」
一紗の拳は見えない壁に阻まれた。
「結界か!?」
「ちと違うね。天才の僕ちんが開発した防御術さ。物理攻撃は一切効かない。僕ちんはこれで鎧兜様の拳を止めたことで認められたんだ。ククク、我流拳法の使い手の惡姫殿はどうすることもできまい」
自分の戦闘スタイルと惡姫であることを見抜かれていた。狩人として獲物のプロフィールは把握済みらしい。
「よく知ってるな。俺の闘い方を。さしずめ鎧兜の情報部隊ってとこか?」
「まぁね。情報こそ武器だよ~。【武言】を飛び回っていた蝿もすぐにわかったし、罠にかけて~捕えて~手駒にしてあげたんだ~。僕ちん防御型だから攻撃は苦手でねぇ~。洗脳した敵兵を使うのが戦法なんだよぉ。敵兵だから敵陣に潜入させやすいし壊れても補充できる」
「貴様ぁ!」
怒りに任せて男を覆う壁を攻撃する一紗。己が持つ様々な剛拳を試す。しかし罅が入るくらいで壁は破れなかった。しかもせっかく入れた罅も即座に直ってしまう。
「へー……僕ちんの壁に罅を入れるなんてやるね~。でもこの壁は覇兇拳の奥義でしか壊せなかったんだ。底の浅いただの我流拳法では壊せないよ~」
「このっ! 〈壁砕嘴〉!!」
手の平を伸ばし突貫力を上げて見えない壁に刺突する。
貫通力を高めた防衛系氣巧術を破る技である。
先ほどまでとは威力が違い、壁の一部に穴を開けた。そのまま男を狙うが、手刀は男の喉の先で止まってしまった。
「あぶない、あぶない。惜しいなぁ~」
「くっ!」
「でも大した攻撃力だよぉ~。いいね~。かわぅいいのに拳も強いなんて~。惚れちゃうなぁ~。君も僕ちんの手駒に欲しいなぁ」
手に顔をスリつける男に悪寒を感じた一紗は腕を壁から引き抜き、距離を取った。
相手は余裕の笑みを崩さず壁の穴を修復してしまう。
「あれ~逃げちゃうのぉ~? もっと僕ちんとお話しようよ~」
「今日ここで死ぬテメェと話すことはねーよ。 断末魔なら聞いてやるが?」
「減らず口だね~。いいよぉ~。でも僕はそういう気の強い子が屈服する姿を見るのがだぁい好きなんだ~。ふふふ~、キミのために手駒を用意したんだぁ!」
男は氣を練り上げて召喚術を行使する。
宋のように妖魔でも呼ぶのかと身構えたが、出現した敵は妖魔でも兵士でもなかった。
新手は複数人の女だった。虚ろな表情で果物ナイフや刺繍針を手に襲ってくる。彼女達の着物から察するに町娘のようだ。
「貴様……【武言】の民衆を洗脳しやがったのか!」
「ふふふ~知ってるぞ~聞いてるぞ~! 惡姫は女を殺せなぁい! まして主君の故郷の民衆を手にかけることはできないんだぁ~!」
情報部隊出身だけあって惡姫の特性まで看破されていた。〈顔無〉を蕾華に任せたのもそういった理由があったからだ。
普通の女ならば昏倒させることはできる。しかし、氣巧術で操られ強化されている彼女達は一筋縄ではいかなかった。
気絶させるために手刀を振るえば人形のような動きで強引に躱されてしまう。
急所以外に攻撃して怯ませようとすれば無防備の女を盾に使われてしまう。
それで手を止めれば刃物で攻撃してくる。屈強な男たちより戦い辛い。
「ちっ! やり辛いな!」
体力が消耗したところを見計らって女達が一紗に纏わりつく。何人も覆いかぶさってきたことで体の動きを封じられてしまう。凄まじい肉厚で間接を固められていく。
完封を確信した男はねっとりとした動きで接近してくる。
「やっと捕まえたぁ。もう手間かけさせてぇ~。君はゆっくり念入りに洗脳してあげる。あ~……でも近くで見ると美しいなぁ。捨て駒の戦闘要員にするのは惜しいなぁ~。僕の子供でも産んでもらおうかな~」
怖気が走る一紗は気持ち悪さのあまり男の顔面に唾を吹きかけた。
だが男はその唾すらも舌で舐め取って不気味な笑みを見せる。
完全にモノにしたと思っている様子だ。
「ハァァァァアアアアア!!!」
一紗は己の氣を集中させて全身に滾らせる。
焔のような闘氣が女達を弾き飛ばしてしまった。周囲一帯を包みこむ氣は重力のようにのしかかり、氣巧術を扱えない町娘は立ち上がれなくなってしまった。
「《顔無》ならまだしも一般人が俺の本氣に耐えられるはずがねぇ。俺は〝盗賊の巣〟に居を構えた〝惡姫〟だぞ! 控えろ下郎! その首落としてやる!」
「何をぅ!? 小娘の拳で僕ちんは殺せないと証明したばかりだろう! さては小さな穴を開けた程度で図に乗っているなぁ? じゃあこれはどうだぁ?」
彼を囲む防壁が一瞬煌いて分厚く補強されていく。
さらに防壁を囲い込むように二重、三重に新たな防壁が追加されていく。一枚突破するにも苦労した壁が強度を増して追加されたのだ。並の戦死なら心が折れる状況である。
「俺の拳法は我流だが今日まで修羅共と戦って生き延びてきた拳だ。底が浅いかどうかその身で味わってみろ」
一紗は瞬時に両手で膨大な氣を練りこんだ。
凝縮された氣は青白く丸い光のように認識できる。
その高密度の弾を握り拳程度まで大きくすると一気に射出した。
「〈波動弾〉!」
「なっ!?」
高密度の氣を圧縮した〈波動弾〉は高速で骸骨男の元まで飛んでいく。
そのまま三重の壁を透過して驚く間もなく男を爆殺した。
「物理攻撃を遮断する壁。最初に種を明かしたのは駄目だったな。俺の我流に底はねぇよ」
一紗が戻った時、《顔無》は全員意識を失くして倒れていた。
念のため、美鳳が洗脳解除系の氣巧術を施している。ついでに町娘の洗脳も解いてもらうことにした。合流に際し互いの無事を喜んだが美鳳の心には怒りが満ちていた。
「……許せません。【愁国】を弄び、私の部下の命さえ弄んだ鎧兜を!」
美鳳は『武言城』の方を睨む。
傷ついた《顔無》と町娘達を介抱しながら美鳳達は攻略の作戦会議を始める。これ以上待っていればまた他の氣巧術師によって味方を手駒にされる危険があったからである。一刻も早く城を落とす必要があった。
思慮に耽っていた一紗が何かを思いついたようで美鳳に確認を取る。
「なぁ、【武言】の兵は疲弊しているか?」
「ええ。疲弊しきっていると思います。【慶酒】の識弱草入りのお酒を呑んだ者もいますし、盗賊との闘いでも疲弊しています。物資が不足し、補給しようと【利邑】や【慶酒】に増援を出したとも聞いています」
「今の【武言】はこれまでにないくらい手薄ってことね」
「ああ。そして城には美鳳派の官僚もいる。――ってことは鎧兜を倒すなり、劣勢に追い込めば城を内部から制圧することもできるんじゃね?」
「理屈ではそうですが……町に正門から入るのは自殺行為ですよ」
「俺に潜入の策がある。要は蕾華だ」
「私?」
一紗の大胆な潜入作戦を聞いた二人は驚きつつも納得したようだ。特に頼りにされた蕾華は一番乗り気だった。問題は一紗の潜入に適した木属氣巧術が必要なことだったが、《杜族》である彼女は余裕で可能だと○サインを出してくれた。
「良い潜入作戦ですね。これなら正門を素通りして城の内部まで攻め込めます。一紗の策を聞いて私も良い案が思いつきました。貴女の案に加えてください」
「ふっ、聞こうじゃねーか」
名もない敵キャラ。
妖魔を洗脳して使役することもできますが、敢えて女の子を狙っています。
一紗達が強いために忘れがちな紅華帝国のやばさを思いださせるために登場させました。
そして一紗が前に話していた遠距離技の一つ〈波動弾〉のお披露目です。
イメージ的には某「波導の勇者」的な感じですね。威力を落とせば出が早くなります。
次回【武言】潜入作戦の決行、いよいよ鎧兜との直接対面です。




