三姫の手料理
箸は進みますが箸休め回です。
経孔を突かれた鴻堂だったが美鳳の延命措置と本人の悪あがきもあり、何とか老仙と鎧兜の下へ辿り着くまで持ちこたえてくれた。
専門家である二人の適切な処置を受け、峠を越えた鴻堂はそのまま布団で寝かされる。
「ふー、危ないところじゃったわい。鎧兜もよくやってくれた」
「秀英の拳で死なれたら寝覚めが悪いからな。それにしても相変わらず的確な拳打だ。一歩遅けりゃコイツは爆死してたぜ」
「〈仙闘氣〉を身に着けた鴻堂を確実に殺すつもりだったのじゃろう」
「すみません……あの力があれば秀英を倒せると驕りました」
いきなりあらゆる能力が向上して今までにない高揚感を得たのだから実戦経験のない若人が調子に乗ってしまうのも無理はないだろう。
鴻堂はその日の修業予定を切り上げ、氣を安定させることに努めることとなった。
担当医として美鳳がつきっきりで看病する。
一紗と蕾華は森に教え子達を置いてきたままなので薬草の回収を兼ねて一度戻ることにした。
再び修業を再開することとなった鎧兜はしばし複雑な表情を浮かべる。今まで碌に戦えなかった鴻堂が〈仙闘氣〉を身に着けただけで《仙絶血砕流》の構成員とまともにやり合えるようになったのだ。努力しても習得できない外弟子として嫉妬の情を隠すことは難しかった。
「秀英の蛮行を肯定するつもりはねェが、アイツの気持ちも少し分かる……」
「そうじゃろうな。鴻堂は拳才において秀英に遠く及ばん。だからこそ返り討ちにあったのじゃろうが、例えばもっと才覚があればやられたのは秀英の方じゃったろう」
鴻堂自身が成長の見込みがなかったとしても、〈仙闘氣〉が受け継がれたその子孫に海亘並みの猛者が現れる可能性は十分にあった。遠い未来で自分のように絶望する者が現れないように彼は鬼になったのだろう。
「皮肉なもんだなァ。始祖の血才を覚醒させるには強者と命のやり取りをすることが手っ取り早いということを秀英自身が証明しちまった……」
「鎧兜……」
「ハッ! 望んでも手に入らねェもんは仕方ねェ。俺は俺のやり方で強くなるだけだ」
「……よう言うた。年を取ると、涙腺と膀胱が緩くなる一方じゃわい」
腐ることなく前向きに努力する鎧兜に老仙は思わず涙した。
優秀だった他の三人の弟子達が各々の矜持の為覇道へと進んでしまっている、鎧兜の存在が唯一、まっすぐな鎧兜の存在が救いになったのかもしれない。
二人の稽古の掛け声が道場に再び響きだした。
一方、森へ戻った一紗は置いてきてしまった薬草の入った袋を無事に回収することができた。
秀英も仙人の血筋以外に関しては常識人だったようで、少女達が懸命に集めた袋の中身を持ち去らなかったばかりか不足している希少種の草まで追加してくれていた。
さらに妖魔たちに食べられないように守りの護符を張り付けて近くの木々に吊るされていたのだ。
「う~ん、良い人なのか、悪い人なのか分からないわね」
「根本的には善人だったんだろう。けど〈仙闘氣〉とそれを覚醒させるために外弟子を捨て石にしていた事実で狂っちまったんだ」
彼が覇兇拳を学ばなければ違っていたのかもしれない。
だがそうなると今の鎧兜はいないだろう。運命とは数奇なものである。
「希少種の薬草の原生場所を熟知しているってことはこの森に潜伏していたのかしら」
「恐らくな。【拳国】全域で本家狩りをしている危険な連中が隠れられる場所は限られている。今姿を晒したということはそろそろ本格的に爺さんと鴻堂を殺しに来るかもな」
「え? 秀英の力は相当のものだったけれど、あのお爺さんに勝てるとは思えないわ。現に今までお爺さんとの直接対決を避けて身を隠してたんでしょう?」
弟子の凶行を止めるため探知能力にも長けた老仙本人が【拳国】中を探し回っていたが、それでも秀英の消息を掴めなかった。鴻堂が今回襲われたのも老仙の庇護下を外れたからだ。秀英が老仙を恐れているのは明らかである。今まで恐れていた相手を殺しに来るという真逆の行動に出る理由を蕾華は理解できなかった。
「確かに爺さんが万全な状態であれば如何に秀英でも敗北は必至だろう。けれどあの爺さんはもう万全な状態で戦えない」
「全盛期からは衰えているけれど〈仙闘氣〉を使えば――」
「俺は横目で鎧兜と爺さんの修業を見てたが〈仙闘氣〉の継続時間が眼に見えて減ってきていた。恐らく鎧兜程の男に全力でぶつかる程に消耗していっているのだろう。そしてそれこそが秀英の狙いだ。奴は勧誘を鎧兜に断られた際に一週間の猶予を設けたらしい……が期日はとっくに過ぎている」
「鎧兜が味方に入ればよし。もし敵対することになっても自分を止めるためにお爺さんに修業をつけてもらうことになるだろうから……お爺さんは鎧兜を鍛える度に消耗していく?」
「ああ。恐ろしく頭の切れる漢だ。力だけの敵より余程厄介だな」
「大変! 急いでお爺さんに知らせないと!」
「いや、爺さんも耄碌していない。自分が弱っていくのを承知で、鎧兜に修業をつけているんだ。俺達の立場的にも鎧兜を鍛えてもらわなければ困るしな」
「でもこのまま放っておけば、弱ったところを奇襲されちゃうじゃない」
「落ち着けよ。俺だって傍観者に徹するつもりはない。少なくとも秀英の問題が片付くまでは代替手段を考えてある」
【拳国】の山々は深く広い上に様々な場所に点在している。山狩りしても《仙絶血砕流》の拠点を見つけることは困難だろう。できるなら当の昔に老仙が発見しているはずだ。
蕾華は《杜族》として植物の声をある程度は聞けるが憑霊術を身に着けていないため完璧ではない。その上、全ての植物が《杜族》に協力的とも言えないのだ。
山狩りは現実的ではなかったため、やはり一紗の代替手段に期待するしかなかった。
そうこうしている内に手拭いと妖魔の一部を回収してきた門下生たちが続々と集まってきた。鴻堂が《仙絶血砕流》と衝突している間にも真面目に修練を積んでいたようだ。
始めは一紗の休養と食材や薬材集めの方便でしかなかったが、強い妖魔との戦いを経て得るものも多かったようだ。彼らは互いの戦利品を自慢したり、健闘を称えあったりしていた。
「師匠、赤い手拭いの妖魔から角を獲得しました」
「先生、私は黄色の手拭い妖魔を片っ端から倒してきましたよ」
「俺は赤い手拭いの奴でしたが数じゃ一番です」
自分の成果を誇らしげに語ってくる教え子達はことのほか可愛らしかった。
秀英関連で忘れがちだが彼らも相当冒険してきたのだ。教育は飴と鞭が基本。鞭ばかりではやる気を失くしてしまう。そこで一紗は彼らを労ってやることにした。
「よし! お前ら、道場まで運んで来い。食材は殆ど備蓄に回すから《膂族》にとっては量は少なくなっちまうだろうが、俺が手料理を振舞ってやる」
「「え!? マジですか!?」」
彼らの驚きは師が自ら労いの料理を作ると約束してくれたことではなかった。格闘技一筋に見える一紗が料理できるとは思っていなかったのだ。教え子達の顔色からその考えを察した一紗は少し不機嫌になる。
「なんだよ、俺が料理できるのがそんなに意外か?」
「うん、一紗さまは鍋を焦がしたりジャガイモを小さくしてる姿しか想像できなかったわ」
「蕾華……お前もか」
野営では何度か木の実を集めたり魚を焼いたりしていたが、家で振舞う料理を作っているイメージが出来なかったようだ。
「青月城を根城にしてからは侍女にやらせてたし、【愁国】についてからも大体他の奴がやってたからな。振舞う機会もなかったか」
「大丈夫。一紗さまの手料理なら多少炭の味がしても私なら美味しいと感じられるから」
「失礼な奴だな、俺の腕疑ってんだろ」
これは下馬評を覆す必要がある。俄然やる気が出てきた一紗は一足先に道場の方へ戻り、料理の準備に取り掛かった。
鍋や火起こしの準備をしていると、フライパンや調理器具を隣からドサッと配置された。
右には蕾華、左には美鳳が位置についている。
「何の真似だ? 手伝いなんていらんぞ? 一人でできるしッ」
「これだけの人数分を一人で作るのは現実的ではありません。というわけで私から一品提供します。そうですね、鴻堂さんに利くような滋養強壮になる料理を作ります」
「じゃあ私からは【木国】の伝統料理を作るわ」
「まぁこの人数だしな、品数は多いに越したことはねーか」
彼女達の言い分は納得できるものだったし、彼女達の料理にも興味があった一紗は強く拒絶しなかった。
他方、美鳳と蕾華は自分の料理を作る建前で一紗を監視し、腹を壊しそうなものを作りそうになっていたらフォローするつもりだったのだ。
だがその不安は良い意味で裏切られた。包丁さばきも手際の良さも遜色はなかったのだ。
一流の料理人と比較すれば見劣りするものの、「料理ができる」という自評は間違いではなかったのである。
「まだ疑ってたのかよ。お前ら、手がとまってるぞ」
「「あっ!!」」
珍獣でも視たように一紗の下準備に目を奪われていた二人の姫は慌てて自分の料理に着手し始めた。
美鳳は体力が落ちていたり、病気の人間に利くような栄養補給しやすい料理だった。下ごしらえ的にお吸い物に近いようだ。材料には川魚と薬草が多くあった。
彼女には何度か料理を振舞われているので一紗も特に心配はしていない。
右に目を向けると、茸や野菜が多いようだ。植物性妖魔の肉も並べてある。
そして下ごしらえにホワイトソースを作っていた。
「蕾華だって姫だろう? 料理するのか?」
「勿論。義務教育よ。《壘族》が作った食材を《杜族》の調理師が料理すると活力漲る一品ができるって評判なのよ」
「あー、《壘族》は農耕するときに願掛けするように土に氣を込めていたな。育壌もそれで旧寥国領の土地を回復させてくれたし……」
「うん、あれと似た要領で《杜族》は調理調合の時に草花に氣を込めるからね。美味しくなるわよー。美鳳と一紗さまにも食べさせてあげる」
「そいつはいいな」「負けてられませんね」
三人の姫たちは競い合うように料理を続けた。
その香りに誘われて自主鍛錬中の門下生たちがやってくる。
「良い匂いだわ」「腹減ってきたな」「晩飯前の夕食でも食べに行くか」
「「「え?」」」
食材の数を見た彼らは自分達の腹を十分に満たせる量になるか怪しく思ったらしく腹八分目を予め満たすために外食へと出かけて行ってしまった。
殆どが大食漢の《膂族》だが大した胃袋である。
やがて自主練習組が本格的に休憩に入り、外食組が帰ってくる頃に三人の料理は完成した。
「できました。『魚肉汤(ユーロ―タン)』薬草仕立てです」
美鳳はやはりお吸い物的な魚料理を完成させていた。お吸い物といえば添え物的な印象を持つが、大きな器に盛りつけられたそれはメインディッシュで通じる華やかさがあった。量は大きいものの、魚は切り身は卵と共に上品に浮かんでおり、薬草がいい風味を出している。
「『奶汁烤菜』よ。茸と植性妖魔の肉を取り入れたわ」
蕾華の料理は率直に表現するとグラタンだった。
茸と野菜をふんだんに使い、妖魔とはいえ植物性の肉を使っているため臭みはなく、西洋風かつ健康的な料理だった。焼き加減も絶妙であり、こんがり肉が食欲を煽る。
「俺のはカツ丼。妖魔素材版だ! ――やっぱ体育会系にはコレだよな!」
一紗が拵えたのは人気のある日本の大衆料理である。調理方法はスタンダードであるものの素材は妖魔を使用している。脂の乗った獅子妖魔の精肉を揚げて、エミューのような大鳥妖魔の卵を贅沢に使用したため、皿は比喩ではなく金色に輝いていた。その上にお愛想程度に三つ葉のような薬草が添えられてあった。
素材が良いためか味見した一紗も自分がかつて日本で食べたどのカツ丼よりも美味で思わず顔が綻んでしまったほどだ。飢えた教え子達を満足させるには十分だろう。
「「「さぁめしあがれ」」」
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
よほど腹が減っていたのか単純に美少女の振舞う料理の味が気になったのか礼儀作法もなくがっつく勢いで修練者達は箸をかきこんでいく。
「この『魚肉汤(ユーロ―タン)』、味が薄いかと思ったけれど出汁が効いてていいわ。薬草も魚の味を殺さずに引き立てている。ただの栄養補給だけでなく普通に毎日食べたいくらい」
「お褒めに与り光栄ですね」
美鳳の料理は主に女性メンバーに好評だった。
「この肉料理、旨い。卵がからんだ猪肉に衣の油が舌に馴染む!」
一紗のカツ丼は主に男性陣の胃袋を掴んでいた。
肉厚のすごい猪肉の油揚げを食べる鎧兜も好みの味だったようだ。
「旨ェ旨ェ! 毎日でも馳走になりてェなァ!」
「こらぁ、鎧兜! どさくさに紛れて告白しないの!」
目くじらを立てる蕾華もせわしなくお代わりを作っている。
「『奶汁烤菜』、食べる度に力が溢れてくるぞ!」「俺も俺も」「凄い力だわ!」
最も評価が高く一番に鍋が底をついたのは蕾華の料理だった。
味の勝負では互角だったが目に見えて栄養がつく《杜族》の料理が求められるのは自然流れだったのだ。
「あー、蕾華の一人勝ちか」「完敗ですね」
「二人の料理も美味しかったわよ? それぞれに長所があるって」
「ったく、よく言うぜ。散々人をマズ飯扱いしてた癖に」
「それは仕方ないです。一紗が料理できるとは思えませんでしたし」
食後の運動に入る皆を後目に三人は老仙と鴻堂のためにとっていた料理を持参する。
寝室で休んでいた鴻堂も上半身を起こせるほど回復したようだ。
「すみません、ありがとうございます」
「ご相伴に与ろうかの」
二人は黙々と料理を平らげていく。《膂族》の純血に漏れず大食である。
鴻堂は秀英にやられた傷の回復のため、老仙は修業疲れを癒すために努めているのだろう。若い鴻堂は回復が早いが老齢の老仙はすぐに万全に戻る訳でもなかった。やはりこのまま修業を続ければ秀英の目論見通り〈仙闘氣〉を使えない程弱ってしまうだろう。
「鎧兜の修業の件だが俺から一つ提案したい」
「何じゃ?」
「爺さんはあくまで監督に徹して実際にやり合う相手は鴻堂にしてほしい」
「オイオイ、姉御。そこのひよっこじゃ俺の相手は務まらねェぜ?」
「通常時ならな。〈仙闘氣〉を使ってもまだ鎧兜には及ばない。だがそれでいい」
話を聞いていた美鳳も一紗の意図を察したようだ。
「成程。兄上は〈仙闘氣〉状態の覇兇拳使いとの戦い方を学べますし、鴻堂は兄上から覇兇拳そのものの戦い方を学べる、と」
「一石二鳥だわ。これならお爺さんの負担を減らして二人の成長が見込めるかも」
勿論、ここぞという時には老仙自らが介入することを前提にした上での提案である。うら若き乙女たちが男達の立場を考えてくれたことに老仙はいたく感動したようだった。
「分かった。鴻堂が回復次第、それで修業を組もう」
鎧兜も鴻堂も発案者が世話になった人物の為文句はなかった。二人共丁度良い腕試しの相手を探していたのも渡りに船だったのだ。
愁国の三姫によるお料理回でした。
美鳳の『魚肉汤(ユーロ―タン』は魚のスープっぽい料理
蕾華の『奶汁烤菜』はグラタン
一紗は猪妖魔の肉を使った『カツ丼』です。
次話は秀英と並ぶ本章の〝敵〟が登場します。




