堕ちた兄弟弟子
鎧兜不在時に現れた秀英の真意とは……?
突如目の前に現れた男は秀英と名乗った。
嘘をつく理由もないので、優し気に見える彼が老若男女問わず殺戮を繰り返してきた《仙絶血砕流》の首領であることは間違いないのだろう。
緊張する少女達に彼は気さくに微笑みかける。
「そう警戒しないで。俺は人間の女の子を手にかけることはしない」
「年若い少女でも手にかけたと聞きましたが?」
「アレは仙人の後継。人間じゃないよ」
笑顔を崩さない彼はこれまでの蛮行をまるで気にも留めていない様子である。下手に刺激してはまずいと考えた美鳳は沈黙する。代わりに蕾華が次の質問を投げかける。
「……《仙絶血砕流》は最近大人しいみたいだけど、もう解散したのかしら?」
「まだ健在だよ。ただ目的である穢れた血筋を大方潰し終えたからね。分家筋は多少国外に流れたがまぁ弱小だし捨て置いてもいいだろう。この国にある仙血はあと二人」
ふっと笑顔が消えた彼の眼には憎悪の炎が爛々と輝いていた。
やはり老仙と鴻堂の命を未だに狙っているようである。
「それで俺達に何のようだ? 部下の仇討ちにでも来たのか?」
「いや、飲食店で先に暴れたのはウチの奴だったそうだし、ちゃんと注意もしておいた。二度と同じような振る舞いはしないようにね」
彼の表情に再び笑顔が戻った。
仙人の血筋関係の話をするときは人が変わったように憎悪と怒りを剥き出しにするが、それ以外の話ではやけに紳士的である。恐らく平時の部分だけは鎧兜が慕っていた頃の秀英そのものなのだろう。優しさと殺意が交互に入り交じる青年はどこかサイコパスめいた狂気を孕んでいた。
「キミ達の所には鎧兜が世話になっているみたいだしね。興味が湧いたんだ。俺と同じ絶望を味わったのにどうして修羅の道から戻って来れたのか。何故今尚爺に師事するのか。俺の誘いを断ってまで選んだ連中が如何程のものか気になるじゃないか」
秀英はまず美鳳に目を向けた。氣の扱いに長けた覇兇拳の使い手故に血縁者は分かるようだ。
「キミが、美鳳。鎧兜の妹か。確かに紅い眼がよく似ている。噂は聞いているよ。キミの立場からすれば主権を簒奪した鎧兜が憎いはずだ。それを何故配下に置こうと思った?」
「はじめこそ憎み処刑するつもりでした。ですが、兄上の哀しみを知り、また彼が一紗に降伏したことで考えが変わりました。おかげで以前より兄妹関係が改善しましたし……」
「ふむ。発言中氣に乱れは生じなかった。嘘はついていないようだ」
次に彼が目を向けたのは外見から異民族だと分かる蕾華だった。
「《杜族》の姫、キミから見て鎧兜はどうだい?」
「敵の時は恐ろしかったけれど、味方になってからは頼もしいわ。厄介な満喰は倒してくれたし……敗れはしたけど倭国最強の漢の一太刀を受けても生き残る程頑丈だしね」
「満喰を倒したのは意外でもなかったが……。倭国の《魏族》には鎧兜を下す程の奴がいるのか? 成程、それで強くなろうとあの爺に師事したと。ありがとう、第三者的な立ち位置のキミから話を聞けて良かったよ。……それじゃあ――――」
最後に彼は一紗を真っ直ぐ見つめた。
「さて、言わずとも分かる。惡姫・一紗とやら。キミが鎧兜を落とした女子か」
これまでの流れから一紗に対しても何かしらの質問が飛んでくるものだと美鳳は考えていたが、彼は予想外の行動に出ていた。
なんと予備動作もなくいきなり一紗に殴りかかったのである。近くにいた蕾華も反応できないくらい拳を振り抜くまでの挙動が迅速だった。
指二本を立てた拳はやる気満々で額の経孔を狙ってきていたが、一紗は首を傾けてそれを躱し、逆に足技で彼の頭を狙って顔面に当たる直前で寸止めする。
「ほう、鎧兜に勝ったのはまぐれではないらしい」
「よくもいけしゃあしゃあと!」
ようやく秀英が奇襲してきたことを理解した蕾華は得意の木属氣巧で彼の体を締め上げようとする。森の中だと《杜族》の力は何倍にも上がるため、周囲の樹木や蔦が一斉に蕾華の味方をして秀英に襲い掛かった。
「流石は《杜族》――俺でなきゃ初手で詰んでるな」
夥しい樹木の連撃をしなやかな動きで回避し続ける秀英。拳の振りの速さから彼が実力者というのは皆が察していたが、身のこなしが尋常ではなかった。しかも三百六十度あらゆる方面から攻めて来る蔦や木の根を先読みして躱している。
氣を使った探知力や純粋な動体視力も相当なものだった。
「このッ! さっきは女の子は殺さないとか言ったのに!」
「惡姫の実力なら殺す気で殴っても躱されると考えてのことだ。本物ならな。そう怒るな」
頭に血が上っている蕾華は氣を大量に消費してでも秀英を吊るし上げようと植物を行使する。視界いっぱいに広がる緑。それを陽動に地面からは木の根が彼を絡めとろうとする。流石に手数が多いため躱すのが困難だった。
「〈覇兇・逃氣拳〉」
避けきれない植物に向かって一瞬の内に拳を何撃か入れる秀英。
すると、植物は勢いを失ったように萎れて段々と枯れて朽ちていく。
「植物の氣を分散された!?」
「万物には氣が満ちている。植物とて例外ではない。鎧兜から教わらずとも知っていよう。【木国】にもこの拳法の恐ろしさは伝わっているはずだからな」
勿論、蕾華も承知の上だった。ただ大量の植物を一瞬で枯れさせる程正確に氣を分散させられるとは思わなかったのだ。
僅かな間に基本的な体術レベルの高さ、そして覇兇拳の正確さを感じさせる。短時間の戦闘で垣間見えるのだから本来の実力は相当上だろう。鎧兜が彼の人格ばかりではなく実力をも高評価した理由もよく分かるものである。
「《杜族》の姫はともかく、惡姫の方は俺とやる気はないようだな……」
「お前は最初から実力を図るために仕掛けてきたのは分かっていた。茶番に付き合ってやる義理はない」
「俺の真意を見抜いていたか。大した女だ。……だがこうもやる気がないのも張り合いがない。折角の時間稼ぎなのだからな」
一紗は言われた意味を瞬時には理解できなかった。彼は昔の兄弟弟子の職場が気になって声を掛けてきたにすぎなかったはずだ。
しかし誰よりも早く彼の意図に気づく者がいた。
「まさか!? 狙いは暦・鴻堂ですか!?」
「目敏い皇女だ。雄弁は銀だったか。だが気づくのが少し遅かったな。今頃俺の部下が森に入った鴻堂を始末している頃だ」
彼は待っていたのだ。暦・鴻堂が老仙の庇護を離れることを。
老仙は今本堂で鎧兜の修業相手をしていて手が離せない。
当の鴻堂は一紗の提示した手拭い集めを敢行している。森の中で《仙絶血砕流》が待ち伏せしているとは露ほども考えていなかっただろう。
「くくく、奴は二大本家の末裔とは思えぬほど才のない男だ。血の力が覚醒さえしなければ、どうということもない。あのガキを始末したら仙人の血統は爺のみ」
秀英の計画通り、鴻堂の下に《仙絶血砕流》が迫っていた。
ただ周りには一紗の暫定弟子達がいる。《仙絶血砕流》に恨みを抱く彼らに妨害される可能性があったため秀英の部下達は機を待っていた。
まずは他の修練者達が離れるのをじっと待つ。
そしてそれとなく、鴻堂が追いかける妖魔を人気のない森の奥へと誘導する。
後は彼が妖魔を仕留めて油断する瞬間を待つだけ。
「仕留めたァ! これで一紗さんも少しは俺を認めてくれるかな」
獲物を倒して浮かれた少年一人。覇兇拳使いといえども未熟者では凡百とある他の拳法流派に劣る。まして《仙絶血砕流》は秀英が集めた強者たちなのだ。
実戦での戦い方を心得ていた一派は、かがんでいた鴻堂に背後から殴りかかる。
完全に急所狙い、一撃で頭を潰そうとした破壊拳である。――だがその拳は空を切った。
「消えた!?」
鴻堂は妖魔を解体するためにかがんでいた訳ではない。彼は既に自分が標的になっていることに気づいており、跳躍するために腰を曲げていたのである。
宙を舞う鴻堂は自分を狙ってきた男達の人数を冷静に数える。
「一、二、三……十二人か」
まともにやり合えば勝ち目はないだろう。虚空を落ちる僅かな間に彼は一紗の教えを思い出していた。
『お前は弱い。周りもそう思っている。だがそれは見ようによっては幸運なことだ。常に相手がお前を格下認定して油断してるわけだからな。その隙をつけばいい』
「師匠。私はやります。やってみせます」
未だに鴻堂の姿を探している長身の男の肩にある経孔に狙いを定めて真上から踵落としを決める。
「〈覇兇・飛空連脚〉!!」
「おうふっ!」
両足の踵で経孔を突いた鴻堂はそのまま相手の肩を蹴って再び宙を舞う。
そして物音に気づいて振り返った賊の両耳よりやや上にある経孔を狙った。逆立ちの態勢から親指を立ててめり込めせるように技を決める。
「〈覇兇・爆額突破〉!!」
「ぎゃふっ!」
遅れて最初に技を決めた男の両腕が脇の辺りから弾け飛び絶命する。
その血飛沫に紛れて三人目の男の胸部を覇兇拳で吹っ飛ばした。
さらに二人目の額が風船のように膨らんで暴発すると同時に、流血のカーテンを突き破るように四人目の脇腹にある経孔を連撃で指突した。
この間も鴻堂の頭の中で一紗の助言が思い出されていた。
『いいか、鴻堂。お前は多対一なら必ず負ける。だから常に大多数の敵を退けてきた俺から秘策を伝授してやろう』
『なんでしょうか?』
『必ず一対一になる状況を作るんだ。奇襲でも一時的に撤退したり隠れたりしてもいい。一人一人確実に始末すれば数の不利も覆せる』
彼は一紗の教えを忠実に実行したのだ。
敵の油断と隙をついて彼は四人の敵を倒したのだ。
だが上手くいったのはそこまでだった。呼吸を整えるタイミングを計り違えたことで息切れを起こして連続奇襲は途絶えてしまった。おまけに着地の瞬間に足を捻ってしまうという実戦経験の浅さが如実に形となっていた。
その機を《仙絶血砕流》の男達が見逃すはずもなく、反撃を受けてしまう。
体格も人数も相手側に利があるため一度攻め手を奪われた後は悲惨だった。
複数人からあらゆる流派の攻撃を受け、鴻堂の体は蹴鞠のように男達に蹴り飛ばされ殴り飛ばされ弄ばれ続けていた。辛うじて急所は避けられているが、長時間続けば受け身もとれなくなるだろう。
(ぐっ、私は此処で死ぬのか……? やはり才能なかったのか……?)
死の淵に追いやられたことで今までの記憶が走馬燈のように蘇ってくる。一紗に指導を受けて自分の在り方を見つめなおせたこと。道場で他の流派の青年達と修練に励んだこと、そこから遡って老仙に弟子入りを懇願する記憶が再生される。
『老仙さん! 私に覇兇拳を教えてください!』
『……お前には無理じゃ』
難色を示す老仙に無理やり頼み込んでいる過去の出来事が脳内に再生される。何故そこまで必死になって頼んでいたのか。その理由は《仙絶血砕流》に狙われたことが原因だ。首領の秀英に親を殺されたことが全ての発端だった。
(そうだ、私は奴に一矢報いようと思ったのだ。こんな下っ端に……負けていられないッ!)
執念と怒りが彼の血液を沸騰させ、心臓が加速的に鼓動を速めていく。心の底から湧き上がるような力の本流を感じた鴻堂は全身にそれを巡らせた。
少し時間が経った頃、一紗と睨み合っていた秀英の下へ部下数名が走ってきた。
その姿を見て彼はほくそ笑んだ。
「遅いぞ。能無しのガキ相手にいつまで時間をかけていた?」
「そ、それが……びひぇッ!」「じ、実はあのガ、ガガガガキィッぺァ!!」
報告を終える前に彼の部下達は全員身体が弾け飛んで絶命してしまう。
いきなり肉塊になった彼らから情報を引き出すことはできないが、彼らの有様から何かを察した秀英は初めて冷や汗を流す。
「こ、これは〈覇兇遅延拳〉……!? 爺も鎧兜もまだ道場にいるはず。ならば……まさか!」
空中から何者かが一紗の前に着地してくる。
一瞬、莫大な氣量を漲らせていたため誰か分からなかったが、その後姿は紛れもなく暦・鴻堂だった。
「お前、それ……」
「はい、師父が使った〈仙闘氣〉です。死中に活を見出しました」
皮肉にも秀英の配下に命を狙われたことにより死闘の中で彼の仙人の血筋が覚醒したのだ。そしてその力を使って秀英の放った刺客たちを返り討ちにできたようだ。
「体の底から力が漲ります。苦戦していた相手さえ圧倒できました」
「ははは、男子三日遭わざれば、とはよく言ったものだ」
教え子の成長は誇らしいが、同時に複雑である。鎧兜が強く望んでも手に入れられない力を彼は血筋だけでモノにしたのだ。彼がこの場にいれば相当悔しかっただろう。そして同じ想いを抱いているであろう眼前の男が鬼のような形相で鴻堂を睨んでいた。
「〈仙闘氣〉……仙人の血、やはり殺すべきだ。その力は淘汰せねばならん」
「フン、ほざけ秀英。この力で父上と母上、そして親族たちの仇を討ってくれる!!」
確かに〈仙闘氣〉で鴻堂の力は底上げされている。通常時とは比べ物にならない程だ。しかし、牛魔廷で修業した一紗には彼と秀英の力の差がはっきりとわかっていた。〈仙闘氣〉をもってしても秀英には歯が立たないであろう、と。
「よせ、鴻堂! 引っ込んでろ! お前が勝てる相手じゃない!」
一紗の制止を振り切って彼は正面から突っ込んでいった。身体能力も動体視力も氣量も全てが格段に向上し、実際に苦戦していた敵を一瞬で倒してこれたのだから彼は自制心が効かなかった。自分は最強になったのだと錯覚してしまったのだ。
「愚かな。血に驕ったな」
まさに一蹴だった。秀英は鴻堂の攻撃を躱すと同時に回し蹴りで彼の経孔を突いたのだ。
先程まで溢れていた〈仙闘氣〉が一瞬にして掻き消えてしまう。それだけに終わらず、氣を暴発させる経孔をも突かれた今にも破裂しそうなほど体の一部が膨張してしまったのだ。
一紗は鴻堂を庇うように秀英と対峙しつつ、彼に怒鳴った。
「馬鹿が! 本物に付け焼刃が適う訳ないだろうが! 経孔を突いて氣を安定させろ!」
「で、でも、一紗さん! 私、どうしたらいいのか!?」
「何でもいいから対処しろ。でなければ死ぬだけだ。美鳳は治癒氣巧で延命してやれ! 蕾華は二人を護衛しつつ覇兇拳道場へ連れてってやれ! 爺さんか鎧兜なら何とかしてくれる」
「わかったわ」「承知しました」
木属氣巧で巨大な蔦を召喚して道場の方へ急成長させる蕾華と治療に専念する美鳳。未熟な鴻堂は辛うじて即死しないように氣を抑えつけるので精いっぱいの様子だった。
そんな彼らが無事逃げのびるまで一紗はずっと秀英を睨んでいた。
「睨むだけで仕掛けてこないのか? 惡姫よ」
「お前の相手は俺じゃない。いずれ鎧兜が片を付けるだろう。その時を待っていろ」
鴻堂は瀕死の重傷を負っているものの確実に息の根を止めておきたい考えが秀英にはあった。だが運ばれる彼を追撃するには行く手を阻む一紗を突破しなければならない。
武人として一流の領域に到達している秀英も惡姫の実力の高さは十二分に理解していた。己の拳に自信があっても戦えば無事では済まないことも分かっていたのだ。
彼の目的は最強を目指すのではなくあくまで仙人の血統根絶である。まだ命を懸けるべきではないと深入りはしなかった。
一方で一紗も相手が相当な実力者であり、鎧兜の旧友であることからその顔を立てる意味合いもあり本気で仕掛けず足止めに徹した。
互いに相手を殺そうという意図はないためか数分間睨み合っていた両者はどちらともなくその場から立ち去ることとなった。
……というわけで鴻堂の覚醒と秀英の実力が垣間見えるお話でした。
死闘の末に鴻堂は〈仙闘氣〉を覚醒させました。
一紗の修業も大きな役割を果たしたことでしょう。
ただ血の力が覚醒しても秀英には歯が立ちませんでした。
素晴らしく強い技であっても本人の実力が足りなければ伸び幅が少ないのです。
いきなりパワーアップしたからいける! と思ってしまうあたり彼の経験不足さが見えてしまいましたね。
一紗は秀英の処遇は鎧兜に任せることにしました。
次回は色んな意味で箸休め回です。




