失われた技の再現
鎧兜と老仙の修業が進む中、
他の格闘家たちも一紗に師事して励んでいきます。
鎧兜は老仙との力の差と〈仙闘氣〉を知って尚、力を磨くことを諦めなかった。
そこでまずは中断していた覇兇拳通常技の再履修と奥義の伝授を優先する運びとなったようだ。老仙も老齢故に〈仙闘氣〉を長時間維持出来ず、連続使用もできないため必然的にその流れとなった。まずは出来ることを全て終えてから新技の開発を始めようというのである。
「鎧兜、呑み込みが早くなったな。しかし今の学習速度ではワシが棺桶に入る前に全て覚えきることは出来んぞ」
「フン、安心しなァ。アンタの寿命尽きる前に全部覚えてやっからよォ。師父こそ耄碌して技を忘れてるのだけは勘弁してくれよ」
「ほざきよる」
憎まれ口をたたき合っても拳を構える様は真剣そのものである。
己が血筋に絶望せず努力を続ける鎧兜の姿に他の修練者達も少なからず影響を受けた。老仙と鎧兜の力量差に比べれば、《仙絶血砕流》一派と自分達の力の差はまだ努力で十分超えられる範囲とやる気を出したのだ。
「師匠、もう一度お願いします!」
「お? おう。なんか急に燃え出したな」
やる気のあることはよいことである。修練に励む格闘家たちと覇兇拳師弟の掛け声は日が暮れるまで続いた。
流派ごとの特色のおさらいと変な癖のある動きの修正は早い段階で彼らも見直してくれた。
格闘技を修練にこんな桃源郷まで足を運んだ者や成長の速い《膂族》だけあって悪いところを明確に指摘してやれば矯正するまで時間はかからない。実戦の中で生きてきた一紗の手解きが上手いということでもあるが、一番の理由は師の仇討ちをしたいという目的が出来たからだろう。
各々修練者の直すべき点の改修は問題なかった。
問題となったのは彼らも知らない未伝授の技である。
兄弟弟子がいれば彼らから手ほどきを受けることもできる。しかし中には弟子達に奥義を授けないまま殺されてしまった師がいる流派も存在していた。
「流石の俺も流派の門下生すら知らない技を教えることはできんぞ?」
「……ですよね……参ったなぁ……師が一代で興した流派だし……」
「なんかヒントになりそうなものがあれば類推できるかもしれねーが」
頭を捻る青年が思い出したのは師が死ぬ直前に見せた技である。師の技は何百と見てきたが初めて見る技だった。生死を掛けた決戦の中で披露したから奥義かそれに類するものである可能性は高い。
なんとか身振り手振りで再現しようとするが奥義の真髄を理解していない者が披露してもできの悪いダンスにしか見えない。
「奥義なら何かしらの秘密があるはず……。お前の師匠さんが技を繰り出すとき、敵はどういう動きをしていた?」
「何故敵の動きが重要なので?」
「バカ。相手が防御態勢だったならその意味不明の動きは敵の目を欺くか防御を崩すための布石の可能性があるだろう。逆に攻めの一手だったならカウンター技だと推測できる」
「な、成程。流石は一紗師匠。目の付け所が違いますね!」
幸いにも師が敗れた現場には同門の者がいたため、彼らの話を繋ぎ合わせて師と賊の動きを八割方再現することができた。そこから実戦経験豊富な一紗が技の動きの意味を推測し、奥義モドキを放ってみる。――が、やはり伝聞と推測からの再現だと今一つ手ごたえを感じない。
「ん~……確かに強技っぽいけど奥義というには――」
実際に再現した一紗の動きを見ていた流派の門下生たちは一様に顔色を変えた。
拳法の達人たる一紗が不完全ながら再構築した技に師の動きが重なった彼らは客観的にその奥義の真髄を理解したのだ。彼らの理解を後押ししたのは一紗が基礎をおさらいしたおかげだった。奥義とはその流派の真髄を極めた技である。故に直前まで基礎を見直して理解を深めていた彼らは一紗の八割再現で残り二割を補完できたのだ。
「ありがとうございます! 師匠!」「奥義の再興叶いそうです」
「へ!? あれで分かったの!?」
彼ら自身日々真面目に鍛錬し、師の言葉を聞いてきたからこそ部外者の一紗では一工夫足りなかった部分を補えたのだろう。首をかしげる一紗をよそにその流派の門下生たちは集まって奥義の再構築へと話しを進めていた。
一つの前例ができてしまえば他の流派も追随するのが自然な流れだ。
次に教えを請うたのは《膂族》の女性格闘家だった。
彼女は古風な巻物を手渡して来た。
「私は師の奥義を見たことはないのですが……手掛かりの奥義書です」
「軽! 文書が残ってるのはありがたいけど部外者に易々見せていいものじゃないだろ!?『他流派持込厳禁』って書いてあるぞ!?」
「ですが、一紗殿から教えを受けている立場ですし……」
確かにそうだと納得した一紗は巻物状の奥義書を拝見してみる。
その瞬間、急激な目眩に襲われた。文字を黙読するごとに目眩が酷くなる。一紗は文盲というわけではない。しかし奥義書の書体が達筆で読みづらく文法表現もかなり古風なので文字の意味を理解しようとすると頭が痛くなってくるのだ。
「……現代文で描かれたのないの?」
「奥義書はこれ一つだけです」
知恵熱に侵された一紗は目を廻してそのまま倒れてしまった。すかさず受け止めた蕾華が扇子を仰いで介抱する。直弟子が匙を投げるのも分かる程難題である。別に暗号化されているわけではないのだが、執筆者に学がありすぎたため余程文法に精通している者でなければ解読することは不可能だった。
見かねた美鳳が横から巻物を預かり目を通していく。
「成程。故事成語の多用に天下統一前の地方言語も散見されます。ああ、旧字体も結構ありますので難解さが増しているようです」
「へぇ。私も故事成語や地方言語ならそこそこ自信あるけど……達筆すぎて読めないわ。よくわかるわね美鳳」
「これでも皇族ですし、家庭教師が達筆でしたので」
博識の美鳳が僅かな時間で奥義書を現代語訳してくれたので大まかな内容を把握することが出来た。彼女は治癒術を会得する過程で人体急所の位置も熟知していたため、その奥義が的確に相手の急所を突く足技であることまでは掴むことが出来た。
問題はどういう過程を経て蹴りで急所を突くのかというところだが、解読者の美鳳は格闘技に全く精通していないのでそこを上手く翻訳できなかった。
「――こちらの古語は二つの意味があります。〝宙を舞う〟とか〝疾風迅雷〟的な感じですね。一方でその前の文節には〝虎伏〟とあり、これは〝虎が獲物を狙うように伏して時を待つ〟という感じですね」
「速さを意味する単語と待機を意味する単語が併記してあるって……まるで正反対よねぇ」
美鳳の翻訳と蕾華の意見を反芻しながら廊下を巡回する一紗。頭の中でその流派が扱う足技を思い描いて再び奥義の現代語訳を口ずさむ。
「ん? もしかすると……」
「何か気づいたの……? 一紗さま?」
「少しな。オイ、悪いがちょっとお前の流派の足技を全部見せてくれ」
「……はい!」
修練者たる《膂族》の女性は庭先の案山子を相手に自身が師に教わった技の全てを披露していく。可憐な動きと共に繰り出される高威力の蹴りはすぐさま案山子をボロ切れへと変えた。
彼女の技をヒントに一紗は隣の案山子の方へと飛び移る。
そして陸上選手のスタートダッシュのように身を屈めると、一瞬の内に腹部から下半身の人体急所を連続蹴りで突いて跳躍する。そうして高く跳躍すると、身を丸め前転姿勢で回転しながら降下していく。最後は案山子の頭に当たる直前に丸めた体を伸ばして遠心力を加えた強烈な案山子と落としを喰らわせて案山子を圧し折ってしまった。
「ふー……こんなところかな」
見学していた暫定の弟子達からはあまりの早業と可憐な動き、そして技の威力に驚嘆して拍手を送る。
「す、すごい! まさに奥義といった感じでした! 感服です!」
「いや、本来の威力には遠く及ばんだろう。恐らく氣の練り方にも工夫が必要だし、足技を繰り出すタイミングも違うはずだ。真にこの技を完成させられるのは一朝一夕で真似した俺じゃなくこの流派を今日まで学んできたお前だ。俺の技を参考に本来の姿を完成させてくれ」
「……はい!」
一紗の手を握って感謝の意を示す《膂族》の女性格闘家はすぐに自主練習に入った。もう一人でなんとかできそうだろう。
「流石、一紗さま。奥義書だけで技を再現しちゃうなんて」
「俺も結構足技使うし、人体急所を突くのは俺の我流と同じだしな」
「ですが先程の技、伏して待つ要素がなく速さのみでしたが?」
「ああ。待つってのはじっくり待機するって意味じゃなくて相手の動きを正確に見切りタイミングを合わせるってことだ。仕掛けるのが早すぎたら奥義は決まらない」
「ふむ。ですが、それなら虎伏と使わずもっと的確な文法表現があったのでは?」
「格闘家ってのは浪漫ある表現を使いたがる馬鹿なのさ。まぁ格闘センスのない美鳳なら分からなくて当然だ」
「なんだか馬鹿にされた気分です」
分かりやすく頬を膨らませた美鳳はそっぽを向いてしまった。
彼女の翻訳力なくして他の奥義書の解読はありえないので早く機嫌を直してもらわなければならない。蕾華と共になんとか説得していると、順番待ちだった修練者が声を掛けてきた。
神妙な顔で立っていたのは暦・鴻堂だった。
「いや、お前は師匠から直接奥義を教えてもらえるだろ」
「それが私はまだその頂に達していないと」
ガックリと肩を落とす《膂族》の少年は少し小さく見えた。
無理もない。彼は覇兇拳を学ぶには才能が足りない。それは武道を志す者から見て明らかである。それでも二大本家の一人として経孔の位置を把握していたし、良き師に出会えていたから少しばかり技を使用できる。だがそこまでだろう。
言いにくい事であるが一紗はハッキリ告げることに決めた。
「悪いが鴻堂は覇兇拳向きじゃない。この際流派を変えたらどうだ」
「いいえ。私も二大本家の生き残りとして覇兇拳を学びたく思います」
「身体に合っていない技を鍛えたところで身につかねーぞ」
それは師・牙王からの受け売りである。一紗も体格差から牙王の体術を直接体得できなかったから我流を極めたのだ。実体験に基づく助言は説得力を伴っていた。
「あの爺さんがお前に覇兇拳を教えたのは護身用のためだ。《仙絶血砕流》が本家の血筋を狙ってるからな。万が一経孔を突かれた際に対処できるようにな」
「それでも、師父が教えて下さったからには何か意味があったはずです」
鴻堂は尚も食い下がる。選ばれた血筋としての意地があったのかもしれない。
「意味ならある。爺さんにもしものことがあった際に正しい覇兇拳の型を未来に継承させるためだ。直弟子が全て自分の下からいなくなっちまってたからな。お前自身に何かを期待したんじゃない」
「そんな……暦家に生まれたからには特別な意味があるのものだと……」
名指しで才能がないこと期待されていないことを告げられた鴻堂は受け入れがたい事実に愕然となり、本堂の方へトボトボと引き返してしまった。
「一紗……いくらなんでも強く言い過ぎでは? もう少し言葉を選んでも」
「適性がないまま努力しても後が辛くなる。傷の浅い内にやり直した方がアイツのためだ……」
「神様って不公平よね。二大本家の生まれじゃない鎧兜は〈仙闘氣〉を使えないのに、正統血統の鴻堂には適性がないなんて……」
天は二物を与えずとはよく言ったものだ。
海亘や雲深が特別なだけで大体は鎧兜と鴻堂のように互いにほしい者が欠けていることが殆どである。
老仙は血筋を重視しておらず、本人の才覚と努力を評価している。拳才があり、努力家である鎧兜が帰ってきた時点で鴻堂は用済みということになりかねない。だから一紗は彼には早めに身の振り方を決めてほしかったのだが本人の感情ばかりはどうすることもできない。
直接具体的な指摘を受けても鴻堂は諦められなかった。
翌日になると昨日の出来事は忘れたかのように一紗に頭を下げてきたのだ。
「一紗殿は鎧兜を下したという噂を耳にしました。貴方の下で修業すればいずれ私の拳も通用するようになるのではないかと思います!」
「ハァ~……蕾華、お前が変な噂広めるから」
「えー。私は一紗さまの武勇伝を話しただけだよー」
背後から抱き着く彼女はまるで反省していないようだ。もっとも彼女がいろんな人間に吹聴したわけではなく、最初に弟子入り志願した時と尋ねられた時くらいだ。それが弟子たちの間で尾ひれがついて伝わっていったらしい。
だが鴻堂は一紗の武勇伝のみで懇願に来た訳ではなかったのだ。
「昨日は言いにくい事を話させてしまいすみません。あれから師父と鎧兜の修業を見ました。彼は正統血統ではなく師父に才能の差を見せられて尚努力している。ならば二大本家の末裔として私も弱音を吐かず努力したいと思いました」
図らずも鎧兜の鍛錬に影響を受けたようだ。兄弟弟子の成果や意地を見て触発されるのが道場の良いところだろう。
これ以上、拒んだところでまた懇願されているのは目に見えているので一紗は渋々彼の申し出を許諾することにした。
「……お前の決意は分かった。修業をつけてやる。ただ俺は覇兇拳の使い手じゃないからな。お前の未完成な技を格闘家の経験から指摘する形になる。あとは鎧兜の技と比較してだな。拳法家としての基礎は鍛えてやるからあとは自分で掴んでみることだな」
「……はい!」
目を輝かせる鴻堂。牙王もこんな気持ちだったのだろうかと亡き師を偲びつつ彼の無作法な拳法の相手を始める。
鴻堂はやはり教科書的な動きであり、非常に読みやすい。実戦慣れしていないのは明白である。才のない彼に形だけでも技を習得させようとした老仙の試行錯誤が透けて見える。だが後世に継承させるだけの技マシンであることを本人が拒んだのだ。一紗は彼が成長を実感できるように彼が躱せるギリギリの範囲で攻めてまずは目を慣れさせることにした。
「痛っ!」
「よく見ろ。目を瞑るな。瞬きの回数も呼吸回数も多すぎる。もう少しコンパクトにまとめろ」
少しずつ彼が動きについていけるようになったらさらに加速させていく。
それを繰り返すことで僅かにだが着実に鴻堂の動きはよくなっていった。
技の鍛錬では一紗は彼に敢えて覇兇拳の技を出させてそれを正面から崩してみせた。カウンターでの反撃や技の挙動から動きを先読みして発動前に潰すという具合である。
「ダメだ……全然技が決まらない……」
「技は基本に拘るな。当てられるまで試行錯誤しろ。潰される原因を考えるんだ」
一紗の助言が良かったからか鴻堂の意地が勝ったからか彼は長時間の鍛錬の中でたった一度だけ一紗の体に掌底を当てられた。当てるのに必死で経孔は突けていないが彼にしては頑張った方だろう。ただ――幸か不幸か彼の手は一紗の胸を鷲掴みする形になってしまった。そのラッキースケベに彼自身気づいていない。
「やった! やりましたよ! 初めて触れましたよ!!」
「お、おう……」
生粋の乙女ならば羞恥心から絶叫もできただろう。しかし今は修業中であり鴻堂本人に下心は全くない。フニフニと掌で胸を押される感触に赤面するも一紗は怒るに怒れなかった。
そんな彼女に代わって制裁を加えたのは鬼の形相をした蕾華だった。
「なにが〝触れました〟よ!? 堂々痴漢宣言してるんじゃないわよヘンタ――イ!!」
半人前の鴻堂は巧みな棒術を躱すこと叶わず、全て直撃して滅多打ちにされてしまう。途中で一紗が止めに入らなければ再起不能の粉砕骨折になっていたことだろう。
憐れにも修業中よりボコボコになった彼は医務室へ運ばれていく。一緒に修業をしていた格闘家達はたとえ攻撃の機会があったとしても一紗の胸部は狙うまいと無言のうちに頷きあっていた。
奥義の再現を頑張る話でした。
仮弟子たちは本編では無名ですが、世界観的には名のある流派の門下生でしたので
一紗達のおかげで理解が進んだ感じですね。
異世界の現代文は読み書きできるようになっている一紗ですが
故事成語と地方言語を織り交ぜて達筆で描かれるとお手上げでした。
そして鴻堂くんは相変わらず残念な男です。
次回前半は思わぬハプニング、後半は意図しない邂逅です。




