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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第一章 愁国奪回編
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決断

自分の想いを見つめ直すこと、素直になることって大事ですよね。


「大丈夫か蕾華(レイファ)! しっかりしろ!」


 虚ろな目で生命力が徐々に弱っていく。毒に侵される彼女の姿がかつての牙王(ヤーワン)の死に際と重なった。一紗(イーシャ)は土属氣巧の初級者技〈砂煙〉で残りの賞金稼ぎの目を欺き、美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)を抱いて戦線を離脱した。


(何としても助けなければ! 二度とあの時のような思いをしたくない!)


 二人の少女を背負う一紗(イーシャ)は、幼少期、盗賊から逃げていた頃の生存本能が蘇り、最適な隠れ家を見つけることができた。外側からは見えにくい洞穴に入って蕾華(レイファ)を寝かせた。


「ハァハァハァ……」


苦しそうに呼吸する蕾華(レイファ)をみて一紗(イーシャ)は悔しそうな顔をする。美鳳(メイフォン)は刺された彼女の傷口を注意深く確かめた。


「これは毒か?」


「ただの毒じゃありませんね。刃に塗られた毒と氣巧術を用いた呪毒の二つが用いられています。呪毒は私が解法できますが、薬毒の方は薬草を取ってこなければ……」


「薬草の名は? 俺が取ってくる。解法は美鳳(メイフォン)しかできねーし」


「解毒にはこの地域に現生する〝癒深栖(いやしんす)〟という水草が必要です。湖の底に生えているのですが、近くの湖は私の子供の頃から近づくなと言われた底が見えない『洞深湖(どうしんこ)』しかありません。ちょうどこの洞窟の奥にも湖に通じる場所があるはずです」


 そういって美鳳(メイフォン)一紗(イーシャ)の額に指を当てる。すると、洞深湖(どうしんこ)とそこに生える癒深栖(いやしんす)のイメージが脳内に映像として流れた。まるで図鑑の写真を見せられているようだ。

 直接脳に見せられたことで記憶には鮮明に刻み付けられた。


「よし、取ってくる」


「気をつけてください。湖には妖魔も棲息していると聞きますから……」


 一紗(イーシャ)は洞窟の奥へ進み、洞深湖を目指す。頭にちらつくのは苦悶の表情を浮かべた蕾華(レイファ)の顔だった。


「待ってろよ。蕾華(レイファ)


 洞穴を抜けると、瞳に収まらないほど面積が広い湖の近くに出た。水平線の向こうが見えないほど大きく、それは湖というより陸地の海といった方が正しかった。そして岸からすぐに深さが増しており、途中からいきなり底が見えなくなった。


「深いな。だがこれくらいなら」


迷っている暇はない。大きく息を吸って湖に飛び込んだ。そして冷たい湖の中、底を目指して泳ぐ。一紗(イーシャ)は戦闘で使用する独自の呼吸法を応用して潜水を続ける。口に含んだ酸素を少量消費するだけで長い水中活動が可能なのである。今となっては計測できないが元の世界のオリンピック選手の数十倍は軽く超える肺活量になるだろう。


 おかげで地上からは底が見えなかった湖にも深く潜りこむことができる。

 また、一紗(イーシャ)眼に氣を集中させて水中でもゴーグルを付けているような視野を得ていた。


――岩陰や底の水草を探すこと十分。


(あった! 癒深栖(いやしんす)!)


 美鳳(メイフォン)がイメージで見せてくれたモノと同じ形状の水草を発見。摘み取るために近くまで潜っていく。沢山生えていたので、その中のいくつかを取って懐に仕舞いこんだ。


(幸いにも簡単に見つけられた。そろそろ息が限界だし良かった。しっかしどんだけ深いんだよ。この湖……)


 目的は達成したので水面を目指して光の射す上方へ泳いでいく。しかし半分くらい泳ぎ終わると、目の前を黒い物体が遮った。その物体は一紗(イーシャ)めがけて襲い掛かってくる。


(ちっ! 美鳳(メイフォン)が言っていた妖魔か?)


 水中なのでその攻撃をうまく躱すことができない。そして体が鉛のように重い。これでは攻撃する手段はない。そんな一紗(イーシャ)を嘲笑ってか弄ぶような生殺しの突進攻撃を続ける妖魔。


(反撃できねぇ……)


 さらにはブレスのようなものを吐くいてくる。それは水圧となって一紗(イーシャ)を底に押し戻してしまった。水底にぶつけられた一紗(イーシャ)は口に溜めた空気を失い、激しい痛みに襲われる。

 ちょうど光が射しその姿を鮮明に捉えることができた。


(――っ!?)


 その妖魔の形状は龍そのものだった。莫大な氣を纏っており、あまりの神々しさに目を奪われてしまう。一紗(イーシャ)は朧気な意識の中、「龍種の妖魔には近づくな」と牙王(ヤーワン)から忠告されたことを思いだした。記憶の中の彼に言われるまでもなく潜在氣量に圧倒的な差があった。まともに戦えば死は避けられない。


思い悩む一紗(イーシャ)の脳裏に浮かんだのは高熱でうなされる蕾華(レイファ)の姿だった。


(俺は立ちはだかるのが龍だろうが、コレを持って帰らなきゃいけないんだ)


 一紗(イーシャ)の目的は龍種妖魔を倒すことではない。初対面のとき美鳳(メイフォン)が言ったように避けられる戦いもある。一紗(イーシャ)は己が目的を達成するため龍種と戦わないことを選んだ。


(アイツをやり過ごすためには俺の存在を忘れてもらうほかない)


氣の流出を抑えて気配を極限まで消す。暗殺者がよくやる手段だが、龍種に小手先の技を通用しない。一紗(イーシャ)はさらに気配を殺していく。水に溶けるように同化するように。


すると龍種妖魔は一紗(イーシャ)を探しだした。一紗(イーシャ)を見失いかけているようだ。だが遠くに行かないということはまだこのあたりで気配を探知しているということだろう。


(もう少し……)


 一紗(イーシャ)は己の心臓の鼓動さえも数秒止めて去るのを待った。すると、完全に妖魔は一紗(イーシャ)を見失ったようでどこかに消えるように泳いで行った。


(行ったようだな)


 心臓が再び鼓動しだした一紗(イーシャ)は起き上がり、水底を蹴って水面を目指した。



 一紗(イーシャ)癒深栖(いやしんす)を片手にびしょ濡れで帰ってきた。美鳳(メイフォン)は仲間の無事の帰還に安堵する。


美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)はどうだ?」


「呪毒の解法は完了しました。彼女が生命力の強い《杜族》だったのが幸いでした。並の民族ならもちませんでしたよ。あとはその癒深栖(いやしんす)をこちらに」


美鳳(メイフォン)は受け取った癒深栖を細かくすり潰すと、所持していた他の粉末を混ぜ合わせた。そして水と共に蕾華(レイファ)に飲ませる。


蕾華(レイファ)、苦いですが我慢してください」


「うっ……」


無事薬を飲み終えた蕾華(レイファ)は段々と顔に生気が戻ってきた。


「これで後は回復を待つだけです」


「よかった……。美鳳(メイフォン)、ありがとう」


「私も蕾華(レイファ)とは友人ですからね。でも少々疲れました。先に休ませてもらいます」


 美鳳(メイフォン)は近くの柔らかい砂に横になる。かなり集中して呪毒を解法していたのだろう。すぐに寝息を立て始めた。一紗(イーシャ)は感謝のしるしに近くで取ってきた藁を布団代わりに被せてあげた。


そして生気が戻った蕾華(レイファ)に目を向けるとその手を握る。す蕾華(レイファ)一紗(イーシャ)の手を握り返してきた。


「ごめんなさい。油断して迷惑かけて」


「無事ならそれでいい。だがどうした? お前らしくもない。俺と戦った時は殺気こそなかったが動きにもっとキレがあった。あんな攻撃避けられただろ?」


 沈黙する蕾華(レイファ)。調子が悪いと取り繕うにも限度がある。それだけ彼女の動きは緩慢だった。

一紗(イーシャ)は彼女を信じて次の言葉を待った。


「………私、怖かった」


「怖い? 蕾華(レイファ)が何を恐れるんだ? 闘うことか? それとも死ぬことか?」


 その問いかけに頭を振る蕾華(レイファ)。《杜族》の彼女が恐れるものがあることに困惑する。二人の会話を聞き漏らすまいと狸寝入りを決め込んでいた美鳳(メイフォン)が耳を傾けていた。



「私は……一紗(イーシャ)さまが異世界出身だって聞いて、帰りたいって聞いて……胸の奥が締め付けられたの。離れ離れになってしまうんじゃないかって」


 蕾華(レイファ)の不安を一紗(イーシャ)は笑い飛ばした。


「ハハハ。馬鹿、お前、そんなことで悩んでいたのか? 俺は帰りたくても帰れねーんだよ」


「それは逆に言えば、帰る方法さえあれば、今すぐにでも帰るんでしょ?」


「……そ、れは……」


 予想外の追及を受けて言葉を濁してしまう。一紗(イーシャ)としては確かに帰れるなら帰りたかった。そもそもの始まりは帰る手段を探してくれるという美鳳(メイフォン)に協力したことだった。帰れる手段があるというなら喉から手が出る程欲しかったはずだった。

しかし彼女の心には奇妙なシコリがつっかえていた。


 蕾華(レイファ)は隠している罪悪感に耐えきれず、ついに自身の鞄から小さな本を取り出した。『異界渡航碌』と書かれた本だ。


「私はね……見つけていたの。あなたが帰る方法を」


「え?」


「なっ、聞いてませんよ!?」


 信じられない事実に狸寝入りをしていた美鳳(メイフォン)が飛び起きた。


「お前、起きてたのか?」


「そんなことはどうでもいいです。それより蕾華(レイファ)、その本は?」


「これは《杜族》の……【木国】に伝わる本よ。内容は、異界より来た学蘭を纏った武商が諸国漫遊の旅を完遂した後、異界へ帰ったというもの。当然彼がどうやって帰ったかも書かれている。武商の出身は日本という平和な国だったそうなの」


 いきなり指示された帰還方法。驚きのあまり言葉が出ない。美鳳(メイフォン)の方もまさか蕾華(レイファ)一紗(イーシャ)が帰る方法を知っているとは思わなかったようだ。


「それは本物なのですか?」


「分からないけれど、一紗(イーシャ)さまがこの本に書かれた方法を試して成功すれば、永遠のお別れになっちゃう。だから……私は悩んで……」


 一紗(イーシャ)は本に手を伸ばしてその内容を見てみる。突然こちらの世界に来た武商が困惑しながらも商いをしながら旅を続けてついに帰っていったという経歴が羅列されていた。そして気になる帰る方法について書かれたページをめくろうとした時、その手を掴まれた。


一紗(イーシャ)さま! 私、戻ってほしくない! 帰らないで!」


蕾華(レイファ)は涙ながらに訴える。彼女は一紗(イーシャ)を慕い、一紗(イーシャ)のためになることを率先してやってきた。しかし一番一紗(イーシャ)のためになることを実行すれば、彼女が悲しむ結果に終わってしまうのだ。それ故思い悩み、戦場で隙が出来てしまう程苦しんだのだ。



蕾華(レイファ)……」


 どうすればいいのか分からず頭を掻きむしる一紗(イーシャ)は救いを求めるように美鳳(メイフォン)に視線を送る。


「私が残ってほしいといえば、貴女はこの世界に残ってくれるのですか?」


「……それは」


「次の決戦で私は【愁国】を取り戻すつもりです。故郷を取り戻すことが出来れば目的の一つは達成します。紅華帝国全土を平定するにはまだかかりますが、【愁国】奪還後の段階でなら貴女が抜けるのも自由。そういう契約でしたしね。……決めるのは貴女です」


(俺は……俺はどうしたらいいんだ?)


 頭を抱えて思い悩む一紗(イーシャ)

蕾華(レイファ)は意を決して悩んでいる一紗(イーシャ)の唇を奪った。


「―っ!?」


いきなり目の前で起きた事象の衝撃で固まってしまう美鳳(メイフォン)一紗(イーシャ)も何が起きたか分からず、されるがままである。

そしてゆっくり唇を離されると、口づけをした少女は涙を零しながら呟いた。


「……どうしても帰るつもりなら……私も連れてって。一紗(イーシャ)さまと一緒にいられるなら私はこの世界のすべてを捨てても構わない……」


蕾華(レイファ)……お前……」


 蕾華(レイファ)はいつか故郷に帰って親と和解したいと思っていたはずだ。だがそれを捨ててまで一紗(イーシャ)と共にいることを望んでくれた。一紗(イーシャ)は今一度元の世界のことを回想する。「面白くない」と考えられるほど満ち足りた日常。平和な日常。しかしここまで自分のことを求めてくれる人間がいただろうか。


(……そうだ。俺は誰かに必要とされたかった)


活躍する場や魔法のような力、真新しい世界。確かにそれらも求めたが一紗(イーシャ)を異世界に駆り立てた一番の理由は承認欲求だった。「誰かに認められたい。望まれたい。求められたい」それこそが神に祈った理由だった。異世界を望んだ理由だった。


 ようやく結論が出た一紗(イーシャ)はパタンと本を閉じた。


「俺は……帰らないよ」


「え?」


「こっちの世界でやらなきゃいけないことがまだあるし、俺の故郷では手に入らなかったモノがここにあるからな」


 一紗(イーシャ)は二人の美少女を見てウィンクする。


一紗(イーシャ)さまぁ!」


 一紗(イーシャ)に抱き着き、その胸に頭を埋めて泣きじゃくる蕾華(レイファ)。ここまで好意を向けられると照れくさい。蕾華(レイファ)から視線を外すとバツの悪そうな顔をする美鳳(メイフォン)と目が合った。


美鳳(メイフォン)もありがとうな」


「私は……蕾華(レイファ)のように人生を懸けてまで貴女を引き留められませんでしたが?」


「お前の立場上、ここまで来て全てを放り出すことはできないだろう? それに俺の意見を尊重してくれるのも蕾華(レイファ)の優しさとは違った形の心遣いだと思うぜ?」


「……乗せるのがうまくなりましたね」


 美鳳(メイフォン)は自分の髪を弄りながら頬を紅くした。



どさくさに紛れて一紗(イーシャ)は土属氣巧術を使いました。

はい、彼女は武術以外で氣巧術を使えないのではなく〝使わない〟のです。

生き残るために他者の技を盗んできたため、五大民族に及ばないまでも属性氣巧術などは一通り使えます。

ただ、殴った方が早いために普段は敢えて使っていません。

飛んでる蚊一匹を始末するために殺虫剤を取りだすのが無駄なので手で潰すのと同じ理屈ですね。


そして龍種妖魔の登場です。

文字通り格が違うのでこの時点の一紗(イーシャ)ではまだ勝てません。

牙王(ヤーワン)師父、ちょくちょく出てきますね。


また今回は決断の回でした。

一紗(イーシャ)は自分の求めるものを再認識して「帰らない」という選択をします。

これは大きな決断です。

蕾華(レイファ)も正直に乙女の想いを告げました。

美鳳(メイフォン)は……まだ自分の感情を決めかねているという状態ですね。


蕾華(レイファ)が回復し、鎧兜(カイドウ)勢力との戦い第二ラウンドの始まりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは予想外のサプライズですね!一紗さんは武力が言う程に強くなかったですけど、直ぐに親しい少女に気を遣って、想いを答える程の高貴な精神が持っているですね〜
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