門下生達の反撃
我が物顔で威張り散らしていた《仙絶血砕流》にお灸を据えた一紗。
それは看板と師の命を奪われた拳法家達にとって衝撃的なものでした。
飲食店では壊れた常連客が手伝って室内の清掃が敢行されている。喧嘩は日常茶飯事で手慣れた様子である。店長や店員は木属氣巧と土属氣巧を併用して壊れた壁や椅子を修復していく。
美鳳達は手伝いを申し出たが、《仙絶血砕流》一派を追い払ってくれただけ十分だと返されてデザートまで御馳走になってしまった。
「結局、美鳳も食うんだな。減量中じゃなかったか?」
「うるさいですよ、人の厚意は無碍にできません」
「本当は杏仁豆腐食べたかったんでしょう? 素直じゃないんだから」
【土国】の復興技術も目を見張るものがあったが、日常的に店が壊される可能性があるここでは建物修繕技能は嫌でも視に着くようだ。三人が食べ終わる頃には店は綺麗に開店前の状態へ戻っていた。見事な土属氣巧と木属氣巧を披露した給仕の女性を美鳳は賞賛した。
「《膂族》は格闘技能特化だと偏見がありましたが、属性氣巧術も大したものですね」
「アハハハ、ウチはガラの悪い奴が壊すのなんてしょっちゅうだからねぇ。建物はどうにでもなるけど食器は買い直さないと……」
陶器の食器はすぐに再生とはいかないらしい。飲食店として歪な器を提供はできないのだろう。店員の女性は悲し気に塵取りで回収される破片を眺めている。
「頑丈な【土国】の陶器があれば大助かりなんだけどさぁ。アレは滅多に流通しないから貯金しても買えないんだよ。おかげで使い道のない金ばかり溜まっちゃって」
美鳳、一紗、蕾華は互いの顔を見合わせた。以前【土国】に赴いた際に見上げ品として神官が作った器をかなり多く手渡されていたのだ。見た目の優美さだけでなく頑丈で使い勝手も良いため今も野宿用に何点か持ち歩いている。
「そういうことなら何点かお譲り致しますが……生憎すぐに出せるものが少なく……」
携帯鞄から取り出した数点の器を見た店員一同は目を輝かせた。
食器買い直しの為お通夜ムードで算盤を弾いていた店主すらも目を皿のようにして少女の手にある器を眺めている。
「これは黝簾殿の作品! こっちは翡翠殿の! すまんが、あるだけ譲ってくだされ! 言い値で構いませぬ!」
「言い値ってこれ結構高いらしいぜ、オッサン」
「壊される度に買い直すよりよほど安上がりです!」
「では、こんなもので如何でしょう」
美鳳がそろばんをはじいて見せると、店主の親父は「何と良心転的な価格!」と特価品を前にした主婦の如く喜んだ。店員の女性達が店奥から金貨が入った銭袋を何個かもってきていた。店は繁盛していたし建物は自力で修繕できるため本当に購入用貯金が溜まっていたのだろう。
両者は固く握手し、契約は無事成立したようだ。片や頑丈で壊れづらい食器を手に入れ、片や十分な路銀を手に入れられた。神官達も売って金にして構わないと話していたし、求める消費者の手に渡ったのなら本望だろう。
奢りの分のデザートだけでなく、食事代も全て無料にしてくれたのはありがたかった。
「またお越しください」「割引しますので~」
そんなありがたい挨拶を受けて店を後にする。
黝簾も翡翠も聖領神官であると同時に名のある陶芸家だとは聞いていたが、まさかこうも喜ばれるとは思わぬ収穫だった。
「私は陶芸には疎いですが、やはり神官の方は凄いのですね」
「美鳳は陶芸下手くそだったからな」
「うっ、うるさいですよ。もう少し時間があれば私だって兄上より上手にできましたっ」
「ふふっ、もう懐かしいわね。黝簾様方は外国や異民族からは《壘族》とか神官という身分で見られるから陶芸家として知ってるあの店主さん達よっぽど目利きだと思うわ」
思い出話に花を咲かせていた三人の少女達はふと足を止めた。
店を出てからぴったり後ろを追ってくる気配を感じていたからだ。こちらが立ち止まれば向こうも歩みを止め、曲がれば追随してくる。道順が同じという訳ではないだろう。
「《仙絶血砕流》一派のお礼参りか?」
「或いは店主から受け取った大金を盗みに来た盗賊でしょうか?」
「私達目当ての変質者の可能性もあるわ」
三人が追跡者の方を睨むと彼らは観念したのか十数名の男女が物陰から出てきた。
何人かには見覚えがあった。先程店の近くにいた客の青年だろう。
少なくとも《仙絶血砕流》一派ではなさそうだ。
「てめぇら、何の要件で俺たちを付け回す?」
「……すみません。青服の貴女にお願いがございまして」
「……俺に?」
顔を見合わせていると彼らは拱手で丁寧に挨拶をしてきた。
話を聞いてみると彼らは皆、【仙洛】で修練をする拳法家たちだった。
全員が同じ拳法流派ではないが、師を殺され道場の看板を奪われたことが共通している。
彼らは師の無念を晴らそうと、看板を取り戻そうとしていたが自身の力が及ばないことを自覚し無力感に打ちひしがれていた。
武を極めたからこそ戦わずとも相手の力量が分かってしまうのだ。それでも納得できず復讐に行った者もいるが結果は飲食店の時と同じだったという。
「我々はいつか雪辱を晴らそうと《仙絶血砕流》を監視していました。そこで貴女が奴らを倒すところ見かけたのです。私達は確信しました。この方しかおらぬと」
「……話は分かった。で、お前らは俺に仇討ちしてほしいと?」
「いいえ。我々は若輩ながら武門を志した身。仇は自らの手で討ちたく思います」
「じゃあなんで声かけたのよ?」
「我々には師が必要なのです」
「成程。それで一紗を見染めたと」
実際に《仙絶血砕流》に一杯食わせ、拳法家としての腕を見たからこそ師事したいと熱望したのだろう。
「ふふん、貴方達見る眼があるわよ。なんていっても一紗さまは覇兇拳使いに勝ったことだってあるんだから」
まるで自らの実績を誇るように胸を張る蕾華に一紗は肩を落とした。虚偽ではないが覇兇拳の本場でそんなことを言えば周囲の反応がどうなるかは想像できるだろうという諦めである。案の定修練者達は目を一掃輝かせた。
「何とお心強い! 是非!」「一紗殿、何卒!」「一紗様、私達を御導きください」
「はぁ~……俺は弟子をとるつもりは――」
「まぁまぁ。良いではないですか。どの道兄上はしばらく道場に籠ることになるのですから。その間だけでも世話を焼いても罰は当たりません」
「そんなこと言って愁国として【拳国】民衆に恩を売っておこうって魂胆じゃないのか?」
「人心を掌握していると言ってほしいですね」
美鳳も中々に強かになってきた。領主たる器として磨かれてきたということでもあるのだが、実際働く側としては面倒だった。
「大体、こんな大人数どこで世話するんだよ? それぞれの道場に別れてローテーションってわけにもいかないだろ」
「場所ならあるじゃないですか」
美鳳が指さしたのは【陽光霊山】山頂に聳え立つ覇兇拳道場だった。
いきなり来た客がこんな大人数の他流派拳法家を迎えるため部屋を貸してくれというのは横暴にも映るだろう。老仙が断ってくれることに期待して山頂に登る。
「道場を使いたい? ええよ。広いだけで余っとるし。好きに使いなさい」
「軽!」
「覇兇拳の道場をお借りできるなんて光栄です!」「一紗殿は顔も広いんだなぁ」
彼は申し出を快諾してしまった。一人頭を抱える一紗を差し置いて外野の拳法家たちは大いに盛り上がっている。
実際に修練者がいなくなったこの道場は使っていない部屋がいくらでもあった。鎧兜の話では他流派との交流試合もあったらしいので慣れていたのかもしれない。
「「「よろしくお願いします! 一紗師匠!!」
(し、師匠! なんか悪くねー呼称……かな)
前の世界で政治家になった瞬間周りから先生呼ばわりされて調子に乗ってしまったという元芸人の話を聞いたことがあったが、実際いきなり敬称されたら満更でもなくなってしまう。
【倭国】のスパイ任務で隊員達の剣術指南をしたことはあったが、あれは実戦向けの稽古を見るだけで言ってみれば部活の後輩指導のようなものだ。暫定的とはいえ弟子をとるのは初めてのことである。今までは一紗が年長者を師と仰ぐ立場だった。二人の師から指導者として参考になるものはないかと思い起こしてみる。
幼少期から独り立ちするまで氣巧武術と格闘術の基礎を叩きこんでくれた袁・牙王。盗賊王として各地を荒していた氣巧術と武術の達人だ。
『オラッ! しっかり受け身とれや! 俺様の貴重な時間を割いてやってんだぞ! 結果を出せ! 無理なら死ね! 才能無し!』
殴る蹴るの暴行でサンドバッグにされ、何度死の危険を感じたか知れない。今の自分があるのは牙王のおかげだが修業中は「彼に拾われなければ良かった」と何度思ったか知れない。
(あれは……絶対参考にならないな)
次に【倭国】で出会った修羅の力の制御を教えてくれた師――牛頭・詩侑だ。
以前は貞操の危機に遭うと無条件で発動していた修羅の力を本来の〈鬼神招来〉として自由に引き出し扱う術を教えてくれた恩人である。
『ええい、何度理性を失うんじゃ! 力を引き出す前に分割しろと言うておるじゃろ!』
『やってるよ! けど混血の俺じゃ純血の師匠みたくできないんだよ!』
『じゃから純血のわらわより努力が必要なんじゃ! 自分の中で適切な塩梅を見出して調節するんじゃ! できるまで何千回でも付き合ってやろうぞ!』
詩侑は王族だけあって牙王よりは理知的で問題解決に寄り添ってくれていたが、才能が劣る者に対して天才故の実績を示されるのが難儀だった。「やればできる。できないのは理由があるから」と試行を繰り返すのみ。言うなれば理知的なハードカリキュラムだった。特殊な氣巧術で時間を引きのばしていなければできない芸当である。
(こっちも人間相手だと……参考にならないな)
吟味の末自分で模索していくのが最適解だと納得した一紗は修練を開始した。
まずはそれぞれの拳法の特徴を把握することから始まる。――とはいってもこれは簡単だった。一紗は惡姫と呼ばれるに至るまで他者の技を盗み覚えて生きてきたのだ。満喰程ではないにしろ相手の技を模倣することは難しくなかった。
また格闘家としての経験に基づき、彼らの技が未完成であることや悪い癖が出ていることを指摘することが出来た。
「お下げの女、お前はの流派は足技を主体にしている。だからと言って腕が飾じゃない。牽制程度には拳打も使うだろう。折角空いているんだから効率よく使え」
「は、はい! 師匠!」
「そっちの三つ編みの男。お前は《霍威血漿拳》の使い手だな? 一度真似たからこそ分かるが、お前の技はムラがありすぎる。効率よく氣を受け流せていないから体に痛みが蓄積しているんだ。基礎を疎かにしているな。丁度いい機会だ。今から流派の極意を突き詰めるんだな」
「御見通しでしたか。実は亡き師にも忠告されました……」
的確な助言に多くの格闘家たちが感謝しまた敬意をいっそう強めている。
実際、その流派でもない者が技の特性や流派の極意を理解しているのは驚異的なことだった。
成り行きを見ていた老仙も大したものだと舌を巻いた。
「フォッフォッフォ……こりゃとんでもない原石がいたもんじゃ。あの娘は拳法・氣巧武術をよく分かっておる」
「当然よ、一紗さまは凄いんだからッ! 武言城でも鎧兜の覇兇拳の極意を理解した上で即興で対策したしねぇ」
老仙は大きく目を見開き一紗を一瞥する。それから自身の髭を撫でながら過去の自分を悔いるように天を仰ぐ。
「……そうか。鎧兜が覇道に目覚め実妹から国を簒奪したとは聞いていたが、あの娘が正してくれたわけか。……そうかそうか」
老仙も昔自分の口から〝真実〟を告げようとしていたが、機会を逸している間に第三者の口から鎧兜に伝わってしまった。
何とか説明し誤解を解こうとも考えていたが二大本家の圧力に屈し、非人道的な制度を黙認していたのも事実なので上手く言い訳の言葉をまとめられなかった。
そうこうしている間に裏切られた想いの強まった鎧兜との溝は深まっていった。とうとう彼が弟に決闘を挑んで惨敗することになり、道場を後にしてしまったのだ。止める資格が自分にはないと考えた老仙は何も言えなかったし何もできなかった。それは秀英の時も同じである。
「ありがとう、お嬢さん方。若い者は偉大じゃな。年をとると諦め癖がついていけない」
老仙はすっと立ち上がると部屋の外へと足を向ける。
「どちらへ……?」
「なぁに散歩じゃよ。ワシが留守の間も部屋は好きに使ってくれて構わんからの」
呼び止める間もなく一瞬の内に老体の姿は消えた。
未だ現役なだけあって踏み込みが見えない高速歩法を心得ているらしい。美鳳には彼がどこへ向かったか分からなかった。
二人の人物に師事した一紗ですが
今度は自分が教える立場になりました。
弱い民族なら仇討ちだけ依頼するのですが、
《膂族》の拳法家として自らの手で引導を渡したいという彼らの気持ちを汲んだ形ですね。
次話は鎧兜視点です。
変わり果てた秀英と再会を果たします。
彼の口から告げられた真実は驚きのものでした……。




