古の殺戮人形
ついに呪術の中心となっている禁足地まであとわずか……!
残りの対戦カードは一組だけですね。
仲間達に強敵の相手を任せたおかげで一紗と綾繕、美仁はついに紡絆城の最上層に辿り着いた。禁足地とされていた扉は開け放たれている。
辛うじて見える部屋の奥には上質な着物を纏っている女性の姿があった。幾重にも氣糸で縛り上げられているように見えるが、それは彼女の体から出ているものだった。
生気のない顔色のため既に死亡していることは一目瞭然だった。
「紅・累細殿下……!」
「ホン? ってことはこの国を治める皇族――美鳳の姉ちゃんか」
「ハイ。彼女ノ命ヲ代償ニシテ発動シテイル〈枢魂操邪〉ヲ止メレバ戦争ハ終ワリマス」
勝利を目前にして綾繕と美仁が走り出す。今まで警戒が強く見回りの人形もいたためスパイだった二人もこの最上階には足を踏み入れられなかった。
ようやくこの禁断の呪術を解除することができるという希望に足取りが速くなる。
「――待った」
一紗が二人の首根っこを掴んで止めた瞬間、その鼻先を鋭い斬撃が通っていく。
地面と壁には深い亀裂が入っていた。
あのまま直進していたら仲良く首が落ちていただろう。壁に刻まれた裂傷を一瞥する綾繕の顔色は青かった。
「餌ニ釣ラレタト思ッタガ……」「ソウ簡単ニハイキマセンヨ~」
「今更《操族》ト裏切り人形等恐レルニ足リヌノォ」「警戒スベキハ異民族ノ女ノミ」
物陰から現れたのは四面六手の枢人形だった。
全長は帝殺・陸戦型八號よりやや小さい程度であり、並の人間が対面すると十分に大きい。
その特徴と最後に立ちはだかる枢ということでコレが『傑選枢機』最後の禁級にして妖魔大戦期に運用されていた最終兵器『狩妖』であることは推察できる。
「コイツとだけは戦いたくなかったのに……! やっぱり立ち塞がるの!?」
「勝機ガアルトスレバ命ヲ賭シテ消耗戦ヲ強イルクライデショウカ……」
綾繕と美仁が相手の出方を窺っている間に一紗は飛び出していた。
瞬足で接近し、死角からの飛び蹴りで急所を狙う。並の者ならば全く抵抗できず、頭を潰されるだろう。――が、相手はその奇襲を察知し掌で受け止めて見せた。
別の手の甲から剣を突出させると、一紗の頸動脈を狙ってくる。
身を捻って躱した一紗は宙でクルクルと後転しながら定位置にまで下がった。
「今、蹴りの威力を殺された……!?」
「そうよ、睿達から聞いてるんじゃないの? 狩妖は四面だから三百六十度の視界を常に維持してあらゆる攻撃に即応できる。そして衝撃吸収機構で物理攻撃を無力化できる」
「他ニモ様々ナ機構ヲ内包シテイテ実力ハ未知数。何セ妖魔大戦後、『狩妖』様ダケハ《操族》ノ誰モ再起動デキマセンデシタ。其レコソ他ノ『傑選枢機』ガ制作サレタ理由デモアリマス。物理攻撃主体ノ拳法家ハ相性ガ悪イデスヨ」
「相性が悪いとか敵が強すぎるとか、戦いを止める理由にはならねーよ。アイツの先に行かなきゃならねーんなら尚更だ。コイツは俺がやる。二人は呪術を止めてくれ」
「……自殺行為よ! アレを人間が倒せるわけがないんだから!」
「だから俺が相手してる間にお前らが呪術を止めればいいんだろーが」
牛魔廷で修業を終えた一紗は枢人形相手に敗けるつもりはない。しかし敵の強さをよく理解している《操族》を説得するにはそういう言い回しが相応しいと言葉を選んだのである。
「俺が生きるか死ぬかはお前らに懸ってる。しっかりやってくれよ」
「――!? 分かったわ! 行くよ、美仁!」
お前を信頼しているという意思表示。やってくれなければ自身の命にかかわるという適量のプレッシャーと責任感を植え付ける交渉術に綾繕は納得してくれた。隙を見て扉の空いた禁足地に走っていく。
狩妖は間合いギリギリを擦り抜けて走って行く彼女を追わなかった。というより追えなかった。相対する一紗から発せられる闘気と殺気の威嚇を受けていたからだ。先程物理攻撃を無力化できていたので自身が敗れるとは思えない。しかし直感的に隙を見せてはいけないと感じたのだ。人形には本来ない概念だが本能に近い感覚なのかもしれない。
「我等ノ相手トシテ差シ向ケルノハ繰・睿ト愛零カ覇兇拳使イト思ッテイタ……」
「シカシ、彼等ガ敢エテ最後ヲ託シタト考エマスト侮レマセヌ~」
「先程ノ身ノコナシト拳打ハ中々ダッタ」
「ドレ、力量ヲ計ッテミルカノゥ」
狩妖は胸の鎧から金属の棘礫を生成するなり射出してきた。古代に運用されていたという割には金属棘の強度も射出速度も現代日本の散弾銃とまるで変わらない。狩妖の十八番〈金属氣巧・貫鋼迅弾〉という技である。
妖魔の尖兵はこの技で狩妖に近づくことすらできずに絶命していったという記録が残っている。射撃速度と威力もさることながら狩妖は弾丸の一つ一つを自身の意思で誘導できるのだ。曲がりくねり追尾する鋼鉄の弾を躱すことはできない。
軍議で狩妖の性能を聞いていた一紗は初めから弾丸を躱すつもりなどなかった。
自身の氣を周囲に放出して光速の弾丸を受け止めたのだ。以前は弓矢などの飛び道具を退けていた〈闘氣の盾〉である。牛魔廷での修業によりさらに洗練され銃弾をも弾ける強度になったのだ。
「闘氣ノ盾ネ~」「想定範囲内ダ」「其レデハ……」「接近戦ハドウカノウ?」
いきなり眼前に迫っていた狩妖は六手の腕を以て無数の拳打を繰り出してきた。
枢人形と言っても一流の拳法家と変わらない鋭く重い拳である。重々しい見た目からは想像だにしていない踏み込みの速さと拳の速さを誇っている。遠近双方に対応できる設計らしい。
牛魔廷でしごかれたからこそ六手の猛攻を二本の腕で正確に受け止めることができていたが、以前の一紗なら初撃で守りを崩されて袋叩きにされていたことだろう。
「危っねぇ。師匠に感謝しねーとな」
「手数ニ勝ル良イ目ヲ持ッテイル。――ナラバ!!」
一紗の蹴りによる反撃を軽い身のこなしで回避した狩妖は正面を向く面を「翁面」に変更した。
「コレナラドウジャ? 〈木属氣巧・芽生木人―百樹兵〉」
翁の面が吐き出した光の粉をまぶされた木製の床から樹木が捻じれるように生えてきて兵隊の形をとる。それも一体や二体ではない。部屋中を埋め尽くす程の木人兵が形成されたのだ。随分昔に【慶酒】で蕾華が見せた技の強化版である。
あの時は緩慢な動きの木人だったが、今回は人間と大差ない自然な動きをする兵隊だった。
彼らの攻撃を避けるのには問題のない一紗だったが、自慢の手刀で頭部を切断しても拳で上半身を吹き飛ばしても木々が生茂って新しい体を形成してしまう不死身性には辟易してしまう。
「ちっ! 急所がない敵ってのは面倒だ。使い手を殺るか」
木人の攻撃を全て無視して真っ直ぐ狩妖の元へと走る。
すると、翁の面がくるりと回転して鬼の面に代わった。
「〈水属氣巧・惑霧隠迷〉」
鬼の面から高濃度の水蒸気が蒔かれて視界が一気にホワイトアウトしてしまう。
すぐ目の前の景色すら全く見えない濃霧。最初からこの術が発動していればここが城の中だとは気づかなかっただろう。
おまけに木人たちは健在でウヨウヨしている。そんな中で枢仕掛けの狩妖だけは視界を完全に確保し、霧の中から一紗に仕掛けてくるのだ。
闘氣の盾で一瞬だけ周囲の霧を消し飛ばしてもすぐにまた周りの霧が溶け込んでくる。完全に切り掃うのは不可能だった。
『一紗よ、常に相手の気配を探るのじゃ。感知能力を磨けば相手の技を見切るのは元より、隠れた伏兵をも見つけることができる。もっと五感を研ぎ澄ませるのじゃ』
自分を育ててくれた盗賊・牙王以来の師と呼べる存在――牛頭詩侑に受けた鍛錬の日々を思い出して感覚を研ぎ澄ませていく。
赤外線カメラのように霧の中で蠢く木人の気配が完全に認識できた頃には、霧の中でも通常通り走りながらこちらの隙を伺っている枢の存在をも認識で来た。
「お前の衝撃能力無効化がどれ程のものか、確かめてやる」
完全に相手の気配を捉えた一紗は手刀で狩妖の首を狙う。氣を腕に集中した渾身の突きである。命中した瞬間、突いた狩妖の体は土塊へと姿を変えた。
(変り身……!? 気配を読んだのに一瞬で土と入れ替わったのか!?)
「〈土属氣巧・代砂固縛〉」
正面の顔がおかめの面に代わっていたが濃霧に隠れているため作動音のみしか聞こえず一紗はどの顔に入れ替わったか判別できなかった。それよりも驚いたのは土砂の身代わりを貫いていた手刀が抜けなくなったことだ。まるでセメントに固められたように動かない。
さらに髑髏に代わった面の口から高火力の火炎を吐き出した。
「〈火属氣巧・炎焦燃却〉」
妖魔大戦で運用されていただけあって当たり前のように五属性全ての術を使いこなし、どの術も総じてレベルが高かった。おまけに次の技へのつなぎが上手い。
「――〈開静〉!!」
通常のままでは勝てないと踏んだ一紗は牛魔王の力の一端を解放する。
〈鬼神招来〉を三段階に分けた一段目にあたる身体強化術。これにより力を増したため土石の捕縛を脱することができた。闘氣の盾よりも高濃度の氣が部屋に充満していた白霧を消し飛ばしていく。そして通行の邪魔だと言わんばかりに健在だった木人達を徒手空拳で一気に破壊してしまった。牛魔王の氣に当てられた木人はうまく再生することができず、その場で蠢くことしかできない。
「此レハマサカ~」「牛魔王ノ氣ジャ」「シカシ奴ハ死ンダハズ……」「貴様何者ダ」
「俺は一紗。第八百九十代目牛魔王・牛頭詩侑の弟子だ」
狩妖は初めて驚いた様子だった。一紗に対して侮れない異民族という評価であったが、それは彼女が牛魔廷で力のコントロールを学んだことで牛魔王の氣を隠していたからである。
牛魔王の力の一端で体を強化する〈開静〉を体感したことで一紗の言葉に偽りがないことを理解したのだ。目の前の少女は《九妖王魔》の血を引いているのだと。
「人ト交ワッテマデ血ヲ残シタカ、牛魔王……」「デモ惨メナ残リカスジャ」
「アノ時ノ雪辱、貴様ノ係累ニ晴ラシテクレルハ!」「牛魔王ノ血ハ絶ヤスノミ~」
一紗が牛魔王の子孫だと知るや目の色を変えた。
今まで露骨に手を抜いていた訳ではないのだろうが、仇敵を目にしたように殺気を充満させたのだ。士気高揚の狩妖は加速装置を起動する。
〈開静〉で力を強化した一紗に迫る速度を見せた。
「くっ、コイツ……! ――〈蹴駝撃壊〉!!」
追いつかれた一紗は身体強化した身体能力で回し蹴りを御見舞いする――が衝撃無効能力も健在なようで直撃したにもかかわらず傷一つつかなかった。
「木人は倒せたのに〈開静〉でもダメなのか……!?」
「温イワ!」「牛魔王ノ力ハ~」「コンナニ軽クハナカッタゾ……」「今ノ貴様ハ仔牛ジャ」
妖魔大戦激戦区を戦っていた狩妖は当然《九妖王魔》とも戦闘経験があった。大戦後以降は殆ど使用されることのなかった彼は昨日のことのように大戦期の記憶があった。あの頃は《操族》に使役される人形として戦っていたが、大敵の威圧感には恐怖を覚えたものである。
『一体何人死んだ……?』
『さぁな。死体の数なんざ数えてねーよ。さっきの一撃で枢人形も殆ど壊されちまった。我が民族の精鋭をこうも易々と……流石は最強の妖魔が一格といったところか』
『ああ、だがまだ俺達には狩妖がある。《七王武族》が応援に向かっていると報告もあった。彼らが来てくれるまで俺達だけで止めるんだ!』
牛魔王や崩界童子といった膂力の強い《九妖王魔》の猛攻でも耐えられるように衝撃無力化機構を組みこんでくれたがそれでも尚牛魔王の拳は重かった。満身創痍の《操族》は自身の腕が使い物にならなくなる前に或いは命尽きる前に奥の手を発動させる。
『秘術・〈枢魂操邪〉!! ……我が命を代償に王魔を討て! たの……んだ、ぞ、狩妖』
ついに操作主がいなくなった狩妖は自らの意思で牛魔王に立ち向かった。
操り人形という枷を外され殺戮兵器と化した狩妖は体が砕けながらも戦い続けて《七王武族》が応援に駆け付けるまで戦線を守り続けた。狩妖の活躍は華々しい戦果として《操族》の古代史書籍に記載されている。
ところが当の狩妖は決して戦果だとは考えていなかった。確かに足止めには成功し、手傷を負わせることもあった。だが《九妖王魔》の内ただの一体の首も取れなかったのだ。彼にとっては苦々しい敗戦の記憶である。術の効果が切れてただの人形に戻る瞬間もその心にあったのは惨めな敗北感だった。
自身を恐怖させ、義体を砕いてきた強敵としての記憶が根強い狩妖にとって一紗の拳は牛魔王の力を弱体化させたものに近かった。
「弱イ……」「ダガ腐ッテモ牛魔王~」「雪辱ヲ晴ラスマデ」「死ニ晒セ」
一紗に奥の手がないこともない。しかし体力を消耗する二段階目・三段階目の強化はなるべく使いたくはなかった。仕留めきれなければ反撃されて命を落とすことも考えられるためだ。
「なるほど……妖魔大戦で活躍したってのはフカシじゃないらしい」
一方で呪術を止めに行った綾繕と美仁は人形兵達に足止めされていた。
皇女と共に禁術〈枢魂操邪〉を発動したはずの軍部大臣をはじめ多くの官僚達が栄養失調にも似た様子で彼らの氣糸に繋がれている。
「何故、術の発動者が生きているの?」
「恐らく彼らは姫君をそそのかしただけで自らは術を発動しなかったのでしょう。皇族がいなくなれば国の実権を握れるとでも考えたのでは?」
「ウチに予算降ろさなかったりホント、最期まで足引っ張ってくれるわね!」
背後から響き渡る戦闘音が綾繕と美仁を焦らせる。
呪術をいち早く解除するべく二人は枢演技を披露した。
綾繕と美仁は
最後の雑兵たちを退けるべく戦っています。
実力は彼女達の方が上ですが、いかんせん数が多いため時間がかかってしまいますね。
その間、最強の骨董人形を相手にするのは我らが皆殺し娘です。
狩妖は対人戦は想定されていません。
対妖魔戦想定の人形なのが他の『傑選枢機』と異なります。
それもただの妖魔ではなく《九妖王魔》に敗けないように
当時の《操族》の叡智を結集して設計されています。
拳法家殺しの衝撃吸収機構や速度アップの加速装置もその一つです。
四面で360度の視界を確保し、六手から多元的に攻撃します。
本編の通り高レベルな属性氣巧術は標準装備として扱えます。
例の如く操者に属性氣巧の才能がなくとも氣量さえあれば自在に強力術が連発できます。
古代に作られたので元々人工知能は入ってませんでした。
――がそれぞれの顔面の変化で起動する氣巧術が異なるためか呪術によって四面共に人格が生まれました。
大戦時には当たり前のように〈枢魂操邪〉を使用されていたのでその頃からこの四人格は存在します。
大体は術者の手が動かせなくなる或いは氣が枯渇するまでは操作し、
その後呪術で自在に暴れさせる運用スタイルでした。




