枢侍
いち早く呪術を止めるために仲間が一人ずつ強敵の相手に残る構図となっております。
次の対戦カードは――。
時は少し遡り一紗達が上階に進んだ後のこと。
階段を登り切った直後に行く手を阻まれてしまった。
鎧甲冑の武者が鎮座している。最初は城の装飾と錯覚するほどに景色に溶け込んでいたが兜を動かして狩人のような眼光で射貫いてきたため其れが枢人形だと察した。
「此処で足止めに来るってことは『傑選枢機』か?」
「如何ニモ。某ハ『傑選枢機』ガ禁級――護剣」
「侍の人形か。軍議で伝えられていた特徴とも一致するな」
「でも実物を見て改めて驚いたよ。【倭国】の――侍甲冑そのものじゃないか」
故郷の甲冑そのものが枢化したような容姿の護剣にどこか親近感を覚える栞那。
ナビゲーターの綾繕がその由来についても説明してくれた。
「アレはその昔、《五大民族》が他民族を支配しようと勢力を拡大し始めた時代に作られた枢剣士。彼らに対抗するために当時我が国に滞在していた《海民》を参考に作られたのよ」
妖魔大戦の勝利に大きく貢献した五大民族は他の衰退した二武族と違って戦後繁栄したため自分たちこそ優秀な民族だと驕り、周辺民族を隷属させようとした時期があった。
五大民族躍進時代の開闢である。
妖魔大戦終期に築き上げた【枢国】の要塞も五大民族の侵攻で何度も破壊されてしまうことになる。守ってばかりでは壊されるだけと知った《操族》達は強い五大民族を追い払うための兵器を開発する必要に直面した。
そこで五大民族に対抗しうる戦力として白羽の矢が立ったのは《海民》である。
妖魔大戦期は大陸に住まうあらゆる民族の傭兵になって活躍した《海民》は大戦後、融和派は妖魔と交配して《魏族》となり、撲滅派は妖魔残党を始末するため〈狩法〉を開発して《戮族》となり大陸中に散った。しかし例外はいる者で大戦期に協力した民族の居留地にそのまま居座る者もいた。当時【枢国】に留まっていた者も極少数ながら存在したのである。
彼らの協力を得て開発されたのが『肆式・護剣』だった。
「アレは《海民》の作刀技術と私達の枢技術を集結して作り上げた枢仕掛けの侍よ。剣術は《海民》からそのまま学習させたもの」
「ああ、そう聞いてるぜ。憑霊術使いの首をとった実績もあるってな」
対五大民族用に開発された『肆式・護剣』を始め多数の実戦兵器が投入されたことで五大民族が話は現場指揮官を失うことにもなり、要塞破壊に戦力を避けなくなり戦況が硬直した。そして有名な『七龍裁き』により五大民族が自領に完全撤退するまで守り続けたのだ。
「サテ、女子トテ手加減ハセヌゾ。此ノ場ニマデ進ンデ来タトイウコトハ等シク戦士故」
護剣が胸の歯車を回すと背中から鞘に納められた一本の刀が突出する。
彼が抜刀した剣は付け根に歯車が付いている不思議な形状ではあるが、刀身自体は【倭国】【金国】製に似た刃になっている。新種の刀を一目見た栞那は目の色を変えた。
「彼の相手はボクが引き受けよう。一紗達は先に行ってくれ。剣士なら強い剣士と戦いたいものだからね」
「……本音は?」
「あの剣をどう扱うのか見てみたい!」
新しい玩具を見た少年のように目を輝かせていた。
刀剣マニアの悪い癖である。【倭国】にいた頃から刀剣には目がないようだったが外国製品に対してもその前のめりな態度は健在らしい。どうせんそんなことだろう、とジト目を向ける一紗に構うことなく栞那の奇行は尚も続く。
「ハァハァ……どんな切味なんだろう。強度は如何程か。何か特別な仕掛けがあるのかな」
頬を紅潮させて情熱的な瞳で枢刀に視線を送っている。心なしか呼吸も荒い。対象が刀というだけで彼女の感情は恋心にも似ていた。
そんな栞那の態度を初めて見た綾繕は病を発症したのかとひどく心配になっていた。
「ちょっと、彼女大丈夫なの!? ふわふわしてるし、すっごい熱っぽいけど!?」
「ああ、病気みたいなもんだ。極度の刀剣好きでな。こうなりゃ説得するよりそのまま任せちまった方がいい。綾繕、先に案内してくれ」
「えぇ!? まぁいいけど……」
「人間トハ奥深イ生キ物デスネ……アレガ《魏族》ノ民族的特徴デスカ?」
「いや、俺も《魏族》の血が入ってるけどアイツだけだぞ」
綾繕と美仁にとっては禁足地に早く到着するに越したことはないのでそのまま一紗の提案に従い栞那に任せて進むことに決めた。
肆式・護剣を避けるように迂回しながら上層へつながる階段に走って行く。
――が、瞬きする間に護剣が刀を振りかぶった状態で進路に現れていた。
瞬間的に美仁が主を庇おうとするも、彼女が動くよりも敵が刀を薙いでくるよりも速い。だがそのさらに外から黒い影が割って入り、護剣の斬撃を受け止めていた。
「キミの相手はボクだ。目移りはやめてもらおうか。剣を向けるのはボクだけにしてよ」
「酔狂ナ女剣士ヨ。名ハ?」
「神菊栞那。キミを斬る剣士だ!」
驚いたのは正面から彼女の剣を受けている肆式・護剣だけではない。
栞那の踏み込みの速さ、斬撃を見切る目の良さ、そして抜刀の速さに目を丸くしたのは綾繕と美仁も同じだった。先程の鎧兜は見るからに強そうということで任せることに躊躇いはなかったが、スレンダー美人な栞那が【枢国】二番目に功績のある『傑選枢機』の剣を正面から刀で止められるとは想定外だったのだ。
「強いとは思っていたけど……ここまでとはね」
「彼女ガ護剣様ヲ抑エテクレルナラ先ヘ進メマス」
再び階段を目指す少女達が走って行くのを今度は護剣も阻まなかった。今目の前の剣士に背を向ければ斬り捨てられることは分かっていたからである。彼女の相手をしながらさらに一紗の相手をできると判断する程無謀ではなかったのだ。
「致シ方無。残リノ始末ハ狩妖ニ譲ル他アルマイ」
しばらく鎬を削り合っていた両者は一紗達が無事に階段を登り終えた足音を聞き終えたタイミングで両者とも攻勢に出た。
凄まじい剣戟合戦が繰り広げられる。周囲に響き渡る金属音、両者の踏み込みで畳が酷い有様になっているが気にせず剣を振るい続ける。
肆式・護剣は人間の筋力的限界を超えた斬撃を繰り出せるような構造になっているため超人的な動きを実現できる設計である。その動作の柔軟性は幅広く、操作する《操族》が護剣の力の八割も出せないことが殆どだと文献にも残っていた。
〈枢魂操邪〉の発動により自らの意思で義体を操作できるようになった護剣は人間に操られていた頃より十分に速いはずなのだ。そんな枢に栞那は生身で応戦してくる。
最初は互角に見えたものの三分程斬り合いを続けていれば両者の力量は明確になってくる。
栞那はセーラー服に傷一つない状態にあったが、護剣は鎧の数か所に亀裂が生じている。
このままの状態で斬り合えばいずれ首を落とされると察知した護剣は強烈な斬撃を繰り出して栞那を一時的に後方に飛ばした。
「こんなものではないだろう、枢侍! 本気を見せてくれ!」
「相分カッタ」
壁を蹴って再び距離を詰めてくる栞那に護剣は刺突の姿勢で剣を構えた。
その刀の付け根にあった歯車が高速回転し始める。
「〈枢奇剣・延縮刀〉!!」
超高速で刀身が伸びた刀は切っ先を射出するように栞那を狙った。
伸縮する刀を一度相手にしたことのあった彼女は間一髪で回避することには成功したが、自慢のセーラー服の一部が切られ胸部が少し露出してしまう。白い肌からは鮮血が一筋床へと流れ落ちていた。
「初見デ躱サレタノハ初メテダ。良イ動キヲスル」
「刀身を変化させる奴とは戦ったことがあるからね。完全に初見じゃないよ」
かつて【倭国】で比画山丞藤という《魏族》の剣士と剣を交わしたことがあった。
彼は刀身を変化させる能力を有しており、間合いを自在にコントロールしてきた。おまけに彼は、防御不能な上に不可視の〝透徹〟という得物を持っていたため苦戦を強いられることになった。あの時に比べれば伸縮自在なだけの刀はまだマシな方だ。留意する点があるとすれば比画山の能力と比べて伸縮までの時間が短いところである。
(成程。時計回りに歯車が回ると刀身が伸びて逆回転すると縮むわけか。歯車の回転方向に注意していれば伸縮タイミングを見切るのは難しいことじゃない)
栞那はいささから落胆してしまった。五大民族の猛攻を阻み憑霊術者すらも倒したという前情報からかなりの使い手であることを期待していたわけであるが、剣技は自分より劣り、枢刀のネタも割れてしまったのだ。勝利が確定した消化試合につまらなさを感じるのは剣士として当然の感情である。
相対する護剣もその気配を感じ取ったらしい。
「某トノ戦イハツマラナヌカ?」
「正直……期待外れだね。今のキミの実力は甘めに見積もっても《五大民族》の平均レベルより下だ。とても憑霊術使いの首をとったとは思えないよ」
自らを過小評価されたにもかかわらず護剣はその返答に満足そうに頷いた。
「正確ナ見立テダ。確カニ貴殿ノ指摘通リ。此ノママデハ某ノ首ヲ落トサレルノモ時間ノ問題。……先ニ詫ビヨウ。手ヲ抜イテ済マナカッタ」
「――!?」
肆式・護剣が制作されたのは五大民族躍進時代。
各地で五大民族が猛威を振るっていた彼らを打倒するべく作られた肆式・護剣が弱いワケがないのだ。
彼が投入された初陣では、千名を超える兵士と指揮官である憑霊術使いを討ち取って見せた。
今まで防衛に重きを置いていたはずの《操族》が突如破壊的殺人兵器を投入したことに恐れをなした五大民族は一時撤退を余儀なくされたのだ。
――だが肆式・護剣が残したのは優秀な戦果ばかりではなかった。
最大出力で投入された彼を操作するために控えていた十名の優秀な《操族》が、交代制で操作していたにもかかわらず多大な損害を受けてしまった。
ある者は指の神経が切れて二度と人形を操作できなくなり、ある者は氣を枯渇させて衰弱死した。軽度な者でも氣の消耗と腱鞘炎を患ってしまったのだ。
そして肆式・護剣本体も全力で暴れた反動かオーバーヒート状態に陥っていた。突如甚大な被害を受けた上に指揮官を失ったことで敵軍が退いてくれたから戦勝で終わったが、あのまま攻勢を続けられていたらいつまで戦えたか分からなかった。
勿論試験運用なしで実戦投入されたわけではない。度重なる試用を以って臨んだ大戦だった。
だが実戦で相手になったのは世界最強と称される《五大民族》であるため安全面に考慮があった試験期間中の運用では足りずに出力を最大にした本気の闘いを強いられたのだ。
対外的には防衛戦に成功し敵兵を撤退させた【枢国】の圧勝という認識で広がってはいたが実質は引き分けである。
また、このとき全力で戦った肆式・護剣にも朧げな念が生まれた。
自身が全力で戦えば敵は脆く弱いのだ。弱い者を痛めつけることに心が痛んだ。弱者をいたぶり強さを証明することを恥ずかしいと感じたのだ。
そんな彼に籠った念を制作者は気づいていなかっただろうが、使用者の安全と継続運用を第一として安全装置が組み込まれることになった。
出力を押さえた状態でも並の《五大民族》雑兵程度なら十分に戦果を得られたからである。
それは〈枢魂操邪〉で動けるようになってからも同じだった。
ただ今回の闘いでは、今のままでは足りないと判断した。
自身が全力を出すに足る相手だと喜びを感じずにはいられなかった。
武者震いのようにカタカタと彼の鎧が振動を始め、身体についた歯車が高速回転し始める。
「実ニ良キ哉。懐カシキ強者ヨ。某モ全力デ御相手イタソウ」
最初に一刀を抜いたときと同じように背中から鞘に納められた剣が突出する。
一本目とは意匠が異なり鍔そのものが歯車状になっている。
「また、新しい刀! いいね! 次は二刀流で戦おうというわけかな」
「否! 某ノ全力ハ二刀ニ非ズ!!」
再び全身の歯車を高速回転させた後、彼の義体から二本のか細い骨組が生えてくる。
骨格素体だったその部位に枢仕掛けが作動して肉付くように丈夫な腕へ仕上がっていく。
さらに両肩から突出してきた新しい二振りの刀を抜くと四刀流剣士の完成である。
「――アマリ驚カヌナ。《操族》カラ伝エ聞イテオッタカ?」
「それもあるけれど、四刀流剣士を見るのは初めてじゃないからね」
「成程。貴殿ハ妖魔ノ気配ヲ以ッテオル。《魘鬼》ニトッテ四本腕モ珍シクハ無イトイウ訳カ」
「《魘鬼》じゃなく《魏族》だけどね。キミが作られた時代では珍しいかもしれないけど、《海民》と《魘鬼》の混血だよ」
「……どうりデ懐カシイ太刀筋ダ!!」
先に仕掛けたのは護剣だった。
四本の腕を器用に操作しながら果敢に斬りつけてくる。決して適当に剣を振るっている訳ではない。《海民》が協力して作成されただけあって四本腕全てがしっかり剣術を扱っていた。
しかも剣を握った手首を百八十度廻したり、関節を逆に曲げたりして太刀筋を変えるといったカラクリらしい行動も繰り出してくる。事前に四刀流の同胞を見ていなければ首も危うかっただろう。
肆式・護剣は四刀をもってしても瞬殺できないことに驚き、栞那は見事な四刀流の連撃に疲弊して互いに距離を取った。二人の剣士は命を賭した真剣勝負に高揚していた。
肆式・護剣VS栞那、剣士の戦いが始まりました。
枢奇剣という機械仕掛けの剣を扱う枢侍ですが、
《海民》が制作に協力しただけあって既視感のある戦い方をします。
彼の戦い方は剣術も枢奇剣もあらゆるものが初見殺しですが
情報や経験において栞那に分がありますね。




