鋼を砕く覇兇拳
鎧兜VS帝殺・陸戦型八號続きです。
天下統一のため協力せよという始皇帝一派の申し出を《操族》は頑なに拒否し続けた。《七王武族》や《海民》ほどでないにしろ妖魔大戦では名のある妖魔たちと戦った経歴があり、五大民族の改進すら阻んだ輝かしい実績のある彼らが新参勢力の申し出を受けるつもりなどなかったのだ。
焚火の回りを囲む未来の始皇帝は背を丸めて落ち込んでいた。
「わしと共に皆が安心して暮らせる時代をつくろう言うちょるのに、なしてアイツらは頑なに拒むんじゃ?」
「そりゃ天下統一などと前人未踏のことじゃ。怪し気な男にそんなこと言われても要塞化した国土に入りこむための方便じゃとしか思わぬだろうよ」
「何じゃ、善鬼。お前だってわしん惚れたけんついちきてくれたんと違うんか?」
「あぁ? 誰が貴様なんぞに――」
仲良く追いかけっこを始める男達。
抜刀する善鬼の剣技を飄々と躱す巡歳。いつもの光景に溜息をついた聡擂はどうにかならないかと地図を広げて頭を捻っていた。
「しかし参りましたね。技術力が高く、傀儡兵を量産できる彼らの協力を得られれば天下統一に近づくと計算したのですが、当の【枢国】がこうまで拒絶してくるとは」
「聡擂、お前の知略で何とかならんのか? 謀は得意だろ?」
「無茶をおっしゃいますな、義仁殿。相手は交渉に応じてさえくれぬのです。戦闘でも陣地の突破ならいざ知らず難攻不落の要塞攻略ともなると私の知恵でも簡単には……」
「じゃあいつものように聡擂が何か閃くまで待つか!」
「なんと他人任せな! 貴様が大将なら自分で知恵を絞らんか!」
四人が円陣を組んで話し合っていたところに音もなく五人目の男が姿を現した。
隠密活動に徹して《操族》の行動を監視していた二代目・刑楽である。
「奴ら徹底抗戦の構えだぞ。帝殺の新型を含め手練れの小隊が接近中だ」
「結局は戦か。世知辛い世の中じゃのう。万民が剣ではなく言葉で話し合える時代の到来はいつになることやら……」
「巡歳、お前が作ってくれるんだろう? そのための露払いはおれ達がやってやるぜ」
それぞれ武器を構えた一行は迫りくる敵に備える。
巡歳を狙って夜襲してきたのはやはり帝殺シリーズだった。
「よぉ! 新型! 相変わらず強そうだな! オメェの兄弟機を壊すのにも骨が折れたぜ?」
「怪しげな拳法を使う男よ。この陸戦型八號はこれまでとは一味違うぞ!」
帝殺の拳から巡歳を守るのは後に〝護帝〟の名を冠する暗殺拳、覇兇拳を使う義仁だった。
義仁はその頑丈さと全身を武器にする戦術で何度か巡歳をおいこんでいたが義仁の拳に阻まれ続けた。
そして義仁の首をとろうにも紙一重で操主の方を抹殺され、帝殺の拳は届かなかった。
当時は物言わぬ人形であったが、何度か義仁と交戦している内に少しばかりの感情が芽生え始めた。心と称するには朧気な小さすぎる感情――悔しさである。
自分の義眼は相手の動きを捉えている。頑丈な装甲で敵の拳に耐えることができている。力強い拳は相手の体を傷つけることができている。
傀儡である帝殺は人間の協力失くして動くことはできない。ただその人間という動力を奪われたらただの置物と化してしまうのだ。
覇兇拳を受けて氣を練れなくなるもの、長時間の操作に耐えきれず指を痙攣させるもの、そもそもの総体氣量が少なく短時間しか帝殺を最大出力で動かせない者。脆く弱い人間という部品に帝殺が次に覚えた感情は苛立ちだった。
人間がもっと上手く自分を操ってくれたら義仁を倒せたのではないか。
せめて人間がもっと頑丈で強い生き物だったなら覇兇拳に耐えてもっと長時間稼働することができたのではないか。
自分一人で戦っていたなら覇兇拳使いも始皇帝も倒せたのではないかという考えを始めて持ってしまったのだ。
帝殺の機体が頑丈すぎるが故に人間の脆さが余計に際立ちを覚えたのだ。
しかし当時は〈枢魂操邪〉が発動されなかったため単に念が籠った枢人形でしかなかった。
不満を口にすることもできないでいる内に始皇帝一派は【枢国】攻略を一度断念してしまった。それから盗賊や他の外国勢力に対しての戦力として帝殺は幾度と駆り出されたがその結果は圧勝。殺せなかったのは始皇帝一派だけだったため余計に自信をつけることとなった。
「次コソハ勝ツ」
そう誓って始皇帝と覇兇拳との再戦を熱望していたが、ついにその望みは叶わなかった。五大民族と和睦したことに恐れをなした《操族》が降伏してしまったからである。
闘わずして帝殺は敗れたのだ。帝を殺すという設計思想を果たすことはなかった。
その後は紅帝に配慮した《操族》は帝殺を使用することはなかった。
長い時間、ただの工芸品として眠ることを強いられた帝殺の中で《操族》に対する失望と不信感は増していった。
そして長い時を経て発動された〈枢魂操邪〉の力で自ら動くことができるようになった帝殺は自身の強さ、考えは正しかったのだと宣言する。
「我ノ力ノミデ戦エバ、アノ時モ勝利シテイタノダ! 覇兇拳ノ使イ手スラモ寄セ付ケヌ強サ! 我コソ不滅! 帝ヲ殺ス者デアル!」
「……大仰なことをほざくのは俺の首をとってからにしなァ!」
「未ダ立ツデアルカ。デハ望ミ通リ屠ッテヤロウ」
姿勢を低くした帝殺は右腕内部の歯車を高速回転させ爆雷機構を作業させる。火属氣巧で着火させた上で燃料を燃やし、威力を収縮させて内部で暴発させるのだ。自爆するためではなく爆発の衝撃を利用して右腕をそのまま射出させるのである。
早い話がロケットパンチ。後に《鏐族》出身の鄒衍が鋼鉄処女の〈ジェットフィスト〉の参考にしたとされる《操族》考案の破砕拳だ。
鉄鎖に繋がった鋼の拳は正確に鎧兜の方へ射出される。
「ガハァ!」
爆発力を加算された凄まじい破壊力の拳は文字通り鎧兜を殴り飛ばした。
筋肉の塊である彼を殴り飛ばすのは容易なことではない。それでも吹き飛ばされた勢い止まらず何枚かの壁や扉を粉砕してようやく止まった。
正面から拳を受けた彼は吐血だけでは収まらない。覇刃斬に受けた傷が開いてしまったのだ。傷跡の縫合箇所から再び出血が始まり全身の筋肉が痙攣している。
「ハハハハ! 我が〈飛翔拳〉ノ威力ハ凄マジイデアロウ!? 覇兇拳破レタリ!」
その言葉に鎧兜はピクリと眉を動かした。
あまりにも一方的な勝利宣言である。身体中に激痛が走り、本来なら立ち上がることもままならないだろう。傷の痛みが自分の弱さを知らしめてくる。
それでも彼は立ち上がった。古傷が開いても足が震えていようとも立ち上がらなければならなかった。先程までは戦士として男としての意地であったが今回は少し違う。
覇兇拳を完全にモノにしていない自分を殴り飛ばせただけで勝者を気取る世間知らずの玩具に憤りを隠せなかったからだ。怒りが痛みを凌駕した。
「全ッ然効かねェなァ! テメェの鉄屑拳なんざ」
「強ガルノモ滑稽デアル! ナラバ今一度受ケテミルガイイノデアル!」
帝殺は体内の歯車を回転させて射出した拳を回収する。
そして今度こそ仕留めようと十分な狙いを定めて再び射出した。
鎧兜は照準が自身に定められた瞬間、左に横転して回避行動をとる。〈飛翔拳〉は先程まで彼が立っていた場所を素通りしたがそれで終わりではなかった。不自然に軌道を変えて再び鎧兜に迫ってきたのだ。
「――なッ!?」
「我ガ〈飛翔拳〉ハ追尾式! 一度狙ッタ獲物ハ逃サナイノデアル!」
再び拳に撥ね飛ばされた鎧兜の体は中を舞い今度は天井へと激突した。
一度攻撃を躱して壁に当たったことで初撃目よりは威力が削がれていたらしいが、それでも満身創痍の体には厳しかった。
口と鼻と胸の傷から大量の血液が流れ出てしまう。
何とか筋肉だけで止血した鎧兜は重い頭を抱えてゆっくり立ち上がった。
呼吸を整えるのに専念するあまり言葉を発することができないが、なんとか眼力だけで彼は訴えたのだ。「お前の拳は効いていない」と。
「貴様……!」
不屈の闘志で何度でも立ち上がるその様があまりにも異様であり、流血した血で人相もわからなくなっていたためか帝殺は鎧兜にかつての覇兇拳使い暦・義仁の姿を見た。
「暦・義仁! ……貴様サエ倒セレバ紅・巡歳ノ首モ取レタノダ! 今度コソ完膚ナキマデニ潰シテヤルノデアル!」
四肢を折りたたみ、背中を丸めた帝殺は金属氣巧で外装を変化させ、巨大な鉄球状の姿へと変貌する。その場で回転を始め遠心力を高めた彼は火属氣巧で着火し内部の爆雷機構を作動させる。全身を丸めて巨大な鉄球と化し相手を撥ね飛ばす攻防一体の技だ。
ただでさえ高まった回転はさらに加速力を増して鎧兜に迫る。
体内で火炎を焚いたため先程の発熱装甲の様に機体が熱を帯び炎を発するようになっている。それは巨大な太陽が殺意をもって転がってくるような脅威だった。
「終ワリデアル覇兇拳!! クラエイ!!――〈轢殺日輪〉!!」
「ハッ!」
火炎を纏った鉄球が迫る中、僅か数秒の間も鎧兜は瞬きせずに集中する。
加速力、火力、衝突力、どれをとっても高威力の重い合金球をまともに喰らえば命はないだろう。それでも鎧兜は負ける気がなかった。
「――ここだァ!!」
自身に接近する刹那の間に彼は拳を振り抜いたのだ。
回転の摩擦と衝撃で腕が削ぎ落されてもおかしくはない。
だが奇妙なことに彼の拳を受けた帝殺は完全に動きが止まった。同時に合金装甲が砕けて後方に弾けとんだのである。何が起きたか全く理解できない帝殺は起き上がって反撃しようとするも、身体に力が入らない。
「ドウイウコトデアルカ!? 何故動ケナイ……?」
動かないのは手足ばかりでない。身体に内包したあらゆる機構が動作できないのだ。まるで化石になったように動くことができない。その症状に彼は一つ心当たりがあった。
暦・義仁と相対した自身の操作主が同じく氣を封じられて動けなくなったことを何度も目の当たりにしてきた。自身の体に蓄積したはずの氣を全く感じなくなったことから帝殺は自分の身に起きたことをようやく把握することになった。
「馬鹿ナ。我ノ鋼ノ義体ニハ覇兇拳ハ通ジナイハズデアル」
「確かに人形のテメェに経孔はない。だが氣を使って動いてるんならどこかに蓄積している場所があるはずだ。その場所を突き止め、氣を乱してやれば疑似的に覇兇拳を使うことは可能だ」
氣の塊である氣糸を断絶することができたのだから、同じことを『傑選枢機』が蓄積していた氣に対しても可能なのではないかと鎧兜は仮説を立てていた。
単に経孔を突くのが覇兇拳ではない。氣の流れを把握しそれをコントロールすることにこそ極意がある。彼は戦闘中にも相手が機構を作動する度に機体から感じ取れる氣の流れを探っていた。そして大技を連発したことで完全に氣を収束している箇所を見つけた彼は自身の氣を拳打で注ぎ込んで分散させたのである。
帝殺の合金外装は鎧兜の腕力で割れたのではなく分散した氣が暴発したことで内部から割れたのだ。その衝撃で回転と加速の威力も弱まり完全に停止したのである。
「此ノ男……基礎的ナ流儀ニ囚ワレズ、我ノ氣ノ蓄積箇所ヲツブサニ分析シテイタトイウノカ。攻撃ヲ受ケナガラ相手ノ氣ノ流レヲ把握スルナド……!」
「経孔がなきゃ覇兇拳を使えねぇなら大陸最凶とは言われねーよ。見識が狭すぎるぜェガラクタ野郎ォ!!」
親指を下にしてなじる鎧兜に反撃する力は残っていなかった。
氣を失くした人形は置物と同じなのだ。またしても覇兇拳の使い手に勝てなかった帝殺は惨めな敗北感に襲われていた。
「何故……人間トイウ弱点ガアッタカラ帝ヲ殺セナカッタノデハナカッタノデアルカ?人間サエイナケレバ我ガ自在ニ戦エテイタラ勝テテイタハズデハ……」
未だにズレたことを呟く枢人形に鎧兜は苛立ちを覚えた。今まで良いように嬲ってくれた怨みも連なって両手で中指を立てて残酷な真実を宣告する。
「テメェは人間に操作されたせいで帝を殺せなかったんじゃねェ。人間に操られていたから強者相手に善戦できてたんだ。一目で姉御の実力を図れなかったテメェの目は節穴だぜ?」
帝殺は確かな戦闘力を有していたが観察眼は著しく低かった。一紗と栞那をか弱い女子と判断したこともおかしかったが、鎧兜が覇刃斬戦の古傷が癒えていないことも分かっていなかった。彼がまだ操り人形として始皇帝一派と戦っていたときは使役する《操族》が適切な観察眼と判断力を以って戦っていた。
その最高の成果を当たり前のように享受してきた彼はそれが自身の力だと錯覚した。
人間がもたらした成果を正しく計上できていなかった彼が自身の性能を発揮できなかったのは当然のことだったのだ。「無念」と一言呟いた彼は後悔を抱えたまま機能停止してしまった。
「全盛期のコイツが倒せなかった暦・義仁は化け物だなァ。流石兄者の先祖なだけはある」
鎧兜は勝ち残ることができたが、再び傷口が痛みだしたせいでそれ以上は動けず壁に背中を預けたるのだった。
帝殺・陸戦型八號は力がありますが、
鎧兜の指摘通り目が三つとも節穴でした。
彼を操っていた《操族》の手練れたちが相当強かっただけです。
戦の功績は全て自分のもの、問題点は全部人間のせい、と無自覚ジャイアンイズムの人形でした。
だからこそ脆弱な人間を動力源として管理すべしという歪な思考になってしまったのですね。
人間の手を離れてかなり弱体化していますから本調子でない鎧兜でも倒せました。
どちらも万全だったら勝敗はどうなっていたのでしょうか。




