帝殺しと護帝覇兇拳
残る禁級『傑選枢機』は後三体……!
一紗達は未だ最上階禁足地へとたどり着けないでいた。
――というのも一本道の階段を上ったはずなのに途中で階段が消失してしまい、一つ上の階層に放り出されてしまっていたからである。
「まぁたビックリカラクリ屋敷かよ」
「侵入者警戒用の機構が作動しているわ。これから階段はおろか廊下の道も平時とは違うようになる。でも安心して変格の八十通りは全て頭に入っているわ。遠回りになってしまうけれど道案内は可能よ」
《操族》のナビゲーターの存在がありがたい限りである。
途中で傀儡が仕掛けて来るも足止めにもならない。大概は一紗達の反撃でスクラップに代わってしまうからである。中には鎧兜の覇兇拳を見て逃亡する人形もあった。
「ケッ! 人形が命を惜しむたァ滑稽だなァ」
「しょうがないよ。この国が滅びた原因だし。呪術で動いてる人形は氣を乱されたら氣糸を生成できなくなって詰むからね。護帝覇兇拳への恐怖を感じるのも無理はないさ」
「ここまでビビるならいっそ鎧兜は《人形操演師傭兵団》と陽動に回った方が良い作戦組めたんじゃね?」
「勘弁してくれよ、姉御ォ。オレは雑魚狩りなんざ御免だぜ。久しぶりに師範に会うんだ。強者の首でも手土産にしねェとカッコつかねェ」
綾繕は改めて一紗達の強さに驚愕する他なかった。
親愛する幼馴染が連れてきたからにはそれなりの実力者だとは察していたが、城の近衛兵人形がまるで相手にならない程とは考えていなかった。今までかすり傷一つ付いていないばかりか三人の実力の底も見えていないのだ。
「覇兇拳。敵の時は恐ろしかったけど……味方になると頼もしいわね」
「他ノ二人モ相当ナ使イ手デス」
この分なら他の禁級人形達も足止めではなく実力で倒せるかもしれない。淡い希望を抱いた綾繕の足取りが軽くなる。罠を回避しつつ幾分か進んだあたりで見知ったものを視界に捉えた。
「あった! 次の階層に向かう階段よ!」
迷宮の出口を見つけた心持ちで一気に階段の方まで駆け抜ける一同。
――が、上階から階段を守るように巨漢の枢人形が落下してきて行く手を阻んだ。
「下階ガ騒ガシイト思ッタラ噂ニ聞ク覇兇拳ノ使イ手デアルカ。成程。他ノ人形デハ相手ニナランダロウ。我ガ貴様ノ首ヲトルノデアル」
「なんだテメェは?」
「帝殺・陸戦型八號! 『傑選枢機』の禁級でかつて始皇帝一派から国土を守り切った枢兵器よ!」
「「「―――!?」」」
勿論この一機だけで国土を守り切った訳ではないだろう。
実際は要塞化した町の外壁と他の凄腕《操族》の加勢があってこそ防衛に成功したのだろう。しかしそれでも主戦力の矢面に立って戦いきった実力は本物である。当の帝殺が現存しているのが何よりの物的証拠だ。
巨漢の鎧兜と並んでも見劣りしない程に大きいだけでなく威圧感も相当なものだ。見せかけばかりではないのだろう。そのギミックを熟知している綾繕の怯えようもひどいものだった。
殺気の籠った義眼を美仁に向ける。
「美仁、人間側ニツイタノデアルカ。愚カナ選択ヲシタモノデアルナ。我等ガイナケレバ国土スラ守レナカッタノデアルゾ? 若輩生物共ニ加担スルトハ」
「愚カナノハ貴方デス帝殺様。貴方ガ始皇帝一派相手ニ善戦シタノハ優秀ナ《操族》ノ補助ガアッテコソ。現ニ枢ダケデハ町一ツ守レテイナイ」
その言葉が癪に障ったのか単に案内人を潰そうと思ったのか帝殺は綾繕の首を狙って張り手を繰り出してくる。突き出された腕に合わせる形に組み合ったのは鎧兜だった。
「此処はァ俺が引き受ける」
「ああ! 任せた鎧兜!」
「武運を祈るよ」
碌な作戦会議もなくたった一言の請負と応答の会話に綾繕と美仁は唖然としてしまった。いくら覇兇拳の使い手とはいえ、たった一人に任せるのは誤判断を疑わざるを得ない。
国を落としたのも覇兇拳の使い手だがあれは暦・海亘が怪物だったからである。実際に目視していたからこそ綾繕と美仁は分かっていた。確かに鎧兜も強くはあったが、海亘と比較すれば劣ることは素人目でも明らかだった。
「ちょっと聞いてなかったの!? アレは始皇帝一派と交戦歴のある『傑選枢機』で――」
「だから鎧兜に任せるんだ」
「彼は覇刃斬と交戦して生き残った男。胸の傷がその証さ。人形相手に負けやしないよ」
「此処ハ彼ラニ従イマショウ。我々ノ目的ハ〈枢魂操邪〉ヲ止メルコトデス」
「……そうね。私達が止められればそれだけ早く戦争を終わらせられる」
念のため鎧兜の方を一瞥すると「さっさと行け」と顎で示している。
綾繕は案内人として他の二人を先導する立場にあるため気を取り直して先に階段を駆け登っていく。
意外にも帝殺は先に進む女性陣に手を出さず通行を黙認してくれた。
「自ラ盾トナリ女子ヲ先ニ行カセタデアルカ。男トシテハ正シイガ軽率デアル。判断ヲ誤ッタデアルナ。上ノ二機ハ我ヨリ強イゾ、多分ナ」
「そうかよ、ならちょうどいい。姉御は俺より強ェからな」
「面白イ冗談デアル」
――両雄は拳をもって激突する。凄まじい衝撃に部屋の障子が弾けとんだ。
帝殺は見た目通りの徒手空拳型である。機械仕掛けの拳から繰り出される拳は非常に重く、氣で強化した《膂族》の体をもってしても骨に響く一撃である。
それでも《膂族》の混血である鎧兜は己が筋肉のみで受け止める。
「ヌッ、生身ノ人間ガコウモ堅イノカ。覇兇拳使イナダケハアル」
「テメェこそ木と鉄でできてる割りにャァ良い拳してやがるぜ」
州都攻略の軍議に参加していた鎧兜は『傑選枢機』の情報も共有されていた。敵の正体が帝殺・陸戦型八號だと判明した時点でその戦い方も分かっている。
細かい仕掛けは木製、外装の装甲は合金で形作られた鋼の戦士。正面から敵の矢や剣を受け止められるように高い耐久性能を誇っており非常に硬い。
一応は遠距離砲撃用の機構も装備しているが、戦闘の大半を白兵戦で賄っている。
敵の攻撃を正確に見切る三つの義眼の視界は頗る良好。外装の鎧は金属氣巧で変幻自在なのだ。腕を刃物に変えたり胸部装甲から無数の棘を出したりと応用力が高い。
鎧兜が少し罅を入れても鎧の変化とともに溶接してしまうのだ。攻防一体の合金装甲は手強いものの、鎧兜にとって最も面倒だったのは護帝覇兇拳が通じないところだった。
本来人体の経孔を突いて氣の流れを乱す拳法だが機械人形には経孔が存在しない。【枢国】に入って以来、人形相手では動力源となっている氣糸を割断するという手段で今まで切り抜けてきたが『傑選枢機』は事前に人間から氣を搾取し蓄積しているため弱点となる氣糸がないのだ。
相手から氣糸を繋げられても対処できるので防衛面に関しては鎧兜に分があったが、攻め手に欠いている。
そしてただの拳では堅い装甲に罅を入れられても破壊には至らないのだ。
腕力が互角でも虎の子の覇兇拳が通じないため相性がよくない。
「我ハ先ノ戦デ操作主ノ人間ヲ攻撃サレテ動キヲ封ジラレタノデアル。操作主ガイナケレバ我ニ弱点ハナイ。我ノ体ハ我ガ操ッテコソ真価ガ発揮デキルトイウモノデアル。覇兇拳使イモ抹殺シ、始皇帝ノ首モ取レタハズナノデアル」
人間の操作を必要とする操り人形だったから帝を殺せなかった。脆弱な人間という弱点がなくなった今は敗北は有り得ないと帝殺は豪語する。
確かに裏で糸を引いている人間が存在しない自律行動人形相手では普通の覇兇拳は通じないのは紛うことなき事実である。それでも鎧兜は退かなかった。「ああすれば勝てていた」と無意味な仮定で過去の戦の結果を否定する帝殺が彼の眼からは小さく見えていた。
「今ハ護帝等ト大仰ナ冠ガ付イテイルヨウデアルガ、アノ時我ノ意思ダケデタタカッテイタラ始皇帝モ覇兇拳ノ使イ手モ抹殺ニ成功シテイタハズデアル」
「ゴチャゴチャ五月蠅ェよ。御託は俺の首をとってからにしなァ」
「覇兇拳ノ使イ手ハイツノ世モ血ノ気ガ多イコトデアル。ナラバ其ノ血ヲ抜イテヤロウ」
帝殺は自身の腕を膨張させた上に鋭利な棘を無数生成し巨体に似あわぬ速度でラリアットをかましてきた。腹部に激痛を感じた鎧兜は回避が間に合わず両腕でガードする他ない。
両足で踏ん張ることができていたが攻撃を受けた両腕には棘が深々と刺さっている。
「チィッ!」
カウンターで蹴り上げようとした鎧兜の挙動を察知した帝殺は腰のブースターから蒸気を逆噴射させて強引に距離を取った。
刺された武器を離されたことで筋肉に穿たれた穴から流血してしまう。
思わず膝をつく鎧兜は激痛に耐えていた。腕に空いた穴が痛かったからではない。【倭国】で胸から下腹にかけて覇刃斬の最上大業物・帝鬼に斬られた傷が痛みだしたのだ。
【倭国】最強の漢につけられた傷がそう簡単に癒えるはずもなく、戦いの衝撃で刺激されてじわじわと痛みが蘇ってきたのである。
ただでさえ覇兇拳が通じない敵に加えて鎧兜本人は万全ではなかった。しかし【愁国】の武将として覇兇拳を学んだ拳法家として言い訳も撤退も考えていなかった。
『ああ! 任せた鎧兜!』
何より敬愛する姉貴分に託されたのだから勝利以外の報告をするつもりはなかったのだ。
覇刃斬につけられた傷が身体を蝕み、敗北の雪辱が心を蝕む。
それでも鎧兜は脳裏に浮かぶ鬼男の恐怖を振り払い立ち上がった。
「我ノ攻撃ガ随分ト効イテイルヨウデアルナ」
「ハッ! テメェの目は節穴かよォ!」
今度は鎧兜が攻め手を取った。覇兇拳の修業で基礎格闘術・氣巧武術も充分に固めている。拳全体を固く握り高速の拳打を繰り出すことで正面からの破壊を試みたのだ。
「オラオラオラオラオラオオラオラオオラオラオオラオラオオラオラオァ!!」
頑丈なはずの帝殺の合金装甲に鎧兜の大きな拳の痕が数多く刻まれていく。
再生変化の追いつかない速度での連撃に対応しきれず何度も撃打された箇所に亀裂が入り始める。このまま攻め続ければ完全に装甲を破壊できると力を籠める鎧兜は急に大火傷を負った。殴った拳が焼け爛れている。
「なんだァ? 急に熱くなりやがった!?」
「壊レヌ鎧ダケガ我ノ防御手段デハナイノデアル。〈発熱装甲〉――触レレバ手ヲ焼クデアルゾ」
帝殺は体内で発火機構により着火し自ら鎧を熱することで合金装甲に超高熱を纏わせる。体表は紅く染まり、それに触れれば手が焼けるために鎧兜も一時的に拳を止めざるを得なかった。
その間せっかくつけた傷跡も短時間で元通りに修復してしまう。
「我ノ〈発熱装甲〉ハ防御専用ニ非ズ!!」
熱を纏った腕を高速で突き出して張り手の連打を繰り出していく。
高熱を帯びた掌撃が鎧兜の体に熱傷を刻む。熱した鉄板で殴打される激痛である。
「ぐぁあああ!!」
傷口を何度も焼かれた鎧兜は耐えきれずに絶叫した。
ベーコンの焼けるような香りが周囲に広がり、鎧兜の口腔は血の味に満たされていた。
度重なる激痛に歯を食いしばって耐える彼の眼力は衰えぬまま爛々と輝いている。
「どうしたァ? ハァハァ……ンなもんかよ……?」
「何故デアルカ。実力ハアノ男ヨリハ明ラカニ格下。ダガ醸シ出ス闘気ダケハアノ男ヲ彷彿トサセル」
圧倒的に追い込んでいるはずなのに倒しきれない。
どれだけ激しく攻撃しようとも熱傷を負わせようとも倒れず、反撃の機会をうかがっているその眼にかつて戦った覇兇拳使いの顔が過ってしまう。
『巡歳の首が欲しいなら俺を倒してからにしなァ!!』
何百年と前に交戦した若き日の始皇帝一派。
後に大陸を統べることになった漢の胆力も見事なモノであったが、それ以上に帝殺が評価したのは彼を守る巨漢の青年の方である。
当時は裏社会にしか知られていなかった暗殺拳・覇兇拳の威光を大陸中に知らしめることとなった漢。始皇帝を何度も守り、助けた圧倒的な戦闘力と仲間を見捨てない高潔さ。
覇兇拳の正当継承者、暦・義仁の勇姿である。
鎧兜は女子を先行させて自らは残りました。
帝殺・陸戦型八號との激突です。
造られた年代は天下統一前なので古い人形兵器ですが、
「単純な機動力とパワー」「変幻自在で武器にも防具にもなる外装」「発火機構」
を用いたシンプルな白兵戦を得意としております。
これらの機構は氣を消費しますが、あらかじめ捕虜から氣を補充した上で戦っています。
したがって氣糸に干渉して氣を乱すということもできません。
加えて鎧兜は覇刃斬戦の傷が癒えておりませんでした。
最強剣士の一撃を受けましたので、頑丈な《膂族》の混血格闘家でも簡単には治りません。
万全ではない状況で強敵をどう相手取るのでしょうか。
といった具合で次話に続きます。




