砕かれる野望
頼もしいモヒカンたち!
リアルにいると怖い人達ですが、気さくなモヒカンとは友達になりたいものですね。
泰然達と打ち解けたところで、一つ気になっていたことを尋ねてみることにした。
【慶酒】に訪れて最初に彼らの仲間を殺めている。しかし彼らから敵討ちの話は聞こえてこない。仲間を殺した自分達を恨んでいないかが気になっていた。
一紗の問いかけに彼らは怒りを全く見せずに答えてくれた。
「殺された仲間? あぁ、アイツら俺の特性秘酒を勝手に飲みやがったから嫌いだったぜ」
「俺も育ててたウリボウを食われたから恨みしかねぇ」
死んだモヒカン達は生粋の苛めっ子体質だったらしい。そう言えば初対面の時も率先して村人に絡んでいた。元々嫌われていたのなら不幸中の幸いである。今は彼らの人望の無さがありがたかった。ヘアスタイルが同じだけで心意気は正反対だったらしい。
ここに鎧兜一派改め泰然一派と美鳳達による共同戦線が完成した。
一紗達にやられて気絶していた世紀末野郎達にはモヒカン一号達が説明してくれた。一応彼らにも蕾華が調合した識弱草の解毒剤が処方される。
そして卓上では美鳳が指揮を取って泰然と共に作戦を立案する。
単純に解毒薬を町人に服用させることでその洗脳を解こうというものである。しかし町人押さえつけて口に含ませるのはかなり面倒である。そこで泰然が提案したのは「放射器」を使った解毒剤散布作戦だった。
彼の部下達が倉庫から非常に精密な金属製の樞をいくつか引っ張り出してくる。
「どうだ? すげぇだろ? 放射器は内臓機構を組みかえれば色々な用途で使える。農薬の散布から火の消火……逆に武器として毒や火炎の放射器としても使えるんだぜ?」
一紗は久しぶりに見る機械製品に感動のあまり目を輝かせた。
「こんな文明的機械がこの世界にあったんだなっ!」
「普通はありませんよ。金属氣巧に秀でた《鏐族》なら制作可能でしょうが……。こんな珍品、かなり値が張ったのではないですか?」
「まぁな。以前【金国】に行ったっていう武商から買い付けたもんだ。古い型らしいが、それでも一番高かったぜ? 大枚はたいた分それなりに気に入ってる」
「【金国】製なら信頼できるでしょう。コレを主軸にした作戦を立てましょう」
美鳳は泰然たちと具体的かつ効果的な解毒剤散布の手順を吟味していく。
その間、主戦力である一紗と蕾華は宋との闘いに備えて力を温存していた。
「――以上が作戦です。日の出前に片付けましょう!」
「「オォ――!!」」
「開門――!」
泰然の指示で市役城の門が開く。
「テメェら! 我らが麗しの三姫のため、全力で行くぜぇええええ!!」
「「「イェーイ!」」」
馬に乗って駆けるモヒカン達。とても先程まで一紗達に甘えていた男達とは思えない。
闘うとなれば見た目通り勇猛らしい。
「皆殺しにしなくてよかったな」
「そうですね。あの時は憎しみでどうかしていました」
進軍する鎧兜一派改め、泰然一派。屈強な男達は村人を簡単に抑え込んでいく。
尖兵が暴れて注目を惹いている間に放射部隊が進軍する。
「汚物は消毒だぁ~!」
放射器で蕾華特性の消毒剤を散布するモヒカン。催眠効果のある香や洗脳妖術は解毒剤によってどんどん打ち消されていく。解毒剤を浴びた町人達はそのまま気絶する者がほとんどだった。抵抗する町人は力で押さえつけられてしまう。宋が影から操る妖魔は泰然の主戦力や一紗達が粉砕した。
「ぐぬぬ……! まさか連中が泰然と手を組むとは……!」
宋は予想外の事態に憤った。町人さえ手中に入れれば、美鳳達は対処できずに逃亡し【慶酒】が自分のものになると確信していた。だからこそ多少強引な行動に出たのだ。泰然たちの存在は彼にとって気がかりではあったが、脳筋集団なので己が操る妖魔で処分できると踏んでいた。
【愁国】を奪った者と追われた者、泰然一派と美鳳一味、犬猿の仲の両者が手を結ぶとは可能性の段階から考えていなかった。そうしている間にも町人達は解毒剤でどんどん浄化されていく。
形勢不利と見て一旦引こうとする宋の前に一紗、美鳳、蕾華が立ち塞がった。
「さて、救世主様。今度こそ終わりだな」
「どうかな?」
宋はまだ抵抗している町人に向かって叫んだ。
「諸君! あの姫君は我が身可愛さのあまり民を見捨てて逃げた女だ! その証拠に今度は鎧兜一派と手を組んでいる! 地位保障と引き換えに鎧兜に組みしたのだ! 諸君らを奴隷として売り払うつもりだぞ!」
「「なっ!?」」
ここにきて宋は今の状況を利用してきた。事実は鎧兜一派の一部を調略して味方に引き込んだのだが、客観的に見れば美鳳が町人を裏切った状況にも見える。よく考えればそんなことはないと判断できるのだが意志力の弱った町人にはその判断ができなかった。
「そ、そうだ! 俺達は見捨てられたんだ!」
「鎧兜の悪政に耐えた俺達を何だと思ってるんだ!」
煩くわめく民衆達。内に溜めこんでいた疑心が残留する妖術とお香で刺激されたようだ。罵詈雑言を美鳳に吐きかける。
「何が皇女だ! 所詮は自分の権力しか考えてねぇ!」
「消えろ! 薄汚い政治屋! 愚帝の娘がっ!」
それは村人の心の奥底に眠る暗い感情だった。本当は落ちのびても命を懸けて古巣を取り戻そうとする姫の苦労を知らないはずがない。それでも薬と妖術に操られ憎悪の感情を引きだされた彼らは隠していた黒い感情を顕わにしてしまったのだ。
救うべく町人の罵声を聞いてしまった美鳳は力なく膝をつく。
「……皆さん、こんなにも私を恨んでいたなんて……」
大勢から怨嗟の声を浴びせられて心が折れかけているのだろう。民のために頑張ってきたのにその他身に批判されれば無理もない。蕾華が彼女に肩を貸して必死に支える。
弁明しようにも大多数の批判の声に押し潰される。今の民衆には弁解の言葉は言い訳にしか聞こえないようだ。果てはかつて善意でやっていたこと全ても悪くとられて批判されてしまう。守るべき民衆に牙を向かれた美鳳はもう耳を塞ぐことしかできなかった。
「ふざけんな!!」
そんな状況を変えたのは一紗の叫び声だった。
「美鳳が保身のために逃げただと? 美鳳は常に紅華帝国の民を憂い! 人生を国家安寧に捧げた女だぞ! そのためにどんな苦労をしてきたか! お前達は想像すらできんのか!」
「一紗……」
自分を庇ってくれた一紗の言葉に顔を上げる美鳳。
彼女を庇う仲間は他にもいた。
「そうよ! 美鳳は敵に捕まっても決して自分を曲げなかった! 命乞いもしない! 保身にも走らなかった! たとえ主権を奪われても諦めなかった! 【愁国】を取り戻さんと帰ってきたわ! それこそが私には真似できなかった王の生き様よ!」
「蕾華……」
頼もしい二人の仲間に励まされた美鳳は立ち上がった。
一方民衆達は一紗達の怒声にさっきの勢いを忘れたかのように委縮してしまった。この機会に一気に自分の主張を畳み掛ける。
「お前達こそ! 美鳳が失脚した時、なぜ抵抗を続けなかったんだ! 美鳳が戻るまで自分の国を、生活をなぜ守ろうとしなかったんだ!? なぜ鎧兜一派に媚び諂っていた!? 保身のために主君を裏切ったのはお前達の方じゃないか!!」
「……そ、それは……」
痛いところをつかれた民衆は沈黙する。出来の良い言い訳を探しているのだが、識弱草で判断力が鈍った町人に反論の言葉が思いつくはずもなかった。
そしてその隙をついてモヒカン達が解毒剤を散布する。
「ヒャッハー!」
解毒剤を浴びた町人はその場に倒れた。これで【慶酒】の町人は全て宋の洗脳下から脱したことになる。宋も苦い顔をしてプルプル震えていた。
「一紗、蕾華、貴女達の言葉私の心に響きました。格好悪いところを見せてしまいましたね」
調子を取り戻した美鳳の顔に迷いはみられなかった。
毅然とした交渉人の顔を取り戻した彼女に蕾華は微笑みかける。
「良い顔になったわね」
「ええ。明確な結果が出せなくても私の努力を認め、信じてくれる仲間が近くにいると分かりましたから」
「お前に泣き顔なんて似合わねーよ。澄ました顔で交渉してるのが様になってる」
「褒めてるんですかそれ? けれど、その澄ました交渉術も今は見せられませんね。今回の敵は言葉ではなく拳で語る方をお望みのようです」
追い詰められた宋は自分の持つ最高の妖術を発動する。彼の練りこんだ氣に応じて【慶酒】を囲っていた妖魔達が集まりだしたのだ。
「雑魚をぶつけても私と一紗さまの敵では――」
「いや、コイツは……」
集まった妖魔は墨汁のようになって宋の体に纏わりついていく。そして【慶酒】の全ての妖魔を吸収した宋は黒い鎧を纏った姿になっていた。
禍々しい邪気を浴びた姿は最早人ではない。欲望が外に漏れだした姿を体現したようだった。
「こうなったら皆殺しです! 文字通り力で制圧してあげましょう! 金剛石並の硬さを誇る鎧! 〈秘術・纏い妖魔〉! 最初からこうしておけばよかったのです! ハハハハ!」
いきり立つ宋を一紗は冷めた目で見つめていた。それは美鳳も同じようだ。ある種の哀れみに似た視線だった。
「舐めないで。《杜族》の木属氣巧術には固い鎧を壊す秘術も――」
対抗しようとする蕾華を一紗が手で制した。
「コイツはもう負けている。策でも心意気でも美鳳に負けたんだ。最後は破れかぶれの武力制圧だ。思いあがった馬鹿には同じ土俵に立った上で負けるという屈辱的な敗北こそ相応しい」
「何をぅ!? 私に勝てるというのですかァ!?」
搦め手や対策などせず、自分の強さを驕る相手を正面から突き崩すことこそ彼にお似合いだと一紗は判断した。純粋な力の差を見せつけて最後のプライドをも圧し折ろうというのだ。
地面を蹴って飛び上がった。そして手を真っ直ぐ伸ばしたまま自身の渾身の一撃をその胸部に叩きこむ。
「〈活殺嘴砕〉!!」
一紗の五指が鎧にめり込んだ。
悲痛の表情で固まる宋は大量に吐血する。そして罅が全身に広がり、黒鎧は無残にも砕け散った。武力を失い氣巧術も使えなくなったひ弱な男はガクリと膝をつく。
「ば……かな……」
「俺の拳法はあらゆる物を力で打ち砕く。固い鎧で覆っても無駄だぜ」
白目をむいて倒れる宋を見降ろす。
戦闘不能には追いこんだが彼の心臓はまだ動いていた。
「お前の主張も妖術も形ばかりで中身がないんだよ」
「キャー! 流石、一紗さまぁ! かっこいー!」
一紗の武勇に心を奪われた蕾華は鯖折りする勢いで抱き着いてきた。
美鳳の涙の痕も消えて笑顔で勝利を称えてくれている。
多少照れくさくもあるが今は勝利の余韻に浸ることにした。
目を覚ました町人達は完全に洗脳が解けていた。しかし記憶は若干残っているらしく、己の行いを恥て美鳳に謝罪してきた。当然薬と妖術のせいだと分かっていた美鳳は笑って許す度量を見せた。
「俺は今まで何を……」
正気に戻った龍宝は、夜中にウロウロしていたとしか覚えていないようだ。後に敵の手駒にされていた事実を知り大層落ち込んでしまった。
妖魔と妖術を使って【慶酒】を乗っ取ろうとした宋は大逆人として裁かれることとなった。氣を封じられ牢屋に連行されていく。それが主権を追認された泰然一派の最初の仕事になった。
その泰然一派も町人の洗脳を解いた実績から、続けて市政を取り仕切ることに異議を申し立て立てる者は少なかった。
彼らが美鳳達と共に妖魔を追い払い、外町の大部分を取り戻したことも大きいだろう。
葡萄畑も蕾華が少し氣を込めるだけで簡単に蘇り、名産物の葡萄酒づくりが再開できた。
泰然一派と町人との不和も美鳳の仲立ちで何とか丸く収めることができた。根は良い連中なので切っ掛けさえあれば良好な関係が築けるだろう。
【慶酒】を手中に入れたこと、そこを仕切っていた泰然一派が美鳳派に寝返った事実は【愁国】の州都、【武言】にまで響いてきた。
「臆病風に逃げだした愚妹めが! やってくれたなァ!!」
鎧兜は【利邑】が落ちたときとは違って露骨に怒りを剥き出した。
それだけ酒造の町には彼のお気に入りの酒が豊富だったのだ。だからこそ信頼できる泰然一派に自治を任せていたのである。彼らの裏切りは鎧兜には想定外であった。
「鎧兜様、いかがなさいますか?」
「待っていればアイツらの方から来るだろう。美鳳、兄に盾突いたこと後悔させてやる」
鎧兜は部屋にあった石像を拳で打ち砕いた。
「ここにもないか……」
美鳳は政の後処理で忙しいので、一紗が一人で【慶酒】の書庫をあさっていた。氣巧術について扱われた本が辺りに散乱している。しかし目当ての『異世界に渡る本』はどこにもなかった。
ちょうどそこに暇を持て余した蕾華が一紗を見つけて入ってきた。
「一紗さま、何を探してるの?」
「ああ、ちょっとある本を探してる。異界を渡る方法について書かれた本だ。存在するかも分からんが……」
「異界って、お伽噺に出てくるような異世界のこと? 実は私の故郷にも――」
蕾華は思いだしたように自分の鞄を弄りだす。
「ん? 《杜族》にも似たような昔話があるのか? 俺はその異世界出身なんだ。だから故郷の世界に戻る方法を探してる……」
「……え?」
蕾華は初めて知る事実に、彼女に見せようとした本を掴んだまま愕然とした。異界が本当にあるかは重要ではなく、一紗がその異界に帰ってしまうかもしれないという事実の方が蕾華にとって衝撃的だった。
「そんな……一紗さまが……この世界からいなくなってしまう、の?」
自分を認めてくれた恩人との別れ。それは少女にとって耐えがたいことだった。
明らかに呆然自失になった蕾華には気づかず、一紗は読んだ本を書庫に戻す作業に入った。
「――ないな。まぁ美鳳も探してくれてるし、この調子で気ままに探すさ。ん? どうした?」
「なんでもない、よ? 見つかるといいね」
蕾華は一冊の本を咄嗟に隠した。
それは蕾華が出身の【木国】から持ってきた本である。『異界渡航碌』と書かれたその本を一紗に見せるわけにはいかなかった。
皆殺し娘が殺さずを覚えて解決していく、これこそタイトル通りの交渉術ですね!
某流浪人と違って必要とあれば殺しはするのですが……。
五大民族の蕾華は異世界の手掛かりを有していました。
それが今後どう繋がるのでしょうか、といった具合で次回に続きます。
※ちょこっと解説。
《鏐族》が名前だけ再登場しました。
彼らが木、火、土、水といった自然現象を操る他の強力民族と並び〝五大民族〟と称されたのは
金属を使った技術力にあります。
紅華帝国において【金国】製の武器、製品は非常に高値で取引されています。




