泰然一派との交渉
我らが姫様の交渉術の見せどころです。
タイトル『華風第七十三皇女の交渉術』に改題すべきかも(する気はないですが)。
取りあえず交渉の席につかせることができたのは僥倖だった。美鳳の話術だけでは難しかっただろう。まさに武力を後ろ盾にした交渉である。
しかし、【慶酒】に来た日に彼らの仲間を数人殺してしまった事実は変わらない。簡単に彼らが美鳳の味方についてくれるとは思えない。ここからが正念場である。
「単刀直入に言います。あなた方には私の味方になってほしいのです」
「はぁ~!? 寝言は寝て言え! 脳みそ蟹みそでできてんじゃねーの!?」
「俺達が味方になるわけねーだろぉ? テメーさんと俺達は殺し合った敵同士だぜ~? 州都から追いやった俺達を憎んでねーってのかよォ?」
案の定美鳳の意図が分からず、彼女を中傷する反応を示す世紀末野郎達。
「黙ってろ!」
泰然市政長が一喝すると、彼らは小学生のように自分の口を押えて黙り込んだ。静寂に包まれる交渉の席で美鳳は次の言葉を選んでいるようだ。
失敗は許されない。一紗と蕾華も美鳳を信じて口を噤む。武力で脅すことは簡単だがそれで真の忠誠心は生まれないだろう。土壇場で裏切られれば意味がない。
熟考した後、美鳳はまず町の現状を話し出した。
「この町は今、宋という男の手中にあります。あなた達が市役城に籠っている間に薬と妖術で町人を洗脳したのです」
「なんだと!? 終日飲み会やってる間にまさかそんなことになってるとは……」
「おい、今なんつった?」
彼らは対美鳳の作戦を考えていた訳ではないらしい。しかし町を乗っ取られたという事実に対して少なからず動揺はしているようだ。
「あの野郎、前から怪しいと思ってたんだ」
「よく言うぜ、お前《白鳩教》に入信してただろ」
「馬鹿、宗教は金になるんだよ」
騒ぐ部下を制して話を戻す泰然市政長。
「そろそろ酒も尽きるというのに、町の酒は全部ヤツが持ってるのか?」
「そうですが、お酒には識薬草という意識が薄弱になる薬草が混入されていました。飲むことはお勧めしません。それで意思の弱った町人を妖術で洗脳したのです」
美鳳は宋の悪事を強調して、〝お酒を奪い台無しにした悪い奴〟〝町を乗っ取った敵〟という悪印象を与えた。泰然の敵意を宋に向けることで「敵の敵は友」の図式を作りだし、協力する必要性を煽ったのだ。
「我々の利害は一致します。宋討伐に協力してください」
しかし泰然市政長は乗り気ではないようだ。頬杖をついて面倒くさそうに呟いた。
「協力してどうなる? お前は俺達を追い出すためにこの町に来たはず。確かに宋の野郎は捨ておけねぇが、奴を討った後に俺達はお役御免になりかねないだろ?」
「流石、泰然の旦那ァ! 俺達が協力するなんて紅帝が腹踊りするくらいありえねぇぜ!」
「分かったら、帰ってママゴトでもしてな! お兄ちゃん役なら付き合ってやってもいいぜ?」
ボスが拒絶の意思表示をしたことで外野のモヒカン達は急に元気になった。だが美鳳は落ち着いていた。【慶酒】についたときは憎しみに支配されていたが、今は至って冷静である。
「――そうですね。あなた方が鎧兜の手下であるならば、再び敵対することになりますが、私の下につけば、このまま【慶酒】の政を続けてもらいます」
「「「なっ!?」」」
その場にいた誰もが驚愕していた。
今度は町人たちと利害が衝突してしまいかねない。
美鳳は町の惨状を嘆き激怒していたはずだ。彼らを許し召し抱えるのはこれまでと正反対の方針である。
「おい、美鳳。そんなこと約束して大丈夫なのかよ?」
「あとで町の人達に何を言われるか……」
「勿論、今までのような勝手は許しません。政治のやり方はこちらの指示に従ってもらいますよ。悪政はさせません」
淡々と答える美鳳。一紗達は交渉の内容までは先んじて伝えられていないので市政を続投させるというのは驚きの方針であった。
「……俺達に鎧兜様を裏切れというのか?」
「ええ。我が兄・鎧兜は確かにあなた方に【慶酒】の政を一任しています。でもそれは州都の政権から遠ざけたともとれます。州都に残った者の方が美味い汁を吸っているかもしれませんよ?」
「そんなはずはない!」
「では質問しますが、あなた方を思っているはずの兄は、妖魔に襲われている【慶酒】の現状に打開策を提示してくれましたか? 増援をよこしてくれましたか?」
「そ、それは……」
美鳳は客観的事実から彼らに懐疑心を植え付ける。冷静に考えれば追い詰められている現状で助けに来てくれないということは今後もそのようなことがありうるということだった。さらに美鳳は彼らに芽生えた懐疑心を増長させていく。
「兄は実の妹すらも欺き、その政権を奪った男ですよ。血の繋がりさえないあなた方はいつ切り捨てられてもおかしくはありません。【慶酒】の現状も全て承知の上で放任しているのかも」」
「ぐっ! ……まさか、いや……」
「あなた方もよく知ってるでしょう? 強さこそ正義。それがあの男のやり方です。追い詰められた者は弱者として切り捨てるでしょう。今のようにね」
泰然達は完全に美鳳の術中に嵌った。どうすればいいのか考えあぐねている。仲間同士互いの様子を伺って誰かが「美鳳につこう」といってくれるのを待っているかのようにも見えた。鎧兜への忠誠心は見事に断ち切られたのだ。後は揺さぶるだけである。
「さぁどうしますか? 私は部下を大切にしますよ?」
「け、けどよ。俺達は嫌われ者だ。アンタについたところで町人はどういうか」
「ああ。ただでさえ妖魔に襲われて居住区が狭まって人口過密になってるんだ。嫌われ者の俺達は追い出されかねない。その辺はどうするつもりだ? お姫さんよ?」
「無論考えはあります。妖魔を追いだせば外町を取り戻すことができます。率先して体力のあるあなた達が復興の主柱になれば町人との信頼を築くこともできます」
美鳳の提案に泰然達は黙して悩み始めた。
自分の居住区を確保し、町人の信頼を得る復興作戦はアイデアとしては悪くはないはずだが、暴力と略奪の世界で生きてきた彼らにとっては少々苦痛に感じたようだ。どうにか利益が見込めないか熟考している。ここで一紗があることを思い出し、美鳳の交渉に加勢する。
「――そうだ。確か町の奴が妖魔に襲われたせいで葡萄酒が作れなくなったっていってなかったか?」
酒浴び無礼講祭の際に女性が話していたことだ。
一紗の問いかけに対し、モヒカンは地図を引っ張りだしてきた。
今は廃墟になっている町の外れ付近を指さしながら答えた。
「確かに、結界の外の町に葡萄畑があったんだが……今は妖魔が跋扈してる。勿論葡萄なんて取りに行けねぇ」
「だったら、妖魔討伐後、お前らがまずそこに拠点を置いて葡萄畑を独占したらいいんじゃねーか? 独自販売すれば相応の利益が図れるぜ?」
モヒカン達は顔を見合わせる。少し興味を惹かれたようだ。
「で、でもよォ、妖魔の邪氣にあてられて葡萄畑は枯れちまったんだ。そっからどうやって育て直すんだ?」
「大丈夫だ。ここには植物を操る《杜族》という強い味方がいる。なっ! 蕾華?」
急に一紗に肩を抱かれて頼りにされた蕾華は頬を染めて頷いた。
「う、うん。私の力ならできる、と思う」
木属氣巧術を扱う《杜族》がいれば衰弱した畑に生命を与えることも可能だ。戦闘で樹木を操るように畑の枯れ木を蘇らせるだろう。
「決まりだな。じゃあ美鳳、まとめてくれ」
「はい。では概括します。壱、泰然一派は鎧兜勢力から外れ紅・美鳳の配下に加わること。弐、協力して宋・芳幸を討つこと。参、妖魔を追い払った暁には引き続き【慶酒】の政を続けることを認める。肆、泰然一派は外町の復興に尽力すること。伍、代わりに葡萄畑の独占権を認める。これでよろしいですね?」
双方が納得できる内容である。
あとは同意の意思表示をするだけだが泰然は首を縦に振ることを躊躇っていた。
「――まだだ。提示されたものを呑むだけでは俺達のプライドが許さねぇ」
一度は敵対した相手だ。やはり一筋縄ではいかないようだ。どんな理不尽な要望を求めてくるか分からない。一瞬の内にアイコンタクトをする一紗達。今は彼らの力は今は必要だ。無理難題でなければ彼らに譲歩するという考えで頷き合った。
「そうですか。協力を要請しているのはこちらですし、今後も良い関係を築いていきたいですから、多少は譲歩しますが……他に何をお望みですか?」
「そうだな……おめぇら! 何か要望はねぇか? 相手は失脚したとはいえ皇女だ。色んな願いを叶えてくれるだろう。俺が思いつかねーような願いを言ってみろ」
泰然市政長の問いかけに対し、円陣になって何かを相談し始めるモヒカン達。しばらく待つと意見がまとまったのか一人ずつ挙手ながら宣言した。
その内容は耳を疑うもので、こんな状況でなければ即効拒否したいものだった。
「……本当にやるのか?」
「一紗さまならともかく、こんなムサイ男になんて……」
二人の護衛は難色を示している。しかし交渉成立まであと一歩なのだ。
ここで退くわけにはいかない。二人にしかできないことなのだ。
「背に腹は代えられません。ここは辛抱しましょう」
羞恥心で紅くなる一紗と蕾華を何とか説得して渋々承諾を取りつける。
それが交渉の締結に最も効果的ならやるしかない。
三人のうら若き乙女たちは屈強な男達の望み通りの振る舞いをすることになった。
「結構……溜まってますね……」
「お~、気持ちいぃ。上手いじゃねーか。こんなこと、皇女さまが引き受けてくれるとは思わなかったぜ。ひょっとして初めて?」
「恥ずかしながら……。お褒めいただけて光栄です。あ、また出ました」
「発散する暇もなかったからなぁ。こんな可愛い女の子に解消してもらえるなんて至福だぜ~」
美鳳に膝枕されて耳掻きしてもらうモヒカン一号。完全にだらけ切った表情で耳を預けている。どさくさに紛れて膝に頬をスリつけているが、美鳳は我慢して耳掃除を続ける。
「どう? 気持ちいい?」
「あぁ~いい……もっとぉ」
蕾華にオイルマッサージしてもらうモヒカン二号。植物油を使ったマッサージは《杜族》である蕾華の得意分野だった。あまりの気持ちよさにモヒカン二号は嬌声にも似た声で喘いでいる。
「ほらよ、……〝あ~ん〟」
「あ~ん☆」
一紗に「あ~ん」で食べさせてもらうモヒカン三号。早く終わらせたい心境だったが「もう一口☆」とムカつくような甘え声で要求されるのだ。
彼らの要求は「耳掃除」「オイルマッサージ」「女の子からの食事介助」だった。
三人はモヒカン達が満足するまで奉仕したが、終わった頃には泰然市政長が同じ要求をしてきたのでかなり時間をロスしてしまった。
しかし、一紗達の健全なボディトークによって完全に彼らの心を掴むことができた。
これで宋・芳幸に対抗できる戦力が整ったのである。
鎧兜一派の中でも【慶酒】の統治を任される泰然一派は
それなりに地位が高いですね。
妖魔の分布地域なので実力も【利邑】に派遣された部下達より上です。※やる気はないですが。
仲間内のノリは男子校みたいなものなので、乱世が彼らを悪とモヒカンに染めただけなのかもしれません。
彼らを味方につけた三姫の反撃開始です。




