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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第一章 愁国奪回編
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惡姫の噂

視点が主人公ではなく皇女さまになります。

 紅華帝国は、極東の大陸部分を広く支配する大帝国である。

一紗がいた世界でいうところの大陸国に似ている。複数の民族が生存する多民族国家だ。だが文化レベルは低かった。厳格な身分制度と軽視された人権。貧富の差は常に広がっている。


 平民は質素な服で農耕などをして生計を立て、皇帝や貴族に一定の農作物と若い娘を献上することが義務付けられている。


 帝都【紅陽】では華服に身を包んだ者が商いをしており活気があるように見える。だが、一度地方にでるとそこは魔境である。疫病が蔓延した村、飢餓に苦しむ村等が多く、盗賊や人攫いに出くわすことも日常茶飯事だ。隣国との国境の治安は大変よろしくない。これは紅華帝国の支配が隅々まで行きわたっていないという証明に他ならない。

 故に若い娘を連れた旅は一層警戒しなければならない。


美鳳(メイフォン)様、退き返しましょう! この辺りは治安が悪すぎます! もう七度盗賊に襲われて兵も疲弊しております。こんな大所帯では襲ってくれと言っているようなもの!」


 武装した兵士にそう進言されたのは華服に身を包んだ少女である。赤茶色の髪をリング状にツインテールに結んだ髪型は特徴的で、容姿は端麗である。一目で徳が高く教養があると分かる風貌だった。だが柔和な容姿に反してその意志は固かった。


「なりません。私は、かの〝惡姫〟に会うために都から遠く離れた魔境〝盗賊の巣〟まで来たのですから……」


「なにも惡姫を勧誘せずとも……護衛なら我々で足りるではないですか! 先程から一人の死者も出さずに盗賊を追い払っている腕前をご覧になりましたでしょう!」


 確かに彼の言うことも正しい。実際に美鳳(メイフォン)は彼らの腕を信頼しているからこそ護衛として貴従兵に任命したのだ。姫である自分を守るために。一地域の領主であるならば彼らと共に生きればよい。わざわざ治安の悪い地域まで出向いて悪名高き〝惡姫〟を勧誘に来る必要はない。


 だが美鳳の悲願を達成するためには彼らの腕では足りないのだ。どんな苦境も共に耐え、自分の剣となり盾となる強さが必要なのである。しかも〝惡姫〟はその名の通り女性なのだ。本物の姫の身分を持つ美鳳(メイフォン)としては着替えや用を足すとき等、無防備になっている間も守ってくれる同性の護衛は喉から手が出るほど欲しかった。


「他の兄弟や紅帝に先を越される前に、彼女を何としても我が陣営へ迎えたい……」


 神妙な顔でそう呟く彼女に意見する者はいなかった。


 少し進むと、やがて廃城のようなものが見えてきた。


「古城‐青月城ですね。情報ではあそこに惡姫が潜伏していると……」


 先行して歩を進める前衛が急に足を止めた。


「なんだぁコレは!?」


 そこには夥しい死体が転がっていた。装束から察するに盗賊だろう。頭を潰された者、体を砕かれた者、弧を描くように五体を切断された者、胸を貫かれた者等、死体の損傷は激しい。たった一つの共通点は一撃で仕留められているという点のみだ。


「惡姫の仕業か……。ここまで惨いことをひとりでやったと……?」


 美鳳(メイフォン)に侍る貴従兵が彼女の目を覆う。しかし彼女はその手を退けた。


「我が国の現状に目を瞑る理由がありますか?」


「…………」


 貴従兵は黙るしかない。なんとも気丈な姫だった。今の時代、この国の女性は男性の庇護対象がほとんどである。部屋に閉じこもっていれば安息の生涯を過ごせただろう。籠の中の姫君のままだったなら苦労しなくてもよいはずだ。

にも拘らず彼女は魔境にまで足を運び、惨い有様をまじまじと直視していた。


『ピィー!』


 青月城の正面にあたる大階段前についた瞬間、軍団の後方から指笛が鳴った。


「報告! 後方より《叛族》の傭兵共が向かってきております!」


「あの蛮族共が! 皇女の存在を嗅ぎつけおったか!」


 馬の手綱を引いて憤る将軍。

 《叛族》とはその名の通り、各地で叛乱を犯す部族である。村々を襲って食料や女を強奪し、歯向かうものは容赦なく殺すというまさに蛮族と悪名高い民族だった。


「貴方達は《叛族》を迎え撃って。私はこのまま城へ入り、惡姫を懐柔しますっ!」


「しかしお一人では危険です!」


「どの道、貴方達を連れて会うつもりはありませんでした。惡姫は〝皆殺し娘〟とも呼ばれています。下手な護衛は皆殺しにされてしまうでしょう。故に彼女とは一対一で交渉します」


 姫の決意は固かった。護衛の兵のリーダーは渋りながらも納得する。


「……承知。《叛族》共は私めが全力で潰しましょう! 美鳳(メイフォン)様もお気をつけて」


 姫は護衛の部下達にその場を任せて、ただ一人階段を駆け上がる。

 高台に聳える大城の入口まで辿り着くのも一苦労だった。


 ややあって《叛族》が階段下に陣を構える貴従兵に追いついてきた。

 その頭と思われる男が貴従兵を見下しながら口を開く。


「お姫様が来てるって噂は本当だったのか。たいそうな上玉だと聞く」


「だったらどうだというのだ?」


「味見して売り飛ばすだけだ。あの愚帝の娘なら高く売れるだろう」


「不遜な屑めが。我が紅龍偃月刀の錆にしてくれるわ!」


 貴従兵を率いる青年は伝統的な偃月刀を構えた。

 同時に両陣営の兵士達が次々と武器を取った。


 部下達が《叛族》と激突する少し前、美鳳(メイフォン)は廃城の奥へと突入していた。城内は荒れはて、金目の物は軒並み奪われている。かつての城主の肖像画等はボロボロに傷つけられその威厳は最早ない。周囲には人骨らしき物体も散見される。歩くたびに床がミシシと軋む音がする。


「暗い……。お化けが出そうですね……」


 おどろおどろしい雰囲気の城内を歩くと、急に蝋燭が灯った。

 とても怪しくおどろおどろしい場所だった。


「あれは……」


 玉座でもあったらしい場所には紺青髪の美しい髪に黄金の瞳を持つ少女が座っていた。侍女らしき人物に酌をさせている。年の頃は美鳳と同じくらいだろうか。同性であり、生まれながら姫として持て囃されていた彼女も見惚れる程の愛らしい容姿だった。


「ようこそ。俺の城へ」


 麗しい容姿とは裏腹に男性のような荒い言葉遣いだった。黄金の瞳には憎悪が宿っているらしく目つきが非常に悪い。そんな視線で射抜かれれば並の者は失神するだろう。そして彼女が纏う〝氣〟も尋常なものではない。だが美鳳(メイフォン)は引くわけにはいかなかった。


「その容姿と口調、そして有する〝氣〟の量から、かの〝惡姫〟殿と見受けます」


「だったら何だ?」


「貴女を口説きに参りました」


 厳かに一礼する美鳳(メイフォン)。惡姫は目を見開く。

 盗賊の巣と言われる程、狂気と悪意に満ちたこの魔境に自分と同じ年頃の女が好んで現れるとは思わなかったからだ。今まで遭遇した女達は盗賊に攫われてきた者達しかいなかった。


「口説きに来たとはどういう意味だ?」


 美鳳は大きく息を吸って答えた。


「貴女を私の傍盾人(そばだてにん)として迎えたいのです」


「その着物……上流階級の娘か。傍盾人ってのは召使と大差ねー護衛のことだろう?」


「はい。待遇は一月、間元金貨三枚でどうですか? 衣食住もつけますよ」


 彼女の言葉を聞いた惡姫は『パリン!』と盃を握り壊した。


「俺はできの悪い冗談は嫌いなんだ」


 驚いた侍女は奥の部屋へ逃げ出す。彼女を追うでもなく興味なさそうに惡姫はひじ掛けに腕を置き直す。逃げた侍女とは別の侍女が現れて割れた盃を片付けていく。


 惡姫の苛立ちを敏感に感じとった侍女は怯えているが、美鳳(メイフォン)は全く動じずに名乗りを上げた。


「紅華帝国第七十三皇女・紅美鳳(ホン・メイフォン)の名において今一度願います。我が傍盾人(そばだてにん)の任を承っていただきたい。私が出世すれば、ゆくゆくは帝の右腕ともなれま――」


「――皇女?」


 盗賊の巣では聞き慣れない「皇女」という単語に反応した惡姫は一瞬で美鳳(メイフォン)に肉薄した。

 瞬間移動したとしか思えないとてつもない足運びである。


「皇帝の娘だぁ? だったらお前を人質にして国でも乗っ取ろうか? こんなふざけた世界を作りやがった奴には恨みしかねぇ」


 憎悪のこもった瞳で睨み付ける惡姫。脅してはなく本気であることは凄まじい殺気から感じ取れた。だが美鳳は涼しい顔で彼女の殺気を受け流していった。


「私に人質としての価値はありませんよ。試しに近くの役所を脅しに行きますか? 私の首ごと射抜かれますよ?」


「俺にそんなハッタリが通用すると……」


「私に人質としての価値がある程に紅帝に愛されていたなら、こんな辺境に来ることに反対しているはずです」


 その発言を受けて惡姫は自分の顎を撫でる。状況的に嘘を言っているようには思えない。

 軍団連れとはいえ、女が自ら盗賊の巣に踏み入れること自体有りえないことだった。


「……確かにお前の言う通りだ……」


「分かっていただけたようで何よりで、す?」


 微笑む美鳳(メイフォン)をいきなり強引に床に押し倒した。完全に油断していたためか簡単に組み敷かれてしまう。


「あっ……何を?」


「――人質としての価値はなくとも女としての価値はあるだろうに……」


 美鳳(メイフォン)の顎を掴み、その耳元で囁いた。


「その可愛い顔を歪ませて……殺してやるよ」


 同じ女性とは思えない黒い笑みを浮かべる惡姫。

 美鳳(メイフォン)は努めて冷静に澄んだ瞳で指摘した。


「貴女は私を殺せません」


 惡姫は目を見開いた。


「お前が俺より強い、とでも言いたいのか?」


「いいえ。〝私を〟というのは語弊がありましたね。貴女に〝女性〟は殺せません」


「――っ!?」


 その指摘に余程驚いたのか、飛び退いて距離を置く惡姫。美鳳(メイフォン)は自分の近くにある壊れた襖をそっと開ける。そこには十数人のうら若き乙女達がまとまって怯えていた。


「あなたが女を殺せるなら彼女達はとうの昔に殺されているはず」


「目敏いな。他に女がいることを看破していたのか?」


「酌をしていた女性と壊れた盃を片付けた女性は別々でしたので、他にもいるという推測はできます。以前から惡姫に殺された盗賊が有していたはずの女性の死体は見つかっていませんでしたしね。加えて先程から匂いの異なる香がしていたので……」


 惡姫は目を丸くした。たったそれだけの情報から自分が女たちを囲っているという類推ができるということは、この荒れた国の中でも教養が高いことは間違いない。ごまかすように睨み付ける。


「ふん、そいつらは殺した野盗共から奪った戦利品だ。すぐに売り飛ばすつもりだった」


「嘘ですね」


 断言する美鳳(メイフォン)は彼女達のいる部屋に置いてある器や服を指す。


「この部屋には生活感があります。二、三日の保護ではありませんよ。野盗から奪ったのは事実でしょうが、保護してからもう随分になるのではないですか?」


 惡姫は舌打ちながら面倒くさそうに取り繕う。


「今は女の俺が、人身売買にいっても同じ商品と見なされるだけだ。それに近くの遊郭の相場も安い。足元見られるのも目に見えてる。仕方ねーから召使としてこき使ってるだけさ」


「……左様ですか。しかし、こんな〝盗賊の巣〟に女性が群れるのは危険では?」


 追求の手を辞めない美鳳(メイフォン)。拳で語られてはひとたまりもない相手を何とか卓上に誘導することができた。このまま得意の話術で説得できればいい。惡姫の機嫌を損ねないように、かつ、手を出されないように、配慮しながらまずは彼女の情報を引き出すことにしたのだ。


「ここに拠点を置いたのは各地から盗賊共が食料と物品を運んできやがるからだ。商人組合より多用な品が揃う。それに身分卑しい者が上洛したところで貴族の妾程度にしかなれん」


「貴女がお強いことは存じておりますが、略奪と虐殺を続けていればいずれは帝国の討伐隊が差し向けられますよ? 貴方が襲った盗賊の中には貴族達と懇意にしている者も――」


「この惡姫の蛮勇は知っていようとも、魔境(ここ)に討伐隊は出さん。役人共は目の届く範囲にしか治安を維持しない上に、過去討伐隊が派遣された統計から思案してもこの〝盗賊の巣〟にまで差し向けるとは考えにくい」


 美鳳(メイフォン)は大いに驚いた。相対するまで惡姫は何も考えずに敵を屠っていると考えていた。だからこそ出世や金といった目に見えた利益で説得することも可能だと考えていたのだ。しかし実際は理知的だった。盗賊の巣を拠点に選んだのも、そこが物資の流通路となっていることを看破しているためだ。都の討伐隊も見捨てられた地にはこないとしっかり理解していた。


「……敵を皆殺しにする惡姫という噂でしたが、話してみれば随分教養があるように見えます。その知恵をどこで身につけたのですか?」


「学校で習った最低限の知識だぞ? 俺は頭の良さは並程度だ」


 新しい盃を呷りながらそう答える惡姫だが美鳳は疑問に思った。


(学校? 小学のことかしら? この国でそこまでの知識を身に着けられるはずがない。自らを並程度ということから他に聡い者がいた場所で育ったということでしょうか?)


 秘密の学び舎が国内にあるのかもしれない。だがそれでは一人で盗賊殺しをして辺境に閉じこもる意味がない。だとすれば導き出せる妥当な結論は一つしかなかった。


「貴女は異国人……なのですか?」


「異国といえばそうだな。ここよりずっと治安がよく教養のある人間達が住む楽園にいた。その世界にいた頃は自分が恵まれているなんて思いもしなかったが」


「国が安定すれば船などで送ることもできます! 国家安寧の後には――」


「そもそも船で渡れる場所ではない」


「へ?」


 陸路で進めずとも海路から様々な国へ渡航は可能なはずだ。現に紅華帝国は付近の小国から朝貢を受けている。

 首をかしげる美鳳。惡姫は彼女を一瞥した後、深い溜息をついた。


「与太話として教えてやる。俺はこことは異なる世界からきた。国境を超えた外国とかではなく、文字通りもう一つの世界だ」


「もう一つの……世界? お伽噺のような世界があるというのですか?」


 耳を疑う美鳳(メイフォン)だったが、少しでも惡姫を懐柔できる材料がないかと話を合わせることにしたようだ。黙って耳をそばだてる。


「流石は上流階級。頭の回転が速いな。この世界に来てから馬鹿ばかりだったから説明も面倒だったが……。ま、教育制度も何もなければ仕方ないが……」


 話が通じるのが嬉しかったのか彼女は饒舌に自身の半生について語りだした。語ることの多い半生だったのだろう、その話は主観的に追体験できるほどに詳細な説明だった。


『太平の世で人生に飽きていたこと』『異世界に行くことを望んだこと』『実際に神に会って異世界の住民と人格を入れ替えてもらったこと』。話す内容は摩訶不思議だったが、彼女の目は真剣そのものだった。


次回彼女が異世界転移後どのようにして生きてきたか回想が始まります。

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