篭絡された町人
発想を逆転させることこそ勝利の方程式です。
「くくく、コレで私に勝ったつもりか?」
「何?」
急に周囲に炎が灯る。炎の灯は町中に広がった。何かの妖術かと警戒するも、現れたのは【慶酒】の住人達だった。騒ぎに目を覚ましたのだろう。そのタイミングで宋は何かの術を発動させた。
傷ついた宋を見つけて慌てて彼に駆け寄る町人達。
「宋様!」「芳幸様!」「宋さん!」
彼は住人達の袖を掴み、過度な程弱弱しく呟く。
「民達よ。 見たか……彼女達は私を殺そうとしたのだ。何の罪もない私を……」
「「「なっ!?」」」
驚く美鳳達だったが、無傷で攻撃の構えをとる一紗と蕾華と相対するように地面に伏すボロボロの救世主という誤解を与えかねない絵面になっていた。物的証拠だった妖魔の死骸も宋の妖術のせいか既にそこにはなかった。
――となれば彼の三文芝居でも町人はすぐに騙されてしまう。
「いくら美鳳様でも! 宋さんを傷つけるのは許さんぞ!」
「宋さんは俺達を救ってくれたんだ!」
やはり彼らにとっては一紗達が宋を襲ったようにしか見えなかったようだ。というより事実そうだったのだ。問題はその奇襲行為に正当性があるかどうかだ。美鳳は試行錯誤し、他の証拠を見せて弁解しようと試みる。彼の懐から押収した薬袋を示して訴えた。
「皆さん、彼は酒蔵に忍び込み、薬物を混入させました。ここに証拠があります!」
「アレは鎧兜一派を追い詰めるために仕組んだものだ。後で皆に伝える手はずだった。それを姫様が勘違いしたのだ!」
「何を白々しいっ! あなたは実際に妖魔を召喚したではないですか! 皆さん騙されてはいけません! コイツこそ、【慶酒】を妖魔の巣にした張本人です!」
「そんなこと私にはできぬ! 出鱈目だぁ! 私は結界を張ることしかできぬぅ!」
宋は涙を流しながら仰々しく訴えた。
これまで命懸けで町を守ってきた姿や信仰で人助けをしてきた姿しか知らない町人は妄信的に彼を庇ってしまう。
「俺達は宋さんを信じる!」
「宋さんが妖魔を召喚したとこなんて見たことねー!」
多勢に無勢、口の数ではこちらが敗けており旗色が悪かった。
やはり昨日まで村を救った英雄として迎えられていた宋・芳幸を悪党と断じることはできないようだ。先に彼らの信頼を得ていた宋に分があった。
「何か訳があるのやもしれないが、私を傷つけたのは事実! 皆の者、叛逆姫・美鳳を捉えよ!」
「「「おぉ――!」」」
「くっ!」
まさか民衆に暴力を振るう訳にもいかず、その場から逃げるしかない一紗達。足の遅い美鳳を抱いて一紗と蕾華はとにかく走る。
戦闘慣れした一紗達の方が足が速いので撒くことはできた。
「どういうことだ? いくら信頼を得ているとしても元・美鳳の領民だろう? なぜ元領主の方を信じない? あんな奴の口車に乗る?」
「そうよね。まるで意思がない――ってそうよ! 識弱草を使われてるから、考える意思が弱ってるんじゃない? 昼間お酒を飲んでいたし、多分食材とかに仕込まれて日常的に識弱草を呑まされ続けているはずよ。今日しか食べてない私達は大丈夫なんだろうけど」
「だとしても、俺達の言葉を聞き入れないのはおかしくないか? 判断力が鈍ってるだけだろ。アイツらは明らかに宋に加担してたぞ」
「恐らく、先に洗脳の妖術も仕掛けていたのでしょう。識弱草はあくまで妖術の効果を上げる布石。……先手を打たれましたね」
美鳳は大層悔しそうにぼやいた。自身の領民だった者達を手ゴマに使われるのは虫唾が走って当然だ。それも民を愛している美鳳に民による敵意が向けられるのだから精神的負担は尋常ではなかった。それこそが宋の狙いなのだろう。
一紗達は町人に追いつかれる前に身を隠す場所を探す。
「私に任せて。〈木隠森樹〉」
蕾華が氣巧術を発動すると地面から木が生えて土地の森林と違和感なく馴染んでいく。一紗達はちょうど枝や葉の影に隠れて見えなくなった。その大木は物見やぐらの役目もあり、一紗達からは町人や宋の姿を見つけることができた。
「〈結界術・無配虚在〉」
すかさず美鳳が結界を張る。一紗達のいる場所は認識疎外の結界に包まれた。これでしばらく発見はできないだろう。
「ふー……、一安心ですね」
一紗は地上の様子を見降ろすと、宿屋の人間等就寝していた者達もゾンビのように徘徊している姿が目に入った。
「なるほど。寝ていた人間と識弱草で意思が弱った人間は皆、奴の洗脳に侵されるわけだ」
「今思えば、寝室で焚いていた香も怪しいわ。催眠効果があったかも」
「でしょうね。でなければ龍宝が簡単に操られる訳ありませんし」
美鳳が指さす先には紅龍偃月刀を持った寝間着姿の龍宝が佇んでいた。
「ちっ! あの馬鹿が!」
味方だからというのもあるが彼との戦闘は避けたいところだった。龍宝は強い。真面に相手にしていれば時間を浪費するだろう。
民衆と仲間の一人を手駒にとられた美鳳は絶体絶命の状況だった。
「くっ、鎧兜一派から政権を奪取するつもりが、第三勢力に掌握されるなんて……」
「ねぇ、【利邑】に残留する貴従兵を連れてくるのは? 彼らならきっと――」
「ダメだ。この【慶酒】は妖魔に囲まれてる。俺達の誰かが援軍を呼びに行くのも一苦労だし、その間に宋がさらに守りを固めるだろう」
「同じ理由で《顔無》を呼ぶこともできませんね」
元々妖魔の森に囲まれた【慶酒】から援軍を呼ぶのは難しい。戦力の少ない今、さらに戦力を削る選択はできるはずもなかった。さりとて、このまま待っていてもじり貧である。
「せめて……まだ操られていない民衆を味方に付けられれば彼らを押さえてもらい、宋を捕縛できるのですが、この様子だと望み薄ですね。町中に洗脳妖術が及んでいます」
美鳳が何気なく言った一言が一紗の心に引っかかった。
「いや……いるぞ。宋の術中に掛かっていない戦力になる奴らが!」
「「え?」」
一紗達が向かったのは市役城だった。そびえ立つ城の前で三人は深呼吸して身構える。目的は勿論、中に入って交渉するためである。
「……失念していました」
「流石は一紗さま、大胆ね」
「――鎧兜一派。連中は結界を張って閉じこもってたから、宋の洗脳下にねェ。その証拠に今でも結界が張ってある。もし奴の術中に落ちているなら結界を解いて民衆に加勢してるはずだからな」
美鳳としては複雑だった。自身の領土を簒奪した鎧兜一派を味方に付けなければならないのだ。だが迷っている暇はなかった。自分のプライドを優先すれば、民衆は宋の手中で踊らされ続けることになる。
「……彼らを何とか懐柔してみましょう」
美鳳はプライドよりも状況の改善を取った。
「ねぇ美鳳、固い決意に水を差して悪いけれど、仲間を殺した私達の説得に彼らが応じる可能性は低いんじゃないの?」
蕾華の言う通りである。元々、鎧兜一派が引きこもった原因は美鳳の「生死問わず命令」によって一紗達が彼らの仲間を数人殺してしまったからである。警戒心はより一層強くなっているだろう。好感度マイナスからの交渉は難易度が高い。美鳳はそれを理解した上で前に進む。
「元々自分で蒔いた種です。始末は仕事でつけますよ」
印を結び、氣を練ることで市役城の結界の一部に一時的に穴が開いた。昼間言っていた結界を破れるというのは本当らしい。
ここから先は敵陣である。だが一紗が得意な皆殺しは禁じられる。
この市役城に潜む鎧兜一派は皆、欲しい人材だからである。敵愾心剥き出しの相手を調略しなければならないのだ。
玄関に入った美鳳達を狙うように殺意に満ちた矢が飛んできた。
「随分な歓迎ぶりだな」
寸でのところで受け止めた一紗がそれを握り折る。すかさず飛んでくる第二陣の矢の雨は蕾華が樹杖で打ち落としていく。備蓄が少ないのか次第に飛んでくる矢の数は減っていった。
「矢のおくりものは終わりかしら?」
遠距離からの攻撃が通じないと悟ったのか、周囲から隠れていた世紀末野郎達が顔を出した。一様に髪型はモヒカンやスキンヘッドで、肩パットを装着した露出度の高い衣装という相変わらずの世紀末スタイルである。
「まさか堂々正面から攻めてくるとはな。良い度胸してるじゃねーか!!」
「女だって関係ねぇ! ぶっ殺そうぜ!」
先ほどまで引きこもっていたとは思えない威勢の良さである。血気盛んな彼らに対し美鳳は手の平をつきだし制止のジェスチャーをとる。
「私に戦う意思はありません。武装解除してください」
「あ? 何言ってんだぁ~? 君の頭はクルクルパ~なのかぁ~?」
青竜刀の腹で美鳳の頬をぺちぺちと叩くモヒカン。完全に舐めているようだ。美鳳は刃を向けられても表情を変えずに淡々と自分達の目的を告げる。
「私は話し合いに来たのです」
モヒカンは小馬鹿にした様子でその言葉を笑い飛ばした。
「ぷっ! みんなぁ! お話し合いだってよ?」
「あ? 話すことなんてねーよ。俺達の相手になる奴はぁ~」
「「デッド・オア・スレイブだぁ~!!」」
鎧兜一派は武器を持って飛びかかってくる。予想していたこととはいえ、こうもシミュレーション通りだと笑ってしまう。
「しょうがねぇ。蕾華! 美鳳の交渉術に説得力を持たせてやろうぜ」
「うん! 死なない程度に強さを見せつけるだけでしょ?」
一紗は氣巧術で強化した肉体から足技と掌技を巧みに使い分け、モヒカン達を弾き飛ばす。蕾華は棒術で殴打するか、木属氣巧術で捕縛して彼らの動きを封じていく。
そんなことを繰り返すうちに、襲ってきた鎧兜一派は全員のされてしまった。辛うじて息はあるが、一撃で気絶させられてしまっている。
「口ほどにもねぇ」
「私と一紗さまなら天下もとれるよ」
「「いぃ~!?」」
一紗と蕾華の強さに恐れ戦く鎧兜一派残党。
彼らは即座に円陣を組んで作戦会議をはじめてしまう。
「おいおい聞いてねーぞ。なんだよ、あの強さ! 美鳳は鎧兜様にボコられて失脚したんじゃねーのかよ!? あんな強い仲間がいるなんて知らねーぞ!」
「緑髪の女は間違いなく《杜族》だぜ? 俺達の適う相手じゃねーよ。それに噂によれば美鳳は〝盗賊の巣〟を根城にしていた〝惡姫〟を勧誘したって言うし……」
「あの紺青髪の女がそうじゃねーの?」
鎧兜一派は揃って一紗を確認する。そして一睨みされると「ひぃ~!」と情けない悲鳴を上げて抱き合いながら号泣し始めてしまった。
「何だよ。いきなり泣き出しやがって。交渉する気になったのか?」
そのとき、一際体格の良いスキンヘッドの男が奥から姿を現した。彼の風格が他の世紀末野郎とは違った。何より肩パットが少し豪華だった。
「うるせぇぞ! テメェら! なんだってんだ!」
「泰然市政長~! 失脚した美鳳がこの市役城に攻めてきたんです!」
「なぁにぃ? フハハハハ! 良い度胸してるじゃねーか」
「ボス。そのくだりは俺達がもうやったんで」
「お、そうか。ならばお前達! 鎧兜一派の底力見せてやれ!」
しかし彼の命に従う者はいなかった。彼に人望がないわけではない。皆気を失っていたからだ。市政長は失神した部下達を見てだらだらと冷や汗を流した。
そのまま痛い沈黙が続く。
「ようやく市政長のお出ましかと思ったが、随分と他人任せな」
「好戦的な人よりは良いではないですか。泰然市政長、お話があって参りました。交渉の席についてもらえますか?」
美鳳は身長の高い泰然市政長を見上げながら話した。
彼は美鳳に視線を落とし、次に気絶している部下達に目線を移し、最後に一紗と蕾華を見た。そして状況を正しく理解した彼は残ったモヒカン達に向かって言った。
「……客間に案内しろ」
彼は日和った訳でも臆病風に吹かれた訳でもない。ただ冷静だっただけである。
龍宝君は、実力は一紗と蕾華に並ぶのに不遇キャラですね……。
そして鎧兜一派に属する泰然と愉快な仲間達の登場です。
果たして彼らの協力を仰ぐことはできるのか。
次回は泰然との交渉のお話になります。




