蠢く野心
胡散臭い男が一人。
宴会の席を楽しんでいると、一人の優男が一紗達の近くまで歩いてきた。眼鏡で細身の男は書物を片手に独特の印を結ぶ仕草をしており、何かの司祭という雰囲気だった。
「皇女殿下、長旅お疲れでしょう。ゆるりと休まれよ」
「あなたは?」
「私は宋・芳幸と申します。現在は流れ着いたこの町で平和を愛する宗教《白鳩教》を布教しています」
町人に紹介された芳幸は丁寧にお辞儀した。
「《白鳩教》? 聞かない名ですね。新興宗教ですか?」
「宋さんは乱れたこの世に平和による教えを広めてるんだ。ちょうどここに来てくれたのが妖魔が溢れたときだったから俺を含めて入信してる村人も多いんだぜ?」
料理を運んできた町人が補足説明する。
「乱世を導くために広まった新しい宗教ですからね。知らないのも無理はありません。その教えは『武力を持たない博愛精神』! 〝武〟ではなく〝言〟で分かり合うのです! 信じる者は救われます!」
言っていることは美鳳と似ているが、彼の主張はどことなくずれている感じだった。
何と言うかうさん臭さを感じてしまう。まだ出会ったばかりだからだろうか。
「【慶酒】が妖魔に突破されちまった時、たまたまこの町に向かっていた宋さんが助けてくれたんだ。妖魔を追い払って結界を強めてくれた。だから鎧兜一派も彼には強く出られない」
「成程……」
妖魔に襲われる脅威がある閉鎖された町では《白鳩教》が信心を集めていた。力のない者は乱世で縋る対象が欲しかったのだろう。或いは悪政からの現実逃避の手段だったのかもしれない。兎にも角にも《白鳩教》の信者は爆発的に広まっていた。
「では、私は信者に教示する時間ですので失礼します」
そう言って彼は町でも目立つほど歪な建物に入っていった。
彼のために信者が建てた礼拝堂らしい。
結局、あれから鎧兜一派は出てこなかったので一紗達は宿に引き上げた。鎧兜一派を追い払ったということで一紗達は彼らがいつも利用しているという一番いい宿に厄介になることになった。清潔な建物であり焚かれたお香もとてもいい匂いだ。
とはいえ、まだ町は妖魔に囲まれているという問題を残している。鎧兜一派と妖魔、二つの問題をどうにかしなければ【慶酒】を手中に収めることはできない。ただ、宗教家の宋・芳幸なる男ものことも気になってはいた。それらのことについて一紗達は女子部屋で話し合った。
「宋・芳幸って男はウソクセーぞ。平和だの、小綺麗な言葉を語る奴には碌な奴がいねぇ」
「私も好かないわ。彼の主張は形ばかりで中身がないもの。美鳳はどう?」
美鳳は難しい顔をして考えこんだ後、ぽつりとつぶやいた。
「……おかしくないですか?」
「「え?」」
「あの男は妖魔が町に溢れだした頃に【慶酒】に来たという話ですが……私達は妖魔のせいで町に来るまでかなり苦労しています。それなのに彼は一人で妖魔の森を突破し、何をしに来たんですか? たかだか布教のためにそんな危険を冒すとは思えません」
「言われてみれば……」
一紗と蕾華も顔を見合わせた。妖魔は一体一体は弱かったが、数が莫大だった。一紗達も逃げるように町の内部へ入ったのだ。腕利き三人に加えて正しい進路を知っている美鳳がいても尚そこまで苦労した。しかし聞けば宋・芳幸という男は無傷で町まで来たという。怪しさ満点である。
「あの男を探ってみましょう」
美鳳の提案に二人は頷いた。
「ところで龍宝を連れてこなくてよかったのでしょうか?」
「どついても起きなかったんだから仕方ねぇよ」
「相手は一人、私達だけで十分よ」
三人の乙女達は夜闇に身を隠しながら宋の住処を探る。《白鳩教》の教堂は趣味が悪く目立つ建物故に場所はすぐわかった。夜更けだからか町人ともすれ違うことはなかった。三人はそーっと近くまで来ると、灯篭が灯っていることが確認できる。徹夜で布教活動の準備でもしているのだろうか。
「もう夜更けなのに、何をしているのでしょう?」
三人で物陰から室内の様子を伺う。
「ハハハハハハ! 愉快愉快! 酒も女も沢山ある! 全く【慶酒】は良い町だなぁ!」
そこには酒池肉林を貪る宋の姿があった。信者らしき女達はひどく酔っているようだ。虚ろな表情で宋に体を預けている。そして食料は【慶酒】で取れないようなものまで並べてあった。一体どこで取り寄せたのだろうか。しかし最も気になるのは高笑いする宋・芳幸本人である。
「あれが救世主の面か? まるで悪代官だぜ」
「夜な夜な晩餐とは素行は悪いようですね。けれど、まだこれだけでは……」
「待って。彼、こっちに来るみたい」
宋は酒も女も放り出して一紗達の方に歩いてくる。一瞬感づかれたかと焦るが、警戒している様子はない。こちらに来たのは別の目的があるようだ。急いで掃除用具入れの中に三人で身を隠す。だが無理やり隠れたせいでかなり窮屈だった。
「ちょっ! どこ触ってるんですか!」
「一紗さま、まだその関係はちょっと……早いと思う」
「不可抗力だ! 静かにしろって!」
もみくちゃになりながらも何とか隠れることができた。外の様子が分からないので音だけでを頼りに耳を澄ます。
「そういえば、あの姫君とその側近の二人は上玉だったなぁ」
舌なめずりをしながら呟く宋に怖気が走った。
声を出したらばれてしまうのでぐっと我慢する。
やがて宋の足音は掃除用具入れから離れていく。
「そろそろ追いましょうか」
足音が随分遠ざかったので、外に出る一紗達。彼は町の酒蔵の方に向かっているようだ。背後から様子を伺うと、酒蔵に入った彼は貯蔵酒に何かの粉を混入し始めた。
「毒か!?」
「いいえ違う。アレは匂いからして識弱草を潰したものだと思う。本来は麻酔とか医学的治療に用いられる薬草だけど、あんなに大量に混入させたら意志力が弱くなってしまうわ」
流石に森と共に生きる《杜族》の蕾華は草花にも詳しかった。
しかし酒に精神薄弱剤を混ぜる宋の意図が読めなかった。
「お酒は私達が来るまで鎧兜一派が牛耳っていたと聞きますし、彼らに対抗するために仕掛けているのでしょうか?」
「けれど彼らは臆して引きこもってるのよ? 今更自分達のお酒に仕掛けて意味があるの?」
「酒好きの鎧兜を誘き出して飲ませるつもりなんじゃないか?」
「だとしたら、他の皆に相談はすると思います。それにこんな夜更けに仕掛ける意味が分かりません」
「やっぱり怪しいわね。ちょっと仕掛けてみようかしら。――〈芽生木人〉!」
蕾華が木属氣巧術を発動する。すると宋が持っていた識弱草の粉が光りだす。驚いた彼が床に粉を捨てると、そこから芽が生え出し、捻じれて人型になった。
そうして作られた木人は声を出さず、ただ『ギィギィ……』と木々がぶつかるような不気味な音を奏でながら彼の元に歩きだした。
「な、なんだなんだ!?」
流石の氣巧術師もいきなりの事態に腰を抜かす。
しばらく人目を気にして逃げていたが、付近に誰もいないことを確認すると懐から何かを取りだした。月影で見えるそれは呪符のようだ。
そのまま指に挟んで氣を練り上げている。
「〈召喚〉!」
彼が虚空に捨てた呪符が燃え上がり、狼型の妖魔が出現する。
それはあの森で大量発生し、一紗達の進路を阻んだ種類と同じものだった。
「「「―――ッ!?」」」
驚きの事態に言葉を失う一紗達。三人は同時にある結論に至った。
『いきなり大量発生した妖魔』『同時期に現れた不思議な男』『町の氣巧術師も手を焼いた妖魔を追い払うことができた訳』全ては単純明快な答えだった。
即ち自作自演。自身で妖魔を召喚し、【慶酒】を混乱に陥れ、救世主として結界を張り、宗教を広めて民衆の心を掴んだのである。
その目的は――。
「「「【慶酒】の支配!?」」」
一紗達は【慶酒】を鎧兜に支配された事実から既に奪われた町と位置付けていたので、そんな町が他勢力に狙われるとは思っていなかった。冷静に考えればこの乱世ではあり得ない話ではないのだが、打倒・鎧兜一派に集中しすぎて考えが及ばなかったのだ。
元々鎧兜は最低限の手勢は【慶酒】から徴兵せずに残していた。それで妖魔を抑えられると思っていたからである。ところが第三者の宋が妖魔を大量に呼び寄せたため守りの均衡が崩れたのである。恐らく宋も【慶酒】が手薄になることを見越して行動に出たのだろう。
「で、美鳳どうする? 傍盾人の俺はお前の命令を待つぜ」
「私も一紗さまと共にあるから」
二人に意見を求められた美鳳は即答した。
「証拠はあります。これ以上好き勝手はさせられません!」
「決まりだな」
一紗達は宋の妖魔と木人が相打ちになったタイミングで奇襲を仕掛けた。
「なっ!」
「夜中にこそこそと酒と女に盛るわ、妖魔を召喚するわ……随分な救世主様だな」
一紗と蕾華は戦闘態勢に入り、二人より少し後ろで美鳳が睨む。
「これはこれはお姫様とその側近様方、夜遊びとはお転婆ですなぁ」
「あなたが、妖魔を召喚して操り、【慶酒】を崩壊させたのですか?」
「あなた方には私の行動が不審に思えるかもしれない。しかし鎧兜一派を追い払うための苦肉の策。これも平和のためです。すべては《白鳩教》の導きなのです!」
慇懃無礼な態度を崩さない宋。あくまで平和など綺麗事を並べる宋の態度に美鳳は怒りが隠せなくなる。
「なにが平和ですか! 妖魔を放ち、怪しい宗教で自衛のための武力をも封じて弱体化させて、【慶酒】の実権を握ろうとするなんてっ!」
「あなた馬鹿なの? 妖魔を増やせば、町に人が出入りすることもできない。商取引もできなくなるのよ!?」
【慶酒】は今や並の武商さえも通れない状態だった。外界と完全に遮断されたといっていい。乗っ取ろうとした町の交通手段を封じて彼に何の得があるのだろうか。
目的を知られて開き直った宋は大手を広げて蕾華の疑問に答えた。
「商いは町の中で自給自足にしてしまえばいい! ここは自然に溢れている。確かに妖魔は町を閉鎖する脅威になり得ますが、同時に外敵から我らを守る盾にもなります。数多の妖魔の壁によって、都提・鎧兜も紅帝さえも【慶酒】に手出しができなくなる! そして私の理想郷は完成する!」
なんと宋・芳幸は大陸の中に鎖国された自身の国を建国しようとしたのだ。妖魔を放ったのはそのためだった。優れた兵を持つ鎧兜や紅帝も妖魔に囲まれた町を自軍を犠牲にしてでも取り戻そうとはしないだろうと踏んでの策だった。
「ふてぇ野郎だな! 虫唾が走る!」
「イヒヒヒヒ! 私をただの宗教家とお思いか!?」
妖魔を操る妖術を得意とする術者相手は一筋縄ではいかなかった。
呪符で多数の妖魔を召喚してくる。
「自分の欲望のために【慶酒】を妖魔に襲わせて善人面して許せない!」
「何を怒るのですか。どの道、鎧兜一派に奪われた町、誰が奪おうといいじゃないですか。貴女だって今は正当な支配者の鎧兜から力で奪い返そうとしている。私と何も変わりませんよ」
「一緒にしないでくださいっ!」
怒鳴る美鳳に対し、汚い笑みを浮かべる宋は呪符を燃やしてさらに中型の人狼妖魔を数体召喚する。それは小型妖魔の指揮官とも言われる知能が高い種類だった。
指揮能力だけでなく本体の身体能力も高い。おまけに氣巧術まで使用できるらしい。
【慶酒】町人に外町放棄を決定づけさせた強敵だった。
徴兵を免れた氣巧術師や鎧兜一派すらも倒せなかった妖魔である。
しかし一紗は即座に人狼を殴殺してしまった。残る妖魔達も蕾華の木属氣巧術で貫かれて消滅する。折角召喚した妖魔が一瞬で蹴散らされた事実に宋は驚愕する。
「ななななっ!?」
狼狽し、後ずさる宋。一紗と蕾華の強さが想像の範疇を超えていたらしい。並の氣巧術師しか知らない彼にとって惡姫と《杜族》の強さは規格外だった。彼が召喚する下級妖魔は蕾華が棒術で粉砕していく。醜く逃げる宋を一紗は蹴り飛ばした。
「げべっ!」
「お縄だぜ。救世主様」
美鳳は彼の懐にある残りの薬を回収する。追い詰められた状況なのに、宋・芳幸は不敵に笑いだす。それは負け犬特有の屈服した顔ではなかった。
二者が争っている間に第三者が掠め取っていく。それが漁夫の利です。
宋・芳幸の場合は少し違います。
元々鎧兜一派から上手く【慶酒】を掠め取ろうとしていました。
都落ちの皇女なんて眼中になかったのですが、
帰還早々に鎧兜一派を追いやったので使えると踏んだ感じです。
ところが一計を案じる前に胡散臭さから正体が露見してしまいました。
それでも彼はまだ諦めていません。




