半壊した【慶酒】
妖魔現る!
※ポンコツ作者が設定を忘れていた訳ではありません。
なぜ今まで殆ど登場しなかったか気になる方は「後書き」をご覧ください。
蕾華を味方に引き入れた一紗達は、【利邑】の市政を改心した市政管達に任せて次の町に旅立つことにした。また、殆どの貴従兵も鎧兜配下が町を取り戻しに来た場合に備えて留まるように美鳳は命じた。
大多数の戦力を平定した町の守備に回すことに反対の声もあったが、貴従兵大将の龍宝と傍盾人の一紗に加えて《杜族》の蕾華も護衛に入ったのでそれ以上文句を言う者はいなくなった。
【愁国】の中にはまだ鎧兜が支配する州都に影響力のある町が一つある。美鳳としてはその町を手中に収めておきたかった。
「あれ? 蕾華さんはどうしました? 一緒に来るのでしょう?」
「ああ。準備したら来るってさ。クソでもしてるんじゃないか?」
「貴様というヤツは俺の女子への幻想を悉く破壊してくれるな……」
「まぁまぁ……」
せっかく打ち解けた龍宝ともすぐに険悪な雰囲気に戻ってしまっていた。止める美鳳も一苦労である。足並みを揃えて救助しに向かったのは奇跡だったのかもしれない。
三人を待たせている蕾華は自身の部屋で荷物を整えていた。既に持っていく物は整理できていたが、彼女は少し悩むものがあった。乙女特有のおしゃれの悩みである。
鏡の前に写るのは長い三つ編みの少女である。現実から目を反らしている間は自身の恰好は気にしなかった。三つ編みでまとめたのも動きやすいという理由である。しかし、一紗の言葉で完全に女の子として目覚めた蕾華は自身の恰好を見つめ直す気になった。
思いだすのは補正がかかった一紗の褒め言葉である。
『その髪色、俺は好きだけどな』
「えへへ、やっぱり解いた方がいいのかなぁ~」
一人でデレデレしていた蕾華は三つ編みを一気に解く。
髪は一気に広がりウェーブがかったロングヘアになった。
「生まれつき癖毛なのよね」
『綺麗な髪だ』
気分が落ちそうになると脳内の一紗の褒め言葉が炸裂する。
「あは~ん、一紗さま~」
枕に抱き着いてベッドを転げまわる蕾華。満足したのか、今度は服装を選びだした。以前は動きやすい戦闘服だったが、今は少し女の子度をあげていきたい心境だった。選んだのはチャイナロリと言われるゴスロリと華服を折衷にした緑の服だ。
「髪の緑色も褒めてくれたからね。緑の服が似合いそう」
コーディネートが終わった蕾華は荷物を持って一紗達が待つ宿屋の前まで急ぐ。
大胆なイメージチェンジをした蕾華に皆驚いているようだ。
「へぇ、服装と髪型を変えたのですか。思い切りましたね」
「女子は変わるものだな」
最初に褒めてくれたのは同じ生粋の女子である美鳳だ。そして次に感想を述べたのは龍宝。彼は褒め言葉というより単純な驚きが言葉に出た感じだ。蕾華は二人に対して悪い感情は抱いていないが、褒められたい相手は別にいた。
「一紗さまは……ど、どう思うの?」
「おぉ! そういう服は(この世界に来てから)見なかったから新鮮だな」
「あ、ありがとう! ……ふふ、褒められちゃった」
それだけで上機嫌で先頭を行く蕾華。目に見えて嬉しそうなので一紗だけが首を傾げた。
「蕾華は何かいいことでもあったのか?」
「貴女という人は……罪づくりな人ですね」
「――?」
美鳳の言い分は分からなかったが、一紗としても連れの女の子が笑顔なのは良い事だった。荒んだこの時代では心から喜ぶ笑顔は中々見れるものではないのだ。そして感情を殺していた蕾華が素直に笑えるようになったことも我がことのように嬉しかった。
蕾華が仲間になったことで野宿には困らなくなった。今までは多くの貴従兵の尽力でテントが張られていたが、今では彼女の木属氣巧術で即席の木造建築が出来上がるからだ。
「これは便利だな」
「喜んでもらえたようで何よりだわ」
「でも野宿と言わないような……」
「美鳳様、この際ツッコミはなしですよ」
目的地に向かう一紗達は道中で情報共有をする。とりわけ気になるのは町の特徴である。異世界人である一紗は地理にはあまり詳しくはない。だが戦闘では地の利を活用するのが基本だ。何が起きても対応できるように頭に入れておく必要があった。
「次に手中に収める町はどういうトコなんだ?」
「【慶酒】という森林に囲まれた町ですよ。酒造で栄えています」
「けれど、あの町付近は妖魔が跋扈しているわ。私は市政長の命令でお酒を取りに行ったこともあったけれど、妖魔と戦うことは何度もあったし」
蕾華の話によると、【慶酒】に行くと道中必ず妖魔に遭遇したらしい。ほとんどは爪と牙で襲ってくるだけの雑魚だったが、中には武商を皆殺しにしてしまうレベルの強い妖魔も存在しており、そのため《杜族》の用心棒・蕾華が同伴していたのだという。
「妖魔か。……俺も流浪の旅をしていた頃に遭遇したが、強さにバラつきがありすぎる。それに知能が低い分盗賊よりは脅威ではなかったぞ」
「一紗さまも一人旅を?」
「ああ。一年以上前の話だが……」
青月城を根城にする前の話である。その頃は強さを磨きつつ、安息の地を求めていた。
あわよくば元の世界への帰路を見つけようと模索していたがそれは叶わなかった。
効率よく情報と物資を得ようと盗賊の巣に潜りこんでも大した成果は得られなかった。
その最中で盗賊から奪った女達を多く抱えることになり、結果的にあの古城を拠点にするに至ったのである。
【慶酒】への安全な経路を確認するため、具体的に蕾華から遭遇した妖魔の種類や場所を聞いていた龍宝は神妙な顔つきになっていた。
「おかしいな。確かに【慶酒】付近には妖魔が分布しているが、屈強な氣巧術師達が町を守っているから頻繁に妖魔と出くわすはずはないのだが……」
「まぁそうでなきゃ妖魔の巣に町なんか作らんわな」
「私が領主として訪れていた頃は妖魔の数はそこまで多くはなかったのですが……、《顔無》の情報によるとここ最近、付近に溢れているようなのです。それに――」
「――!? 危ない!!」
突如草陰から飛び出してきた獣を一紗が飛び蹴りで瞬殺する。狼のような姿だが独特の禍々しい氣を宿したその獣こそ〝妖魔〟であった。
普通の動物と違い、氣によって独自の進化を遂げた土着生物であり、その肉を食べると英氣を養えるため氣巧術師には好んで妖魔の肉を食す者もいる。
また一部の種類は鎧や武具の材料として重宝される。腕に覚えのある武商は商材として売り歩いているほどだ。
しかし、道中で遭遇する彼らはただの邪魔な猛獣でしかない。
動かなくなった妖魔を見て美鳳はほっと胸を撫で下ろす。
「助かりました、一紗」
「いや、まだのようだぜ」
一紗達の周りを囲むように妖魔達が様子を伺っている。
「もう妖魔の領域という訳か」
「まだまだ序の口よ。町に近づくにつれて数も強さも格段に上がるわ」
龍宝と蕾華も己の武器を構えて妖魔と対峙する。
「ギャァアアス!」 「ワォオオオン!!」
「遅い!」
龍宝は紅龍偃月刀を力の限り振り回して切り刻んでいく。長物故にその間合いは広く、刃で殺されなかった妖魔も眼球を石突で貫通されて絶命する。他の妖魔は胸を強打されたり打ち上げられたときに岩にぶつかって死んでいく。
対して同系統の長物、棒術使いの蕾華は腕力こそ龍宝に劣るものの、女性特有のしなやかな動きで一部の隙もなく、妖魔達を撲殺していく。その最中には得意の木属氣巧術を扱うこともあった。
「はぁぁああ! 〈落潰林〉!」
複数の樹林が虚空から出現し地面に落下して妖魔を押し潰していく――が、その内数体には避けられてしまった。
「一紗さま! とり漏らしがそちらに!」
一紗は全身を余すところ使った我流の功夫で妖魔を屠っていく。手足だけでなく、肘や額も使用した連続技だった。
「〈我流・鷹領〉!」
そして彼女の間合いに入った者は当然皆殺しにされる。
本来武術は技を出し終わった後に隙が生じるものだが、一紗の武術は技の終わりから連続して次の技につなげる。素人が一番最初に思いつく戦法だが実演するのはかなり難しい。筋肉を鍛えても呼吸が続かないのだ。しかし一紗は長年の研鑽の果てに独自の呼吸法を開発し、戦闘中でも息切れのタイミングを短く調節することができるようになった。
例えば相手が蕾華のような達人になると息切れが早くなってしまうが、数だけの低級妖魔相手では無双の強さを誇った。
数が多い狼型の妖魔だが、相手が悪かった。貴従兵大将の龍宝、《杜族》の蕾華、惡姫・一紗の三人である。小国でもこれだけの人材は中々揃わないだろう。妖魔の群れは数分後には皆殺しにされて屍の山となっていた。
「言葉の通じない妖魔相手では私の交渉術も使えませんね。龍宝、一紗、蕾華、この調子で町に着くまで護衛をお願いします」
「元よりそのつもりです」
「俺は傍盾人だからな」
「一紗さまの雇用主ならば私も守るわ。貴女には親近感もあるし」
何とも頼もしいボディガード達だった。
一行は出現する妖魔を屠りながら【慶酒】に向かって進路を進めていく。
何度かの交戦の後、辿り着いたのは荒れ果てたゴーストタウンだった。最初はそこが【慶酒】だと分からなかったくらい悲惨な状態だった。窓は割られ、建物は倒壊している。人が住んでいる気配がない。当時を知る美鳳と龍宝は絶句してしまう。
「どういうことだ? これは?」
「《顔無》から報告はありましたが、まさかここまでとは……」
美鳳は先んじて行動している《顔無》から伝書鳩を使った報告は既に受けていた。しかしその情報には受け入れがたい事実があった。「【慶酒】が半壊している」なんて言われても何かの間違いだと思ってしまって当然だろう。
絶望で警戒心が薄まったところに物陰から妖魔の群れが姿を現した。低級妖魔の他に類人猿のような中型妖魔もいる。
「町の中に妖魔がいるとはどうなってるんだ?」
「まずは対処よ。――〈隠土鋭根〉!」
地面から槍上の根が生えてきて妖魔達を貫く。
逃れた妖魔達は蕾華の棒術の餌食となった。
「そうだな。まずは妖魔を手早く皆殺しとするか。―――〈発勁翼打〉!」
一紗は手の平に氣を溜めた強い衝撃を討ち中型妖魔の胸部をそのまま爆壊する。
二人の戦姫が暴れ回るため、龍宝は手に持つ偃月刀を使う暇がなかった。
「俺が出るまでもなかったな」
「頼もしい限りです」
妖魔単体は一紗達の敵ではなかったが、いかんせん数が多すぎた。達人といえども長時間の戦闘は疲弊する。一紗達は人と安全地帯を探しながら町の中心部へと進んでいった。
「私が武商の護衛をして訪ねていた頃より荒廃が進んでる」
「本当だな。町なんかねぇ。ここはもう連中の巣だぞ」
「いいえ。町は完全に遺棄されてはいません。中心部に向かいます! そこに人がいるはず」
中央まで進んでいくと何かが光り輝いているのが見えた。透明な薄壁の先には人が自活しているのが分かる。
「おいっ、本当に人がいるぞ!」
「やはり。報告通り結界が張っています。《顔無》は中には入れなかったようですが」
僅かに生き残った勢力は町の中心部で結界を張って生き永らえていたらしい。元々強い氣巧術師がいるという話だったから辛うじて妖魔から防衛できたのだろう。結界は非常に強く、結界破りを心得ているはずの《顔無》も入れない程だった。故に【慶酒】に関する情報はここまでだった。
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プロローグで神様は一応「魔法のような能力で化け物を倒せる世界」
という一紗の望んだ世界へマッチングさせています。
また、妖魔の存在は『困惑する異世界生活』にて最初に語られています。
……が、今まで申し訳程度しか存在が言及されませんでした。
理由は、幼い一紗が「妖魔より盗賊のが怖い」と称した心情の通りです。
最初に彼女が生活していた村は氣巧術を扱う盗賊に襲われました。
氣巧術を使える=それなりに強いため、盗賊達は人間だけでなく妖魔をも殺して奪います。
強い盗賊の縄張りに分布する妖魔は狩りつくされるか逃げるかするため、
近隣の一般人の被害は【盗賊>妖魔】ということになります。
※盗賊が多くいる=妖魔が少ない
ということで本編前半ではモンスターより汚いおじさんの敵が多かった訳です。
反対に妖魔が沢山生息する地域には強い氣巧術師が存在して
近隣の村を守っているため、盗賊も彼らを恐れて手出ししません。
その場合、一般人の被害は【盗賊<妖魔】という風に逆転します。
ちなみに強い妖魔が数多く分布し、強い氣巧術師が沢山存在する最たる例は
五大民族が治める五国、ということになります。
五国に限らず「町」という体を成しているなら質は違えど氣巧術師は何人かいます。
そんな感じの世界観です。
以上、ちょこっと解説でした。




