修羅の呪い
術が発動できない絶望的な状況で鬼ごっこのスタートです。
捕まったらR18的な凌辱が待っているので必死に抗います。
一紗は逃げるしかできない状況に憤りを感じていた。
氣を封じられても一対一なら勝つ自信はあった。現に追いついてきた巨漢を関節技で仕留めていた。しかし多勢に無勢だと数の暴力で捕まってしまうだろう。氣だけでなく手足すら封じられれば抵抗もままならない。捕まった後のことは考えたくもなかった。
(命と貞操の危機に怯えるのはいつ以来だろうな……)
六名は梁の上によじ登り身を潜めて様子を伺う。天井付近に明かり届かず暗かったのが幸いし、見つかる心配はなさそうだ。下を見ると廊下を血眼になって捜索する《戯族》の姿があった。女に飢えた野獣たちに見つからないように柱を伝って出口を探していく。
「駄目だ。どこにも出口がない」
「ここで夜を明かしたらどうアルか?」
「そうです。待っていれば城の構造がまた変化するかも」
「それはお勧めしないねぇ。こんな力も使えない場所に留まるのは自殺行為さ。いつまでも見つからない保証もないし」
一同は出口を探して細い柱を四つん這いで移動し続けた。
氣を封じられても一紗達は難なく進めていた。だが非戦闘員の咏姉妹は違った。慣れない足場と《戯族》に見つかるかもしれないという恐怖が彼女達の足を重くしていたのだ。
「きゃっ!」「涙拭!」
咄嗟に涙誘が姉の手を掴んだものの、引っ張り上げることができず宙ぶらりんになってしまう。物音に感づいた男が松明を天井の方へ受ける。
「いたぞ! 上だぁ!」
「ちっ!!」
第一発見者は刑楽のクナイで頸動脈が断絶することになった。
だが既に多くの《戯族》達に見つかってしまった。ギラついた目が一斉に向けられる。
氣巧術を使えないという条件は《戯族》も同じであるが、筋力と人数というアドバンテージがあった。それでも一紗は皆を守るために囮役を買って出た。
地上に降りて一人蹴飛ばし、怯んだ隙に肘打ちと頭突きで二人を昏倒させる。死角から襲ってきた男は刑楽が手裏剣で仕留めた。そのまま刀を抜いて彼女も地上に降りたった。
術を使えない女と油断していた《戯族》たちの目を煙玉で晦まし暗器を多用して彼らの命を積みとっていく。
一方で天井に残った育壌は登ってくる《戯族》を絶妙な位置取りで蹴落として咏姉妹を守った。《顔無》も吹き矢等の飛び道具でサポートする。
しかし数で劣る少女達は増え続ける《戯族》に段々と押されていった。
「ハァハァ……このままじゃ……いずれ力尽きる。刑楽、何か手はないか?」
「アタシに策があるよ!」
「本当か!? 悪いなっ、後で謝礼は――」
感謝する一紗の脇腹に刑楽の肘打ちが当たる。
まさか攻撃されるとは思わなかったため防御する時間もなかった。
激痛でバランスを崩したところで今度は右足を刀で貫通されてしまった。
「痛ッ! 何を……する!? 操られてる、のか!?」
「この空間では氣巧術は使えないでしょー。アタシは正常だよ? 悪いね、惡姫ちゃん。アタシらが助かる方法はこれしかないんだ」
刑楽は刀を残したまま跳躍し、天上の闇へと消えた。
確かに仲間一人を飢えた男達の中に置き去りにすれば、残りのメンバーの追跡は減少し、助かる見込みは増えるだろう。
現に男達は残された一紗の周りに群がり始めた。
「新しい女だ」「仲間を捨てるとは薄情な奴だな」「だがおかげでお零れに預かれる」「白い肌……たまんねぇな」「生足そそるぜぇ!」「で、誰から行く?」「年上からに決まってんだろ」
男達の欲望を目の前にして一紗は長らく忘れていた恐怖心を思い出した。
異世界に来て女性になってから強さを手に入れるまで何度も味わった貞操の危機である。
「いやだぁああああ!! 来るなっ! 来るなッ!」
「ギャハハハハ! 喚け! 泣け! その方が興奮するぜ!」
「恨むんならテメェを見捨てたお仲間を恨むことだ!!」
下卑た男女性への配慮などあるわけがなかった。一紗の纏っていた衣類は容赦なく破り捨てられ、乳房が顕わになる。
一紗の絶叫が天井にまで響いた。
「ちょっと刑楽さん! 貴女何をしたのです!?」
「このままじゃ一紗が手籠めにされてしまうアル!」
「逃げ場なんてないのに仲間を犠牲にしても無駄だゾ! 早く助けに行かないと!」
「いいから、黙って観てなよ。これが最適解なんだから」
刑楽の冷たい殺気に当てられた三人の少女らは委縮して出遅れてしまった。
その間にも《戯族》の間の手が一紗に迫る。
どう足掻こうが純潔を奪われてしまう絶望的な状況を前に刑楽一人が冷静だった。
(ちくしょう……このままじゃ昔と同じ……)
男達の下劣な視線はいつ向けられても慣れず嫌悪感ばかりが心を掻き乱す。
過去に何度と経験した貞操の危機は僅かな時間の間に過去の記憶を呼び覚ました。
一紗が青月城を根城にし、惡姫と畏怖されるよりも数年前。
牙王と死別した後、強さと元の世界に戻る方法を探して彷徨っていた頃の記憶である。
今のように大人の男に組み敷かれる危機は幾度となくあった。
「へへっ、大人しくしてな嬢ちゃん! 優しくしてやっからよぉ」
「やめろォ! キモイキモイ! このロリコン野郎!!」
多少強くとも体力氣力の限界がいつか訪れる。荒れた大陸で盗賊や奴隷商など野蛮な男達と遭遇することが多かった。
連戦が続いていた一紗もその日既に氣力が尽きかけていた。
「へへへ、今からでも男への媚び方ってのを教えてや――グハッ!」
襲っていた男はいきなり吐血し絶命する。
自分に向かって倒れてきた男を蹴飛ばした一紗が起き上がると傍らに見慣れた人物が立っていた。独特な暗い色の民族衣装に身を包んだ大人びた少女である。
「環深、助かったよ。相変わらず凄い呪術だな」
「気をつけなさい。一紗は発育が良い方だし美人なんだからそりゃ狙われるわよ」
「まだ小学生の年代だぞ?」
「小学……? よく分からないけど大名家に嫁いだ姫君には11歳で出産した子もいるわよ?」
「マジかよ児ポ法案件じゃねーか」
「出た出た一紗の謎発言。それも異世界由来の言葉なのね?」
上品に笑う環深は一紗より少し年上で年齢よりも更に聡明な人物だった。教育を受ける機会さえあれば官僚にでもなれた器であろう。
誰もが法螺だと馬鹿にする一紗の異世界話を初めて真面目に聞いてくれた人物でもあり良き理解者だった。
彼女の知識と呪術には助けられることも多く二人は長い間行動を共にしていた。
「俺達、相当盗賊やら落ち武者を殺ってきただろ? 何で敵が減らねーんだ?」
「男なら有名になれば畏れられるけど女は舐められるのよ。勝てればそのまま戦利品にできるから。それに〝美人の盗賊狩りがいる〟って噂が独り歩きしてるのも問題だわ。私達が十代の美少女って情報だけで相当年上だと思われてるみたいだし」
十代というのでも十一歳と十九歳では全く見た目が異なる。ただ複数人の男達が彼女達の手にかかっているために、その強さから十代後半だと認識されてしまっていた。
「鬱陶しいかぎりだ。女だからなめられるってんならいっそ髪を短く刈るか」
「駄目よもったいない」
「けど長いと面倒だし……」
「一紗、貴女の長い髪は綺麗で好きよ。折角女の子に生まれたんだもの。服や装飾品は手に入らなくても髪は大事にしなきゃ」
「環深がそう言うなら……まぁ」
「良い子ね」
彼女に髪を撫でられるのは嫌いではなかった。安全な場所などない荒れた世界において彼女の胸の中だけが唯一気が休まる場所だったのだ。
屋根が壊れた廃屋で星空を見上げながら二人は身を寄せ合い暖を取る。
「なぁ、環深。俺達ってさ、いつまで処女でいられるのかな」
「あら貴女、俺は男だとか散々自己主張してたのに男に抱かれたいの?」
「違う! そんなんじゃねーよ! まだガキだし! ……ただ今日みたいに変な暴漢に犯されるくらいならマトモな男と早い内に契っておいた方が嫌な想いしなくてすむかなぁって」
この狂った異世界に来て何度も貞操の危機を経験したことで一紗は弱気になっていた。もう自分を守ってくれていた牙王はいない。それどころか第二次性徴により胸が起伏してきたことでさらに狙われる機会が増してしまった。
自分が強くなる前に強い男に弄ばれる可能性が現実味を帯びてきたのだ。無理やり純潔を奪われるくらいならせめて自分の意思でと考え始めていた。
「ほら、この前食料を分けてくれた村の兄ちゃんなんて優しそうだったし……ああいうタイプならマシ……」
「駄目よ。一紗を男になんて渡さないッ!」
環深は強く身体を寄せ、一紗の頬に触れた。そのまま唇を重ねてくる。
呆気にとられた一紗は抵抗できなかった。
「あなたが好きなの。自分を安売りしないで。男に奪われるくらいならいっそ私が――」
「待て待て! 環深、落ちつけ! 気持ちは嬉しいけど俺まだ十●歳だぞ! 早すぎるって」
「……そうね。ごめんなさい。相手の気持ちを考えないで迫るなんて男と同じだわ」
冷静さを取り戻した環深は一紗から離れて乱れた服を直した。
彼女もまた男達の毒牙に狙われ続けたことで気が滅入っていた。それ故に同性の一紗に対する友情が深くなっていたのである。同じ危機を共に切り抜けてきた盟友として一紗に特別な感情を抱くようになっていた。――そしてそれは一紗も同じだった。
「……環深のことは嫌いじゃないけど、そういう行為はその、待ってほしい。早くても一年後とかで!」
「一年かぁ。長いわね。私が抱く前に処女を奪われたらどうするの?」
「俺が抱かれる前提なのかよ」
「年上が優先よ。ふふっ色々教えてあげるわ。楽しみに待っててね♪」
「俺は既に自分の発言を後悔し始めてるぞ。けどまぁ貞操の問題は残るよなぁ」
「それなら大丈夫! 一紗をが私のモノになるって決まってるなら誰にも触らせない。全力で守ってあげるわ。私の呪術でね」
「貞操を守る呪術なんて存在するのかよ」
「嫁入り前の娘にかける簡単な術は一般的よ。けれど私の使う術はもっと高等なモノ。貴女に流れる血を利用させてもらうの」
環深は少し独善的ではあったが、彼女のペースに乗せられるのは嫌いではなかった。
今後も彼女と共に生き抜き、ずっと一緒にいられると信じていた。
しかし幸せは長くは続かなかった。
彼女は殺されてしまった。妖魔でも盗賊でもなく一紗自身の手によって。
吐血する彼女は自分の胸を貫く一紗を抱擁し笑顔を向けていた。
『嗚呼、私の一紗。貴女の命と貞操は死んでも私が守ってあげるから……ね』
彼女が最期に残した言葉が脳に反響し、一紗の意識が闇に呑まれていく。
(来たっ……!)
空気の変化を刑楽はいち早く察知する。
――刹那、強烈な爆風により周囲の物が吹き飛ばされた。
遅れて生暖かい雫が降り注ぐ。
それが血の雨だと理解したのは目の前に《戯族》の生首が落ちてきたからだった。
生首と眼があった咏姉妹は仲良く失神し、《顔無》と育壌に支えられる。
「何が起こったのかナ?」
「目覚めたんだよ、惡姫ちゃんの中に眠る修羅が……」
煙の中には爪と牙を伸ばしたドス黒い氣を纏った一紗だった。
呆気にとられる《戯族》の男が口を開く前に上半身が消し飛んだ。
仲間が一瞬で肉片に変わってしまったのを目の当たりにした男は腰を抜かしてしまう。
「何をした女!? この場所では氣巧術も氣巧武術も使えぬはず!」
修羅となった一紗に言葉は通じない。尋ねた男も一秒後には頭を失っていた。
立て続けに仲間を殺されたことで酒と女に酔っていた《戯族》達は真っ青になった。
氣巧術を封じる故にこの空間は大人数の男達が好き勝手暴れられたのだ。ところが自分達より強い存在が現れたことで彼らは狩られる側になってしまったのだ。
「やめろ……やめてくれぇぇええ!!」
「術を使えない相手を嬲るなんて人として最低ダアゼバァ!!」
「弱い者いじめはだめだろ? なぁ見逃して――ぎゃぁあああ!!」
ある者は「反則だ」と恨み言を呟き、ある者は現実逃避に酒を呷り、またある者は金銭を差しだして命乞いを始めた。行動は違っても彼らの未来は等しく同じだった。
獣のような咆哮で威嚇され、手刀で惨殺されてしまうのだ。
「咏姉妹は気絶しててよかったね。ハハッ、とても見せられない光景だわ」
「アレがイーシャの中にある修羅……」
育壌も本人から聞いてはいたものの、ここまで危険なものだとは想定外だった。
武器を手にする者が背後から首を落とそうと剣を薙いだが、その細首さえ斬り飛ばすことは適わない。多くは腕で受け止められるし、仮に奇襲が上手くいっても首そのものが頑丈で傷をつけられないのだ。
しかしこの場所にいる《戯族》は腕に覚えのあるものばかりである。中にはこの危機的状況で対処しようと足掻く者もいた。
一人の男が懐から取り出したのは転写符である。
例え本人に術が使えなくとも予め札に記憶してあった術を発動させるのはその限りではない。
「〈火属氣巧・火炎弾〉!!」
中級程度の火属氣巧をおさめた札を使うが、禍々しい闘氣の盾に阻まれて一紗には碌に手傷を与えられない。飛び回る羽虫を鬱陶しがるような素振りで頭を振っている。
「無傷だと!? 少々勿体ないが背に腹は代えられん。――〈火属氣巧・灼滅炎波〉!!」
札から燃え広がった篝火は業火へと燃え盛り、やがて大きな炎の津波へと変貌した。
広大な面積を覆う炎がそのまま一紗を呑みこんだ。前の術とは規模も火力も段違いである。
「ハハハ! 《焔族》の火属氣巧を記録したものだ。貴様にどんな力があるかは知らぬが最強民族の炎をもってすれば……!」
言うだけあって術の威力は凄まじく、初めて一紗の皮膚を焼いた。ただの火傷ではなくケロイド状の酷い怪我を負っている。一般人ならば骨すら残さず溶かされていただろう。身体の原形をとどめる一紗も獣の如き慟哭を上げている。
追い詰められた彼女は炎に耐えるべく体に変化が現れる。
体がどんどん硬質化しているのだ。
加えて人間離れした力を引きだすためか額を突き破るように二本の角が露出した。耳も普段より鋭利に尖っている。
今まで修羅化した一紗を鬼のようだと表現する者は多くいたが、角を生やした彼女はまさに鬼そのものである。
「アレは《魏族》の角!? 前やりあった時の氣の感じからもしかしてと思ってたけど……道理で強い訳だ」
鬼となった一紗は炎の熱気にも耐え抜き、呆然とする術者の頭を蹴り潰してしまう。
そこからは一方的だった。背を向けて逃げだす者も涙で嗚咽する者も何の躊躇もなく息の音を止めにかかる。彼女の通った道には屍しか残らなかった。
刑楽は氣巧術なしのハンデ戦でもある程度は戦えております。
一対一なら敗けず、多対一でもゲリラ戦を展開できる戦場なら上手くやれるでしょう。
しかし今回は隠れ家も少なく補給物資もないため長期戦は不利でした。
追い詰められた彼女は一紗を《戯族》に差し出すという強硬手段に出ます。
生贄ではなく、修羅を目覚めさせるため。
以前の闘いでその強さと覚醒条件を把握していたために今回使えると踏んだわけです。
圧倒的不利な状況でも今ある手札で最善策を打つのが彼女の強みでもあります。
本話では短いながら一紗の過去回想がありました。
元カノ環深さんです。久しぶりの百合ポイントですね。
幼い一紗の相棒であり、死に別れるまでは相思相愛でした。
名前は初出ですが、寥国編の回想で少し出てきてます。
番外編の温泉回でも「長髪が綺麗で好き」と褒めてくれたことを思い出していました。
一紗にとってそれだけ思い入れのある人物です。
環深が一紗の貞操を守るために
その怒りと防衛本能、血筋を利用して呪いを施したのが修羅の力の切っ掛けです。
この辺りの事情やなぜ一紗自ら手に掛けてしまったのかは追々……。
本話で予告編三人目の血筋解明です。
一紗は鬼角を持つ《魏族》の血を引いておりました。
今回は《焔族》の炎で身を焼かれたのがきっかけですが
寥国における刑楽戦でも長期戦になれば角が出ていたでしょう。




