勘違いの調略
皆殺し娘の交渉術とは?
暴力か謀略か。
一紗達は日が沈んでからすぐに行動にでた。まずは貴従兵達が城壁の全方位から侵入し、木属氣巧術のセンサーをあえて反応させて陽動する。そして出てきた守護役人達の戦力を分散させる。城の守りは一気に手薄になる。
「アイツら上手くやったみたいだな」
「当然だ。彼らも美鳳様を慕っている。命の一つや二つ簡単に懸けるさ」
「ふん、……俺達がしくじったら水の泡だぜ?」
一紗達は隠密行動で城内に潜入した。辛うじて残っていた兵は不意打ちで気絶させていく。そして予想していた潜入ルートを進んでいく。目指すは美鳳が囚われている地下牢である。
入り組んだ木造通路を進んでいた龍宝が急に立ち止まった。
「……おかしい。城の形状からしてそろそろ地下牢についてもおかしくないはずだが、俺達の想定が間違っていたのか?」
自分で作った地図を確認して首を傾げる龍宝。城の作りに詳しい龍宝と牢屋に精通している一紗が知恵を絞って想定したルートが間違っていたのだろうか。
「まさか……!」
少し考えて何かに気づいた一紗は力を込めて木造の通路壁を渾身の膂力で殴った。すると、木の壁に大穴が開き、地下壕の土壁をも貫通して別の通路が出現した。
「ちっ、木属氣巧術で本来の通路を塞ぎ、即席で別の通路を作りやがった。俺達は誘導されたんだ。あっちに見える通路が本来の道だ」
焦る二人の反対側の道から誰かが歩いてくる気配がして振り返る。樹杖を持った三つ編みの少女だ。やはり彼女の策略に嵌められたらしい。
「戦闘は避けていたのに……よりによって一番危険な《杜族》と遭遇するとは……」
一紗は拳を構えて軽く数回ジャンプして己のフットワークを確認してから言った。
「龍宝、その抜け穴を通って先に行け」
「一人で大丈夫か?」
「ああ。今更美鳳に合わせる顔がねーしな。それに、俺がもし上役人に会っちまったらまた状況を悪化させそうだ」
「ふ、違いない」
静かに笑う龍宝に一紗は猛抗議した。
「そこは突っ込むところだぞ。……まぁいい。龍宝、美鳳のことは頼んだぞ」
「お前に言われるまでもない。一紗、武運を祈る」
互いの無事を祈って二人は分かれる。一紗は完全の敵を見据え、龍宝は美鳳を助けに進路を戻した。
(一紗が足止めを引き受けてくれている間に何としても美鳳様を救いだす!)
決意を新たに龍宝は通路で遭遇した鎧兜派の守衛を薙ぎ払いつつ前へと進む。
美鳳が捕縛されていると思われる地下牢までたどり着くが既にそこには姿はなかった。
「くっ! 上階に連れていかれたか。ならば直接市政長にあたるまで!」
再び美鳳を探し上階へと走りだした。
「まだ名乗ってなかったな。俺は一紗だ」
「一紗……。皇女・美鳳の傍盾人ね。知ってるわ」
先程、蕾華は龍宝には目もくれずにずっと一紗を見つめていた。彼女ほどの実力者なら龍宝の妨害をすることだって可能だったはずだ。――にも関わらず通行を許してしまっている。防衛戦を任されている用心棒としてはいささか不自然だった。
「お前、龍宝を追わないでいいのか?」
「どの道、通すつもりはないでしょ?」
「ま、そうだが……。お前なんで市政長に従ってるんだ? 重税を課して民を苦しめる行動に加担するとは思えないんだが……」
「数回会った程度で私を量れるとは思わないで。私がどの勢力に属そうが貴女には関係ない」
いまいち釈然としないが、戦闘中に余計なことを考えている場合ではない。なにせ彼女は一紗が惡姫と呼ばれ恐れられるようになってから初めて手傷を負わせた相手なのだ。
(やはり戦うしかねーか。慢心は捨てて戦わねーとな)
虚ろな瞳で一紗を映す蕾華。両手で樹杖を持ったまま静止する。自分から仕掛けるつもりはないようだ。
「来ないならこちらから行く!」
一紗が一歩踏み出した時、樹杖の長さを変化して薙ぎ払ってくる。
戦闘慣れしているため紙一重で見切ってなんとか躱すことはできた。
(間合いは自在か!)
一紗は美鳳の「不殺」の教えは守りつつも全力を尽くす。
やはり蕾華は強かった。一紗の攻撃をことごとく捌いてしまう。そして今度は樹杖を鞭のように変化させ一紗の左腕に巻き付けて縛りあげた。
「捕まえた」
「あいにく力比べなら俺の勝ちだ」
綱引き状態になったことを逆手にとって縛られた左腕を後ろに引く。蕾華は不利と見るや拘束を解除し、引っ張られた反動にのって接近してくる。
「なっ!?」
「やぁ!!」
蕾華は樹杖を棒状態に戻して一紗を叩きに来たのだ。持ち前の体術で防御態勢に入るが、まるでダンサーのようにクルクルと杖を回して遠心力をつけて攻撃してくる。軌道が非常に読みづらく、数発殴打されてしまった。しかし一紗は最後の一撃を貰った時、カウンターの回し蹴りを食らわせた。受け身を取った蕾華は樹杖を構えて距離を取る。そして互いに一歩も譲らないまま膠着した。
龍宝には策があると言った一紗だが、実際は彼女の足止めを買って出るための方便だった。
互いに疲労しているようで肩で息をしていた。
(この人、強い。木国の外に出てからこんなに強い人には会わなかった。いつもならこの段階で失神しているはずなのに)
(流石は《杜族》。油断も隙もねーな。だがなんだ? ……この違和感は?)
過去の光景が一瞬彼女の脳裏によみがえる。
対峙する牙王が構えながら言った。
『一紗、達人になれば相手の氣からその真意を読み取れる。覚えておくんだな』
かつての師の教えを思い出してはっとした。それを隙ととらえたのか蕾華が猛攻を仕掛けてくる。その攻撃を躱しながら一紗は考える。
(そうだ。コイツの攻撃には殺気がない! おまけに俺を攻撃しようとするときに氣が濁っている。躊躇ってるのか?)
彼女の攻撃を何度も受け流している内に疑問は確信に変わっていく。やはり蕾華には誰かを殺す意思はないのだ。人としては素晴らしいが、一紗の心情としては複雑だった。なにせ手を抜いている状態で自分と互角ということを表しているのだ。一紗自身も彼女を殺す気はないが、相対的に評価すると、二人が本気でやり合えば互角ということだ。
「参ったな。俺も〝盗賊の巣〟では最強と畏れられてたんだがな」
「あなたも十分強いわ。私が戦った異民族の中ではね」
「そうかよ。……そういや美鳳に聞いたが、《杜族》は金髪の奴が強いんだってな」
「――っ!?」
蕾華は樹杖を強く握った。
「お前が王族でなくてよかったぜ」
「……私は王族よ」
「え? でも美鳳の話では《杜族》の王族は金髪だって聞いたぜ?」
蕾華は目に見えて落ち込んだ。
「みんなそう。見た目で私を判断する……お父様もっ!」
蕾華は緑髪だが王族だと自称する。コンプレックスを指摘された蕾華は一気に感情が爆発し樹杖を振るってきた。その荒い攻撃を躱して距離を取ると、彼女は溜息をついて再び語りだした。
「私達《杜族》は生命力を扱うことに秀でた民族よ」
彼女の口から告げられる情報は、《杜族》本人故に美鳳のものよりもより精度の高いものだった。
《杜族》は皆長寿であり、木々で囲まれた場所で原始的な生活をしている。木を操るのは生命力を操る副産物らしい。生まれつき生命力が強い者は、溢れ出た力が髪に浸透して金髪になるらしい。そして族長は敵の生命力を吸い取る秘術を持っており、千年生きているという。
「当然、【木国】の王となるには金色の髪が最低条件。でも私は王族なのに生まれつき緑髪だった。……たったそれだけの理由で私は王位継承権を失ったのよ」
本来は絶対に金髪で生まれるはずの王族の子が緑髪で生まれれば、周囲の視線は冷たいものが多かっただろう。世継ぎが生まれた王家としても、彼女を後継者候補から外したのは苦肉の策だったのかもしれない。彼女の境遇には同情はした。
「瞳を虚にして心を殺したのは、後継者争いを外されたからか? それとも市政長の悪政に加担する罪悪感から逃れるためか!?」
「あなたに何が分かるの!?」
初めて殺気のこもった重い攻撃が一紗に浴びせられる。
速度も速さも増した攻撃は確実に殺すために急所ばかりを狙ってくる。
(しまった! 藪蛇だったか! ただでさえ互角だったのに殺る気満々になりやがったぞ)
「【木国】を出て行き倒れていた私を市政長が助けてくれたのよ! だから恩返しするしかないじゃない! だから侵入者を始末する! ―――〈矛刃樹界〉!」
彼女は木属氣巧術を発動したようだ。周囲の木の壁から刃のように研ぎ澄まされた木の根や枝が飛び出して一紗を集中的に狙い始める。一紗は小さい枝は闘氣で弾き飛ばし、大きな根は手刀で切り裂いていく。
「恩義を感じるのは結構なことだが、それで関係ねー奴を不幸にするのは違うだろ!」
「分かってるよ! そんなこと!」
遠隔氣巧術を扱う上に間合いが自在な棒術使いは厄介極まりない。
必死の攻防戦の際に、美鳳の言葉がよみがえる。
『私は言葉を武器に味方を増やすつもりです』
(そうだ。拳だけが武器じゃない。蕾華は悪人じゃないんだ。言葉でうまく懐柔できれば……しかしどうする? 下手に非難しても逆上させるだけだ)
考えた結果、出たのは慰める言葉だった。彼女は王候補の資格を失ってから自暴自棄になっている。その結果、市政長に拐かされたのだろう。ならば彼女の目を覚まさせることができれば、こちらに引き込むことも可能のはずである。
蕾華は後継者争いを外された事実が親に見捨てられたのではないかと錯覚しているのだと一紗は推察した。故にそれは違うのだと説得にかかった。
「この乱世で、紅華帝国から独立を狙っていた【木国】ならそれなりの〝力〟を持つ者を次代に選ぶだろう。それに皇女の美鳳のように過酷な後継者争いに巻き込まれた危険がある。後継者争いから外したのは親の気遣いだったかもしれないだろう」
「……!! 知った風なことを! 私の親を知りもしないで!」
彼女が動揺して動きを止めたのは一瞬だった。すぐに類稀なる棒術が炸裂する。
「くっ! ダメだったか!」
良かれと思って言った言葉が却って蕾華を怒らせてしまったようだ。
やはりコンプレックスを指摘された上、外野の人間が理知的な意見を彼女に押し付けたのがいけなかったのだろう。だがそんな状況にあって戦場で乱れ舞う彼女の緑髪は麗しく輝いているように見えた。王族の金髪を受け継がなかったことに彼女は劣等感を感じているようだが、緑髪単体として見れば春の若葉のようで美しかった。気が付くと一紗の心の声が漏れ出ていた。
「その髪色、俺は好きだけどな」
「っ!?」
彼女の樹杖が一紗の鼻先で止まった。
(あれ? 動きが止まったぞ? だが今がチャンス。とにかく褒めて懐柔しよう!)
蕾華は自分でも手を止めた理由が分からずに錯乱しているようだ。その間に一紗は彼女を壁に追い詰めてその髪にふれる。
「お前は自分の髪に劣等感を感じているようだが、十分に綺麗な髪だぞ」
「……え?」
彼女が纏っていた闘気が乱れ、瞳を大きく見開く。
「とても目に優しく美しい髪だ」
蕾華は驚いて、自分の三つ編みを握り締めた。
(今まで私の髪を褒めてくれる人なんていなかった。同じ《杜族》からは王族なのにと馬鹿にされ、他民族からは畏怖されるだけだった……それなのにこの人は……)
蕾華の瞳に光が宿る。そして胸の心臓が高鳴った。自分の髪を馬鹿にせず、畏れもせず、ただ純粋に褒めてくれたということがこんなにも嬉しいとは思わなかったのだ。一紗は蕾華が動揺した今こそが調略のチャンスだと考えた。
「初対面で美鳳にも警告してくれたよな。お前は本当は優しいはずだ。市政長の悪政に誰より心を痛めていたんじゃないか?」
「……それは……。でも私は見ていただけ。止められなかった……」
闘氣が薄れたところで本題に入る。
今こそ少女を説得し、調略するときである。
「お前も用心棒で食ってたんだから仕方ない。それでも心を痛めるお前は優しいと思う」
「私が優しいなんて……」
「優しいだけじゃない。お前の技――熱心に力を研鑽してきたことが分かる。髪色を言い訳せずに努力してきたんだろうな」
(どうして? 知りもしないはずなのに私が影で努力したと分かるの? 同族からは凡人扱いされて、外界では強くて当たり前の化け物民族と言われ続けたのに!)
異世界人故に民族の常識に囚われなかった一紗の言葉は蕾華の心に強く残った。
その動揺を感じ取った一紗はここぞとばかりに引き抜きを打診した。
「優しい上に強く、努力家なんてお前には好感がもてる。だから俺はそんなお前がほしいんだ!」
無論、戦力として新たな仲間として欲しているという意味だった。
「へ……!? えっと……ななな、何言ってるのっ!?」
一紗としては調略するために真剣な眼で訴えたのだが、敵の調略など初体験だったので少々言葉足らずになってしまった。だがその真剣な瞳と足りない言葉が蕾華に口説かれたと勘違いさせてしまう。視線を泳がせる蕾華は指をつんつんしながらどう応えたらいいか思い悩んでいるようだ。
「で、でもその、私達は女の子同士だし……」
「こんなことをいきなり言われて困惑するのも分かる。だが常識に囚われるな。《杜族》の常識はお前を傷つけただけだろう。自分を傷つける常識は無視してしまっていいんだ!」
一紗の指摘に驚愕する蕾華。確かに常識を受け入れるべきことだとして生きてきて傷つくことが多かった。本当に彼女の言う通りかもしれない。何より蕾華の心が一紗に惹かれていた。自分の髪を初めて褒めてくれた一紗に。
「……そうよね。常識に囚われるのは駄目、よね」
やがて蕾華の戦意が削がれていく。そんな彼女の氣の安定を見て取った一紗はさらに押しの一言を告げる。
「金髪の《杜族》がどれ程かは知らないが、お前は強い。王族の力を受け継がなかったとしても、王族に恥じない力を身に着けるために自分を磨いてきたんじゃないのか?」
「それは……そう、だけど。私なんかじゃ他の王族には勝てないよ。王の髪を持つ者には……」
自信なさげに俯く蕾華の肩を一紗はガッシリ掴んだ。
「だったらもっと研鑽すればいいっ! そして次に帰郷したとき誰より強くなってお前を後継者候補から外したことを後悔させてやりゃあいいんだ!」
「でも私は同年代の子に負け越してたし、皆に馬鹿にされてたから……」
「そんなの過去の話だろ? 今のお前を弱いと言う奴がいるなら、それが王だろうが俺が否定してやる。蕾華は努力し強くなったぞ、と他の王族の前で俺が保障してやる」
「え?……私の親に挨拶までしてくれるの?」
「ああ。不安なら一緒に行ってやる。それだけ俺はお前のことを買ってるんだ」
熱い視線で訴えかけてくる一紗の態度に蕾華は〝本気の想い〟を感じ取る。戦場での告白とは大胆だが、冗談でこんなことは言えない。蕾華は一紗が本気で自分を口説いていると判断した。
「そ、そこまでいうなら……私も悪い気はしなかったし。親に挨拶もしてくれるみたいだし」
「本当か!? ありがとう! 今すぐに木国に行くことはできねーが、いずれ行くこともあるだろう」
惡姫と呼ばれるようになって初めて言葉で戦いを制した一紗は、嬉しさのあまり蕾華に抱き着いた。
「これからは一緒にいようぜ!(仲間として)」
「う、うん。一緒にいましょう(恋人として)」
両者は盛大に勘違いしていたが、それでも戦いが終わり、一紗が蕾華を懐柔した事実に違いはなかった。
勘違い百合ラブコメ勃発です。
蕾華ちゃんに限らず長年馬鹿にされたコンプレックスを褒めてくれる人がいれば
コロッと落ちてしまうかもしれませんね。
※※蕾華が仲間になった!※※
何気に主題(華風皆殺し娘の交渉術)を初めて回収した回ですね。




