賭博荒しの報い
前話に続くように賭場潰しをしてきた一紗&龍宝。
彼らの進撃を止める者は現れるのか!?
まぁタイトルからしてネタバレですけど。
一紗達が正攻法で勝ち続けることで【興資】の賭場は臨時休業に追い込まれていった。中にはあまりにも一紗たちが勝ちすぎるので出禁を宣言する店もあったほどだ。
これで【興資】の民間人から経済力を吸い上げている賭場を追いこみ、多額の軍資金まで手に入れることになった。
だがそれだけ大勝ちしてしまうと反感を買うのが世の常である。
賭博の経営者達のネットワークにおいて一紗と龍宝の情報が共有されていた。
「あの賭博荒らし夫婦のせいでこのままじゃ商売あがったりだ……」
「外国人が俺達のシマで好き勝手しやがって」
実際に被害に遭った経営者たちは不満を口にし、具体的な対策について話し合った。賭博の難易度を上げればどうか、もっとイカサマを仕掛けてはどうか等打開策が検討される。
だがそのどれも効果は薄いものだった。イカサマは看破され、多少難易度を上げてもクリア可能な賭博は大勝ちされてしまうのである。経営者たちは頭を抱えた。
「俺に考えがある。奴らの好きにはさせねぇ……」
口火を切ったのは【興資】の賭博を仕切る男である
彼が用意したのは『宝引き』という賭博だった。
まず複数の紐を用意して一本だけ印をつけた状態で先端を隠す。挑戦者は金を払って一本の紐を選び、見事に印付きのものを引き当てれば景品が貰えるというものである。
単純な運試しの要素が強いギャンブルだった。
「あの夫婦引っかかりますかね? イカサマは見抜かれますぜ?」
「挑戦してこなきゃ勝負もできねぇし」
「大丈夫だ。これ見よがしなイカサマはしねぇ。アイツらを釣る餌も用意した。だが……この賭博は必ず俺が勝つようにできてるからな」
彼は専用の屋台を馬に退かせて賭博を荒らし回る外国人の夫婦を探った。
美男美女のカップルという情報から手下の一人が一紗たちを見つけるのに時間がかからなかった。二人はまたしても賭博経営者を泣かせていたのである。
「ちくしょー! 何で俺達が敗けるんだ!!」
「こちとらガキの頃から裏社会で生きてたんだよ。この手の賭博は得意な方でな」
一紗は片手で戦利品の金貨を弄びながら高らかに宣言する。
龍宝は地図にある賭場にバツ印をつけて満足そうに頷いていた。
「正攻法で勝ったのは十三件目か。イカサマを指摘し廃業に追い込んだ店を含めれば相当数の賭場を潰せただろう」
見物客を装って二人の様子を伺っていた育壌も拍手で称えていた。
「二人共凄いゾ。このまま【興資】の賭場はなくなるかもな」
「いえ、そう簡単にはいかないかと思います。ここまで勝ちすぎると大本が出張ってくるはずなので……」
安酎の懸念通り、一紗が店を出たところで子分を従えた大男に鉢合わせた。
見るからに人相の悪い彼がこの町の賭場を仕切る親分なのだろう。
「随分、気前が良いようだな。新婚夫婦が盛り上がるのは寝屋だけにしてほしいぜ」
復讐を警戒した龍宝は布にくるんでいた偃月刀を抜刀し、一紗を後に下げる。
「おいおい物騒だな。俺達はお礼参りをしに来た訳じゃねぇ。アンタらの運の良さに挑戦しようと新しい賭博勝負を持ちかけに来ただけだ」
「フン、賭場の主の挑戦などイカサマありきだろう。我らは挑戦せんぞ」
「そう言うなよ。俺が持ってきた賭博は『宝引き』だ。それも普通の奴じゃねぇ。全部当たりの『宝引き』さ」
彼は自慢げに披露したのは縁日の屋台のような作りの荷車である。荷台には大きな木の箱が構築されており、箱から二十本の紐が無造作に伸びている。
大男はその内の五本を適当に選んで片手で強引に引っ張った。
するとその先端にはそれぞれ『ダイヤモンド』『金国武器の設計図』『土国の陶器』『金貨箱』『氣巧術の秘術書』が括りつけてあったのだ。どれも売ればかなり高価な品物である。
「景品そのものが付いてるわけか。確かにそれならイカサマのしようがねーな。だが全部当たりならどうやって勝敗を決めるんだ?」
ニヤリと笑った男は高級品の相場表を見せつけてきた。
どれも非常に高額であるがどれ一つとして同額のものは存在しない。完全に価格は分かれていたのである。つまり彼の用意した『宝引き』は獲得した景品の相場で勝負するというものだったのである。
「勝負は一回きり。選ぶまで軽く紐を引っ張って重さを確かめるのはアリだ。但し軽くても高価なものもあるし、重くても安い品はある」
先程の五品で比較すれば一番軽そうな『金国武器の設計図』が最も高額だろう。しかし『金貨箱』のような重量通りの宝もある。紐を選ぶ前にそれぞれの重さを確かめられるといっても非常に選択が難しい賭博だった。
「ココは止めておいた方がよいのではないか?」
「そうだな。面白そうだが敢えて俺達が乗る必要もねーだろ」
消極的なターゲットの態度に子分達はおろおろし始める。
二人が乗ってこないので焦れた男はとある契約書を提示した。
その内容は『【興資】の賭場運営権及び所有財産を全て譲る』というものである。
一紗と龍宝は絶句して顔を見合わせた。あの誓約書を勝ち取れば【興資】から賭場を排除するという目的が達成されるのだ。
「アンタらは今日俺達のシマで稼いだ分だけ賭けてくれりゃいい」
「それお前達の賭け分のが大きいだろう? いいのか?」
「俺達の方がアンタらにお伺い立ててる訳だからな。こんくらいやんないと乗ってくれねーだろ? その代わり挑戦者は姉ちゃんの方を指定させてもらうぜ。女子の方が花があるしな」
悩んだ末に一紗は挑戦を受けることにした。
仮に敗けたとしても全財産失う訳ではなく、勝てたら賭場を撲滅できるのだ。移民に乗っ取られた町の大部分を奪回することができる。乗らない手はなかった。
挑戦者の一紗と大男は耳栓と目隠しをして準備が整うのを待つ。
氣巧術は結界で封じられていたため、不正する余地はなさそうだった。
「先行は譲るぜ、姉ちゃん。好きなの引きな。ゆっくり選ぶんだな」
目隠しと耳栓をとった一紗はすべての紐を軽く引いて重さを確かめていく。紐そのものに細工があるわけではなさそうだ。
二十本の内、やや重い紐が全体の半数くらいだ。残る半数は軽いものが五本と明らかに重いものが四本、そして非常に重くまともに引っ張れないものが一本あるだけだ。
(まず、やや重い十本は除外だな。何らかの不正があったとしてこんな紛らわしい所に高価なモンは置かねーだろう。後は重い方を引くか軽い方を引くかだ)
重いものを狙うなら『金貨箱』だろう。逆に軽いものを狙うならば『金国武器の設計図』が理想的である。
(一番重い紐は想定される『金貨箱』の重さより重かった。――とすればガラクタをくくりつけただけの外れか? だったら残る四本の重い紐を狙うか? 設計図狙いで五分の一の軽い紐を引くよりは確率は高いが……。けど後でアイツが設計図をゲットしちまったら俺の敗けだ)
(ククク、悩め悩め。貴様は最も高価な品を絶対に引けない。なぜならば景品を見た瞬間から俺の策に嵌っているのだからなぁ!)
腕を組む男はその巨体で悩む一紗にプレッシャーを掛けた。焦りは判断を鈍らせるためだ。
頭を抱える一紗の背中に声を掛けたのは龍宝だった。
「落ちつけ一紗! 賭博経験のあるお前なら似たような局面があったはずだ」
経験則から判断するのは軍団指揮において重視される手法である。指揮官としての視点から一紗に助言を贈ったのだ。そして彼の言葉は一紗に賭博を教えたある男の言葉を想起させた。
『いいか、イーシャ? 賭博の極意ってのは相手の心を揺さぶることにある。勝負する相手の言動には注意しとけ。お前に選んでるように見せて選択を誘導してるときもあるからな』
遠い昔、暇つぶしに賭け方を教えてくれた師父・牙王の台詞である。
(そうだ。考えてみればおかしい。何でアイツはわざわざ景品の一部を俺に見せつけたんだ? 真に公平なら二十個全ての景品を開示するはずだ。敢えて俺に一部だけ見せた理由は何だ?)
大男が無造作に引いたように見えた五つの景品も全て一紗に見せることが初めから決まっていたとしたらどうだろうか。そこに隠された意図があるのではないだろうか。
(そもそも何でアイツは俺を対戦者に指定したんだ? 別に龍宝でも良かったはず……)
一紗と龍宝の差異とは何か。龍宝が指定されなかった理由とは何か。
素性を隠している龍宝のことを相手が知っている可能性は低い。つまり見た目から龍宝が排斥され一紗が選ばれたのだろう。確かに美女が賭博をしていれば絵になるが、それは美男子でも同じはずである。
(……そうか! 分かったぞ、俺の取るべき選択が! 危うく誘導されるところだったぜ)
改めて相場表を確認した一紗はその記載内容のおかしさに気づいた。
多くの品は【慧国】の地域通貨単位で記載されているが、一部の景品の通貨単位だけ【紅華帝国】の通貨単位を用いていたのだ。『慧国金貨五枚』と『帝国金貨五枚』とでは全く通貨の単位が違う。パッと見では見逃してしまう描き方になっていたのだ。
そして通貨単位を全て『帝国金貨』換算に直してみると一番高い品は『金国武器設計図』ではなく『外国由来の武器と粗品』ということになる。
武器そのものに粗品がくっついていればそれなりの重量にはなるだろう。
一紗は『一番重い紐』を力いっぱい引いた。
「馬鹿な! 選べるはずがない! そもそも女には持ちあげられない重量のはず!」
一紗が選ばれた理由は「華奢な女に見えたから」だった。
紐に括りつけられていたのは大きなケースである。
それを開いた一紗は目を丸くした。中には狙撃銃などの重火器、そして無数の銃弾が敷き詰められていたからである。
「外国由来の武器か。そりゃ設計図単品より現品つきのが価値あるわな。【金国】産の武器なら大枚叩く富豪も多いだろうぜ」
「やったな、一紗」
「ああ! お前のおかげで師父の言葉を思い出せたよ。ありがとな!」
仏頂面が多い一紗が無邪気に笑う姿は普段とのギャップもあり、非常に輝いて見えた。その破壊力抜群の笑顔を向けられた龍宝は胸がドキッと締め付けられてしまう。
(あれ? コイツ、こんなに可愛かったっけ)
一紗の容姿を評価していたのはあくまで客観的な要素からだった。
真に可愛い、抱きしめたいという衝動に駆られたのは初めてのことだった。龍宝は近くの壁に頭をぶつけて気の迷いだと自分に言い聞かせる。
「あ~! 俺には姫様という主君がいるのだ~!」
近くで成り行きを見守っていた安酎は彼の奇行に首を傾げた。
「龍宝殿はどうなされたのですか?」
「イーシャの笑顔に惚れたんじゃないかナ?」
「断じて違う!!」
聞き捨てならない龍宝は慌てて強く否定した。
何にしてもこれで【興資】の賭場利権全てを勝ち取ったことになる。
相場表を見ても一紗が引いた『外国由来の武器と粗品』を上回る景品は存在しない。後攻の男が紐を引くまでもなく勝敗は決した。野球で言えばコールドゲームである。
「俺達の勝ちだな。さぁ契約書を渡しな」
プルプルと震える大男はギロリと一紗を睨み付けた。そしてあろうことか契約書を火属氣巧で燃やしてしまったのだ。
「あっ! テメェ、汚ねーぞ!!」
「うるさいうるさいうるさい!! 俺達が敗けることなどあってはならぬのだ!!」
大男は屋台から伸びる紐を引っ張り狼牙棒を取り出した。
勢いをそのままに頭を狙って振り下ろしてくる。
「チッ、結局暴力かよ。乱世らしいっちゃらしいが」
戦い慣れた一紗は相手の動きを見切るのは容易かった。いつものように巧みな足運びで躱してカウンターを決めればそれで終わるはずだった。
だが足を踏みこんだ時、長いスカートの裾を踏んでバランスを崩してしまう。戦闘用のチャイナドレスと同じ要領で動いてしまったために体捌きを誤ったのだ。
(しまった! 避けきれねー!)
負傷を覚悟したが狼牙棒の殴打は一紗には当たらなかった。間一髪のところで誰かに腕を掴まれて強引に引き戻されたからだ。
「そのナリでは動きにくいだろう。俺に任せろ」
「龍宝……」
彼は一紗を横抱きしたまま追撃を躱しきり、相手が疲弊したところで一紗を降して守るように前に出た。
「約束を違えたばかりでなく女子にいきなり手を上げるとは男の風上にも置けぬ奴だ。恥を知れ!!」
大男は尚も狼牙棒を振り回すが紅龍偃月刀を手にした龍宝の相手にはならなかった。
ただ腕力にモノを言わせて振るう男と達人である龍宝では長物の扱いに差が出るのは明白である。狼牙棒を振り抜いた瞬間にその柄を叩いて撥ね飛ばし、刃の峰で脇下を打つ。
そして激痛に膝を折る男の首筋に偃月刀をつきつけた。
(か、カッコイイ……)
守られることに慣れていない一紗は自分を庇って相手を制圧してくれた龍宝に漢気を感じた。美鳳相手にタジタジの彼とは思えないギャップ、武器を手にした龍宝は男前なのである。一紗は自分の心臓がキュンっと縮んだのを自覚した。
「キュン、じゃねーよ! 俺の心臓が誤作動を起こした! これは不整脈だ!」
壁に頭を叩きつける一紗に安酎は首を傾げた。
「一紗殿はどうされたのですかな?」
「多分、ロンバオに惚れたんだと思うゾ」
「断じて違う!!」
聞き捨てならない一紗は慌てて強く否定した。
賭け事には勝った。武力に訴えかけてきた相手を返り討ちにもした。これで賭博師たちはどうすることもできないはずだ。いつもの敵ならば泣いて命乞いをするか、怖気づいて逃げだすことだろう。しかし今回は違ったのだ。
賭博師たちは一様に町民たちに向かって騒ぎ出したのである。
「見たか! 皆の衆! コヤツは暴力を振るいおった!」
「そーだ! 俺達は仲良く賭博勝負していただけなのに!!」
「野蛮な奴だ! 野蛮な奴だ!」
賭博を持ちかけてきたのも敗けた腹いせに暴力を振るってきたのも向こうが先なのだが、なんと自分達こそが暴力を振るわれた被害者だと大声で喚きだしたのである。
「いや、何言ってる? お前達が仕掛けてきたんだろう! 我々は正当防衛だ!」
道理が通らない主張を繰り返す賭博師たちに龍宝は辟易したが、彼らは自らの主張を仲間達と共に大声で繰り返した。
その騒ぎに何事かと集まってきた【興資】の住民に対して彼らは大袈裟に嘘泣きを披露しながら「暴力を振るわれた」と訴えかけてきた。
呆気にとられて口をパクパクさせている間に大勢の子分達が龍宝を指さして「野蛮だ!」と疑惑をでっち上げるのだ。
「暴力を振るわれた? あの兄ちゃんたちにかい? 見たところ清廉そうだが……」
「見た目に騙されちゃいけねーよ! アイツらとんでもねー!」
「俺達に賭博で敗けたからって腹立ち紛れに斬りつけてきたんだ!」
「オイ! 俺達は敗けてねーぞ! そもそもお前らが―――」
弁明する一紗の言葉を遮るように賭博師たちが大声を張り上げる。
「アイツら嘘つきの暴力団なんだ!」
「う~ん、火のない所に煙は立たぬともいうしなぁ……」
現場を見ていなかった第三者は大多数の人間から被害報告を受けたことにより段々と彼らの言い分が正しいと錯覚してしまうのである。
初めから成行きを見ていた少数の《俐族》もいたが大多数の声に反論することを躊躇ったようだ。何かを反論しようとしても大声にかき消されてしまう。
賭博師たちはどんどんと虚言を広げていき、自分達にこそ正義アリ、と武器を携えて一紗達に向かってきたのである。
一連の流れに危機感を抱いた安酎が猛抗議する一紗達の腕を引く。
「こうなればどちらが正しいかどうかは関係ありませぬ。一旦退きましょう!」
「チッ!!」
形勢不利と見た一紗は安酎の誘導に従って現場から離れるしかなかった。
超人的な正攻法と大衆の前でイカサマを指摘することで
多数の賭場を潰してきた一紗たち。
そんな二人はすぐに賭場元締めに目をつけられることになってしまいました。
彼らも露骨なイカサマは看破されると思っているので
ばれない程度の姑息な手段で正解を引かせないようにしてました。
それさえ破られたことで彼らはついに暴力的な手段に出ます。
虚言と多数決で周囲の流れを誘導されるのは一紗達も想定外でした。
次話は彼らに追われる身となった主人公達がどうするかというお話です。
ちなみに作者も本話の一紗達と似たような経験があります。
ここまで露骨に悪者扱いされたわけではありませんが。
堂々と嘘をつかれると自分の方が間違ってるのでは? と錯覚してしまいます。
皆さまも嘘つきにはご用心ください。




