主のために
美鳳奪還作戦の始まりです。
美鳳の貴従兵は優秀だった。美鳳が宮中地下牢に囚われている事実をすぐに察知した。龍宝は部下に侵入経路がないか確認させる。
「残念ながら、城内からしか侵入できません」
「報告! 城壁には潜入に際し、警報が鳴る術が施されております」
場所を突き止められた以降朗報が聞けない龍宝は露骨にイライラし始める。
「ええい! もういい! 俺が直接特攻して美鳳様を救出する!」
考えなしに特攻しようとする龍宝を五人がかりで押さえつける。残りの貴従兵達は猪武者になっている大将を眺めて深い溜息をついた。
「龍宝様は武勇も知略もあるが、美鳳様に危険が及ぶと思考回路が六歳児になるんだよな」
「ああ。良い方ではあるんだけどなぁ……」
一方で一紗は屋根上で寝転んでいた。
思い出すのは「貴様のせいで美鳳様が攫われてしまったではないか!」という龍宝の叱咤の言葉だ。
「ちっ……んなこたぁ分かってんだよ」
流石に今回は自分のせいだということは自覚していた。いくらセクハラを止めさせるためとは言え、他にやりようがあったはずだ。しかし感情に任せて悪手を打ってしまった。惡姫と呼ばれ畏怖されていた今まではそれで問題はなかった。歯向かう敵は皆殺しにして戦利品を獲得する。そうやって生きてきたのだ。仮に残党がいて復讐に来ても自分の力で返り討ちにすればよかった。
――だが、仲間を連れている今は自分の行動で仲間が危機に瀕してしまうことだってある。それを身を持って体験したのだ。
「やっぱり俺は集団行動には向かないな。美鳳を助けたら傍盾人の任は辞職しよう。俺じゃあ務まらない」
一紗はまず敵情視察を向かった。目指すのは市役城である。
「守りが薄いな。今なら」
しかし侵入しようとした時、近くの木が揺れて人工的な音を奏で始めた。驚いた一紗は場所を変えて潜入しようとする。しかしまた同じように音が鳴る。
どうやら侵入を感知して木々が揺れて奇妙な音を発する仕組みらしい。城を囲う木が揺れて一紗の存在を城内に知らせるようだ。
「ご丁寧にセンサーアラーム付きとはな。これも蕾華って奴の氣巧術か?」
しばらく分析していると、木々の発する奇妙な音を聞きつけた宮兵が駆け付けてくる。周囲を警戒しているようだ。
「確かに、榧様の仕掛けた術に反応があったのだが……」
「鼠でも忍び込んだか?」
彼らに見つかる前に一紗は岩陰に身を潜める。
(こいつらを皆殺しにするのは簡単だが……)
一紗の心に浮かぶのは美鳳の「殺してはいけません」という言葉である。
「ダメなんだったな……」
宮兵皆殺しは思いとどまった。美鳳の忠告を無視して今まで手ひどい目にあってきた。彼女の助言は的確なのだ。なればこそ、彼女不在の今こそその教えを順守するべきだろう。それに当の美鳳が役所内に捕縛されているのだから人質に取られているも同義だった。下手に動けば彼女の身も危ないだろう。
「戦略的撤退だな。策を練り直そう」
一紗は踵を返した。
安全地帯まで退避し頭を捻る。
「どうにか役人を皆殺しにせずに美鳳を奪還する方法はないものか……」
自然とそう呟いたことを自覚して驚いた。そして気づいたのだ。思い返せば、美鳳と出会ってから日本で過ごしたときと似た日々を送れていた。一緒に月を眺めたり、服を選んだり、舞踊を披露したり、茶屋で一服して仲間とケンカする。これは夢にまで見た平和な日常そのものだった。
「そうか。アイツは俺に思いださせてくれたんだ。平穏な日常の楽しさを……」
修羅が蠢く乱世に生きて忘れてしまった日々を楽しむという感情を美鳳は自然と思い起こしてくれたのだ。一紗を調略するときに「楽しさを思い出させる」等とは口にしなかったが、それでも一紗のことを考えて行動していたのだろう。どこからが知略でどこからが想いやりなのかは測りかねるが、美鳳が一紗のことを考えていたのは間違いなかった。
「謝罪の他に礼も言わねーとな。だがまずは……」
一紗は町はずれのあばら屋にやってきた。美鳳救出の前にどうしてもやっておくべきことがあったからである。あばら屋の中では龍宝が部下達と美鳳救出作戦を練っていた。
美鳳救出にあたり、犬猿の仲の龍宝の協力を仰ぐことは必要不可欠と考えたのだ。
「龍宝様、客人です」
貴従兵に連れられてきた一紗を一瞥した龍宝は露骨に嫌な顔をした。
「何のようだ? 俺は今忙しい。お前の顔など見たくはないのだが……」
明らかな拒絶だった。嫌いな相手を前にしていればそんな態度になるのは仕方ない。まして自分の主君が攫われて苛ついているのだ。だが一紗はどんなに冷たい態度を取られても退き返さなかった。
「……俺の失敗で美鳳が捕まったんだ。汚名は実績を持って返上する」
「ふん、美鳳様の忠告を無視し続けた貴様の言葉など信用できん」
一紗は素直に龍宝に頭を下げた。
「アイツを助けたらもう傍盾人を辞める。だから頼む。協力してくれ」
これまでと違う殊勝な態度に武人として思うことがあったのか、龍宝は徐々に怒りを収めていった。
「何があったかしらんが……自分を省みたようだな。いいだろう。目的が同じなら共同戦線だ。俺も貴様の〝武〟だけは評価している」
龍宝は作戦会議に一紗を受け入れた。
作戦会議の最中、気になったことを尋ねてみることにした。
「なぁ一つ聞いてもいいか? ……お前はなぜ美鳳にそこまで忠義を貫く?」
「美鳳様には世話になった。故に生涯をかけてそのご恩に報いるつもりだ」
龍宝は自身の境遇を話し始める。
彼ら家族は乱世で住む場所も仕事も失った難民だった。この時代ではとりわけ珍しいことではない。
しかしこの紅華帝国に福祉制度や人権的措置など皆無である。行き場を失った人間は盗賊に身を落とすか、自分達で新たない場所を探さなければならない。しかし、どこにいっても流れ者に対しての風当たりは悪かった。故にそういった難民達は、辿り着いた村で住む場所をもらう代わりに自身が持っている財産を差し出すか、娘を地主に差し出すかして住処を確保することとなる。だが財産も娘も持たない雷一家はどの村にいっても門前払いされてしまった。
「俺が山賊になって父上母上の食料を取ってくる!」
飢えて動けなくなった両親を見た幼き龍宝はついに黒い決意を固める。
その時だった。雅な衣装を纏った愛らしい容姿の少女が龍宝の前に現れたのだ。従者を連れた彼女こそ幼き日の美鳳だった。
「どんなに貧しくても誇りを失ってはいけませんよ」
自分よりやや幼い少女に制止されてそう告げられたのだ。それこそが幼き美鳳だった。
「お前に何が分かる!」
「人は不幸のどん底にいる時と幸せの絶頂にいるとき、周りが見えなくなるものです」
「誇りで飯が食えるか! 俺の父上と母上を助けるためには……」
美鳳は彼の背後で倒れ伏している男女を見た。
「そうですか。ご両親のために……。心意気は立派ですが他に手はありますよ。……翔将軍、彼の家族を介抱して下さい」
「御意」
紅龍偃月刀を持った老将軍が部下達に命じて龍宝の両親を介抱し始める。驚いて言葉もない龍宝に美鳳が手を差し伸べた。
「私と共に来てください。あなたも温かいご飯を食べれば誇りを思い出しますよ」
それは見たことのない眩しい笑顔だった。
こうして雷一家は美鳳の後ろ盾を得て生活することとなる。龍宝はその恩義に報いるため、当時の貴従兵大将の翔・白龍に師事し武術を学んだのだ。
「へー……。そんな過去があるから美鳳の生き方に忠誠を尽くしてるのか」
「ああ。美鳳様には恩義があるが、難民として死地を彷徨った俺は、この国を統一して変えようとするそのお考えに心から共感しているのだ」
一紗はようやく堅物の彼が美鳳を崇拝する意味を理解した。
「アイツは昔から変わらないんだな」
「ああ、同じ生き方を続けておられる。実の兄に国を奪われようともな。だからこそあのお方の夢を支え、実現させて差し上げたい。美鳳様はこんなところで終わっていい人間ではない。この国に必要なお人なのだ」
「だったら早く救いだしてやらなきゃな。国を救おうとしてるアイツに比べれば、一人だけ助ければいい俺達の仕事は簡単だ」
一紗は右手を差し出した。龍宝は普通の握手ではなく、一紗の手をパンと叩くと軽く握った。友好を示す握手ではなく、目的のために協力する者同士のジェスチャーである。
「なぁこういうときにこそ《顔無》が役に立つんじゃないか?」
「それはそうなのだが、《顔無》は美鳳様の命しか受けない。それに……危機を知らせようにも美鳳様しか彼女達の居場所を把握していないのだ」
「どの道、俺達だけで助けるしかないってことか」
一紗と龍宝は作戦会議を始めた。貴従兵が調べた護衛の配置、一紗が調べた護衛の配置、センサーが鳴ってから駆け付けてくるまでのインターバルまで考えて守護役人の行動パターンを割り出した。奴隷として何度も牢に入ったことがある一紗は、経験則から牢の正確な位置や大体の見張りの数、脱出ルートを推察し、貴従兵として同じ作りの城を守った経験から、内部の兵の配置等を推察し作戦を立案した。
「……何とかいけそうだな」
「いや、目下心配事がある。榧・蕾華だ」
「《杜族》の少女か。あの戦闘力は厄介だな」
龍宝は戦った時のことを思起す。今までは彼女に殺気がなくほとんど足止めと防衛に徹していたが、それでも群を抜く強さだった。
「他の雑兵は問題ないが、アイツが出て来たら美鳳救出の難易度が跳ね上がるが……奴は予想した防衛陣形のどこかに必ずいる。雇用主の住処だからな」
「策はあるのか?」
「俺達の進路に現れないことを祈るしかねーが、もし遭遇した場合、俺に考えがある」
《杜族》の少女蕾華は、美鳳が言った通り木属氣巧術に長けていたが、王族であることを示す金髪ではなかった。《杜族》の中で最強ではないのならまだ付け入る隙がある。それに護衛対象がいない今は集中して彼女と戦うことができる。一紗はもう一度彼女との闘いを追憶する。
(あの虚ろな目……気になるしな)
どの道、策が思いつかなかった龍宝は一紗の言を信じるしかなかった。
「……わかった。《杜族》の少女はお前に任せる。美鳳様が拘束されて随分経ってしまった。あまり時間もない。早速動くぞ」
「ああ」
現場に向かう龍宝は一紗の方には目を向けずに言った。
「……お前は傍盾人を辞職するといったが、途中で投げ出すことこそ無責任だ。最後まで全うしろ。……あの方には敵が多いからな」
彼なりの不器用な優しさだった。少し頬を綻ばせた一紗は自嘲気味に答える。
「……そうだな。美鳳から退任を命じられるまでは続けることにするよ」
内乱が起これば難民が増える → 一部が盗賊になる → 治安が悪くなる → 内乱が(以下略)。
龍宝にとっては美鳳は「食・誇・師」を与えた救世主でした。
故にどんな苦境に立っても彼女を裏切ることはないでしょう。




