エピローグ
土国編しめのお話です。
【土国】に往訪して利を得たのは【愁国】の人間ばかりではなかった。
戦に敗れ雲隠れしていた紅・侃蹂達もまた大きな利益を得ていたのである。
彼の拠点には戦火の混乱に乗じて盗み出した願石や宝石、陶器に種子などが拠点に溢れている。多くの部下達を失ったにも拘らず侃蹂は愉快そうに笑っていた。
「ワハハハ! まぁた敗けちまったなぁ!!」
彼の傍には写仁、葬悲、百蔵の三名が侍っていた。彼らもまた神官達の追跡を転移符で逃れていたのである。
「ごめんね。侃蹂」
「気にスンナ、写仁。俺も神官を皆殺しにできるとは考えてなかった。敗け戦の反省会はまた今度だ。それよりお前ら上手くやったか?」
「はい。土国に生息する強い妖魔を数十体捕獲しました」
「私は土属氣巧・秘術の知識を盗んだわ。《壘族》の血を引く貴方なら上手く使いこなせるはずよ」
「ニヒヒヒ、大半やられちまったが、いくつかの《壘族》の死体を持ち帰ったぜ。兵力は前より上がったはずだ」
侃蹂一派が起こした戦争目的は【土国】から資源を確保することにあった。領地を持たない彼らは天下を取るための足掛かりとして資金と武力を欲したのである。
願石に宝石を大量に得たことで戦争目的は達していたといえる。
「よぉし! 写仁の知識を持って願石を加工する! 宝石は折を見て売り払って軍資金にする! 次の戦争に備えるぞ!」
侃蹂が拠点に温存する兵士達に命じていると、入り口から息を切らせた男が入ってきた。
所々血に塗れた彼は神官達との戦争に参加していた指揮官の一人だった。
「なんだ、お前。 生き残ってたのか?」
「ふざけるな! 侃蹂! 俺は神官達があんな化けモノ揃いとは聞いてねーぞ!」
「あぁ? 自分の無知を人のせいにすんなよ」
「俺がいいたいのはそういうことじゃない! あそこまで力の差が明確なら、闘えば敗けることは分かっていたはずだ! これじゃ俺達は捨て駒じゃないか!」
男は青筋を浮かべて猛抗議している。無謀な戦いに参加させて部下達を見殺し、自分達だけは転移符で逃げだしたこと怒りを隠せなかったのだ。
「お前……俺が何も知らねーと思っていたのか?」
ため息交じりに侃蹂が取り出したのは密書だった。所々神官達に抹殺された指揮官達の名前が書かれている。その内容は侃蹂への謀反を示唆するものだった。
「今回の戦争目的は二つある。一つは資源の確保。……そしてもう一つは謀反を画策する連中の一掃だ」
侃蹂は配下の裏切りに感づいていた。一応は自分が集めた屈強な戦士たちであるため粛清に動けば多少の犠牲が出てしまうことは分かっていた。しかし放逐すれば、敵対勢力と合流されかねない。そこで彼は効率よく謀反人の処分を敢行しようと考えたのだ。
《躯族》と《巫族》による第一次侵攻はカモフラージュだった。全ては第二次侵攻に選抜した裏切者共のやる気を煽り、敵国の兵力をもって楽に始末するためだったのである。
「折角、神官共が皆殺しにしてくれたと思ってたのによ。何で生き残ってんだテメェ?」
「ま、待ってくれ侃蹂。謀反は俺が言い出したことじゃないんだ。俺はただ乗っただけで! 俺だって悩んでたんだ! 今後はアンタに忠誠を誓う! だから!」
「うーん、どーしたもんかね~」
「ニヒヒヒ、殺しちゃいなよ侃蹂。ソイツの力がいるなら〝人形〟としてボクが操ってあげるからさぁ」
「それもそうか! よしじゃあなるべく死体を傷つけないように窒息死に決定だな!」
「そんな待ッ――」
地面が流砂へと変わり、男の身体をどんどん飲みこんでいく。
満身創痍だった彼は抗うこともできずゆっくりと土の中に溺れていった。
「侃蹂様、これからどうするおつもりですか?」
「皇位継承戦が始まった当初はカッ飛ばし過ぎて敵作っちまったからな。しばらく静観して時代の流れを見極める。そして来るべき時まで牙を砥ぐ!」
*****************************************
一方で長い旅路を終えた美鳳達は大量の成果物を【聚款】に卸していた。
出迎える市政官の胡・洋はお宝の山に目を輝かせる。
「これ! どこでかっぱらってきたんですか!?」
「盗品じゃねぇよ! 神官達から貰ったんだ!」
「あ、すみません。宝の山を見ると、つい……」
「満喰の下で働いていた弊害かしら……」
「ンなコトよりさっさと搬入終わらせちまおうぜ」
旧寥国領土では未だに手癖の悪い者も宝の山を外に置いておくことを危惧したのだろう。鎧兜は市政官達に命じて倉庫への運搬を指示し始めた。
「美鳳様、お帰りを待ちしておりました」
「ありがとうございます、龍宝。貴方が留守を守ってくれているから私は安心して国を離れることができるのです」
膝をついて帰りを待っていた龍宝に美鳳は最初に挨拶していた。
強大な敵に睨まれたときも権威を失い都落ちしたときもずっと助けてくれていた。全幅の信頼を寄せる忠臣である。
また、龍宝にとって美鳳は忠義を尽くすに足る主君であった。故に今回の外遊でもしっかり成果をもって無事に帰って来てくれると信じていたのである。
彼の部下達も主君の帰りを歓迎しているようである。
その騒ぎを聴きつけ聚款城から長髪を括った青年が出てきた。
白龍を傍らに乗せる彼は同盟国【宍国】に盟主にして美鳳の兄・赦鶯だ。どうやら偶々政治的な話し合いのために【愁国】に来ていたようだ。彼の傍盾人である它・凛透も一緒だった。
「やぁ会いたかったよ、一紗」
熱烈な抱擁を交わそうとする赦鶯を蕾華がブロックする。
そんな挨拶代わりのやり取りをいつもの一紗なら微笑ましく思うが、今日は違った。
「おい、赦鶯! 敵の中に《巫族》がいやがったぞ! どうなってる!?」
「ん? 何の話だい?」
一紗は【土国】で起こった戦争について簡潔に説明した。
皇子・侃蹂が仕掛けてきたこと。その配下に《巫族》がいたこと。
神妙な顔で話を聞き終えた赦鶯は自分に悪意が無いことをアピールする。
「《巫族》も一枚岩じゃないのは知ってるだろう? 僕は【宍国】で思想統制しているわけじゃないからね」
「兄上、侃蹂に味方した同胞に心当たりはありますか?」
「おそらく範・百蔵の派閥だろう。五大国に原生する妖魔を掌握して五大民族に宣戦布告するという荒唐無稽の話を大真面目に訴えてきた男さ。勿論断ったけどね」
「【宍国】としては五大国と事を構えるつもりは在りませんでしたので。我々政府側に断られた百蔵は当時我々に反目していた《天睛臥龍》にも売り込んだみたいだが六頭領も全会一致で却下したようです」
「皇族主流派からも排斥派からも重用されなかったから外国の侃蹂に売り込んだのか。まさか五大国に仕掛ける策を重用するとはな」
一紗達は侃蹂が何のために戦争を仕掛けたのか知る由もない。ただ神官達からも逃げおおせた幹部クラスは要警戒対象であるという認識だった。
「しかし【土国】と友好条約を結ぶとは驚きだね」
「【愁国】と同盟関係にある我が国もあやかりたいものですね」
和やかに話をする【宍国】の二人や愁国の居残り組は城の外を駆けまわる褐色肌の少女に眼をやった。【土国】での話もしていたため育壌を連れ帰ったことも話してはいた。例え話していなくとも特徴的な肌色と民族衣装を見れば彼女が《壘族》であることは一目瞭然だっただろう。
美鳳に紹介を受けていた龍宝も新顔を遠目に確認する。
「アレが《壘族》の少女ですか? あんな町の外で何をしているのです?」
「育壌曰く土が悲しんでいる、と。彼女は大地に氣を与えているんですよ」
「まぁ我らが領土は土地が痩せてますからね。《壘族》なら黙ってられないでしょう」
旧寥国領は作物が育ちにくく水分も少ない。領土に入った育壌は早速氣の注入を始めていたがあまりに広大な領土が枯れていたために途中で断念し、特に酷い箇所に絞って作業を始めたのである。農民の子らしい行動だった。
「おーい! 育壌! 程々にしとけよ! 一日で網羅なんてできやしねーんだから!」
「分かってるゾ! この辺に氣を注入したら今日は休むヨ!」
再び作業に戻ろうとする彼女の傍らに一匹の妖魔が現れた。
地中に潜んでいたものが育壌の氣を浴びて出てきたようだ。
眼鏡越しに眼を顰める胡・洋は妖魔の正体を看破した。
「土蟲の幼体ですね。こんな町の近くに出るとは珍しい。普通の子供なら助けに行くところですが、五大民族なら問題ない相手でしょう」
「「「だ、大問題だ(です)(よ)!!!」」」
土蟲はワーム型妖魔であり、育壌の破壊衝動を刺激する存在である。
案の定育壌の目はつり上がり莫大な邪神の氣を放出しはじめる。
「蠕、コロス……グチャグチャにしてやる……!!」
「金剛のオッサンめ、何が症状を抑え込んだ、だよ!」
「再会したら文句言ってやるわ!」
邪神の汚染物質を町付近で垂れ流されれば重大な被害が生じてしまう。
暴れ出そうとする育壌を一紗達は慌てて止めに向かったのだった。
第四章は五大民族の力と彼らとの関係を描くお話でした。
【愁国】の国力は着実に上がってきていますが
育壌の内なる邪神問題
紅・侃蹂の行方
紅・霰玲南下の脅威等々問題は山積みです。
霰玲への抵抗、そして天下統一のために仲間集めを続けていくことになります。
本章の投稿で気が付いたらブックマークが300を超えました。
大変嬉しいです。もし本作をPRしてくれた方がいらっしゃったらお礼申し上げます。
評価してくださった方もありがとうございます。
今後もよろしくお楽しみください。
次章の投稿は今しばらくお待ちください。
個人的に三ヶ月は空けたくないので……なるはやで執筆頑張ります。
少々次回予告をしますと
第五章では洋、龍宝、一紗の血筋について描こうと考えております。




