喧嘩別れ
早くもチーム瓦解の危機!? って言うお話です。
前方から役人らしき男が取り巻きを連れて歩いてきた。町人は媚び諂うか、室内に閉じこもってしまっている。町の政治が腐敗しているのに、悠々自適に闊歩するというのは良いご身分である。しかしこれは好機だった。
「いいですか? 私達は旅役者としてこの町にやってきた体であの方から情報を引き出します。下手な芝居を打つ必要はありませんが、くれぐれも目立たないように話を合わせてください」
美鳳の小声の指示に二人は頷いた。一紗も人目を引く容姿なので、美鳳が編み笠を手渡して目立たないようにして役人との接触に備えた。
「おやぁ? 麗しい女子がおるではないか? こんなに美人なら気づくはずじゃ。主ら、他所者か?」
「はい。旅の芸者でして」
編み笠を深くかぶった一紗が剣玉の神業を高速で披露する。隣の龍宝が舞いにも似た演武を即興で見せた。
「ふむ、中々の技じゃのお……」
「お気に召しましたか? 実は私どもはこの乱世に人々を元気づけるために町々を回って芸を披露しているのです。見ればこの町の方は元気がないご様子……」
「うむ。市政長殿が増税に新税創設を繰り返しておるからな。流石に民も疲弊するわ。現状を苦く思っておる役人もおるのだが、都督様の推薦の方じゃから大きなことは言えまいて」
都督というのは、地方武官の最上位である。多くは刺史という地方政治最上位文官も兼ねている。現代でいうところの州兵指揮権を持った州知事と同義である。そして地方国家を細分化した町に市政長と呼ばれる上役人を置いて地方国全域を治めるのが統治形態である。
現状でいえば【愁国】の都督が美鳳の兄に当たる。
(兄上の推薦ですか。しかも不満を持つ者もいる。……これは良い情報を得ました)
内心ほくそ笑んだ美鳳は次の交渉に移る。
「役人様方も疲れていらっしゃるでしょう。日々政に心を砕かれておられるお役人様にもぜひ我々の芸をお見せしたく存じます」
即興で旅芸者の役を作り上げて実演する美鳳の演技力は凄まじいものだった。しかも言葉巧みに役所へ招かれるように誘導している。肥満ぎみの役人は完全に美鳳の術中に嵌った。
「役所で芸か! それはよい! 我々が手配しておこう!」
「ありがとうございます」
数分の内に役所の状況を聞きだし、かつ招かれる手筈まで整えた美鳳の手際の良さ、交渉術に一紗は舌を巻く。
(すごいな。……うまくいきそうでよかったが……)
「ところで主、容姿も良いが……体つきも中々よいではないか?」
助平な顔で美鳳を値踏みする市政官。不穏な空気が立ち込める。一紗の隣にいる龍宝は青筋を浮かべながらすごい顔で女子へのセクハラ発言に耐えていた。作戦中じゃなければおそらく無礼な男を斬り捨てているだろう。
雇われて日が浅いとはいえ、一紗もあまりいい気はしなかった。
「お褒めいただき、光栄でございます。 ……ってなにを!?」
役人は美鳳の肩を抱いて艶めかしい手つきで触り始めた。
「主は美人じゃのう。なぁに親善交流というやつじゃ」
「おやめください!」
「よいではないか、よいではないか」
美鳳は激しく抵抗するが、役人は尚もしつこくその体にベタベタ触る。そしてついには胸まで掴んでしまった。横では蒸気が出るほど真っ赤になった龍宝が唇を噛みながら耐えていたが一紗はもう我慢ならなかった。「トン」と役人の肩に手を置く。
「汚い手を離しな」
「何だ主バッ……」
役人は一紗の一撃で脳震盪を起こしたようで気絶してしまった。
「お前! よくも役人様を!」
矛を向けてくる役人の兵達。龍宝は我慢できなかった一紗に激怒した。
「くっ! このバカ娘が! 姫様の言を忘れたか!? こともあろうに役人と面倒を起こしてくれおって! 俺は耐えたというのにっ!」
「あー……ま、やっちまったもんは仕方ない」
バツの悪そうな顔をしたのは一瞬だけで、開き直った一紗は他の役人達ものしてしまった。地面に役人達が白目をむいて倒れている。
美鳳は額を手で抑えて天を仰ぎ、龍宝は血管が切れそうな赤い顔になっていた。
「貴様と言う奴は! どうしていつもいつもっ!」
「もういいですよ。一紗の言う通り既に起きたことを悔いても仕方ないです。それに、役人に触られて不快だったのも事実です。半分怒ってますが、半分は感謝しています」
理知的な美鳳だが下心の塊の役人にセクハラされたのが余程嫌だったのだろう。一紗を責めようとはしなかった。
「美鳳様、これだけ騒ぎを起こせば、市政長に気づかれてしまいますよ!」
「そうですね。隠密行動はとれなくなりました。こうなったら直接市政長と交渉するしか……」
「――ですな。役人全員まだ息があるのがせめてもの救い……って何やってんだ貴様――!!」
背後で何やら動いていたので振り返って見てみると、一紗が穴を掘って役人達を埋めようとしていた。死体遺棄現場のような有様になっている。
「いや、証拠を隠滅しようと思って」
「これ以上状況を悪化させてどうする!」
龍宝は一紗を羽交い絞めにして止めると、部下達に命じて埋められた役人達を救出した。
「じゃあどうするんだ? 目を覚ましたら俺に殴られたと騒ぎ出すぞ。狸に化かされたか、ヤバい薬を飲んで集団幻覚を見た、とでも思ってもらおうってか?」
「流石に無理がありますね……。仕方ありません。ここは――」
言いかけた瞬間、美鳳の姿が消えた。一瞬の出来事だが一紗の眼は何が起こったか正確に捉えていた。何者かに掻っ攫われたのだ。
目で追った先には、緑髪を三つ編みにした少女が壁上の屋根瓦に立っていた。
美鳳を気絶させてお姫様抱っこした少女は、相変わらず空虚な瞳は何を映しているのか分からない。
「榧って奴か!?」
「貴女に名乗った覚えはないのだけれど……。まぁいいわ。中途半端に覚えられるのも嫌だから、榧・蕾華と覚えておいて」
龍宝が前に出て彼女を睨む。
「では問おう。榧・蕾華、美鳳様をどうするつもりだ?」
「私の主が連れてくるように命じたの。どうやって探すか面倒だったけど、貴女が役人相手に騒いでくれたおかげで見つけやすかった」
一紗を見降ろしながらそう言った。
彼女の目的は美鳳の拉致らしい。勿論黙っている一紗ではない。地面を蹴って蕾華に肉薄する。そして拳を振りぬこうとした時、彼女が木属氣巧術を発動させた。
「〈樹木壁〉」
蕾華が氣を練りこむと、一紗との間の地面から三本の大木が生えてきて一紗の攻撃を妨げようとする。
「この前みたいにいくかよ!」
一紗は拳に氣を練りこみ、鎧を纏うように強化して木の壁を殴った。文字通りの木端微塵になり、再び蕾華の姿を捉えた。
龍宝も見ているだけではなく、一紗とは反対の死角から強襲する。
「「うぉおおおお!!」」
「〈瞬転葉移〉」
彼女が何かの術を発動させると、落ち葉が彼女を中心に舞い、その姿を隠す。二人の攻撃が落ち葉に当たった時には蕾華と美鳳の姿が消えていた。
「消えた……?」
「くっ! 貴様のせいで美鳳様が攫われてしまったではないか!」
「俺だけのせいだってのか!?」
「あの少女が名指しで感謝してただろうが!」
一通り罵り合った一紗達だが、事態が好転しないことを察してどちらからともなく、矛を収めた。
「もういい! お前が来てから碌なことがない!」
「俺だって美鳳に誘われてここにいるんだ。アイツがいなくなった今、お前といる理由もない」
そっぽを向いた二人は、他の貴従兵の仲裁の言葉には耳を傾けず、それぞれ別行動を取り始めた。元々、規律を重んじ、自ら彼女の配下に加わった将軍・龍宝と、美鳳が戦略的に欲して調略した惡姫・一紗は水と油だった。美鳳の存在があってまとまっていたに過ぎない。
先に姿を消したのは一紗の方だった。
「龍宝様よろしいので?」
「かまわん。美鳳様をお助けした後にもっと使いやすい女戦士を探せばよい」
将軍の頑なな態度に貴従兵はそれ以上口を挟めなかった。彼の逆鱗に触れたくない部下達は美鳳を救いだす手段について談義し始めた。
捕えられた美鳳は、手錠を後手に嵌められたまま連行されていた。
隣にいるのは捕えた張本人の蕾華である。
「私をどうする気ですか?」
「これから宮内政室へ向かい、市政長と会ってもらう」
素直に質問に答えてくれた蕾華の態度に驚きながらもさらに追及する。
「成程。やはり市政長があなたの雇い主というわけですね」
その質問には答えず、美鳳を憐れむように空虚な目が射抜く。
「前に忠告はしたわ。貴女に流れる帝の血を悪用しようとする者がいると……」
「私の身を案じてくれるなんてお優しいのですね」
「…………」
蕾華はそれ以上喋らなかった。これでは美鳳が得意な会話を続けて情報を引き出すことができない。仕方がないので隙を見て氣を練るが、練った気は手錠に吸い取られてしまう。氣巧術が封じられているようだ。
(流石に警戒されていますね。しかし市政長と会えるのは願ったりかなったりです)
元々市政長と会うために策を練っていたのだ。会わせてくれるというなら是非もない。美鳳はそのまま宮内政室へと連行された。
部屋にはいって目についたのは、巨大な肉を頬張る巨漢である。酷い体脂肪率である。中央に鎮座していることから市政長であることが推測できる。その贅肉に満ちた体はそのまま民の幸福をくらってきたかのようだった。
「これはこれは、皇女殿下。ゲッ、お初にお目にかかります。美鳳様は都督様の妹君……クチャクチャ……手荒なことは致しません。礼節を持って接待させていただきます」
「随分な礼節ですね。この町では客に手錠をするのですか?」
「それは貴女のお連れ様が無礼を働いたからでしょう。お抱え武商どころかボクの部下まで可愛がってくれちゃって。本来なら打ち首ですが殿下だからこそ恩赦してあげているのですよ?」
「……それで何故私をよんだのでしょう?」
「勿論、貴女に協力させるためですよ。ゲッ、貴女の兄上に報告したところで貴女を殺そうとするでしょう? しかしこぉんな上玉を殺すのは惜しい……」
贅肉を震わせながら歩いてきた市政長は美鳳の顎を掴むとニンマリと笑った。
「ボクは貴女の美貌だけでなく、知略も評価しているのですよ。榧から武商とのやりとり聞かせてもらいまし、元々【愁国】の領主は貴女だったそうじゃないですか……」
舌なめずりをする彼は何かよからぬことを考えているか、美鳳の皇族の血を利用して覇を唱えるつもりなのかもしれない。美鳳を紅帝に就かせて自身は裏から政治を操ることもできる。しかし後者だとすると、彼の上司である都督を裏切る行為である。
(この男、兄と対決でもするつもりなのでしょうか。いずれにしろ権力を握りたがっているのは明確ですね)
美鳳は冷静に指摘する。
「私を匿えば、兄は激怒するでしょう」
「ボクはあの野蛮な男に【愁国】の政を任せておくつもりはありません。ボクこそが【愁国】の王、そして紅華帝国を統べるんだ~」
食べカスを飛ばしながら宣言する。やはり彼は美鳳の兄・鎧兜を裏切るつもりのようだ。市政官の話では鎧兜の推薦で市政長になったようだが、自分を推薦してくれた人物に牙を向くとはなかなか豪胆である。
男の真意を確かめようと問いかける。
「そのために税率を上げているのですか?」
「ことを成すためにはお金がいるのですよ。全ては大義のためクチャクチャ……、将来的には民衆のためになるのですよ」
市政長の態度にもう我慢ならなかった。この男は民のためという大義名分で話をしているが、実質自分達市役城の人間しか得をしていない。いつ訪れるか分からない〝将来の希望〟をちらつかせて市民から搾取しているだけである。市政長の言い分があまりに腹立たしく彼を睨みつけた。
「そのために民衆を失職させても構わないと? 何が民のためですか。将来のために現代の民を傷つけていたら本末転倒です! それすら分からずに兄にとって変わるなんて笑わせますね。その税金も兄の税政策に便乗しているだけ。愚兄の劣化政策でしかない」
「ぶっ……なんと無礼な……っゴホッ、ゴホッ! み、水~」
市政長は喉に食べ物を詰まらせたようで必死に胸を叩く。彼が部下が持ってきた水を飲んでいる間に、美鳳が他の市政官を見渡すと、全員視線を逸らした。美鳳が治めていたころから【利邑】の政に関わっていた気まずさがある上に痛いところをつかれたのだろう。そんな情けない彼らの姿に美鳳は溜息をつく。
「あなた達も恥ずかしくないのですか?」
「……え?」
「民衆から徴税した血税はこの男の肉に消えるのですよ? 政を行う身として思うところはないのですか!? 民を失えばそれはもう国ではない」
「しかし……美鳳様、長い目で見れば将来の民のために」
「その将来が来る前に民は死ぬか、他所へ流れます。商いの町【利邑】は終わりですね」
市政官達は何も言い返せなくなった。
水をたらふく飲んで喉詰まりを治した市政長は、先程とは打って変わって憤怒の情をむき出しにした。
「このぉ……下手に出ていれば調子に乗りやがって……」
美鳳はバツの悪そうな顔をした。捕縛されている上に体格差のある相手を怒らせるべきではなかった。冷静に交渉していくはずだったのだ。しかし民衆を食い物にする市政長の態度につい批判してしまい、彼を怒らせてしまったのだ。
万事休すかと思われたその時、蕾華が串焼きを差し出しながら市政長を制した。
「市政長殿、客人をいきなり勧誘しても首を縦には振らないでしょう。彼女も自分が統治していた頃の栄光を忘れられずにいるのだと思います。ここは一晩猶予を与えてみてはいかかでしょう?」
「――っ!?」
串焼き肉を頬張ってクールダウンした市政長は怒りを収め、蕾華の意見に同調した。
「それもいいか。お姫様一晩もう一度考えなさい。ぐへへ……榧、地下牢に入れておきなさい」
「……はい」
美鳳を連れて地下牢に向けて階段を歩く蕾華。ちょうど二人きりになったので疑問点を尋ねることにした。
「あなた、榧さんでしたよね。どうして助けてくれたのですか?」
「別に。……あなたの置かれた境遇に少しばかり同情しただけよ」
「同情?」
よく考えてみれば、《杜族》の娘が故郷の【木国】を去ってこんな辺境にいることはおかしかった。彼女なりの理由があって【利邑】市政長の配下に加わったのだろうが、不本意な結果なのだろうことは想像に難くない。
空虚な瞳は相変わらず何を映しているのかわからず、彼女の真意は確かめようがないが、今までの言動から隠しきれない優しさを感じ取ることはできた。
「……私にも立場があるから助けられないけれど、もう少し殊勝な態度を取った方がいいんじゃない? あなたにはどう転んでも恭順の道しか残されてないわ」
「あいにく、思想信条に共感できない者の下に就くつもりはありません」
「見た目と丁寧な口調の割りに強情なのね」
蕾華は美鳳を牢に入れると、どこかに去ってしまった。
美鳳は落ち着いて状況を確認する。牢内には外に通じる排気口のような場所はなく、脱出ルートは存在しない。かつ牢の外には何人もの見張りが徘徊している。仮に鍵を開けられたところで強行突破は不可能だ。相変わらず手錠で氣を封じられている。これではあらゆる術が発動できない。
(何とか首の皮一枚で繋がりましたが……。ここからどう巻き返しましょうか)
美鳳は床に座って熟考し始めた。見張りはそんな彼女の態度を見て「抵抗する気はない」と判断したのだろう。警戒が緩くなった。
美鳳の交渉もいつも上手くいくとは限りません。
次回はどうやって彼女を助けるか、といった具合で幕引きです。




