最弱幼女の奮闘記【8-3】 狂気の修業
一紗の修業回第三話です。
貪欲に強さを求める弟子のために牙王が始めたのは恐ろしいカリキュラムでした。
それからも暇を見つけては一紗の修業は続けられていた。
日々強くなっていることを実感していた一紗だが劇的な成長には至っていなかった。
「牙王さん! 教えてほしいことが!」
「師父と呼べ! バカタレがァ!」
「えぇ!? 最初に師匠と呼んだときは怒られたのに……」
抗議する一紗の顔面が叩かれる。
「人前では牙王さんで通せ! 修業中は師父と呼べ!」
「クッソ理不尽……」
文句を言うだけ無駄なので結局彼の言い分を呑むことになるのだ。一紗にとって呼び名のこと等どうでも良かったが、一つだけ我慢できないことがあった。
「ヤー……ゴホン、師父はどうして技を教えてくれないんですか?」
「あ? お前には氣巧武術を教えてやってるだろ?」
「そうじゃなくて師父の技とかですっ! 妖魔を一撃で倒したりとか敵をやっつけたりとか! 俺素人だけどなんとなく型があるのが分かります! あの拳法を教えてください!」
牙王は氣巧術の基礎知識や氣の練り方、初心者技から氣巧武術まで伝授してくれてはいたが、肝心の拳法は全く教えようとしなかった。
今までは土台を作っているためだと思って待っていた一紗だが、全く素振りを見せないことに我慢できなくなったのだ。
「俺の力を育てたいと言ったのは嘘ですか? それともまだその段階に達していないと?」
「いや、お前がどれだけ氣を使えるようになろうが、俺様の拳法を教えるつもりはねーよ」
「なぜですか?」
「アレは人に教えるもんじゃねぇんだよ。俺様の我流だからな」
「いいじゃないですか我流! 師父の技を教えてほしいです!」
貪欲に強くなろうと目を輝かせる弟子に牙王は少々面食らった。
だがどれだけ訴えようとも彼は意思は固く答えは変わらなかった。
「何度も言わせんな。俺様の技は俺様の体格と癖に合うように作ってある。チンチクリンのイーシャじゃ技の強みは活かせねぇのさ」
「いっぱい食べて大きくなります! 成長期ですからっ!」
「どれだけ食ったところでたがかしれてる。女は乳しかデカくならねぇよ」
「その発言はヒドい偏見です! とにかく技を教えてくださいっ!!」
牙王は頭を抱え大きくため息をついた。
そして近くの大木に回し蹴りを決めてみせる。大木は簡単に圧し折れて倒れ、近くの木々も巻き込まれて倒壊してしまった。
それは恵まれた体格による膂力とリーチの長さをふんだんに利用した技だった。どう足掻いても小柄な一紗に模倣することはできないのは明らかだった。
「いいか? 体格は拳法の基本だ。体に合ってない流派を学んだところで足枷にしかならん。チンチクリンなお前はその柔軟な身体を活かした戦い方を自分で見つけろ」
「でも……俺は一刻も早く強くなりたい……です」
「ハァ~……どうしても習得してぇなら盗み観て覚えることだ」
「盗み観る?」
「俺様の技にしろ他の氣巧術にしろ、血筋が関係あるものを除けば大抵習得できる。仲間の技、敵の技、あらゆる能力を観察して盗め。お前が勝手に覚える分には止めねぇよ。まぁ、チンチクリンのガキには無理だろうがな」
師の言葉を受けて一紗は妖魔や氣巧術士と戦いをよく観察するようになった。
氣の練りこみ、技を繰り出す際の挙動から呼吸一つまでつぶさに見極める。
「師父は確か……体捻っていたっけ?――とうっ! 痛ッ! 捻挫したぁ!」
しかし何度練習しても牙王の技を再現することはできなかった。
一紗の模倣が不完全というのも勿論あるが、やはり恵まれた体格や成人男性故の筋力を前提にした技は幼女の身体では実現できなかったのだ。
「ハァハァ……技一つ覚えられねぇ……」
盗賊達の闘いを盗み観ていると彼らの強さを再認識してしまう。その辺の氣巧術士や武芸者では相手にならない。小規模の盗賊団でありながら無類の強さを誇っていた。
牙王が敗ける所など見たことはなかった。他の子分達もかなり善戦している。
藍写という医者がいるためという前提もあるだろうが、闘いばかりの生活で牙王盗賊団は死者を出すことは滅多になかったのだ。
そして師父以外で一紗が気にかけたのは康巍の金属氣巧術である。よく観察するようになって余計に彼の強さを意識してしまった。
(アイツが本気で俺や先生を襲いに来たらマズい)
一紗は牙王との修業がないときは、動物相手の狩猟や盗み観た技の再現に時間を費やすようになった。早く強くなりたいと焦っていた。
そんな生活を続けていたある日、牙王が久しぶりに修業をつけてくれることになった。
普段なら喜ぶが、自分の弱さ、盗賊男性たちとの実力の隔たりを自覚した一紗の表情は暗かった。
「よぉ、イーシャ。しばらくぶりだな。聞いたぜ。小型妖魔を狩ったらしいな」
「手傷を負った子供の妖魔なんて数には入りません」
「なんだぁ? 俺様の技を一つも盗めずに拗ねてんのか? ガキクセェな。だから無理だっつっただろーが」
「でも早く強くなりたいんです! 師父の技を盗めないの痛感しましたけど、だったら尚のこと別の道を探さないと駄目なんです。このままじゃ俺はいつまでも弱いままだ」
強さを求める弟子の態度事態は嬉しいのか牙王はしばらく悩むそぶりを見せた。
顎を擦っていた彼は何かを思い出して不敵に笑った。
「手っ取り早く強くなりてぇか? だったら良い修業方法があるんだが?」
「やりますっ!」
実力が伸び悩んでいた一紗は修業の内容さえ聞かずに即答してしまった。
この自分の軽率な行動を後々後悔することになる。
「じゃあ歯ぁ食いしばりな、イーシャ! ――〈土属氣巧術・砂縛埋固〉!!」
「うわぁあああ!!」
牙王は突如氣巧術を仕掛けてきた。当然幼い身体で逃げ切れるはずもない。
一紗は足場を崩され土砂に呑まれてしまう。
気が付いた時には地面に首だけを出す形で埋められていた。地面は固定の土くらいに固く、到底抜け出すことができない。それどころか指一本動かすことができなかった。
牙王はサッカーボールのように弟子の頭を踏みつけた。
「痛いです、師父。何のつもりですか?」
「これがお勧めの修業方法だ」
そう言って牙王は干し肉や米、果物が載せられた笊を前に置いた。
修業の最中でちょうど腹が減っている今はどれも魅力的に見える。
「さぁ食え。お前のために優しく慈悲深いお師匠様がわざわざとってきてやったんだ」
「いえ、あの……抜け出せなくて食べれないのですが……」
悪い冗談だと思って苦笑いを浮かべる一紗を師は冷酷に見下していた。
「これから毎日一食、お前の前に置いてやる。手を伸ばして食べろ」
「だから、抜け出せないんですが……」
「テメェの都合は知らねー。ある程度の基礎は教えてやった。後はテメェでやれや」
それだけ告げて去っていく師の背中に声をかけても無視されてしまった。
この日から非人道的な断食修業が始まったのである。
一日目はなんとか氣を集中させて力任せに脱出しようと試みた。
しかしアスファルトで固められた地面は亀裂さえ入らない。
「ん~! ん~! 硬すぎッ! なんっなんだよっ! ぜんっぜん抜けねーじゃん!」
日没まで努力したが全く動けなかった。いたずらに体力を浪費しただけである。
疲れ果てた身体には目の前の食材から香る匂いは毒だった。目の前に食べ物があるのに食べられない状況は地獄である。
「見ろよ、あのメスガキまだ抜け出せてねーぞ!」
「ハハハハ! ダッセーやつ!」
そんな状況を子分達は嘲笑う。
彼らの嫌味な言葉と笑い声は一紗の神経を逆撫させるに十分だった。
(クソッ! ここから抜け出して見返してやる!)
なんとか踏ん張っても結果は変わらない。その様子に子分たちは大笑いである。
「せっかくお頭がこんなに旨い飯を用意してくれたってのに、不孝モンだなぁこのガキは」
「このまま腐らせるのはもったいねぇ! 俺達で食っちまおう。どうせガキの食べ残しだ」
そう言って盗賊達は目の前で見せびらかすように一紗の食事を食べ散らかしてしまった。
「あっ……あぁ……俺の飯が……。うわぁあああん!」
食料獲得をモチベーションに頑張っていた一紗の緊張の糸が解れてしまった。
わんわん泣き続ける幼女の様子がおかしいらしく彼らの馬鹿笑いはさらに大きくなった。
「こんな……ことして! 師父が……牙王さんが黙ってないんだぞっ!」
「あん? 頭は動かねぇぞ。日没までにおめーが飯を食えなかったら下げていいって言ってたからな。あぁこの肉うめぇな。果物も、ん~! 甘いぜ~!」
「あの人はテメェの父親じゃねぇ。俺達の頭だ。甘えんな! 雑魚ガキ!」
彼らは食べ散らかした果物の皮などを投げつけてくる。
一紗が身を置いているのは盗賊団なのだ。慈悲も情けも存在しない。たまたま牙王が目をつけたために世話されていただけだ。彼の〝遊び相手〟足りえないと判断されれば切り捨てられることもありえる話だった。
「言っておくが、あの女は助けに来ねぇぜ。ガキは狩猟で遠出していると伝えてあるからな」
「明日にはまた食料置いてやるぜ。優しいお兄さんたちに感謝しろよ」
――二日目。
相変わらず一紗は地面から抜け出せない。
丸一日経って彼女はこの修業の困難さをようやく理解した。
日が経つにつれて体力が消耗して脱出する気力を失うのである。
初日こそが一番脱出する可能性があったのだ。だが「助けてくれるだろう」「絶食はさせないだろう」という甘えや「どうにかなる」という希望的観測が脱出を阻害していた。
しかしそれに気づけたとしても、この土の拘束は強固であり脱出は困難だった。
(早くしねぇと流石に水分なしはキツイ)
必死に脱出を試みるが、初日より衰えた力ではどうすることもできない。
一紗の気力がなくなっていたのは体力を消費したことだけではなかった。昨日に比べて明らかに食事のグレードが落ちていたのだ。
この分では数日後には残飯のカスしか用意されないだろう。
「ふぬぬぬぬ~! ド根性~!!」
氣を腕に集中して地面の中から這い出ようとするが、僅かに指一本が動いたに過ぎなかった。
日が経つにつれて体力が落ちるが、それでも食料は与えられない。
三日目、相変わらず抜け出すことはできていない。
背後の方から盗賊団幹部《四脚》の晩餐の声だけが耳に響いてくる。
「あーくっそ。藍写って女抱けねぇのは辛いぜ。親分の命令だからなぁ」
「お前は女のことばっかりだな、海焔。昨日だって山降りて遊郭行ったんだろ? ホドホドにしとかねーといつか女で身を滅ぼすぜ」
野太い声は体格の大きな海焔だと分かる。
それを諫めているのはハスキーボイスから察するに獄幽だろう。
露出度の多い恰好の割りに顔の半分をマスクで隠している目立つ姿なので一紗はすぐに顔を覚えられた美青年だ。
「獄幽、おめー防毒面とると美人だなぁ。ホントは女だったりしねーか?」
「あ? ブッコロスぞ! この胸板が見えねーのか!? 男にまで欲情してんじゃねー!」
暴れる獄幽を制しているのは理知的な声から察するに盗賊団の知、咒だと推測できる。
「落ち着けって。《四脚》同士殺し合っても仕方ねぇ。頭を支え留守を守るのが俺達の仕事だろ? つーか海焔もよぉ、獄幽が気にしてることをズバリと指摘してやるなよ」
「気にしてねーよボケ! つーか離せよ、咒! あっ、おい! 蜃士! それ俺の酒だぞ! 勝手に呑むな!」
先程からもう一人分の気配を感じていたがずっと酒を飲んでいる蜃士のものだったらしい。
トックリを飲み干す喉の音が聞こえてくる。
「俺は賭博で敗けてスッカラカンなんだよ。少しは飲ませろ。それにお前は酒呑みすぎだ。そろそろ禁酒した方が良い」
「馬鹿野郎! 酒はオレの生き甲斐だぞ!」
盗賊団幹部の男達の関係が垣間見える会話だった。
五月蠅い口喧嘩に耳を塞ぐことすらできず、一紗は頭に響く怒号にひたすら耐えていた。
――そして五日目の夜、ついに一紗は失神した。
栄養失調と水分不足が重なったためだ。幼い体では限界だったのである。
白目をむいて口を開ける彼女は割と深刻に死にかけていた。
「起きろ、イーシャ」
そんな幼女の頭に冷水がぶっかけられた。
あまりの冷たさと水分をようやく口にできたことで一紗は意識を取り戻す。
「師父……?」
「寝てる場合じゃねーぞ、コラ」
「もう……無理です……ぐすん」
「あ? お前が強くなりたいっつったんだろ? 修業したいって言っただろ? ……別に途中で投げ出すのは勝手だが自力で脱出するんだな」
「それじゃ、今と、変わらないっ! 俺を拾ったとき……食べ物の面倒は見てくれるって約束したのに!」
「あ? 食料はやってるだろ? お前が取れねぇのが悪い」
力なく俯く一紗の前で康巍が食事の入った笊を持ちあげた。
「親分さん、ガキは食わねぇみたいだし俺がいただいてもいいですかい?」
「ああ、今日はもう無理だろう。好きにしな」
一紗は喰い散らかされる自分の夕食を黙って見ていることしかできなかった。
時間をかけてゆっくり食べていた康巍はわざとらしくゲップをして去っていく。
(……もうやだ。生きるのがこんなに辛いなら死んだ方が良い)
心の奥底で諦めの感情が湧いてくる。先程まで死にかけていたのがいけなかった。必死に生きるよりも死ぬ方が楽だと分かってしまったのだ。
希望を失った一紗が全てに諦めた瞬間、その頭を強引に掴まれる。
無理やり上を向かされた一紗は憤怒の形相の牙王と目が合った。
「楽な死に甘えるな。生きることから逃げるな」
師は諦めるという選択すらくれなかった。
あまりの冷たさに必死に堪えていた甘えの感情が抑えきれなくなってしまう。
「でもぉ! 俺は幼くてっ! ……女で! 碌に食べてなくてっ! だから――!」
「だからなんだ? お前がガキであることも女であることも腹が減ってることも脱出できない理由にはならねぇ。できねぇ言い訳ばかり考えて可能性を閉じるな! できない自分に甘えるなイーシャ! どうせ死ぬなら死ぬ気で生きてみろ!」
まだ上手く回らない頭の中に師の言葉が深く刻まれる。直接「頑張れ」とか「お前ならできる」と言われた訳ではない。しかし師父の言葉の裏に激励の感情を受け取った一紗は僅かに生きる希望が灯った。
弟子に眼力が戻ったことを悟った牙王はその場から立ち去った。
物陰から一部始終観ていた康巍はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて牙王に酒を渡す。
「ニヒヒヒ、親分さん、アンタも人が悪い。あのガキお気に入りなんでしょ? もう二、三日で死にますよ、きっと」
「死んだらアイツがそこまでだったってことだ」
「あー、つまり親分さんはガキをいたぶるのが好きだったんですねっ! いやー安心しましたわ! 親分さん、あのガキに感情移入してるわけじゃなかったんスね!」
ギロリと睨み付ける牙王に康巍は酒を注いで媚びを売る。
「そう睨まないでくださいよ。あのガキには手出しませんって、どうせすぐくたばりますし。その様子を見て楽しんでるんでしょ?」
牙王が否定も肯定もしないことで調子に乗った康巍は尚も話し続ける。
「あんなガキが地面から脱出なんて不可能ですよね~。無理なことをできると言って希望を持たせて無駄な努力をさせる。親分さんホント良い趣味してますわ」
「ガキのことはいい。それより康巍。明後日、俺様は町に降りるつもりだ」
「夜襲ですかい? でも近くの町は規模がデカいし止めておいた方が……」
「別に襲うつもりはねーよ。知り合いと落ち合うついでに少し買い出しするだけだ。《四脚》も全員連れていく。お前は新参者の中では腕が立つから守りに残すことにした。明日の内に留守組の大雑把な段取りは教えておいてやる」
「へいっ! 助かりますわ! それで親分と兄貴方は何日くらいまで外します?」
「そうだな……五日くらいか」
「五日ですか! わーりやしたっ! この康巍しっかり留守番させていただきやす!」
狂気の絶食修業が始まりました。
元ネタは「犬神の呪い」です。「丑の刻参り」「蠱毒」に続く知名度第三位くらいの呪術です。
「犬神」は餓死寸前の状態にさせた上で最終的に首を刎ねてそれを式神として行使します。
より現実的には跳ねた犬の首を軒下に埋めて家を栄えさせるというものですね。
本話では人間を使って実行されました。
眼前の食事の匂いが胃袋を刺激する拷問絶食修業です。
心身ともに限界の状態で土の中から脱出できればそれだけ氣巧武術が完成するというものですね。
まぁ土の中に埋められたら普通は自力での脱出は不可能です。
砂浜で友達に埋められたことがある人ならどれだけ動けないかは実感できると思います。
浜辺の砂はまだ柔らかいですが一紗の場合は土属氣巧で固められた土なのでセメントで固められた状態に等しいです。
また、本話で《四脚》メンバーの名前が明らかになりました。
女好きの海焔、酒好きの獄幽、賭博好きの蜃士と常識人の咒です。
それぞれ牙王に次いで強く、
文字の読み書きができ、作戦を立てられる程度の教養があります。
四人一緒に晩餐を楽しむくらいには良好な関係ですね。
一紗は地面に埋められた状態で牙王ら主力が離席し、
惆・康巍が留守を任されるという不穏な状況で次回に続きます。




