見つからない手掛かり
謎の少女との戦闘からの続きです。
空気の読めない武商がここぞとばかりに口を出してきた。
「俺が来なくなれば村は廃れるぞ! この辺は盗賊がよく出るから村人は町まで出られない!」
「心配には及びません。この辺りの盗賊は私の傍盾人が皆殺しにしてしまいましたから。あなた方がここまで来るときも盗賊に遭遇しなかったでしょう?」
「なっ……」
武商は絶句する。盗賊と出会わなかったという自身の経験が彼女の言葉が真実であると裏付けているのだろう。
「そういう訳なので、しばらくは村人が町に行っても大丈夫ですよ。その間に村人が武商になれるくらい鍛錬すればあなたは必要ありません」
「ぐっ……榧! ィヤツを殺せ!」
己の敗北を認めたくない武商は連れの少女に暗殺を厳命する。榧と呼ばれた少女は木棒をくるくると廻した。一紗は次の攻撃に備えて身構える。
しかし――
「げぶぇっ!」
なんと少女は連れの武商を気絶させてしまった。急な展開に一紗と美鳳は思わず顔を見合わせた。
「何の真似だ?」
「私はこの人の部下ではない。それにこれ以上貴女と戦う理由もないわ。私は主からこの男を守れと言われていただけだから。それと……」
榧という緑髪の少女は視線を美鳳に移す。
「――第七十三皇女の目撃情報の裏が取れた」
「私が来ていることを探っていましたか」
「ええ。領地を持たぬ裸の姫。同じ女として忠告しておくわ。貴女に流れる紅帝の血は毒にも薬にもなる。現に私の雇用主も貴女を狙っている」
榧という少女は武商を抱えたまま、木棒を如意棒のように伸ばしてそれを倒し、遠方の瓦まで後退した。一紗は地面を蹴って彼女を追いかける。
「待ちやがれ!」
「お断りよ。――〈遮林〉!」
彼女が如意棒を通じて地面に氣を込めると、幾多の木々が伸びてきて一紗の行く手を阻んだ。木の枝に引っかかって前に進めない。
一紗が足止めをくらっている間に少女は消えていた。
取り逃がしたことで悔しがる一紗だったが、美鳳は真剣な面持ちで彼女が去った方を見つめていた。
「あの髪色と桁外れの木属氣巧。間違いない。アレは《杜族》……」
武商を追い払った一紗は、お礼に村長の書斎を調べさせてもらうこととなった。無論、異世界の手掛かりを掴むためである。
「あ、エロ本があった。ちっ、興奮できない絵柄だなぁ」
「捨ておきなさい。貴女の目的は『異界に関する本』でしょう」
「そうだが……村長の性癖は偏ってんなぁと思ってな」
エロ本を投げ捨てて他の本を調べる一紗達。
だがどれだけ探しても村長の趣味の本が出てくるばかりで異世界どころか氣巧術に関する書籍も見当たらなかった。出てきたものは幼い子供の芸術の犠牲になった落書き本くらいだ。そもそもこんな辺境の村に『異世界の手掛かり』があるとも思えなかった。
「期待はしていなかったが、ないようだな」
ぼやく一紗に美鳳は複雑な気持ちで愛想笑いを浮かべた。一紗の目的は異世界に帰ることであり、美鳳に力を貸す代償として異世界に帰る方法を見つけると約束した。当然約束を実行しなければならない。だが実際には〝異世界に帰る方法〟は見つかってほしくなかった。
美鳳の目的は、惡姫・一紗の力を借りて【愁国】を取り戻し、ゆくゆくは国家を再統一することである。長い闘いになるのだから戦力の一紗にはできるだけ長い間傍盾人として力を貸してほしいのだ。
言うなれば、二人の目的は二律背反状態にある。
一紗が美鳳との交渉中にその事実に突っ込んでこなかったのは、すぐに異世界に戻る手段が見つかると思っていなかったからだろう。実際に一紗は十年以上も紅華帝国を彷徨っている。その間に帰る手段を探していた。彼女は異世界に帰る手段を見つけるのも長い旅になると覚悟しているということだ。
美鳳にとってはありがたかったが、いずれ利害が衝突したときに問題が生じるのは明白であった。
(一紗が元の世界に帰る方法を見つける前になんとか【愁国】だけでも取り戻さなければ……)
ちょうど全ての書籍を調べ終えたとき、龍宝が入ってきた。
「美鳳様、お目当てのものはありましたか?」
「一紗と探しているのですが、ここにはないようです。……でも龍宝も来たのならちょうどいいですね。二人にお話があります。……まずはこの部屋を片付けましょうか」
美鳳は二人に指示しながら散乱した本をまとめていく。一紗達が来たときから本が散乱していたはずだが、美鳳は整頓していないと気になるようだ。几帳面な彼女は書籍の種類に応じて綺麗に並べていく。一緒に片付ける一紗と龍宝は何度もやり直しを命じられてしまった。
「――で、話というのは掃除片付けの指南か?」
「勿論違います。話しておきたいのはあの武商の護衛を務めた《杜族》の少女についてです」
「《杜族》だって?」
「ええ。あの緑色の髪と並々ならぬ木属氣巧術から見て間違いありません」
「《杜族》か。五大民族が早速現れるとは……」
龍宝は神妙な顔つきで呟いた。
氣巧術に秀でた五大民族はその名を語ることも阻まれる。龍宝が取り乱さないのは彼が武を極めている将軍だからだろう。
「出来る奴っぽい雰囲気で思案しているが……お前、武商との交渉中はどこにいたんだよ」
突っ込まれた龍宝は将軍の風格忘れるほど狼狽した様子で言葉に詰まった。
「むっ……俺にも色々あるんだ!」
「あぁ? 貴従兵が護衛対象から離れて何をするってんだ?」
「まぁまぁ、彼にも、ぷぷっ……事情があるのです。深い詮索はやめてあげてください」
美鳳は彼がいなかった訳を思い出して笑いを堪えながら龍宝を庇っていた。まさか一紗の剣玉を暗器と間違えて一人慌てたあげく勘違いに気づいて落ち込んでいたとは言えないだろう。
龍宝は恥じらいをごまかすように話題を元に戻した。
「俺のことはいい。それより《杜族》の少女だ。話を聞く限り、彼女は町の方に戻って行ったと聞いたが?」
「ああ、間違いない。〝私の雇用主〟とも言っていたからな。そこに奴の主がいるんだろう」
「厄介なことになりました。まさか落とすべき役所の護衛がかの五大民族の一角なんて。不幸中の幸いなのが、彼女が《杜族》の中では高位の術者ではないことです」
「アイツが強くないだって? 俺もそれなりに強い自負があったが、戦った加減で言えば奴の戦闘力は俺とほぼ互角だったぞ?」
「《杜族》の中でとりわけ強い者は、髪色が黄金で生まれ、あり得ないような生命力を操るといいます。主に王族に現れる体質のようですが……」
一紗は戦慄する。あのレベルの敵と戦ったのはほとんどない。優れた木属氣巧術を操り手傷まで負わされた。にも拘らず、彼女は《杜族》の中では上位術者ではないというのだ。確かに彼女の髪色は黄金ではなく若葉色ではあったが、信じられない事実だった。
「あれより上がいるのか? これが五大民族……。そんなのが他にもいたら対処のしようがないぞ」
美鳳はそれは心配ないと首を横に振った。
「五大民族は他民族に隷属することはほとんどありません。何か事情がある場合少数を味方につけることはできますが、そんなに沢山支配下に置いた事例は全盛期の紅華帝国を除いて他にありません。私の見立てでは彼女一人……他にはいないでしょう」
彼女の配下である《顔無》も榧という少女一人しか発見できていないらしい。
ひとまずの朗報に安心する一同。だが問題は山積みだった。この村を抜けて町に入ると、【愁国】の領地に入る。【愁国】は今や美鳳の兄が治める土地。それも一筋縄ではいかない男らしいのだ。領地を奪還するには、その兄と戦わなければならないが、その前に《杜族》の少女をどうにかしなければならない。
「まずは美鳳の兄貴と戦う前に【愁国】の町をいくつか落として懐柔した方がいいだろうな。暴政を働いているなら不満を持つ者も多いだろう。拠点があれば攻めやすい」
「私も同じ考えです。【愁国】の領地に入った瞬間に出迎えてくれるほど兄は妹想いではないですし、少しずつ味方をつけて兄の戦力を削いでいきましょう」
「味方ねぇ。じゃあまた小奇麗な御旗で姫様アピールするのか?」
「紅華帝国の名声は地に落ちています。田舎の集落はともかく、地方国家の役人には効きませんよ。交渉で調略します。次の目的地は商いの町【利邑】です」
「当面の方針は決まりましたな。では早速村から立ちましょう」
「その町には……アイツもいるんだろうか」
一紗は《杜族》の少女が気になっていた。自分と互角に戦えた強さもさることながら彼女の虚ろな瞳が引っかかっていた。
少女の正体は《杜族》でした。技で推測できましたね……。
早くも五大民族の一角が登場です。
次は初めて訪れる大きな町のお話になります。




