第92話 暴露シークレット
光王国王都島のほぼ中央に位置する場所。
そこは王国でも随一の高級住宅街だ。
地上と同じ形の家々の1つ1つは、常に仄かに光を放っている。外敵の強襲に備える防御魔術が発する魔術光だ。
その中の1軒。柔らかな金色の光を持つ白の外壁の家こそが、この国の女王、光王ルクスピカラの居宅だ。
その居宅の一室。光王が執務室として使っている部屋。
背後の窓から差し込む朝の光を背に浴びながら、光王はオーダーメイドの椅子に座り、眼前を睨むように見ていた。
両肘を立てるように机の上に乗せ、顔の前で両手を組むその姿は、歴戦の指揮官のような雰囲気を纏っている。
……今日のお悩みが最後だもの。気合い入れなきゃね。
光王は緊張感をもって今日の朝を迎えた。
その小さな身から漏れたようなピリピリとした空気が執務室全体を覆っている。
ガチャリ、と音を立てて執務室の扉が開く。
近寄りがたい空気に踏み込んだその男は、部屋の外から首だけを覗き込むようにして、
「ルー。朝早くからその姿勢頑張って維持してるけどナギア達はまだ来ないぞ?
さっき今起きたって連絡魔術があったから」
それだけ言って扉を閉じた。
連絡魔術とは、シューヤが言う『めえる』というものに発想を得た、任意の相手に光の文字列を送る光属性の魔術だ。
講義でソルアに相性も悪くないという事で教えたが、もうすでに使いこなしているようだ。
「ふふふ……。さては舐めてるわね……?」
仮にもこの国の女王を待たせて『今起きました』宣言してくるとは何たる不敬。
こちらは朝早くからセットを完璧に済ませ、王様の威厳というものをはっきりさせる角度を探し当てるのに苦労したというのに。
あとそろそろ机について肘が痛くなってきたし組んでる足も痺れてきたからちょっと助けてほしい。
悶々としていると、再び扉が開く。
エプロンをつけ、右手にフライ返し、左手にフライパンを持ったシューヤだ。
「あ、さっき聞き忘れたけど、朝ごはん、サラダの付け合わせはスクランブルエッグと目玉焼き、どっちがいい?
卵も野菜も余ってるから早く使っちゃいたいんだよねー」
「……スクランブルエッグ。とびきり甘くしてね」
「はいよー」
そう言ってまたもや引っ込む。
シューヤの足音が部屋から遠ざかり、完全に聞こえなくなったときに光王はふと思い出す。
朝ごはんの準備は交代制だが、シューヤが言うサラダは余ってる野菜を適当な大きさにちぎって混ぜたものだ。
そして今この家に余っている野菜と言えば、ピーマン、パプリカ、セロリ……。
どれもこれも光王の嫌いな野菜だ。
光王は急いで立ち上がる。
威厳とかどうとか言ってる場合ではない。
執務室の扉を開け放ち、光王は叫ぶ。
「シューヤ! 私、サラダなくてもいい気がしてきたわ!
ええ、決してピーマンが嫌いとかそういうわけではなくて!」
「ははは、遅い。今できたから」
「いやああああああ!」
朝6時。いつも通りの光景だった。
● ● ● ● ●
「おっはよー!」
現在午前8時。
ソルアが元気よく王城――光王の居宅の玄関を開け放つのをナギアは見送る。
左手はソルアを止めるために彼女に向かって伸びているが、右手は己を頭を押さえつけるような形になっている。
右手の位置の理由は頭痛。完全な二日酔いだった。
昨晩、光王に勧められたことは覚えているがその後の記憶があいまいだ。
気づいたら学院寮の自室の床と仲良しになっていた。
何事かと思って急いで飛び起きたとたんに襲い掛かる猛烈な頭痛と吐き気。
我ながらよくぞここまでたどり着けたものだと思う。
いや、あの雑な置かれ方的に途中で面倒臭くなったソルアに部屋に投げ込まれて終わった感じだな。
「光王ー! シューくーん!
いないのー!?」
玄関前で苦しんでいる間にもソルアは我が物顔で奥へ進んでいく。
仮にも王の居宅だろ警備いないのかよとか、人の家を訪問するときのマナーとか後で叩き込もうとか、色々考えはするがそれも全て気持ち悪さの前に負ける。
「……シューヤさんもいるし、警備とかいらないのかな」
少しでも気を紛らわせるために無理矢理にでも思考に没頭する。
思考の内容はさっき聞こえてきた名前についてだ。
シューヤ・カタギリ。
光王国騎士団団長。己と同じ、異世界からの来訪者。
この国での彼に対する認識は纏めると2つになる。
1つ目は『光王のストッパー』。
目を離せば何かやらかす光王の軌道を見事に修正できる人。
そして2つ目が、
「……『最強の騎士』」
玄関前に設けられた煉瓦造りの門にもたれながらつぶやく。
シューヤ・カタギリには魔力がない。
魔力を現象に変換するための指示書たる魔法陣を頭の中で構築することはできても、肝心要たる魔力がない。
いかに優れたシェフでも、食材という材料がなければ料理ができないのと同じだ。
魔力がないという事がどういう事なのか、ナギアには想像もつかない。
自分も魔術というものを日常的に使うことはなかったが、故に魔術なしで生きていくということの難しさは知っている。
日常生活で必要となる火や水は魔術で作り出すのが当然だし、仕事をしようと考えた時に真っ先に考えなければならないのは自分の属性との相性だ。
魔術が使えないという事はただそれだけで生きる上でのハンデなのだ。
それでも彼は最強と呼ばれる。
それは彼の魔力がないという障害を、女王ルクスピカラが補っているからだ。
魔術はそれぞれの持つ属性の意味との親和性が高いほど強くなる。
光の持つ様々な意味のうち『恵み』を解釈した光属性の魔術『天恵』は、術者の持つ余剰するものを『恵み』として他者に分け与える。
光王ルクスピカラは、自身の余りに余った魔力をこの国を浮かべるための機構、研究対象の遺物、騎士団の装備、そして夫に分け与えているということだ。
もちろんそれだけで最強と呼ばれるだけにはならない。
他人の魔力を使って魔術を使うという事は、先ほどの料理に例えるなら、未知の食材を使って料理をするようなものだ。
十分にその特徴を理解し、自分の中に落とし込んで、ようやくまともに使える。
魔術を使うというスタートラインに立って、そこから最強と呼ばれるようになったのは、間違いなく彼の努力の結果だ。
「そうして何度も光王の魔力の供給を受けるうちに、彼は不老になった、と……」
長時間この世界の住人の魔力に晒されることで不老を獲得したという点は自分も同じだ。
カムルナギアはソルアの、シューヤはルクスピカラの魔力に晒されてきた。
そうした意味では、確かに自分たちは似ているのかもしれない。
そんなことを考えていると、誰かが近くに来る気配がする。
方向は光王の家の方。
家に入ってこない自分を心配したソルアが光王とシューヤを連れてきていた。
「ナギア、何してんの? そんな変なポーズ取って」
「……あ」
思考に没頭するあまり、最初の姿勢のまま固まっていた。
つまり、左手を前に伸ばし、右手は頭に、若干前かがみになった姿勢。
まずい。なぜかは分からないが光王にこういうのを見せるのはまずい気がする。具体的には後からネタにされる系で。
しかし急いで両腕を下ろし、いつもの直立に戻ろうとすれば、酔いで頭痛とめまいに襲われる。
「うわ顔色悪っ。ルー、ほら『治癒』」
シューヤの声にはいよー、と応じ、光王の手に魔法陣が浮かぶ。
全身に柔らかな熱を感じると同時、倦怠感や吐き気といったあらゆる不調が祓われる。
光王はこちらに顔をじっと見つめ、よし、と頷くと、
「大丈夫そうね。昨日は変な飲み方させちゃってごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
確かに昨晩酔うほど飲んだのは光王に勧められたからだが、前後不能になる前にセーブできなかったのは自分だ。
そういう意味でも自分にも非があり、女王ともあろう者に頭を下げさせるほどのことではない。
そんな自分の考えが表情に出ていたのか、光王は軽く息を吐くと、
「あのね、こういう時、子供は大人のせいにしておけばいいの。
私が悪くて、あなたは被害者。私が謝って、あなたが許す。それだけでしょ?」
「いや、しかし……」
「しかしも何もないの。
はい、この話終わり! 私は今日のお悩み解決に早く取り掛かりたいのよ!
さっさと中に入りなさい」
そう言って背を向けて家の中に入っていく。
その勢いに押されるままに、光王の背中を見送る。
子供扱いされることは、この国に来てから初めてではない。
己の年齢を言えば、途端に周囲が優しくなることは当たり前のような話だった。
例外なのはそれこそ、自分を同志、挑戦者、叩き潰す相手としてみてきたこれまでの王達くらいだ。
しかしそのことに守られているような、居心地の悪さを感じていたのは確かだ。
光王は今こちらのことを子供と言った。
それはこちらを守るものとして見る言葉だ。
しかしそこには今まで感じたような嫌な余裕や憐れみはなかった。
あるのは責任。己の強さを他人の弱さを守るために使うと決めた大人の言葉だった。
同じく光王を見送るシューヤと目が合うも、彼もまた肩をすくめ、光王の後に続く。
そんな二人の大人の後に続くように、自分とソルアは歩を進めた。
「……それにしても面白かったわ。ナギア、酔ったらあんな風になるのね、ぷぷぷ」
「何があったぁーー!」
「……何にもなかったよね、シュー君」
「……うん、なにも、なかった。……うん」
「目を逸らすなぁーー!」
● ● ● ● ●
ソルアが光王の執務室に入るのはこれで3度目だ。
この部屋には自分の体のサイズにあった家具が多くあるから、居心地の良さを感じる。
こちらから見て執務机の奥、革張りの椅子に座った光王は静かに顔の前で手を組み、足を組む。
まるで練習したかのような自然な動きだ。
「さて、それじゃあ始めましょうか?」
たっぷりと余裕を感じさせる態度で光王は言う。
それを自分と横に立つナギアが真剣な表情で見つめる。
光王は手に持った四つ折りの紙を広げようと紙の端に手をかける。
紙同士が擦れ合う音が聞こえるような静けさの中、
「あー、ちょっといいかな?」
光王の横に立つシューヤが手を挙げた。
彼はいつも通りの気の抜けたような笑みを浮かべると、
「すぐばれることだから今更言うことでもないんだけど、まあ一応な?
今ルーが持ってるそのお悩み、書いたの俺だから」
「「え」」
自分と光王の声が重なり、視線がシューヤに集まる。
シューヤは表情を変えることなく、
「言いたいことはそれだけ。
さ、ルー? お悩みの中を見ようか」
「え、ええ……?」
光王は困惑の表情を浮かべながらも紙の端にかけた指を動かす。
自分もその様子をじっと見つめているが、さっきナギアが声をあげていなかったことに気付く。
……さては知ってたな?
ナギアの方を見ると、素知らぬ顔で立っていた。
「……これって」
「どうかなルー。俺としては是非やってほしいんだけど」
「……ちょっと考えさせて」
内容を検めた光王の表情は険しい。
紙を机の上に置くと、目を閉じて考え始める。
その紙を机越しにナギアと二人で覗き込むと、そこにはこう書いてあった。
『半月後に襲来するとされる大魔獣ジャバウォックに対する対応強化の要請。
ナギアとソルア両名の対ジャバウォックの作戦参加を求める』
……?
ジャバウォックという魔獣が来るという事は分かる。
それに対応するための人手として自分とナギアが求められているという事もわかる。
別に悩むようなことはない、はずだ。
「何を考えてるんですか!」
しかし周りはそうは考えていないらしい。
ナギアが机に手を叩きつけ、シューヤに詰め寄る。
「俺達はこの作戦から真っ先に外すべき不確定要素でしょう!」
「でも君はあの晩『ソルアは魔王じゃない』って言ったじゃないか」
「……!」
ナギアはシューヤを睨むように見るが、シューヤは静かにそれを見返すだけだ。
私は周囲の状況についていけていないから黙るしかない。
そんな様子を見た光王が見兼ねたのか、私を手招きして近くに寄せると、
「とりあえずアンタにも分かりやすいように説明してあげるわ。
今から少し前にナギアがドールと接触して、ジャバウォックっていう魔獣が来ることを知らされたの。
ジャバウォックは神話にも出てくるような化物だから、私たちとしては対策ガチガチで迎え撃ちたいんだけど、情報提供者が魔王かもって疑われてるナギアだからその信憑性も怪しくて、裏で何か企んでるんじゃないかって思ってる。
それを察したナギアも最初の情報提供以外に首を突っ込まないようにしてくれてたの」
「私が魔王ってのは?」
「……あなたがナギアの監視を頼まれたように、ナギアもあなたの監視を頼まれてたのよ。
あなたが魔王なんじゃないかって。ナギアも嫌々ながらも協力してくれてたんだけど……」
光王はシューヤをジロリと見て、
「今それ全部ぶち壊してくれたわね?」
「ははは。でも騎士団としては少しでも人手が欲しいのは確かだし。
それにルーも、ナギア達が魔王かも、なんてもう思ってないんじゃない?」
「……ノーコメントよ」
プイッと顔をそむける光王。
なるほど。今の状況は少しだけど理解した。
……そうなると、私にも少し言いたいことができた。
今もシューヤを睨むナギアの背後に忍び寄る。
そして、ナギアの今の体勢が前に体重がかかっていることを確認した上で。
ナギアの足を前から後ろへ刈り取るように払った。
「……!?」
ナギアは突如足元が消えたような錯覚に陥っただろう。
そのまま前に倒れて顔を机にぶつけないようにするため、腕に力を入れて踏ん張ろうとする。
その隙に私は足を払った体勢から体を起こし、今度はナギアの右に回ってその体を横から押し倒す。
「……ねえ、ナギア?」
私はナギアの上に馬乗りになり、胸ぐらをつかみ上げる。
僅か一瞬の間に起きた出来事に、ナギアも光王達もぽかんと口を開けて固まっている。
そんなことはどうでもいい。私は今怒っているのだから。
「なんでドールに会ったこと、私に言ってないの?」
「……」
「ジャバウォック? だっけ? それも聞いてないし。
どういうこと?」
「……」
「魔王のことも」
「……」
「黙ってても分かんないんだけど」
ガクガクと体を揺さぶるがナギアからの返答はない。
「……これってあれよね、付き合いたてのカップルが何でもかんでも相手の情報把握しようとするやつ」
「それにしては絵面がバイオレンス過ぎない?」
「ちなみにナギアは押し倒されたときに後頭部床にぶつけて絶賛気絶中よ」
「おいおいおいめっちゃ頭揺らされてるじゃん。止めなきゃ」
後ろからシューヤに肩を掴まれ、少し気持ちを落ち着かせる。
ナギアの上からどけば、今まさに気絶から復活したナギアが頭をさすって立ち上がるのが見える。
光王の方を見ると、コホン、と一度咳払いをした上で、
「まあ色々一気に起きたけど……。ここは私の一存で決めさせてもらうわよ?」
そう言って一度こちらをぐるりと窺う。
そして反対意見が出ないことを確認すると、
「まずシューヤのお悩みだけど、ジャバウォックに対応する上では騎士団の人員不足は確かに問題なのよね……。
この国は襲撃が航空型の魔獣とか野獣に限られるから他国に比べて防衛戦力の規模が小さいってのはその通りだし」
「じゃあ」
「それでもナギア達に魔王疑惑がかけられてるっていう事も立場上見逃せないのよ」
「……」
「だからナギア達の作戦参加については条件付きでっていうことにします」
条件?と光王を除く全員の上に疑問符が浮かぶ。
「まず1つ。ナギアとソルアが作戦に参加するとしても後方支援に徹すること」
シューヤはうなずく。
前線で戦うことになる騎士団と新しく連携のための訓練をするよりも、後方に徹してくれた方がいいだろうとの判断だ。
さらに、と光王は続ける。
「後方であっても何があるか分からないし、戦闘に巻き込まれる可能性があるからナギアとソルアにはそれなりの戦力が求められるわ。
それに、この2人が敵である最悪の場合に備えて、シューヤにはこの2人を制圧できるという事を証明してもらわないといけない」
つまり、
「今から練武場に行ってシューヤVSナギアVSソルアで模擬戦闘をしてもらうわ。
そこでそれぞれの実力を見せてもらって、改めて判断させてもらう。これが2つ目の条件よ」
私とシューヤは問題ないと頷く。
いや、私は実はまだあまり完全には追いついていないが、とりあえず今から模擬戦闘でナギアとシューヤと戦えばいいという事は分かった。
その中、ナギアだけが手を挙げる。
「模擬戦自体は構いませんが、なぜ俺とソルアも敵同士になってるんですか……?」
目的を達成するためなら俺とソルアでチームでもいいのでは、とナギアは目で訴える。
しかし光王はこちらを見て、ゆったりと笑うと、
「あら駄目よ。ソルアはあなたに不満があるみたいだし、その辺しっかりとぶつけ合わないとね?
ほらあるじゃない。殴り合って分かる友情。あれよ」
「……俺が一方的にボコボコにされる未来しか見えない……!」
ナギアの意見は無視された。
「じゃあ、13時に学院西の練武場に集合ね。
各自準備の上、遅れず来るように」




