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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第5章 光王の献身
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第91話 お疲れパーティ

 金色の月が輝く夜。

 『ヴェロ・ルース』と書かれた看板を掲げるレストランがある。

 外観から見てすぐにわかる格式高さと高級感。

 個室に区切られた店内では、政治家や官僚が会談の場として利用することも多い。


 一行は夕食のためにそのレストランに移動していた。朝、光王がおすすめとして挙げていた店に行くことをソルアが希望したためだ。

 四角の窓から差し込む月明りと円卓の上に等間隔に配置されたキャンドルの光が高級感を程よく演出している。


「いよいよ最後のお悩みね……」


 レストランの一席に深く腰かけた光王は四つ折りにされた紙を真剣に見つめる。

 その前には手つかずの料理が並べられている。

 先程からそちらに手を伸ばそうとするソルアとそれを食い止めるナギアの水面下の戦いにも気づいていない様子だ。


「これが私にとっての最後のチャンスというわけね……」


 託宣を受け取った預言者のように紙を捧げ持つ光王。

 すでに夜が遅いという事もあり、お悩みの内容を明らかにするのは明日の朝ということになっている。

 それでもうっとりと光王は紙を見上げる。

 その様子は場所の雰囲気も合わせて宗教画のような荘厳さを見せている。


 それを見た周囲はお互いの顔を見て頷いた後、


「最後のチャンスって言ってますけど割と自業自得感がある気がしてきましたよ俺は」

「最初がシュー君任せ、次が自爆連発からの地味変だっけ」

「ははは2人とも、例え真実でも言って良いことと悪いことがあるんだぞー?」


 フォローしてよ、と言いたげにシューヤを睨む光王。

 しかしその目も、シューヤの差し出した料理の皿に釘付けになり、


「……あ、このムニエルめっちゃおいしいわね。カミラ、また腕をあげたんじゃないかしら。

 アンタ達、今日は私が払ってあげるから、どんどん好きな物頼みなさいね?」


 一瞬で機嫌を直し、シェフに絶賛を送る。

 ……流石、手慣れてるな、とナギアは思う。

 シューヤの方をちらりと見ると、シューヤはぱくぱくと食べ続ける光王を微笑ましげに見ている。

 その様子に影響されたのか、ソルアはじっとナギアを上目遣いで見て、


「……ナギア、おかわりしてもいい?」

「お前、既に3回は肉料理おかわりしてた気がするんだけど。

 それにコース料理だから、まだまだ次は来るぞ?」

「む。まだ腹3分目くらいだし。よゆー」

「うそだろ……」


 ドン引きしつつもウェイターを呼んで追加の注文をするナギア。

 財布の心配をしなくてもいいなら強気に出られるのだ。


「ナギアはもういいのか?」

「もう十分です。元からそんな大量に食べられるわけでもないですし」

「ホント小食よねー。ほらもっと食べなさい。大きくなれないわよ」


 そう言って光王は自らの皿からナギアの空いた更に次々と食材を載せていく。

 ……どれもこれも苦みが強く子供が嫌いな野菜ベスト3に載るものだ。

 ジト目を送るナギアに光王は慌てたように、


「ななな何よその目は。べべべ別に嫌いな野菜を押し付けてるわけじゃないんだからね!」

「………………はっ」

「鼻で笑った!?」

 

 まあまあ、とシューヤがとりなす。

 いつも通りの光景だった。



● ● ● ● ●



 豪華な夕食は進む。

 4人が座るために作られたような円卓だが、今は一席が空席になっている。

 ナギアが用を足しに席を外しているからだ。


「ふむ……」


 少し顔を赤くした光王は、ワイングラスを傾けながら、眠たげに閉じた目で声を漏らす。

 それを漏らすことなく聞いたシューヤは、手に持ったパンをちぎりながら、


「どうした? また余計なことでも思いついたのか?」

「余計な、はそれこそ余計ってものよ。

 ――いや、ちょっと思ったんだけどね?」


 そう言ってまたグラスを傾ける。その目はとろん、としており、明らかに酔っている。

 

「ナギア、酔い潰さない?」


 何でまた、という視線を送るシューヤ。

 その間もソルアは目の前の皿を空にすることに全力を費やしている。

 シューヤも光王も、今日の会計がどうなるのかを思考の外側に追いやって既に久しい。


「今日も見て思ったんだけど、やっぱりナギアは固すぎよ。

 まだ50年も生きてないなら、もっと伸び伸びとすべきなのよ。

 お酒でも飲んで、一回本音ぶちまけた方がすっきりするかなって」


 そう言ってナギアが出て行った扉の方を見る。

 その目は、子を心配する聖母のようにも見える。

 シューヤはそんな妻の様子を見て、優しく微笑み、


「で、本音は?」

「何か余裕たっぷりでむかつくから弱味の一つでも握りたいわ!」


 ダン!、と勢いよくグラスを机に置く光王を前に、シューヤはやっぱり、と深く息をつく。

 光王は空になったナギアのグラスに琥珀色の酒を注ぎつつ、


「ふっふっふー。べろんべろんにして明日その醜態を笑ってやるわ……。

 度数の高い酒を食らえー」

「その前に自分が酔ってたら意味ないんだよなあ」

「ああん? 私は全然酔ってないわよー? まだまだ全然いけるわよー?」

「目ぇ据わってんぞー」


 む、とジットリとした目でシューヤを見つめる光王。

 スッと右手を自らの胸に当て、魔力を一瞬で集中させると、


「はいはい、『治癒(キュア)』っと」


 浄化の魔術を唱える。

 酒の影響が完全に抜け切ったのを確認した光王は次のボトルを頼む。


「これ、酔いが覚めるのは良いんだけど、完全に覚めちゃうってのがダメよねー。

 ほろ酔いくらいに加減したバージョンでも作ろうかしら」

「また使い所の少なそうな魔術を…。

 ってか、そんなことできるのか?」

「結構簡単にできるわよ?

 『治癒』は体内の異常をケガレとして浄化する魔術なんだから、『浄化』の構成要素の隣に『効果阻害』でも置けばいいと思うし」


 そこまで言って自分のグラスに注がれた琥珀色の酒を一気に呷る。

 ふう、と一息ついて同じ酒をグラスに注いでいると、


「ただいま戻りました。って、誰ですか俺のグラスに酒入れた人」


 ナギアが帰ってきた。

 光王は流れるような動作でグラスをもう一度呷りながら、ナギアに席に着くよう促す。


「誰だっていいでしょ。気にせず飲んだら良いのよ」

「いやしかしですね……」

「このままアンタが飲まなかったら廃棄されちゃうのよ?

 そんなのもったいないじゃない」

「廃棄……。もったいない……」


 困惑しつつもナギアはグラスを手に取る。

 貧乏性であるため、物を無駄にするということにものすごい拒否感を感じているようだ。


 首を捻りながらもグラスを傾ける。

 隣に座る光王が笑みを深めたことに気づくことはなかった。



● ● ● ● ●



 時間は既に深夜と呼ぶべきところまで進んでいる。

 料理は既に全てのサーブを終え、シューヤは好きなツマミを頼んではちびちびと食べるということを繰り返していた。


 この世界に飛ばされてシューヤが驚いたことは、皆が皆大食いという事だ。

 大人も子供も、地球にいた頃に比べて2倍も3倍も食べるのだ。

 シューヤはそのことについて、魔術という異なる術を使うから、と考えている。

 ……初めは周囲から余りにも食べなさすぎて心配されたっけ。

 心配の余りパニックになった光王に無理矢理口にパンを叩きこまれたことは今でもよく覚えている。


 今ではシューヤも周りと同じだけ食べられるようになっている。

 それも妻たる光王ルクスピカラから何度も魔力供給を受け、体質から変えられたからだ。

 それを悪いこととは考えられない。

 同じになれた、という想いの方が強い。


 そんな妻の方に視線を向けると、潤んだ瞳で若者に絡んでいた。


「はい、じゃあ次はこれね!」

「ありがとうございます。……あ、さっきのに比べて甘いですね」

「うんうん、同じのいっとく?」

「ふむ……。一つ前に飲んだ酸味が強いのが好みだったと思います」

「よーし、店員さーん、ボトル追加でー!」


 断る前に光王が次の一杯を注ぐため、ナギアは言われるままに飲み続ける羽目になっている。

 ボトルを空けるたびに店員がすぐさま回収していくことから、正確な合計本数は分からない。

 シューヤは冷や汗が流れるのを感じながら、己の記憶に誤りがないことを確認するために、隣でバケットをむしるソルアの方を向き、


「なあソルアさんや、もう20本は飲んでるよな?」

「うん。財布大丈夫?」

「うあー。今それ考えたくねー」


 ……ざるだー。うわばみだー。

 ナギアのペースを上げるために自分達もかなりの量を飲んでいるが、既に5回は光王からの『治癒』が飛んできている。

 わざわざナギアにバレないように、『隠蔽』を織り交ぜて、だ。


「さあジャンジャン行くわよー!」


 どう見てもヤケだな、あれは。

 涙目になってるのは酒のせいだけじゃないだろ。


 財布的にかなりの痛手ではあるが、一応この国の女王というだけあってこの店の酒を全部飲み尽くしても蓄えはある。

 何しろこの国は女王の魔力によって浮かぶ国。

 いなければ何もかもが未開拓領域に真っ逆さま。

 それなりの生活は保障されているのだ。


 ……それでもこれ以上はやめてほしいなあ!

 ナギアの顔色に一切の変化はない。

 ペースも相変わらず、10分で1本のボトルが空になる。


 しかしこの時、誰も気づいていなかった。

 カムルナギアという男が、酔えばどうなるかということを。



● ● ● ● ●



「……む?」


 初めに異変に気付いたのはソルアだった。

 先ほどから一度も追加注文をしていない。

 欲しいと思ったものが欲しいと思ったときになぜか手元にあるのだ。


 思わず手を止めた自分に右隣りに座るナギアが問いかける。


「ソルアどうした? お前が嫌いな野菜は予め抜いてもらったから大丈夫だと思ったんだが」

「ううん。なんでもない。……これ頼んだの、ナギア?」

「そうだけど?」


 何を言っているのか、という表情でナギアは首を傾げる。

 確かに自分はこれを気に入り、何度も繰り返し注文しているが、毎回しっかりと完食している。

 嫌いな野菜は肉と一緒に食べて誤魔化したから、傍から見ればどれが嫌いかなんてわからないはずだ。


 ……ナギア、普通にシュー君とかとお話してたよね?

 こちらをじっと観察していたならまだしも、ナギアは正面に座るシューヤと目を合わせていたことが一番多かったはずだ。

 そんなに自分は分かりやすかっただろうか。


 じっとナギアを見つめていると、シューヤも気づいたのか、自分の手が届く範囲をぐるりと見渡す。

 次に飲もうと思っていた冷えた辛い酒、濃く味付けされた肉、口直しのためのつるりとした口当たりの海鮮……。

 いつの間にか望むもの全てがそろっている。


 ハッと光王の方を見れば、今まさに空になったグラスを突き出す光王に対し、自然に次を注ぐナギアの姿があった。

 注がれた酒を一気に空けた光王は、わずかに身じろぎをする。

 流石に水分を取りすぎたようだ。


「……ん」

「お手洗いでしたらこちらです。足元にお気を付けを」

「……ええ、ありがとう」


 またもや自然な流れでいつの間にか光王の隣に立っていたナギア。

 スッと手を差し出し、さながら一流のホテルマンのように光王を連れて個室から出て行く。

 その光景をポカンとした様子で見ていたシューヤと視線を合わせ、


「ねえシュー君、今のナギアの動き……見えた?」

「いや全然。瞬間移動したか今?」

「魔術、使ってないよね……」


 立ち上がる音もなく、移動の過程も見せず、気づけば光王の隣に立っていた。

 まるで光王の変化を予測していたように。

 シューヤは冗談めかした笑みを浮かべ、


「そういえばアイツ、風王国でオカンとか言われたらしいな。

 もしかして、酔っぱらってそのオカンスキルが反射レベルまで研ぎ澄まされてるとか?」

「…………!!」

「え、嘘だろその『それだ!』みたいな表情」

「…………」

「……え、マジ?」


 笑みのまま表情が固まるシューヤ。

 それよりもこれは問題だ。


「まずいよ、シュー君」

「……何がだい。ソルアちゃん」

「このままナギアを放っておくと私たち全員ナギアのオカンパワーに屈しちゃう」

「ちょっと何言ってるか分かんない」


 困惑の表情を浮かべるシューヤにテーブルを示す。

 好物だけで埋め尽くされ、何故かパンくず1つ落ちていないテーブル。

 いつの間にかこうなっていた。ここに至るまで、一切気付けなかったのだ。


「ナギアのオカンパワーは『気づいたらそうなってる』レベルまで高まってる。

 私たち、既にナギアの姿を追えなくなってる。

 何とかしないと何もかもオカンに頼りっきりのダメ人間になっちゃう」

「何なんだオカンパワー」

「笑いごとじゃない。

 このままだと食事から着替えまで全部『気づいたら終わってる』状態になっちゃう」

「怖いなあオカンパワー!」


 どうやらシューヤにも恐ろしさが分かってもらえたようだ。

 これ以上の侵食を食い止めるよう、お互いに深くうなずいて決意する。


「ただいま戻りました」


 ちょうどそのタイミングでナギアが帰ってきた。

 足取りはしっかりしているようだが、よく見ると目の焦点が怪しい。

 ……これがオカンパワーマックスのナギアか……!


「ん? ルーは?」


 よく見ると光王の姿がない。

 まさかオカンが光王を放置して帰ってくるわけがない。

 ああそれはですね、と言ってナギアは体を反転させる。

 ――そこにはナギアに背負われ、幸せそうな表情で眠っている光王の姿があった。


「どうやら眠ってしまったみたいです。

 失礼かと思いましたが、そのまま放置するわけにもいかず……」

「っ! ルー!」


 慌ててシューヤが立ち上がるが、その腕を取る。

 こちらを見る表情は鬼気迫るものだった。


「ソルア、ルーが!」

「……残念だけど、もう手遅れ」

「……クソッ!」


 既に光王は屈してしまった。

 全員が屈してしまう前に2人だけでも気づけて良かったと思うべきなのだろうか。

 光王をもとの席にそっと座らせるナギア。

 そのまま自分の席に戻ろうとするナギアの手元に、シューヤが目を向ける。

 そこには長方形が折りたたまれたようなものが握られていた。


 戦慄の表情でシューヤは問いかける。


「なあナギア、その手元にあるものは、もしかして……」

「ん? ああ、これですか」


 そういってナギアは手に持ったものをテーブルに置く。

 それは革製で、中に1枚の紙が挟まれているのが見えた。


「陛下がお手洗いに行っている間、時間がありましたので――」

「…………」


 ごくり、とシューヤが唾を飲む音が聞こえた。


「――会計を済ませておきました」

「……っ!」

「シュー君、シュー君!? 大丈夫!?」


 思わず突っ伏しかけたシューヤだったがギリギリで持ちこたえた。

 その体を支えつつ、ソルアは問いかける。


「今日はいっぱい食べたからすごいお金になるはず!

 ナギア、ケチのくせにどこからそんなお金を!?」

「流石に今日中に支払うのは難しいのでツケにして頂いたよ。

 大丈夫、金のあてはある。いくつか魔術を売れば十分だろう」

「ちょっと待てぇーー!!」


 復活したシューヤが大声をあげる。


 魔術を売る。それは魔術師が自身の研究の成果である魔法陣に関する知識を金で売るという事だ。

 属性の相性こそあれ、知識とそれを補う才能があれば人はどんな魔術でも使える。

 つまり魔術師にとって知識は力に直結する。

 学院という知識の共有・啓蒙を目的とする機関など異端中の異端。

 知識の秘匿を始めとして、魔法陣の解読を防ぐための隠蔽・偽装工作など、やらない方が頭がおかしいと言われる始末だ。


 中でもナギアやソルアのような希少属性の魔術師にとって魔術を売るという事は、希少性という自身の武器を放棄することを意味する。

 ただでさえ研究が進まないというディスアドバンテージがある上に、魔術を売ればそれはもうほぼ自殺行為そのものだ。


「ソルア、ナギアを止めろ!

 俺たちでこの悪夢を終わらせるんだ!」

「でも、どうやって!?」

「俺はルーが起きてないから魔術が使えない!

 ナギアに『治癒』は使えないのか!?」

「……っ。私、自分以外の人に魔術使えない……!」


 無意識の制約により、どうしても魔術が発動しないソルアは悔しげな表情を浮かべる。

 どうすれば、どうすればいい?

 酒のせいもあってか、頭の中がまとまらない。

 その様子を見たナギアは心配そうな表情を浮かべ、ソルアの方に1歩ずつ近づき、


「ソルアどうした? 気分が悪いなら今日は帰る時抱っこしようか?」

「うわああああぁーー!」


 混乱の余り思わずハイキックが出た。

 それも魔力による強化と、魔術による加速を加えたうえで、だ。

 放たれたキックは吸い込まれるようにナギアの顎へ。

 色んな意味で脳で揺さぶられたナギアは、蹴られたことに気付く前に気を失った。



● ● ● ● ●



 全てが終わった後。

 そこには荒い息をつくソルアとシューヤの前でナギアがぐったりと横たわっていた。

 生還したソルアとシューヤは、無言で目を合わせると、


「……嫌な、事件だったね」

「……そうだな」


 それぞれのパートナーを抱え、帰途についた。

 そして決意した。

 二度と酒でふざけるのはやめよう、と。


 食事代と店への弁償代は光王のポケットマネーから出させた。

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