第90話 お悩みヘルパーズ②
「――さて次ね! 場所はここ、初等教育院!
依頼内容は、校庭の花壇の手入れよ!」
太陽が頂点を過ぎたあたり。
光王は朝礼台の上に立ち、ナギア達を見下ろそうとしていた。
実際は台に乗ってやっと同じくらいの身長なので逆に不憫となっている。
その手には国民からのお悩みがかかれた紙が握られている。
そこには、『初等教育院に新しく増設した花壇にお花を植えてほしい』と書かれていた。
「ルールを説明するわ!
今ここには新しくできたばかりの花壇が3つあるの。
私・ナギア・ソルアの3人でそれぞれ1つずつ担当して、誰が一番上手にできたかで勝負ね!」
午前の敗北のことなどもう忘れたかのようにふんぞり返る光王。
台の前に横一列に並ばされたナギア達。
その中から一人、シューヤが手を挙げる。
「えっと、ルー? これってルーの信仰回復のためにやってることでお花名人を決めるのは目的と違くないか?」
うんうん、と横に立つソルアとナギアが頷く。
花のない花壇の1つ1つは1人では埋めきれないほどに大きい。
全員で協力しなければ陽が沈んでしまいそうだ。
「甘いわねシューヤ! お昼に食べたパンケーキより甘いわ!
競争なくして成長なしよ! 互いに死力を尽くして争うのよ!」
「よりにもよって初等教育院でやる?」
「シャラップ!」
「ええー」
こうなったら意地でも自分の意見を変えることはない。
そう判断したシューヤは手を下ろす。
次に手を挙げたのはソルアだった。
「さっきの名前にシューヤがいなかったけど?」
「ふっふっふ、その辺ももちろん考えてるわ。
勝負事となれば審判がいるでしょう? シューヤが審判よ。
この院に通う子供たちと、ここの院長と、シューヤで合わせて3票。
一番票数が多い者が勝ちってわけ」
「…………」
「……何よナギア、その目は。何か文句でもあるっての?」
「いえ? 自分に甘い人を審判にして確実に1票獲ろうとするのセコいな、なんて思ってませんよ?」
「思ってるわねえ!?」
ひらひらと手を振って流すナギア。
光王が地団駄を踏むがそれも無視する。
「ゴホン、まあいいわ。
花壇に使う花だけど、ここに用意してあるやつを使ってもいいし、よそから自分で調達してもいいわ。
午前中にいた特区、あそこに行けば買えるから」
ここまで言って光王は目の前にいる者たちを見渡す。
これ以上、質問がないことを確認して、
「じゃあ始めるわよ!
第1回、上手に花壇を作れるのは誰だろな選手権、かいさーい!」
● ● ● ● ●
「ねーねーお姉ちゃん。このお花、なんていう名前なのー?」
「む? それはパンジア。球根を見れば花の色も分かるからよく見てみるといい」
「へー!」
始まって1時間。
シューヤは院長と花壇を1つ1つ見て回ることにした。
最初に行ったのは校舎に最も近い場所。授業を受ける子供たちも、甲社の中から見ることができる場所だ。
そこでソルアは院の女の子たちと花を植えていた。
初めは遠くからこちらの様子を窺っているだけだった子供たちも、背格好の似たソルアに似たものを感じたのか続々と集まってきていた。
そんな中、
「……ふん! つまんねーよこんなの!」
「あーっ!」
一人の男の子が花壇から花を引っこ抜く。
その花を植えた子は、それを見て涙目になる。
「……うう」
「ちょっとー、やめなよー!」
「遊んでもらえないからってちょっかい出すのやめてよねー!」
「ち、ちげーし! バーカバーカ!」
周りの女子軍団に一斉に囲まれ、逃げるように捨て台詞を吐いて走り去る男子。
確かにソルアの周りにいるのは女の子ばかり。
……このくらいの男の子で花に興味ある子は少ないわなあ。
シューヤがフォローに回るかどうかを迷っていると、ソルアがたくさんの花の中から1つを選び、その実を千切る。
そしてその実を、逃げる男子の背に向けて、
「てい」
「……?」
投げた。
男子が背に軽い違和感を感じて背を見る。
そこには、トゲトゲで覆われた小さな実がくっついていた。
「……なんだこれ!?」
「ほら皆、投げてやれー」
「わー!」
「なっ!? ちょ、まっ!?」
一斉に投げられるトゲトゲの実。
避けきることもできず、男子の服に次々と実がくっついていく。
男子も服についた実をはがし、投げ返し、他の男子もそれに加勢する。
数分もしないうちに、女子VS男子で実の投げつけ合いが始まっていた。
花壇のことなど忘れてしまったような姿にシューヤは手を伸ばしたままの姿勢で固まる。
院長も王配の前での不作法に固まっている。
「ああ、ああ……。で、殿下。違うのですよ? いつもはみんないい子で……」
「はは。先生、そんなオロオロしなくても大丈夫ですよ。
そもそも始めたの、俺たちが連れてきたソルアだし」
「は、はあ……」
お互いの服や地面にたくさんの実が落ちた頃。
ソルアが最初に花を引っこ抜いた男子に近づく。
「な、なんだよ……」
「楽しかったでしょ?」
「は?」
「花。つまらなくないでしょ?
アレを植えれば、明日も明後日も遊べる」
そう言って向けられた指の先にあるのはさっきまで投げ合っていた実をつける花。
男子がその花をじっと見つめているのを見たソルアは、その子の手を掴む。
「ほら行くよ。君も手伝って」
「え、ええ!?」
「あの花を植えるスペースはちゃんととってある。
植えないと、次の実はできない」
「う、うん……」
ソルアに手を引かれるまま、男子は女子たちが待つ花壇の近くに連れていかれる。
そして男子と女子の間で少し会話が交わされた後、それぞれが協力して花壇に花を植えていく。
そこには初めの険悪な雰囲気はなかった。
少し離れた位置にいたシューヤと院長は、
「……まあ。彼女は、初めからこれを狙って……?」
「いやー、どうだろうな。多分天然だと思う」
「だとしても素晴らしいことです」
「……そうだねえ」
● ● ● ● ●
シューヤと院長は次にルーに任された花壇へ向かった。
ルーに割り当てられたのは校門のすぐ近く。この教育院を訪れる人が真っ先に見る場所だ。
ここには教育院に通う子供たちが授業の一環で作った花壇が並んでいる。
どれもこれも拙くも微笑ましさを感じさせる出来だ。
その中にある、新しくできた花壇。
その前にルーはいた。
「むむむ……」
「ルー?」
「静かに! 今何か降りてくる感じがするから!」
花壇を前にして、両手と顔を空に向け、何かを待つように目を閉じるルー。
場所が場所なら託宣を待つ巫女のような神聖さがあったかもしれないが、残念ながらここではただの不審者である。
「ここがこうだから……。いやでも、バランスが……」
ぶつぶつと呟きながら考えに耽るルー。
その足下には、何処かから自ら調達してきた花がずらりと並んでいる。
シューヤも花に詳しいわけではないが、どれもこれも高そうな花だ。
花壇には既にいくつかの花が植えられている。
シューヤはそれを見て、ひとつ頷くと、
「なあ、ルーさんや」
「何? あ、今来たわ! ペカン!、と来たわ!」
「まあまあ、それは一旦置いておいて、と」
両肩を掴み、こちらを振り向かせる。
今言わなければ軌道修正も難しくなる。
それは、
「バランス考えて?」
ルーが作っている花壇。
中央に水瓶を持った女性の彫像を置き、バラの垣根や白百合が美しく配置されている。
まだ未完成であるはずのそれは、既に芸術作品としての片鱗を見せていた。
つまり明らかに周りの雰囲気と合っていない。
100円ショップに世界的名画が混ざっているくらいに異様だ。
……そういえば、一時期学院の生花講座にハマってたっけ。
ルーは、暇を持て余しては色々な方に手を出す。
茶道・華道はもちろんの事、絵画・音楽などなど気になったものはなんでも、だ。
ある程度時間が経てば飽きて次に行くという繰り返しなのだが、その飽きが来るまでに実力はプロ一歩手前までは行く。
「あのねシューヤ、私が担当するこの花壇ちょうど入口近くにあるの。
つまりこの教育院の顔と言っても過言ではないわ!
ここでこの私の素晴らしいスキルのアピールをしないでどうするってのよ!」
「いや、凄いんだよ?
凄いんだけど、凄いからこそむしろダメというか」
「ぶー……」
どうやら納得いただけていないらしい。
少し困り顔になったシューヤは、少し言い方を変えることを思いついた。
「じゃあこう考えてみよう。
ルーのこの作品は凄い。それは確かだな?」
「そうね! まだまだ未完成だけど、一大傑作ができる確信があるわ!」
「うんうん。でも周りを見てごらん。
この辺りはこの教育院に通う子供達が世話をしている花もあるよな?」
「……そうね?」
「このままだと、ルーの花壇ばかりに目がいって、他の花壇が見劣りすると思われるかもしれないぞ?」
「!!」
パッと顔を上げたルーはぐるりと周りを見回す。
そしてもう一度自分の花壇を見て、
「……手直しするわ。
私、他の誰かを、それも子供を蹴落としてまで褒められたくないもの」
「……悪いな」
「ううん、いいの。気付かせてくれてありがとね」
そう言ってルーはシューヤに軽いキスをする。
そして直ぐに今ある花壇の手直しに入った。
それを確認してシューヤはそっとその場を離れる。
ルーは優しい。
一見、自己中心のように見えるが、その根底には誰かの役に立ちたいという絶対的な献身の精神がある。
偶にあらぬ方向へ行ってしまうそれを、自分は少し修正するだけでいい。
そして、今回ももう大丈夫だと、確信を持ってシューヤは言えるのであった。
● ● ● ● ●
「最後に、ナギア担当の花壇か」
「場所は校舎裏でしたよね?」
ルーと別れ、シューヤは院長と最後の花壇がある場所へと向かう。
校舎裏。最も周囲の目が入らず、手入れもあまりされていない場所だ。
「殿下、私は、そのナギアさんという方をよく知らないのですが、どういった花壇を作られるとお思いですか?」
道中。隣を歩く院長から質問を受ける。
シューヤは、ふむ、と顎に手を当てて少し考え、
「ナギアは真面目系だからな……。
与えられたものを使って、無難にまとめてくるんじゃないか?」
「そうですか」
院長は少しほっとした表情を見せる。
今回、新任の教員が軽い気持ちで光王に依頼をしてしまったが、実際に来るとなれば緊張は1つや2つでは足りない。
後でしっかりシメておこう、と心の中で決意する。
「ここを曲がったところだっけ?」
「ええ、そうです。
すぐ左手に彼が担当する花壇が、見え、て……」
「? どうした?」
院長の方を向いていたシューヤは突然黙ってしまった院長と同じ方向を見る。
そこには、
「ん? あ、シューヤさんに院長先生。
見回りですか。お疲れ様です」
「キシャアアアアアアア!」
なんか明らかにおかしい植物を持ったナギアがいた。
牙のような構造を備えたそれは甘えるように長い蔦をナギアの腕に絡ませている。
「ナギアさん、それ、何?」
「これは『バグデストロイヤー』という品種の食虫植物です。
見た目は少し厳ついですが、人に対して害はないですよ」
……少し? 少しっつったか今?
どこからどう見ても宇宙から飛来してきて人類滅亡の種になりそうなやつ。
ここを通りかかる生徒たちのトラウマ必至である。
「お前はここをパニック映画の舞台にする気か」
「? エイガってなんですか?」
「何でもない。こっちの話だ。
それで、何でそのバグデストロイヤーとかいう物騒なものを植えてるんだ?
ここ、虫が多くて困るような場所じゃないと思うんだけど」
「ああ、それはですね……」
そう言って、ナギアは自らの背後を指し示す。
ナギアの陰になって見えなかった場所。
そこには、多くの地味な植物が植えられていた。
お世辞にも奇麗とも言えない小さな花を備えたそれを見た院長の感想は、
「……雑草?」
というものだった。
ナギアは、む、と口を結ぶと、一つ一つ指さしながら、
「これは根に鎮痛作用のあるもの、こっちは葉をすりつぶして傷口に刷り込むことで止血効果があるものです。また、これの花と根を合わせることで解熱剤の代わりにもなりますし……」
「あー、つまり、ここにあるものは全部薬草なのか?」
長々と続きそうな説明を遮り、シューヤが尋ねると、ナギアは大きくうなずいた。
「見た目は確かに雑草みたいですが、どれもこれも十分な効果を持つものばかりです。
それこそ、これを狙ってやってくる鳥や虫に対抗するためにこのデストロイヤーが必要になるくらいなんですよ」
「ほう……」
「え、これ、虫どころか鳥までいけるのか……」
シューヤがドン引きする横で、院長は感心したように花壇を眺める。
説明を聞いてみると、手入れのされていないように見える花壇から清潔感が感じられるようだ。
「で、なんでまたここに薬草を植えようと思ったんだ?
場所的には周りから目立たないところで合ってるんだろうけど」
「それはですね……」
ナギアは話しながらも薬草を植える手を止めることはない。
その手に迷いはない。
前線に出ることが許されなかったナギアだが、こうした形で誰かを助けるための知恵は進んで実践していた。
時には自分の体で実験することもためらわなかったほどに。
「俺には子育ての経験がないので実際の所は分かりませんが、子育てはある種の戦争と聞きました。
いつどこで怪我をして帰ってくるかもわからず、ある日突然に病気になるかもしれない。
そういった状況に対し、長年戦争に関わってきた俺なりの助力と言ってできることはこれくらいしかないとは思いまして」
「…………」
「もちろんこの国の主流魔術――光魔術が回復に長けていることは知っています。
ですが魔術を封じる手段なんていくらでもありますからね。
いざというときのための方策を多く準備するに越したことはない」
そう言ってナギアは次の株を手に取る。
真面目だな、とシューヤは素直に思う。
歳の割に遊びがないとも思うが、それはナギアのこれまでの人生を思えば不思議でもない。
少なくとも、状況に応じ、その場で自分に何ができるのかを考えで出した結論である以上、シューヤはこれ以上文句をつける気にはならなかった。
「これについても逆に良い勉強になるかも……?」
院長もバグデストロイヤーについて好意的に思えてきたようだ。
頑張れよ、と声をかけてその場を立ち去ろうとするその背に、
「あ、ちょっと二人とも。
お伝えしておきたいことがあるんですが……」
「ん?」
ナギアが声をかける。
そしてポケットから小さなメモ帳を取り出すと、
「これを読んでおいてください。
ここに植えてある薬草と注意事項です」
「注意事項?」
ええ、とナギアは頷く。
「ここにある薬草は組み合わせでより高い効果を発揮することがあるんですが。
例えばこれとこれ。混ぜて粉末にしたものを炙って煙にすると、快楽物質をドバドバ出す代わりにものすごい依存性を持つものになっちゃうんですよ」
「麻薬じゃねぇかぁー!」
引っこ抜いた。
とんでもねえ。神聖な学舎が脱法を超えて違法薬物を育てるところになるところだった。
隣のものも抜こうとすると、ナギアがその腕を掴み、
「混ぜなければ! 混ぜなければ良いんですよ!?
ほら言うじゃないですか! 物は使いようって!」
「ええい抵抗するな! 第一これどこから手に入れてきやがった!」
「え、それは、言わない約束になってて……」
「よーしアウトだ! 後で自白もしてもらうからな!?」
その後、危険な組み合わせが無くなるまで時間いっぱい問い詰めた。
● ● ● ● ●
「はい結果発表ー……」
空が赤らむ夕方。
朝礼台にもたれかかったシューヤと院長は力なく言葉を吐く。
「ねえシューヤ、なんでそんなに疲れてるの?」
「……俺が聞きたい」
「何やったんですか光王」
「犯人扱いやめてくれる!?
ちょっと花で立体自画像とか作ろうとしただけじゃない!」
うわ、とそれを見ていない二人が引いていると、シューヤの横に立ち苦笑を浮かべる院長が、
「続けますね? 子供たちはもう下校時間で帰ってしまったので、その前に全部の花壇を見て回ってもらって、どれが一番良かったかを聞いておきました」
そう言って手に持っていた何枚にも重ねられた紙を見せる。
「こちらは先程集計が終わりました。
投票総数は345。
ナギアさんが52票、陛下が38票、ソルアさんが255票でした」
よし、とソルアはガッツポーズ。
ぷるぷると怒りに震える光王は、
「ソルアが1位なのは良いけど、ナギアに負けるのは納得いかないんですけど!?」
「人を指さすんじゃない」
「ええと、一部生徒からはコメントももらってます。『デストロイヤーってやつがかっこよかった(男子生徒)』『デストロイヤー、家にもほしい(男子生徒)』『デストロイヤーどこでかえますか?(男子生徒)』」
「すげえなデストロイヤー」
薬草にも興味持って欲しかったな、とナギアは呟くがその声は誰にも届かなかった。
「対し陛下の花壇ですが、『なんかふつー(男子生徒)』『ソルアお姉ちゃんの方が楽しかった(女子生徒)』という感じですね」
「……やっぱり立体自画像の方が?」
「「「「それはない」」」」
「なんでよー!」
ぐぬぬ、と光王は呻き声を上げる。
「まだよ! この勝負は3票のうち2票取れば勝ちなのよ! そうよね、シューヤ!? 分かってるわよね、シューヤ!?」
「圧がすげえ……」
では私から、と院長が手を小さく挙げる。
光王が期待を込めた視線を送る中、
「まあソルアさんですよね」
「「ですよねー」」
「いえーい、勝ちー」
ソルアはナギアの方へ向かい、撫でるように頭を突き出す。
ナギアは差し出された頭をぐりぐりと撫でながら、
「決め手はやっぱり子供ですか?」
「はい。男の子も女の子も楽しめるということは素晴らしいと思いますし、何よりソルアさんにはとても良い経験をさせていただいたと思いますので」
経験?、とナギアはソルアの頭頂部を見る。
ソルアはナギアが頭から手を離さないようにしっかりとホールドしつつ、
「わたしは遊んだだけ。でも楽しかった」
満面の笑顔をナギアに向けた。
ナギアは結局何が良い経験だったのかわからなかったが、
「そうか」
と呟いた。
「ねえシューヤ……。シューヤは私が一番よね? そうよね?」
「はいはいそうだねー。ちゃんと綺麗にまとめたもんなー」
「今回は『形而上的理念の発露と唯物的概念の融合』をテーマにしてみたんだけどな……」
「……なんて?」
背後から夫婦の甘々(?)な会話が聞こえてくる。
結果として唯一ナギアは1票も得られなかった。
それでもソルアの喜びようを見ていれば、まあいいか、と思うのであった。




