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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第5章 光王の献身
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第89話 お悩みヘルパーズ①

 光王国は1年をかけて世界を1周する浮遊国家であり、その性質上、国家間の公益の要となっている。

 そのため、交易のためだけに利用される交易特区と呼ばれる巨大な浮遊島が存在する。他国に接近した際、この交易特区が下降し、地上との取引を行うのだ。特区の上に店を構える商人も多い。

 そんな特区は、各国の特徴が入り混じる光王国でも異彩を放つ場所となっている。

 学院を抱える王都島が異世界文化のるつぼであるならば、交易特区はこの世界のあらゆる文化を凝縮した一大都市だ。


 そんな交易特区を真上から見ると、いかにも人工的に作られた都市であるという印象を受ける。

 ドーム状の建物が格子状に張り巡らされた大通りの隙間を埋めている。

 ここにある建物は全て、この特区で商いをする商人が用意したものだ。

 日が沈んでも人の流れは絶えることなく、不夜の都市という名をほしいままにしている。


 その交易特区の一角。

 『喫茶ファビオ』の看板を掲げる小さな建物がある。

 カウンターの奥で珈琲を淹れるのは小さな丸眼鏡をかけた初老の男性。

 落ち着きのあるその振る舞いは、都市の喧騒に疲れた者たちの憩いの場となっている。


 ……ここまで、長かった。

 奇麗に磨かれたコーヒーカップを並べながらマスター、ファビオは思う。

 今のこの憩いの空間は己の不断の努力の成果だ。

 細やかな所作、余裕を感じさせる風貌……。

 目に見えぬ所まで気を配った。今の己は間違いなく『完璧なマスター』を体現できている。


 ――トトトトトトッ。

 ふと、上の方から小さな音が連続する。

 この喫茶店は1階建てだ。

 音がするとすれば、建物の上しかありえない。

 ……まあ、音の大きさ的にもノラ猫か何かだろう。

 珍しい話ではない。この特区では動物を商品として取り扱う店もある。

 大方何処かのペットが逃げ出したのだろう。 


 そう思い、目線を上から下に戻す。

 この程度で取り乱すようなソトヅラではない。

 穏やかな笑みを顔に貼り、作業に戻ろうとすると、

 ――タタタタタッ!

 手に持つカップにひびが入った。

 ……大丈夫。まだ取り乱してなんていない。


 カップを棚に片付けようとして、

 ――ダダダダダッ!

 カップを手に持ったまま、外に飛び出す。

 そしてファビオは見た。

 屋根から屋根へ。大通りを挟み、跳躍の姿勢をとる姿を。

 足に強化外装となる遺物を付けた黒髪の男。

 肩には長い金髪を持つ小柄な女を乗せている。

 シューヤとルクスピカラだ。

 ファビオは、己の真上を通り過ぎていく者がこの国の女王とその夫であることをしっかりと確認した上で、


「何やってんだお前らぁー!」


 叫んだ。


「お、マスターのキレ芸、久しぶりだな」

「滅多にやってくれないからいいもん見れたわ」


 店内。香りたつ珈琲を口に含みながら客はしみじみと呟く。

 幸いにして、ファビオにその声が届くことはなかった。



● ● ● ● ●



「あはははは! ごめんねー!」

「いいから説明をしろよぉー!」


 ……楽しそうで何より。

 怒声を背にシューヤは屋根に着地する。

 前を走る一匹と一人ーー猫とソルアの姿はまだまだ先だ。


 ペットの猫探し。それが光王に寄せられた『お悩み』の1つ。

 幼い少女の『お悩み』に取り組み始めたのが今からおよそ2時間前の事。

 ソルアが野生の勘でターゲットの猫を発見し、追跡を始めたのが10分前の事。

 追いかけっこは遂に屋根の上に舞台を移していた。


「さあシューヤ! 私たちがあの猫を捕獲してやるわよ!」

「了解!」


 肩の上に乗ったルーは己の頭をぺしぺしと叩く。

 それに応じるようにルーから供給される魔力量もぐんと上がり、遺物もそれに応えるように性能を上げる。

 この世界の生まれではないシューヤには魔力というものがない。

 魔術を発動するなら、その燃料となる魔力は全て妻であるルクスピカラから供給されなければならない。

 実働担当のシューヤと魔力担当のルクスピカラ。

 2人の息が合わなければ共倒れもあり得る中、抜群のコンビネーションを見せていた。


「それにしてもあの子、速いわねえ」

「時属性の自己加速魔術だっけ?

 単純に俺たちの2倍の速さで動けるってんなら、そりゃ速いだろ」

「実際どれだけ加速するかはムラがあるみたいだけどねー。

 魔力が多い子に多い、調整下手ってやつ。

 その辺私は完璧にコントロールできてるけどね!」

「はいはい偉い偉い」

「もっと感情込めてよね!」


 いつも通りの会話をしながら少しずつ距離を詰めていく。

 初速で負け、トップスピードもルーがやる気を出してようやく勝てるレベル。

 手放しで賞賛できる逸材だ。


「それに比べて後ろを見てみれば……。はあ、まったく、もう……」

「ナギアか? まあそう言ってやるなよ。むしろここまでついて来れるだけでもすごいと思うぞ」

「……そう?」


 後ろを振り返ることはしないが、少しずつ気配が遠ざかっていくのは感じる。

 流石に加速した自分たちに付いてくるのは厳しそうだ。


「ふふん。付いて来れないなら置いていくまでよ!

 まだまだ行けるわよね? シューヤ!」

「おうよ。魔力よろしくな、ルー」

「もちろんよ!」


 さらに加速する。

 全ては最愛の妻の願いをかなえるために。



● ● ● ● ●



 平面のない、球状の屋根の上。

 脚に銀色の魔力を纏い、一生懸命に走る姿がある。ナギアだ。

 屋根から屋根へ飛び移り、軽やかに進んではいるが、前方を走る者たちとの距離はぐんぐんと引き離されていく。


『おっっっっっっそいですね。適合者』

「あいつらが早いんだよ! ていうか、お前が重い!」

『他人のせいにするとは感心しませんね。自らの怠惰を恨むべきかと』

「くあーーー!」


 悲鳴を上げたところで速度が上がるわけでもなし。

 腰にぶら下げた数キロの剣を揺らしながらひたすらに走る。

 あと少し走れば屋根が途切れ、大通りの幅分の跳躍が必要となる。


『さて適合者。身体強化用に魔力を回すのは結構ですが、跳躍用の魔力はあと何回分ですか?』

「5,6回! それまでに何とか捕まえないとな!」

『ふっ。叶わぬ夢となりそうですね。――おや?』


 前を走るシューヤとルクスピカラ。

 先程まで己と同じように跳躍で大通りを超えていた2人に変化があった。

 跳ぶのではなく、大通りをまたぐように光王が光の道を作り、その上をシューヤが走るようになったのだ。


『着地の際の衝撃緩和でしょうか。今更な気もしますが』

「だが好都合だ! 俺らもあの道を使わせてもらうぞ!」


 温存していた魔力を一気に使い、加速する。

 脚に纏う銀色の量が多くなり、1歩の幅が大きくなる。

 そして光王が残していった光の道まであと数歩という所で、


「――!?」

『おやおや』


 光王が光の道を消した。

 前進のために使っていた力を下へ。

 屋根ギリギリで急ブレーキをかける。


「悪いわね! この道はシューヤ専用よ! アンタはそこで指をくわえて私たちの活躍を見てなさい!」

「ここまで来て裏切りやがった!?」

「アンタ達が捕まえるより私が捕まえた方が目立つでしょ!?」

「だったら自分で走れよ!」

「はっ! シューヤと私は一心同体! つまりシューヤが稼いだポイントは私のポイントとして数えられるのよ!」

「きたねぇーー!」


 叫びもむなしく2人の姿は遠ざかっていく。

 だが足を止めてしまったナギアには、今から追いつくのは難しい。

 ターゲットの猫とソルアの姿は遥か先で、豆粒のようにしか見えない。


『どうしますか適合者。諦めますか?』

「……いいや、まだだ。走って追いつけないのなら……!」


 ナギアは足に纏った魔力を解除する。

 代わりに左手を前に出し、遥か先の猫との距離を測る。

 そして魔術を発動する。


「跳べ! 『瞬身』!」


 ナギアの足元に魔法陣が展開される。

 魔法陣を構成する要素は『跳躍』、そして『空』。

 魔法陣がひときわ輝き、


 ナギアの姿は消えた。



● ● ● ● ●



 空属性転移魔術『瞬身』。

 改良に改良を重ね、より少ない魔力量でより遠くに転移可能となった。

 一発逆転を狙うナギア。今回跳んだ先は、


「ターゲットのルート上! ふははは、もう逃げ場はないぞ!」

『素晴らしい小悪党っぷりですね』

「フニャッ!?」


 視線の先にはこちらに向かって走ってくる猫。

 背後には大通りを挟んで次の逃げ道となる屋根。

 突如現れた己の姿に猫が驚きの声をあげるがもう遅い。

 ここは高層の建物が並ぶエリア。後ろから迫ってくるソルアから逃れるためには目の前にいる俺を超えるしかない。


 ……後は猫がどう俺を避けるか、だ!

 腰を落とし、両の腕を広げる。

 可能性としてあるのは上か、左右のどちらか。

 猫の一挙手一投足をじっと見つめる。


 そして決戦の時が来た。


「……右っ!」


 猫は己の右を抜けるように舵を切った。

 それに対し掬い上げるように右腕を振るう。

 できるだけ素早く。それでいて猫を傷つけぬように。

 猫の軌道と腕の軌道が重なり、ナギアは勝利を確信する。


 しかしその腕は猫の体をすり抜けた。


「!?」


 ひどく不自然なアッパーをすることになったナギアは頭の上に何かが乗る感覚を覚えた。

 それは一度こちらの頭に体重をかけると、その4本の足できれいな跳躍を決めた。

 重さの消えた後。

 後ろを振り返れば、全身を伸ばして跳び立っていく猫の姿が見えた。


『………はぁぁぁぁぁぁ』

「いやいやいやおかしいって! 確かに右に避けたはずなんだって!」

『はいはい負け惜しみ負け惜しみ。

 それよりも前を見た方がよいかと』

「前?」


 視線を前に戻す。

 ソルアがスピードを落とすことなく突っ込んできた。


「ナギア! しゃがんで!」

「――っ!」


 このままでは激突する。

 判断は一瞬。

 その場で片膝を突くようにして身を落とす。

 ソルアはすでに十分なスピードを得ている。猫よりも少し踏切位置が手前になったところで問題なく大通りを飛び越えることはできるだろう。


 間違えて頭を蹴り上げられないように、体の中に隠すように頭を下げる。

 視界は屋根の色である白に染まった。


『残念ですが、ここでリタイアですね』

「……そうだな。流石にこれ以上は残存魔力が心もとない」


 悔しさはあるが、やり切ったという達成感はある。

 それにきっとソルアが光王よりも先に捕まえてくれるだろう。

 そう思い、強張っていた体から力を抜いた瞬間、


「とーーーーう!」

「ぶぎゅっ!」


 声と共に、背中に信じられない圧力が加わった。



● ● ● ● ●



 圧力の正体はソルア。

 ナギアの予想とは異なり、ソルアは当初の踏切位置を変えなかった。

 つまり、屋根の縁ギリギリにしゃがんでいたナギアの背中を踏切版代わりに、全力で跳躍した。


 もとより加速魔術で走行に必要な動作を全て加速していたソルア。

 当然、足を振り下ろす動作も加速している。

 ナギアは、完全に油断していたところに、強烈なストンプを食らうことになったのであった。


 しかしそれが功を奏した。

 硬い屋根より柔らかな反発のある踏切を得たソルアは空中で遂に猫に追いつく。

 そしてどこぞの誰かのように空振ることなくキャッチ。

 そのままズザーっという音を立てて向かいの屋根に着地した。


 空中で行われた一瞬の出来事に大通りから見守っていた観衆はおお、と声をあげる。

 そして屋根の上。

 今回の勝者であるソルアが高々と猫を掲げると、その姿に惜しみない拍手が送られた。


「ちぃっ! 結局私たちがビリなんて、屈辱だわ!」

「やっぱ初動の遅れが響いたかなあ」

「次は負けないわよー!」


 若干趣旨を忘れつつある光王とシューヤが追い付いた。

 その足元には潰れたカエルのようになっているナギアがいる。

 シューヤはピクリとも動かぬナギアを見て、


「……えーっと、生きてる?」

「…………イキテマース」

「ああ良かった良かった。流石に事故物件が増えるのは嫌だからね」

「心配するところはそこじゃねえ……!」


 ガバッと体を起こすナギア。

 その背中にはくっきりと靴の跡が残っている。


「何なんだあの猫!? 何で俺最後踏まれたんですか!? 途中でどっかの誰かは裏切るし! そもそも何で素直に追いかけたんだ自分! 初めから回り込むなりすればよかっただろ!」

「はは。長ーい」

「ざ、雑に流しやがった……!」


 まあまあ、と言いながらシューヤと光王は屋根に腰を下ろす。

 そして捕獲した猫を高々と掲げ、地域住民からの喝采を受けているソルアを、目を細めて見て、


「うんうん、嬉しそうで何より。

 やっぱり若い内は、楽しいことをたくさん経験しておくのが一番だからね」

「多分あいつ、ここにいる誰よりも年上ですよ?」

「実質10歳くらいでしょー」

「……まあ、そんなもんですかね」


 よっこらせ、とシューヤの横に腰を下ろす。

 背中の踏み跡は、後で洗濯でもしておこう。


「さて、負けた私たちは反省会ね!」

「どこから取り出しましたその眼鏡」

「気にしたら負けよ! はいこれでアンタ2敗ね! 私たちまだ1敗だから!」

「あ゛?」

「――まず、ナギアはあの猫を捕まえられなかった理由だけど、あの猫って、もとは『ミラージュパンサー』っていう魔獣を改良したものなのね。その名の通り、光魔術を使って幻惑を見せたりするわけ」


 必死に話を逸らしにかかった。

 付き合うのも面倒なので、ため息を一つつくだけにしてその流れに従う。


「俺は幻惑の方を掴まされたんですね」

「そゆこと。熱源まで隠せるわけじゃないから、ゴーグル型の遺物を装着したりして対応するのが普通よね」

「そこまで分かってて何故支給がなかったんでしょうか」

「…………。ほ、ほら! 遺物も少しは魔力使うし! ナギアみたいな魔力ポンコツだとすぐに倒れちゃうかと思って!」

「あれ? 騎士団で保管してる同タイプのやつって、ルーの魔力を貯める型じゃなかったっけ?」

「シーッ! シューヤ、シーッ!」


 ……忘れてたな。

 ため息を一つついて、前を見る。

 誇らしげな顔を浮かべるソルア。

 踏まれた怒りはどこへやら。その顔には自然と微笑みが浮かぶのであった。

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