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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第5章 光王の献身
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第88話 お悩みモーニング

 朝。学院の寮の一室。

 ナギアはベッドから体を起こし、着替えを済ませ、窓から外を見渡す。

 学院の寮が存在するのは王都島の端。

 だから、窓から見える景色といえば、空と、あとは雲かはるか下の地面だった。

 

 だが、今は違う。

 建物と同じ高さに地面があり、それがずっと先まで続いている。

 ここが浮遊島であるという事を忘れそうなほどに地面は続く。


 元々、光王国は闇王クロアネロンに呼び出される形で王都島のみを闇王国に派遣し、その他の島は通常の航路に従って運航させていた。

 だからこそ、これこそが本来の光王国の姿である。

 

「昨日、寝ている間に王都以外の島と接続したってことなんだろうな……」

『おはようございます適合者。相変わらず無駄に早起きですね』

「おはよう。相変わらず無駄に一言多いな」


 机の上に置かれた剣型の遺物と朝の挨拶を交わす。

 無機物と会話するという事にも慣れてきた。


 再び変化した窓の外の景色に目をやる。


 立体的に走る道。遠くに見える高層の建物。

 異世界の文化を積極的に取り入れているが故の文明の高さ。

 目を細めて遠くを見れば、一般住宅も見えるが、その形も独特だ。

 球体を半分地面に埋め込んだようなドーム状。

 空を飛ぶタイプの魔獣・野獣の襲撃に限定されるこの国では、衝撃を逸らすためにあのような形になっている。


 地上で見られるような建物も特定の区画には見られる。しかし、それらにはいざという時のための魔術防護壁が別に必要となるため、この国では贅沢品である。

 コストを取るか、ステータスを取るか。そのあたりは考え方次第という事だろう。


 日課の魔力訓練を済ませ、遺物の剣をもって寮に併設された食堂に降りる。

 今日は朝一で光王の居宅に来るよう言われているが、起床時間が早いナギアにとってはいつも通りのルーティーンをこなしても余裕で間に合う。

 ……ソルアは、叩き起こしに行く必要があるかもな。

 朝食を受け取りながらぼんやりと考える。


 今朝のメニューはサンドウィッチ。

 噛み応えのあるパンに、赤や緑の野菜がこれでもかと挟まれ、手を大きく広げてやっとつかめるほどの分厚さになっている。

 これは研究員のために開発されたものだ。

 奴らは目を離すと、研究に没頭し、食事を忘れ、挙句の果てにその辺の廊下でぶっ倒れる。

 そのため、敢えて食べるのに時間のかかるメニューにすることで、少しでも休ませようとする魂胆だ。


 ……それに対抗して、圧縮魔術と顎を強くする魔術を開発中らしい。

 対抗してんじゃねえよ、と思いながらサンドウィッチにかぶりつく。美味い。

 アルジオ帝国にいる時、食事といえばほとんどが携帯食料(レーション)だった。

 美味いとか不味いとかそういう次元以前のものだったため、ナギアにとって食事とは作業だった。

 それが今では日々の食事を楽しみにしている自分がいる。

 これもまた、この世界にきてからの変化だ。


「……おはよ」


 ソルアだ。

 こちらに近づいてくるその足取りは怪しく、声もか細い。

 どう見ても二日酔いだった。

 無言で目の前に水の入ったグラスを差し出すと、奪い去るようにして一気に飲み干す。


「……もう一杯」

「自分で行きなさい。

 今日は忙しくなりそうだから、ちゃんと朝も食べるように」

「……むりー」


 そのまま机に突っ伏して動かなくなる。

 手の中にあるサンドウィッチを口の中にねじ込むことも考えるが、


「おい、なんであの子突っ伏してるんだ?」

「何かその直前に目の前の男が何か飲ませてたけど……」

「事案? 事案?」

「よし、殺るか」

「ちょうど分解魔術を試し撃ちしたかったんだよなあ」


 同じ食堂で朝食をとる研究員たちがこちらを指して何かを言っていた。

 最後の2人はソルアが講義を受けているのを見ていた者だ。


「おい起きろ。今すぐ起きろ。俺が社会的にも物理的にも死ぬ!」

『参考までに申し上げますと、この国で児童虐待は10年ほどの懲役刑です』

「黙れ駄剣」

「……頭ガンガンする」

「何でも好きなやつ持ってきてやるから! な!?」

「……むー」


 どうにも反応が悪い。

 ソルアはその姿勢のまま、指だけを動かしてテーブルの上に何かを描き出す。

 初めは持ってきてほしいものを書いているのかと思った。

 しかしその指は、絵を描くように複雑に動いていた。


「……魔法陣?」

治癒(キュア)


 ソルアが指でなぞった通りにテーブルに図形が生まれ、魔術発動の合図の光を漏らす。

 光属性の状態異常を治す初級魔術。

 魔術光は、一瞬だけソルアの体を包むと、その体から二日酔いという異常をすっきりと除去した。


「……うむ。これで良し。頭スッキリ」

「どこで覚えたんだそんな魔術」

「昨日。飲む前に光王がパパっと教えてくれた」

『それだけで発動できるとは。

 教え方が上手いのか、才能によるゴリ押しなのか。興味がありますね』


 光属性の魔術は浄化・治療と言った方向に特化している。

 だからこの国では二日酔いで苦しむ人はいない。

 なお治せるのは外部的な要因のみであるため、疲労といった内部的な要因は無理。

 そんなことができたら不眠不休で動き続けるゾンビであふれかえるに違いない。


 すっかり元気になったソルアは、むふー、と鼻息荒くナギアを見上げる。


「で、ナギアは好きなの買ってきてくれるんだよね?」

「もう何ともないくせによくもまあ……。

 まあいいか、何が良い?」

「うーん……。おいしそうなやつ」

『適合者のセンスが問われますね』

「一番困るタイプの注文……。俺と同じやつでいいな?」

「ん。いいよー。なるはやで」


 テーブルの下で足をパタパタさせて急かす。

 ……甘やかしすぎたか?

 まあいいか、と思いつつ、手に持ったサンドウィッチをテーブルに置いて立ち上がる。

 右手に新しいサンドウィッチ、左手におかわりの水を持って帰ってくれば、テーブルの上は空になっていた。


「…………おい。俺の分まで食ったな?」

「違うの。光王が来て、全部食べて行っちゃったの」

「ああ、そうなのか、ってなるか馬鹿!

 今日の分のお小遣いなしだからな!」

「ええーー!」

「えー、じゃねえ!」

『適合者。そろそろ時間がギリギリです。

 コントはそれくらいにした方がよろしいかと』


 いつもはお互いの研究成果を話し合うだけの食堂。

 その日はどこか和やかな空気が流れていた。


● ● ● ● ●


 王城。

 ここに来るのは2度目だ。

 玄関の呼び鈴を鳴らすと、中に入ってくるように言われた。

 躊躇いなく入っていくソルアの後を追う。


 通された執務室の様子は以前見た時と少し違っていた。

 前は整頓され、小奇麗な仕事部屋という印象だったが、今は床が見えない程に散らかっている。

 その原因は大量の箱。

 菓子箱ほどの大きさをした同じ箱が部屋を埋め尽くしている。


「おはよう。少し散らかってるけど気にしないでくれ」


 シューヤと朝の挨拶を交わす。

 部屋を埋め尽くす箱の中で、ソファに座り、いつも通りの柔和な表情を浮かべている。

 その腕には、赤ん坊を抱いている。


「えっと、どういう状況です? 光王は?」

「この子、誰?」


 それぞれ頭に浮かんだ疑問を口にする。

 ソルアは赤ん坊に近づき、餅のような頬をぷにぷにしはじめた。

 赤ん坊も人見知りをしない性格なのか、ソルアに小さな手を伸ばしている。


「この子はラルク。俺から見れば初孫だな。

 朝だけ預かってくれって息子夫婦に言われたんだ」

「だう?」

「ふーん。お、指掴んだ」


 言われてみれば面影があるようにも見える。

 シューヤの見た目が若いせいで親子と言われてもおかしくない。

 元の世界ではありえない光景だが、いい加減慣れてきた。


「ルーはもうすぐ来ると思うぞ。何か準備がいるとは言ってたけど……」


 そういいながらシューヤは立ち上がり、ススっと俺の方に近づいてくる。

 そして俺の耳に口を寄せ、


「で、この箱が例の箱なんだけど……」

「光王への陳情を入れる『お悩みボックス』ですね?」

「ああ。国中にルーが設置したやつが今朝届いてな。

 俺が受け取ったんだが……」

「だが?」


 シューヤの顔を見る。

 悲しみ半分、笑い半分といった微妙な表情をしていた。


「めっちゃ軽かった」

「……それって、」

「中身、空かも」


 てへ、と言いたげな顔で笑うシューヤ。

 企画倒れ。

 頭の中にその4文字が浮かぶ。


「このことを、光王は?」

「まだ知らない。目の前の箱の山にテンション上がっちゃったみたいで」

「大事なのは中身でしょうが」

「それな」


 まあ安心しなよ、とシューヤはこちらの肩を叩く。

 その目は悪戯心に満ちていた。


「その辺は俺も考えてないわけじゃない。……君もそうだろう?」


 その声に己は答えない。

 ただ、ニヤリ、と笑みを浮かべるだけだ。

 それを見て、シューヤは満足したような笑みを浮かべる。

 そして部屋の外からだんだんと近づいてくる足音の方へ眼を向け、


「さあ、我が女王のお出ましだ」


 いよいよ試練が本格的に始まる。


● ● ● ● ●


「って始まるかぁー!

 この箱も空じゃないのよぉー!」


 光王が空箱を放り投げながら叫ぶ。

 ……これでちょうど50箱目、と。

 くるくると宙で回転する箱をナギアは器用にキャッチ。綺麗に折り畳んで、一箇所に重ねておいていく。


 開封作業が始まって約30分。

 床の半分は見え始めていた。


 光王は大量のお便りが来るものと考え、内容に応じて分類できるように空き箱を大量に抱えてやってきた。

 今の所、使う場面はない。今後もなさそうだ。


「皆、何かしら悩みとかあるんじゃないの!?」

「ほら、やっぱり人には言いにくいことってあるじゃん」

「そのために匿名でもいいようにしたのにぃ……。

 ディープでドロドロしたやつきてよぉ……」

「野次馬根性がえげつねえ……」

「そういう所だと思うよ?」


 夫のフォローもかなわず、がっくりと膝をついてうなだれる光王。

 その顔を目前まで這っていったラルクがぺちぺちと叩いている。


「だうだう」

「ああ、おばあちゃんを慰めてくれるの? 優しい子ね。

 やっぱり皆、私がパーフェクトすぎて相談するのも遠慮しちゃうのかしら……」

「は?」


 思わず漏れた声が誰のものだったかは伏せておく。

 ただ光王以外の3人はそっと顔を見合わせて、そっと首を振った。

 すなわち、最後まで放っておいた方がよい、と。


● ● ● ● ●


「……あったわ!」


 しばらくして光王が箱の中から1枚の紙を取り出す。

 その顔は宝物を見つけたよう喜びに満ちている。

 鼻歌交じりに四つ折りにされたその紙を開いていく。

 執務机の上で広がっていくその紙を、4人で覗き込む。

 お世辞にも綺麗な字とは言い難い。子供が書いたような字だ。


「ふんふーん。……どれどれ?

 『おいしい物がたべられる店をおしえてほしい。おうと島以外で。

  投稿者:白髪金眼の美少女(匿名希望)』」

「「…………」」


 全員の目が一人の方向を向く。

 視線が集まる方向にいたソルアは顔の横でピースサインを作る。


「あ、それ私。よろしくね。いえーい」


 ゴン!、というそこそこの大きさの音を立てて光王が前に突っ伏す。

 しばらくそのまま固まっていたが、やがてその姿勢のまま手だけがもそもそと机の上で探るように動き始める。

 手は紙とペンを掴むと、レストランの名前と住所をすらすらとつづっていく。


 ……器用なことするなあ。

 ナギアはその様子をじっと見続ける。

 みるみると紙が店名で埋まっていく。


 試練が企画倒れに終わることに備え、自分が相談をする側になるという手段は、実もナギアも採用している。

 もうすぐ光王の手によって箱の山の中から発掘されることだろう。

 ……試練の中身を俺が決めるみたいになるが、まあいいだろう。


「……はい。下の方に行くほど高級な店になるからその辺は財布と相談しなさい」

「おお。ありがと」


 光王がレストランの情報がぎっしりと書かれた紙をソルアに差し出す。

 ソルアはその紙を大事そうに受け取り、ポケットにしまう。

 ……多分全部の店に行こうとするだろうな。

 その時に真っ先に被害者となるのは己だ。

 財布の紐を固く縛ることをこっそり決意するナギアであった。


「ルー、ほら、次のお便りが見つかったぞ。切り替えていけー?」

「……そうね! 次は面白いのかもしれないし」


 その間に発掘作業に戻っていたシューヤが1枚の紙を光王に渡す。

 また4人で紙を覗き込む形になる。


「『遺物の研究に関し、現在この国を来訪している異世界人の知識を借りたい。

  投稿者:匿名希望』、ね。ふむ……」


 ……俺が書いたやつだ。

 ナギアは何でもないような顔を浮かべつつ光王を窺う。

 光王は俺を派遣するという形で影響力の存在をアピールできる。

 その一方で、己は興味のある研究にこれまで以上に没頭できる。

 WIN-WINとなる、我ながら良い案だと思う。


 しかし、光王の顔は渋かった。


「うーん……。別に悪くはないけど、これって今とあまり変わりがないし……」

「そうですか? 俺が成果をあげれば、俺を派遣した光王の評価にも繋がると思いますけど」

「むう……」


 どうにも反応が悪い。

 もう一押しすれば何とか、という感じですらない。予想外だ。


「私は別に評価されたいわけじゃ……、いや、うん、されたいんだけど。

 それはただ椅子に座ってるだけでいいみたいなやつじゃないのよ」

「『何もやることなくて暇』って言ってたもんな」

「うん。どうせなら私も皆の顔が見れる方が良いかなー、って。皆も私の活躍とか見たいだろうし」


 というわけで、と光王は開いた紙を丁寧に畳み直す。

 そしてその紙を己の方へ差し出し、


「ナギア、今まではアンタの自主的な協力ってなってた研究は、正式に光王(わたし)の要請に基づく派遣という事にします。

 ちゃんとお金も出すから、これまで以上に励みなさい」

「……そこでの成果が、俺の試練の成否に関わることは」

「もちろんその辺りは考慮するけど……。

 もう少しパンチが欲しいところね」


 ……これはただの信仰回復と侮った俺の落ち度か。

 光王はそれだけでなく、自ら民と交流することを望んでいる点を見落としていた。

 これ以上食い下がることは諦める。

 光王から紙を受け取り、それをポケットにしまう。


「さ、残りの箱も全部開けちゃいましょう!

 もしかしたら今すぐ取り掛からなくちゃいけないものもあるかもしれないしね!」


 既に光王の興味は次に移っている。

 どうやら己の試練の成否は箱の山の中身に託されたらしい。


● ● ● ● ●


「結局、最初に見つかった2つも合わせて、5通か……」

「うう……。なんでよ……どうしてよお……」


 光王の準備と比べれば惨敗という言葉がぴったりなのではないだろうか。

 それにまだ見ぬ3通の中の1通は恐らくシューヤが出したものだ。


「私に一体何が足りないっていうのよ……」


 光王はラルクを抱き、椅子に座ってゆらゆらと揺れている。

 恨めしそうにこちらを見てくるがそれは八つ当たりではなかろうか。

 視線の先にいる俺たち3人は顔を見合わせて小さくうなずく。

 そして各々、光王の肩に手を置き、


「まずは落ち着きが欲しいところかな?」

「人望も追加で」

「カリスマ性ってある程度は振る舞い一つで何とかなるらしいですよ?」

「だう」

「慰めとかじゃなくてガチのアドバイス来たわね!?」


 だって下手に慰めると調子に乗りそうだし。

 ほら、ラルクも頬ぺちぺちしてるし。


 プルプルと震える光王は折りたたまれたままのお便りを力強くつかみ、


「ふ、ふふふ……。なら見せてあげようじゃない……。

 この私のパーフェクトっぷりを……!

 街を歩けば思わず平伏したくなるほどにしてやるわぁー!」


 気合一発。

 ラルクをそっと机に着地させてから、椅子を飛び降りた光王は勢いよく飛び出していった。

 残されたナギア達はその姿を見送って、


「よし、じゃあ2人共、頑張ろうか」

「追いかけなくていいの? お便り持って行っちゃったけど」

「大丈夫大丈夫。ルー、体力ないからあの勢いなら多分玄関先で力尽きてる」

「……パーフェクトとは」


 さあね、と肩をすくめるシューヤであった。

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