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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第5章 光王の献身
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第86話 学院ワーキング②

 広い教室の中。

 光王の授業が始まってから30分ほどが経過した。

 木製の教壇の上に立ち、ポインターを器用に使いながら、壁に講義内容の概要に当たる文字を魔術を使って映しながら光王は授業を続けている。


 生徒側の席は後ろに行くほど段々に高くなっていくタイプ。

 ソルアが座るのは一番前の窓側の席。差し込む陽光が誘う眠気に負けることなく、ふんふんと頷きながら講義を熱心に聞いている。

 ……メモ用紙、ナギアにもらっておけばよかった。

 そう考えながら、今日の所は少しでも多くのことを頭の中に覚えて帰ろうと決心する。


 他の生徒は普段見ない少女の健闘する姿にほっこり。光王に隠れる形で光属性の伝達魔術『光ちゃんねる』を使って、その素性について情報を交換し合う。


『学院の第11教室で白髪の美少女発見。情報求む』

『情報少なし。他の特徴求む』

『うちのちっちゃい陛下に比べて少し大きいくらい。髪は長め。後ろ姿しか見えない』

『……なぜそれで美少女だと分かった?』

『――愚かなり。プロなら雰囲気で分かる』

『よし騎士団に通報した。――仕方ない。俺が守りに行くか』

『お前もだよ!!』


 ……まったく。

 講義を続けながら、光王は内心で嘆息する。生徒が理解しているか、確認しながら講義をすることなど教える側にとってみれば当然。だからこそ、隠れてコソコソやっていてもすぐにわかる。

 講義が始まってから、教室の後ろ側の扉から次々と入ってくるが、目的はきっとソルアだろう。講義を真面目に聞いているふりをしているが、その目線はソルアの方にチラチラと向いている。

 注意することも考えるが、講義の流れを崩す可能性もある。それに、

 ……真面目に聞いている人たちの邪魔をしないようにしているようだし。


「先生、はーい」


 そう考えていると声と共に手をピンと上に上げる姿が目の端に映る。こちらから見て最も手前に座る席に座るソルアだ。講義の初めに言われたことをしっかりと覚え、こちらの指名を待っている。

 初めこそ集団の中で講義を受けるという事に不慣れを感じていたらしいが、もう順応して、のびのびとしている。

 光王はポインターをの先を熱心な生徒に向ける。


「何かしら、質問?」

「うん。さっきからたまに言ってるけど、干渉型とか、放出型って、何?」


 ふむ、と顎に手を当てる。ソルアの質問は魔術師にとっては当然の知識を問うものだ。しかしそのことを指摘してしまえば、今後、彼女が質問をすることを委縮してしまうかもしれない。

 ……真面目な子は、応援してあげたいわよねえ。

 よし、と手を打って少し講義内容が変更することに決める。


「それについては言葉で説明するよりかは実際に目で見た方が分かりやすいの。と、いうわけでちょっと実演の準備をするわ。

 ほらそこの、後ろの方でコソコソしている野郎共。ちょっと手伝いなさい」


 ビクゥ! と身を震わせる者たちを動かして教室の外から程よい大きさの廃材を2つ持ってこさせる。それを教室の前の、扉がある方とは反対側の壁――すなわちソルアの目の前に立てかけさせる。

 光王は廃材とは反対の壁に背がくっつくまで離れると、改めて生徒たちの方を見る。


「干渉型、放出型は魔術の発動の仕方についての区別方法よ。今からそれぞれの型の魔術を使って見せるから、どう違うのかに注目して見るように」


 そう言って人差し指の先を廃材のうち左の方に向ける。同時に魔法陣の頭に思い浮かべ、己の中の魔力を活性化する。イメージは心臓の所から指先に向かって流れを生むもの。


「――火よ、ここに。『火球(ファイア)』」


 短い詠唱と術式と共に指先に赤の魔法陣が現れる。そしてその魔法陣に魔力を流す。魔力は魔法陣という指示書に変換され、術者の望む現象を現実に起こす。

 魔法陣から小さな赤が走る。火の玉は一直線に廃材という標的に向かい、命中。パチパチと軽い音を立てて燃え上がる。


「これが放出型の火属性魔術ね。はい火、消して―。教務課に怒られちゃうからー」


 廃材を持ってきた者たちが魔術を使って消火している間に、次の魔術の準備をする。

 過程は先ほどと大きく変わらない。変わるのは、頭の中に浮かべる魔法陣と、術式だけ。


「――火よ、在れ。『発火(イグニッション)』」


 消火隊がどくのを確認してから、指先に現れた魔法陣に魔力を流す。先ほどと同じ量で、だ。

 今度は魔法陣から赤は走らない。魔術は、残り1つとなった廃材が突如燃え上がるという形で実現する。


「これが干渉型の火属性魔術。どう? 違いは分かった?」


 目を向ければ、ソルアはコクコクと頷く。それを見て、こちらも、よし、と頷く。

 そして教室の全体を見渡し、ポインターでその中の一人を指す。


「じゃあ、そこの賢そうな眼鏡。放出型と干渉型の魔術の関係の説明、してみなさい」

「は、はい!」


 そう言って眼鏡が立ち上がる。持参した参考書をめくりながら、初めはたどたどしく話し始める。


「放出型と干渉型の関係――。これら2つは、魔術の強さという視点からは、干渉型の方が優れているとされています。というのも、干渉型の魔術の場合、『回避される』という可能性がないからです。対象に直接作用し、効果を発動する。それが干渉型の強みです」


 そこまで言って一息つく。その際、こちらをちらりと見てくる。その目には少しの不安が映っているが、己はゆっくりと頷きを返すことで、間違っていないことを示す。

 もう一度ゆっくりと息を吐き、眼鏡は説明を再開する。


「しかし、難易という視点からは、干渉型の方が難しいです。イメージする魔法陣の内容が複雑になることは勿論ですが、干渉型の場合、相手の抵抗力との勝負になるためです。

 抵抗力とはそれぞれの術者が持つ『魂の強さ』とも表現されます。魂を持たない非生物の抵抗力は0。干渉型の魔術であってもほぼ間違いなく成功します。一方、生物を対象とした場合、それぞれの抵抗力に阻まれ、魔術が失敗する可能性があります」


 そこまで言い切って、眼鏡は目線を上げ、こちらを見る。今の説明にも間違いはない。

 しかしまだ足りない部分がある。だからそれを問う。


「干渉型の魔術に失敗するっていうのは、どういうこと? その辺もう少し詳しく」

「は、はい――。

 魔術と抵抗力の勝負は、術者が魔術を完成させようとした時――すなわち魔法陣に魔力を流して時点で判定されます。そのため、抵抗力に阻まれた場合、術者側はただ無駄に魔力を消費することになります」


 今度こそ己は頷きを返す。眼鏡を座らせ、視線を教室全体を見渡すものに変える。


「大体は今の説明通りよ。だからここから先は豆知識。

 干渉型の魔術でも通しやすくする方法はいくつかあるわ。その一つが対象に触れること。一説では、触れることで魔力の伝達率をよくしているからだと言われているわ」


 生徒たちの反応はまず2つに分かれた。

 既知の者は頷きを、未知の者は納得の表情を、だ。

 しかしその後、首を傾げる者が多くなる。その中の一人、ソルアが手を挙げて言う。


「干渉型の魔術って、遠くから回避できない攻撃ができることが強みなんだよね? 相手に触れば、っていうけど、それ、強みのほとんど意味なくない?」


 同様の疑問を持った者が同意するように頷く。


「確かに、今の魔術戦の基本は遠距離からの撃ち合い。触れるくらい接近できる状況になることはそうそうないわ」


 疑問は当然だ。不意をつかない限り、魔術師が相手の接近を許すことはない。

 しかし、


「でも知ってる? 火王国のとある魔術と武術を融合させた一門。

 その一門は、身に魔力を纏わせて身体能力を強化すると同時に、己の魂も魔力で保護して干渉型の魔術から身を守るの。

 そして、拳が当たるその瞬間。その一瞬で魔法陣の展開から魔力を流すまでを終わらせて、相手に魔術を叩きこむの。

 ……この中にいるかしら? 武術としての歩法や動きを踏まえても、距離を詰められるまでに魔術を当てることができる人」


 その一門は華炎流という名でかつて火王国でその名を轟かせた。

 ナギアが教わったのは、魔術的な部分のみ。武術としての技術を極めた師範クラスともなれば、一瞬で距離を詰めてくる。奥義とは、当てるまでも含めて奥義という事を、ナギアはまだ知らない。


 とはいっても武術に明るくない者は容易に想像することはできない。生徒の方を見ても未だ首を傾げている者の方が多い。

 ……今度、フレアグニスに頼んで連れてきてもらおうかしら。

 やはり体験は重要な財産だ。多分1発くらいなら大丈夫だろう。知らないけど。


 いったん区切りがついたところで備え付けの時計を見ればもうお昼が近い。

 ここらでいったん休憩して、午後から再開の方がよさそうだと判断する。


「じゃあ、ここでいったんまとめの時間よ。

 ここまでの話は、こんな感じ」


 そう言ってスクリーンを操作する。


『干渉型:回避させないから強い。でも発動するかどうかは相手次第。ただし抜け道あり。

 放出型:無条件で発動できる。でも回避されるかも』


「干渉型の魔術は発動すればこちらに回避方法はないわ。

 だから、新しい魔術を作ってもまずは放出型の魔法陣を作って、その安全性を確認してから干渉型に変えること。

 ――見知らぬ魔法陣を研究するときも同じことよ?」


 一息ついて少し口調を厳しくする。

 この国では未知の魔法陣への遭遇率が高いがゆえに、このことは口を酸っぱくして言う必要がある。


「発動条件が分からないのに、手あたり次第試すなんて言語道断。

 そんなことしてる奴を見つけたら、ドロップキックお見舞いするわよ」



● ● ● ● ●



「あばばばばばばば」

「アーレントォ――!!」


 学院の開けた研究室に男の悲鳴が響き渡る。

 悲鳴を上げる男は一人の女性と手を繋いでいる。その繋いだ手から男に電撃が走っている。

 女性は目の前で起きている光景に対しオロオロしている。


 ……何も説明してないからな! 目の前でいきなり感電すればそうなるさ!

 少し離れた位置に立っていたナギアは助走のための第一歩を踏み出す。

 有事の際の避難を前提に作られた研究室。最小限のものしか置かれておらず、広さをとることを目的としたがらんとした空間であれば今からやろうとしていることを実行しても十分な広さがある。


 アーレントに手が届くまであと3歩。

 その位置でナギアは両足を踏み切る。その勢いのまま足の裏を進行方向へ向けるように跳躍する。

 ナギアの体が地面と平行になる。すなわち、


「緊急避難的ドロップキック……!」

「ぐはぁっ!」


 アーレントの体を突き飛ばすように全力で蹴りを叩きこむ。

 感電している人に直に触れればこちらも感電する。だからこそ触れている時間はできる限り短くしておく必要がある。

 床に倒れたナギアとアーレント。起き上がった二人はお互いに顔を見合わせる。


「……ナギア殿、だんだん力が強くなってません?」

「これでもう5回目だからな。コツを掴んできたんだろ」

「な、なぜ、吾輩ばかり……」


 不満げな表情を浮かべながら紙に実験結果を記載するアーレント。

 紙には協力者の年齢・外見といった特徴が細かく書かれている。遺物が発動するかどうか、ナギアとアーレントが交互に研究室内の人に声をかけて協力を募っているが、現在の所被害を受けているのはアーレントだけだ。

 その間にナギアは協力してくれた女性職員にお礼を言う。女性は頭の上に「?」を浮かべながらもその場を去っていった。


 ナギアはアーレントの横からこれまでの実験結果を覗き込む。

 既にかなりの試行回数を経ている。そろそろ法則性を導き出すのに十分なサンプルは得たはずだ。


「発動したのは、いずれも相手が女性職員で、アーレントが試したときか」

「し、しかし、相手が女性であれば常に発動するという事でもないようです。

 ほら、こ、ここです。この時は吾輩でも何も起きませんでした」

「何か共通の特徴があればいいんだが。相手については俺よりそっちの方が詳しいだろ?」

「ふぅむ……。とはいっても吾輩、基本的に実験ばかりで人付き合いとかしませんからなあ……」


 苦労を共有(?)したことでお互いの口調も砕けてきている。

 しばらく二人で紙を覗き込んでうんうんと唸る。


 大の男二人が頭を突き合わせて考え込んでから数分。

 突如白衣を着た大柄の方が声をあげる。


「……はっ! 分かりました、分かりましたぞ!

 ナギア殿、遺物が起動したときの協力者には確かに共通点があるのです! こちらの項目です!」


 そう言って指し示すのは協力者の年齢の部分。見れば比較的若い人を対象にした時に遺物が起動したという事が分かる。

 しかし、


「だが、この人の時には発動しなかったじゃないか。年齢が基準になるなら、この時も発動しないとおかしい」

「いえ、年齢はヒントに過ぎないのです」


 一息入れて、アーレントは宣言する。


「基準はこの遺物を手に持つ者の感情――今回であれば、嫌悪感ですな!」

「…………」

「若い内は見知らぬ男を手を繋ぐということについて何かしら思うことがあっても致し方ないこと。その感情が一定量を超えた時、相手に電撃という形で現れるのです!」


 ナギアは思い出す。アーレントが協力者に声をかけた時の状況を。


「そ、そこのお嬢さん……。ちょ、ちょっと協力を頼み申し上げたいのですが、よろしいですかな……?

 ええ、ええ、簡単なことです。吾輩が持つこの球を少し持ってくださるだけでよいのです。そう、吾輩の、球を!」


 ……わあすごい説得力ある説。

 逆によく無事な時があったな、とすら思う。

 興奮冷めやらぬアーレントはなおも己の考えをまくしたてる。


「そして相手への嫌悪の感情が強ければ強いほど、電撃も強くなるのではないでしょうか! 5回も受けた吾輩ならわかります! あれはギリギリ相手を殺さないレベルの電撃なら出ますぞ!」

「お前は今一体どういう精神状態でそれを言ってるんだ?」

「そんなことは今はどうでもよろしい! ナギア殿、行きますぞ!」


 そう言って奪取で何処かへ行こうとするアーレント。

 どこに?、という疑問にアーレントは顔だけ振り向いて答える。答える時間すら惜しいとでも言うように。


「もちろん決まっておりましょう! この仮説が真実か試すための最後の実験!

 即ち、この学院で最も吾輩の事を嫌っている者の元へ、です!」

「すごいなお前。メンタル最強かよ」


 時計を見ればもうすぐ正午。

 しかし今のアーレントは止まらないだろう。

 今日のお昼ご飯は抜きなりそうだ。


● ● ● ● ●



 お昼の休憩をはさみ、光王の講義は再開した。

 ソルアの事を見に来た者たちもいい機会と思ったのか、午後からの講義には出席せず、元の仕事に帰っていった。おかげで教室内が少し広く感じる。


「午後一番の内容は『無意識の制約』よ」


 スクリーンの『無意識の制約』と書かれた部分をポインターで軽く叩く。

 生徒たちの視線がしっかりとこちらに向いていることを確認して、全員の顔を改めて見渡す。

 今日の生徒たちは若者が多い。若々しさが前面に出ていて、微笑ましさから笑みがこぼれそうになる。

 ソルアも午前と同じ席に座っている。こちらを真剣に見つめる姿からは貪欲に吸収しようとする姿勢が見て取れる。


「『無意識の制約』っていうのは、魔術が魔術師のイメージという精神的なものから生まれることによる避けようがない現象よ。過去のトラウマやその人の性格……。そういったものから、特定の魔術の発動を無意識的にセーブしちゃうの」


 例えば過去に暴走を起こして人を傷つけた経験がある者。

 こうした者は人を対象とした魔術を行使する際に上手く発動しないという事が多々ある。

 それは攻撃魔術に限定されるだけにとどまるものから、支援・補助魔術ですら使えなくなるといった場合もある。

 また、威力が弱くなるだけのものから、全く使えなくなるものもある。

 程度の差こそあれ、これは魔術師として致命的といえる。


「今はカウンセリングやメンタルケアを通して、少しなら改善する方法も確立されつつあるわ。

 それでも、やっぱりこれは本人の精神の問題でもあるし、ただ1つの正解の方法があるわけでもないしねえ」


 光王の講義にソルアは心当たりがあった。

 過去に起こした暴走。なぜか使えない魔術。

 ソルアは自分以外の生物に魔術を使うことができない。

 それはこの『無意識の制約』というやつのせいらしい。


「『無意識の制約』の原因となるものは幼少期にあると言われているわ。そしてその大半が、調子に乗った末のものであるとも、ね。

 だから気を付けなさい。折角の才能が、たった1回の失敗で宝の持ち腐れになるかもしれないの。

 貴方たちはまだ若い。不満も文句もあるだろうけど、今は周りの大人のいう事を聞いておきなさい」


 ソルアは今の状態を不満に思ったことはない。

 なぜかは分からないが、これを不満に思ってはいけない気がするのだ。

 頭の後ろの方でチリチリするような痛みを感じる。

 ……私は、一体、何を忘れているんだろう。

 大切なことだったような気がする。しかし、思い出してはいけないことのような気もする。


「ん? どうかした?」


 いつの間にか下を向いていた視線を上げれば光王がこちらを心配そうに見ている。

 楽しかったはずの講義だったのに、少しの間聞き逃してしまっていたらしい。

 慌てて首を横に振る。


「ううん、何でもない」

「そう。なら続けるわよ?」

「うん」


 今まで以上に講義に集中する。まるで何かから目を背けるように。



● ● ● ● ●



 研究室内に研究者同士を隔てる壁はない。

 それは精神的なものを意味するものでもあり、物理的な意味でもある。


 広い研究室内をすいすいと歩くアーレントの後ろをナギアはついていく。

 そして遂に二人は目的地に到着する。


「紹介します、ナギア殿。こちらキャルリエ。吾輩と同期で、遺物から異世界の文化を研究することを専門としている者です」


 アーレントが指し示す先にいるのは少しダウナー系の女性。

 暗めの金髪と目の下の深く刻まれた隈が印象的な美人だ。

 キャルリエはこちらをジロリと見て、


「…………なに。なんか用?」

「分かりますかこの『めんどくせえ奴が来た』的な態度。

 吾輩、この女には何度もボコボコにされておりましてなあ……」

「…………ケンカ売りに来たんなら買うけど?」


 抑揚なく喋るキャルリエ。だんだんと不機嫌になっていっているのがよく分かる。

 確かにアーレントと相性は悪そうだ。


「キャルリエ。今日は実験の協力の依頼に来た」

「……ああ。さっきから騒いでたアレね」

「何だ、もう知っていたのか」

「あれだけ騒げば流石にこっちにも聞こえてくるさ。随分と楽しそうにしてたらしいじゃないか」


 こちらを見る目が睨むようなものに変わる。

 どうやら静かな環境を好むタイプらしい。何度も電撃を起こして、そのたびに騒いでいた者としては気まずい。

 そんな目にも気づかず、アーレントはマイペースに話を進める。


「知っているなら話は早い。さあ、この球を手に持て」


 そういってキャルリエの作業机の上に遺物を置く。手渡しではその瞬間に遺物が起動する可能性がある。

 キャルリエはそれをまじまじと見つめ、「何でアタシが……」といいながらも遺物を拳に握る。


「よし」


 それを見た瞬間、アーレントは手を伸ばす。

 こちらが建てた仮説は、遺物はそれを持つ者の接触者に対する嫌悪の感情に反応して起動する、というもの。

 これが正しければ、アーレントは電撃に襲われるはずだ。


 アーレントの手がキャルリエの肩に触れる。

 既にドロップキックのための助走の準備はできている。

 というか触れる前からもう助走のための第1歩は踏み出している。

 ……次は腰のあたりを狙ってみるか。これは、そう、鍛錬の一環。最近なまってきた気がするし。決してストレス解消になってたりなんてしてないから。だからセーフ。


 しかし、


「……おや?」

「……え?」

「……なに。何も起きないじゃないか」


 遺物が起動しない。

 勢いよく踏み込まれるはずの2歩目、3歩目から力が抜ける。

 アーレントと共に愕然とした声をあげる。


「ば、馬鹿な! 吾輩の仮説が間違っていたの言うのか!?」

「くそ! 今の良い踏切ができそうだったのに! 構わずぶちかませばよかった!」

「ナギア殿!?」


 アーレントの視線は無視する。

 そのうえでまあまあ、ととりなして、


「何で発動しなかったんだ? 俺も仮説はあってると思ってたんだけど?」

「おかしい……。

 この女、弁当を作ってきたといいながら吾輩の嫌いなものばかり詰め込んだり、夜遅くまで実験できるかと思えば消灯して邪魔してくるし、勝手に吾輩の部屋に上がり込んで物の位置を変えていくしで、やりたい放題のくせに……」


 …………。


「なに。アタシの顔をそんなじっと見て。つかあんた誰」

「……俺はカムルナギアといいます。ちょっと縁があって彼の研究の協力をすることに」

「ふうん」

「ところで話は変わりますけど、俺たちがさっきまで何してるかってどこまで知ってます?」

「ん。なんか電撃が走ってギャーギャーしてるのを見たくらいだけど。だから何」


 ……つまり彼女は俺たちが建てた仮説のことまでは知らないと。

 膝をついて仮説が間違っていたことを嘆いているアーレントを横目にキャルリエに近づく。

 キャルリエの手には、まだ例の遺物が握られている。


「実験の続きなのですが、少し手を差し出してもらってもいいですか?」

「……は。別にいいけど」


 差し出された手を握る。女性らしい、しかし、ペンだこが目立つ柔らかい手だ。

 しっかりを手を握るが、何も起きない。

 これまでもそうだったのだろうが、初対面の相手には警戒こそすれ、嫌悪という感情までは行かないという事だろう。


 だからここから先が勝負だ。

 次の一言に対する反応次第で、本当に仮説が外れていたのかが分かる。

 訪れるであろう最大級の電撃を食らう心の準備はできた。

 だから言う。


「ところで」

「うん? 何」

「いい年したおっさんの一人称が『吾輩』って中々にイタいですよね」


 一瞬空気が止まる。

 己の頬を汗が流れるのを感じる。

 そして、


「………………あ゛?」


 聞こえたのは低い声。

 感じたのは握りつぶされるように力が込められた手。

 食らったのは、


「あびゃーーーーーーーーー!」


 遺物から出力される、最大限の電撃。

 間違いなくその日一番の音が響いた。

 激痛どころではない痛みが全身を襲う。

 同時に体から魔力がずるずると引き出されるのを感じる。


「ア、アーレント……!」


 何とか首を振ってアーレントに助けを求める。

 こちらに気付いたアーレントが己の服の後ろを掴んで全力で引っ張る。

 気絶寸前で解放され、その場に倒れこむ。


「だ、大丈夫ですか!? い、一体なぜ……!?」

「らんとか、らいじょうぶれす……」

「キャルリエ!」

「な、なにさ。アタシは何もしてないよ」


 説明したいが舌が痺れて上手く喋れない。

 ぼやける視界の中ででアーレントが白衣のポケットから小さな何かを取り出すのが見える。

 それが淡い光を発し、己の身が暖かな光に包まれれば、身を苛む痛みはすっかりと消えていた。


「……大丈夫ですか?」

「……何とか。助かりました。今のは……」


 あれも遺物の一つなのだろうか。

 しかし俺の疑問よりもアーレントは自分の疑問を優先させる。


「そんなことより、先ほどのは一体、何故……」


 アーレントは遺物を睨んでいる。

 その目には、未知のものに対する恐れも浮かんでいた。

 しかし、


「……アーレントの仮説は間違っていなかった、という事だ」

「……そんな。であれば何故吾輩にはなにもなかったのです」


 それは、まあ、


「キャルリエがアーレントを嫌っているという前提がそもそも間違ってるから、だろうな」

「…………ひょ?」

「嫌われてないから、何も起きない。それだけだ」


 アーレントをたった一言、馬鹿にしただけの俺にあれだけの電撃が走ったのだから、むしろ……。

 とはいえその先を言うのは、流石にはばかられる。

 それを言う資格は俺にない。

 しかし俺の答えにアーレントは驚きで固まってしまった。


「嫌われてない……?」

「ああ。良かったじゃないか」


 人間、嫌われるより好かれる方が良い。

 俺はそう思うのだが。

 しかし目の前に立つ男はそうではなかったようで。


「キャルリエ! 何故、何故吾輩のことを嫌っていない!?」

「はぁ!?」

「吾輩は今日、一番の出力をこの身で食らえると思ってきたのというのに!

 食らったのがナギア殿では出力の違いについて検討できないではないか!

 さあ、吾輩のことを嫌え! どうだ!? 目の前で反復横跳びでもすればウザく思うか!?」

「死ね!!」


 無駄に機敏な動きを見せるアーレント。

 その足に絶妙なローキックを食らわせ、倒れた体をぐりぐりと踏みつけるキャルリエ。

 ちなみにキャルリエはまだ遺物をその手に握っている。

 それでも、遺物は起動しなかった。

 そのことに気付いたアーレントは踏まれながらも嘆く。


「うおお……。何故。何故なのだあ……」

「ええい気持ち悪い!」


 既に体は問題なく動く。

 それはそれとして、目の前のこれを止めるべきか否か。

 その答えは、さて如何に。

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