第85話 学院ワーキング①
光差す建物内の廊下を足早に歩く姿がある。
窓から差し込む眩しい光から逃れるように細めた目にはうっすらと隈が刻まれている。
シューヤ達に昨日の夜あったことをまとめた書類を渡したナギアだ。
ナギアの足は、現在、学院の研究棟の方に向いている。
『疑問から申し上げますが、方向が違うのでは?
シューヤ殿下からは仮眠するように言われていたかと』
ナギアの腰元から機械のような音声が流れる。
その声に咎めるような調子はない。ただ事実を指摘するために言っただけのようだ。
それに対し、ナギアは刀の柄をコツンと叩くことで答える。
「一徹くらいで駄目になるような鍛えられ方はしていない。
五徹までならいける」
『適合者が良いならそれで良いですが。
いきなり過労でぶっ倒れるようなことがありませんよう。
私が傷つくようなことがあればまた賠償ですよ?』
「おかしい……。俺は真面目に稼いでいるはずなのに……」
いやなことを思い出したかのように顔を顰める。
すっからかんとは行かないまでも、休日にどこか遊びに行くことをためらう程度には金がない。
現状遊びに行く予定がないことがある意味救いだった。
『しかし意外でしたね』
「何がだ?」
目的地につくまではまだしばらく歩く。
お喋り好きな遺物にナギアは付き合うことにした。
『適合者がジャバウォックの対処に対し協力を申し出なかったことが、です。
ここで活躍すれば光王の覚えも良く、試練突破という目的達成に近づくと思ったのですが』
「それは、まあ、考えなかったこともないが……」
ジャバウォックが襲来すれば間違いなく大きな被害が出る。
言い方は悪いが、ここで光王に恩を売っておいて光王の信仰回復という厄介な問題から逃れるという手もあった。
しかし、
「ジャバウォックなんて魔獣について俺が知っていることはない。
それに神代の化物だろ? 自慢じゃないが、間違いなく死ぬぞ?」
『そこまで堂々と言いますか。
そこは元の世界での知識を活かして無双したりするところではないのですか』
「俺の知識なんて、せいぜいが嫌味な上官との交渉方法とか、事務能力くらいだ。魔獣相手にお茶でも出して交渉でもするか?
……俺は英雄じゃないんだ。できることを、やるしかないんだよ」
そう、己は英雄ではない。
全てを許す慈悲も、身に誇る勝利も、誰かの壁となる気概もない。
目の前にある多くの壁の中から、脆そうな所を選んで抜けるくらいしか方法はない。
……ダメだな、良くない傾向だ。
少し卑屈になっていることを自覚し、頭を振って己を立て直す。
改めて己の腰元にぶら下がっている刀に目を向ける。
「それに協力しない理由はそれだけじゃないしな。
多分俺が協力したいと言ったところで断られていたと思うぞ」
『ほう。それは何故?』
この理由は推測に過ぎない。
この国に来てから何となく感じていたものに過ぎないが、それでも確信を持って言える。
「魔王かもしれないやつを作戦に組み込めないだろ」
『…………』
この国に来てからずっと続いている息が詰まる感覚。己はこの感覚を知っている。
……これは、俺がどれだけできるのかを見定めようとする目だ。
まだ召喚属性だと認識されていた時期。その希少性から、有用性を測ろうと様々な『実験』が行われた。
今、その際に感じていたものに近いものを己は感じている。
では、何を見定めようとしているのか。
何故ソルアは、好きな戦闘訓練を断ってまで、俺についていこうとしたのか。
ここまで思考が進めば後は難しくない。
己がソルアの監視を頼まれたように、ソルアもまた己を監視するためにいる、ということだ。
「人選ミスなところはあると思うんだがなあ……」
『何がです?』
「いや、こっちの話」
裏切られたとは思わない。
魔王に対する対処として、当然の判断だ。
何より、こちらも同じことをしておいてどの口が、という話でもある。
「まあそんなわけで俺はジャバウォック対策で前線には立たない。
今は当初の予定通り、遺物研究の手伝いと光王の信仰回復に努めるさ」
『従順ですね』
「軍人だからな。上の命令は絶対。当然だろ?」
時間があればジャバウォックに関する書籍でも読もうとは思うが、それも騎士団の邪魔にならない範囲で、だ。
それに、
「それに、俺個人としてもやりたいことがある」
『ほう。それは?』
遺物研究に触発されたのか、研究熱が高まっている。
その熱は、さらに一つの欲を産んだ。
「新しい魔術の開発」
● ● ● ● ●
「はいおはよー。今日の講義のテーマは『新しい魔術の作り方』よ。
既に知ってることが多いかもだけど、真面目に聞くようにー」
広い教室。
その教室の一つの席にソルアは座っていた。
昨日の今日で講義を受けに来たというわけだ。
学院の講義は単純。
教えたい側が事前に講義内容を決め、学院が時間と教室を確保してそれを公表する。
公表されたものの中から、学びたい者が好きな講義を選んで講義を受けに来るという形だ。
誰が教える側に回ってもいいし、途中入場・退出も自由。
教える内容もあまりにもあまりなものでない限り自由。
この自由なシステムが人気なのか、国外からも留学に来る者も多い。
ソルアはとりあえず人が多そうな講義を選んだ。
食べ物屋と同じで、人が多い=人気があるという単純な思考だった。
だからこそ、誰が教えるのかという点を全く見ていなかった。
「……何してんの? 光王」
「はいそこ、ここでは先生と呼ぶように。あと発言は挙手してからね。
まあ初めなので質問には答えてあげましょう。理由は簡単、――暇だからよ!」
教壇の後ろにいたのでは姿がすっかり隠れてしまうため、教壇の上に立った光王ルクスピカラが宣言する。
「朝一番で国を動かすのに必要な魔力の充填は終わったわ!
つまり、私の仕事はもう終わったの! もうフリータイム! 長すぎるわ!」
手に持ったポインターをぶんぶん振り回すこの国の国家元首。
しばらくして気が済んだのか、軽く咳払いをして落ち着きを取り戻す。
「と、まあおふざけはここまでにしておいて。
早速始めるわよ?
――魔術は『魔法陣に魔力を通すことで起こす現象』。これはもう常識よね。
魔法陣ってのは、私たちの魔力を特定の現象に変換するための指示書であるとも言われているわ。
じゃあ、どうやって魔法陣を作るのかっていうのが、今日の話の内容よ」
光王がポインターを振るうとソルア達生徒が見ている方向にある壁に文字が浮かぶ。
そこには、
『感覚派と理論派』
とあった。
「新しい指示書――魔法陣を作る時には2つのやり方があるわ。
はいそこのソルア。貴女、新しい魔術作る時、どうやってやってる?」
「え」
突然ポインターでズビシと指される。
どうやら教師が一方的に喋るだけでなく、こちらに聞くこともあるようだ。
……どうやってと言われても。
「なんか、こうしたいなーっていうのがあって、気付いたら、できてた」
大勢の目が向く中発言するというのは、中々に緊張するものだ。
無意識に、途切れ途切れに答えてしまった。
最後の方など、ほとんど消え入るような声になってしまった。
「うん、こういうのが『感覚派』って言われてる人のやり方ね」
それでも光王はすぐにその場を引き取った。
おかげ生徒たちの目は、ソルアから離れ、光王の方へ一点に向けられる。
「最終的に起こしたい結論から考え始めて、何となくの感覚で魔法陣を作り上げる方法。
完成形をはっきりイメージできる想像力と、ある程度無理を通すだけの魔力量がある場合にできる、ある意味才能の有無がはっきり分かれる方法ね」
イメージがはっきりしなければ正確な魔法陣はできず、イメージという不安定なものを現実に引っ張り出すだけの魔力量がなくても失敗する。
属性が合いさえすれば高い汎用性がある一方で、魔術を発動する際のイメージ次第で威力にムラがあるというデメリットもある。
ソルアの加速魔術『アクセル』もその時のテンションで加速の度合いが変わることがあった。
「もう一つの『理論派』っていうのは、異なる魔術の魔法陣の中にも共通する部分があることが発見されてから考え出された方法よ。
魔法陣を構成する部分ごとの意味を解釈してそれを組み合わせることで魔法陣を作ろうって考えね。
例えば……」
そういって壁に4つの図形を映す。
「これは左から『光』『上』『5秒』『放出』を意味する構成要素よ。
これを組み合わせた魔術が……」
そう言って、光王は手元に壁に映った4つの図形で構成された魔法陣を出現させる。
そーれっ、と魔法陣に叩き込むように魔力を送る。
その瞬間、巨大な光の塊が真上に向かって発射された。
「……うわっ!」
あまりのまぶしさに目を瞑る。
ソルアははっきりと見ていなかったが、その光はきっかり5秒で消えた。
「とまあ、こんな感じになるわ。
今のは『どれくらい光るか』っていう所を何も指定しなかったから、送った魔力量に比例した光量になったけど、その辺を指定する構成要素ってのも今では分かってるわ」
理論派の魔術研究者は感覚派の魔術師が作った魔法陣を分解・解析することで新しい構成要素を導き出す。
この時、人口が多い属性ほどより研究しやすいのは当然であるため、メジャー属性ほど研究が進み、より複雑な魔法陣を作ることができる。
逆に、『時』や『空』のようなマイナー属性は不利である。全属性に共通する構成要素については何とかできても、それでは属性独自の色を出すことはできないからだ。
「今までの話を纏めるとこんな感じね。メモ取りたい人はしっかり書いておきなさーい」
『感覚派:その気になれば何でもできるけど、才能に左右されるし加減下手
理論派:才能なくてもいいし細かい条件の指定ができるけど、解析とかしないとダメ。マイナー属性超不利』
「特にうちの国では、異世界から来た物とかに魔法陣が刻印されてることもあるから、魔法陣の解析は進んでるわ。興味があったら研究棟の方に行ってみたらいいんじゃないかしら」
● ● ● ● ●
「さ、さてナギア殿、き、今日吾輩の下に来た研究依頼がこちらになります」
研究棟についたナギアを待っていたアーレントは机の上に置かれた拳に収まるほどの物体を指す。
握りやすいような形をした【遺物】。たとえ小さくとも、この世界から見れば異世界から来た不思議な物体である。
「す、すでに透視魔術によってな、内部に魔法陣が刻印されていることは確認済みです。
こちらがその魔法陣です。て、典型的な円形魔法陣ですな」
スクリーンに円形の魔法陣が映る。
複雑な図形が多くあり、細かく条件指定がなされていることが一目見てわかる。
アーレントがスクリーンを操作すると、映っていた魔法陣が12に分割される。
魔法陣解析の際の典型手法である『十二分割解析法』とされるものである。
「す、すでに解析済みの構成要素はですね?
まず、0時~3時方向に認められる『小雷』。6時~9時方向にありますのは『魔力吸収』。
9時~12時方向が『対象:接触者』です。そして外縁部に『干渉』ですね」
「逆に分からないのが、3時~6時方向と中央部ですね」
「はい。……どうです? 何か分かります?」
ちょっと待って、とポケットから手帳を取り出す。
このメモ帳には気になったことが何でも書いてある。それこそ嫌いな上官の弱みなりそうな情報から、オルテやシルードといった子供たちの好きな献立まで何でも、だ。
その中にはナギアがこれまで見た魔法陣に関する情報もある。
初めは自分の召喚魔術の安定を目的にしていたが、その内集めること自体が趣味となっていたため、絶対に自分では使えない魔法陣についても書かれている。
スクリーンと手元を見比べながら同じ要素がないかを確かめる。
数頁をめくったところで、目的のものが発見された。
気づいてみれば、この構成要素はナギアにとっても縁があるものだった。
「……ありましたね。3時~6時方向。『刻印』の構成要素です」
「『刻印』?」
「特定の文字列を刻むことを目的としたものです。
魔法陣のうちこの部分の文字列が刻まれるんですけど……。ちょっと書き写します」
そう言って机の上に置かれた紙の裏に文字列を書き込む。
書かれた文字は……
「ふむ、読めませんな。言語体系が異なる世界から流れ着いた遺物という事ということか。
この紙、いただいても? 言語課の方で解析を依頼してみましょう」
「……ん? ええ、構いません」
「どうかしましたか?」
ナギアがメモ帳を見て難しい表情をしている。
『刻印』の魔法陣についてのメモ書きについて読んでいるらしい。
「……この『刻印』の要素、もとは懲罰目的なんですよ。
訓練についてこれなかった者の顔に、『無能』とか『のろま』みたいなものを書くために。
まあ、数日すれば消えるものではあったんですけど……」
体格的に優れているわけではなかったナギアもよく『刻印』されていた。
自分が刻印されるのも嫌だったが、刻印された者を見るのも嫌だったため、いい思い出はない。
「ちゅ、中央部についてはどうですか!?
何か分かることはありますか!?」
暗い空気になりかけたところでアーレントが話題を変える。
黒くなりかけた思考を振り払い、改めてスクリーンとメモ帳を見比べる作業に戻る。
「……発動の条件に関わるものではあるとは思うんですけど。
すいません、それ以上は分からないです」
「……そうですか。ではその辺はまた後で考えてみることにいたしましょう。
今のところ分かったものとを纏めると、この魔法陣は……」
アーレントはスクリーンを操作し、魔法陣の下に魔法陣の内容を書き込んでいく。
つまり、
『○○○○を条件として、接触者に対し、雷の小ダメージを与えるとともに××××(解読依頼中)という文字列を刻印する。同時に、魔術行使に使用した魔力と同量の魔力をを相手から吸収する干渉型魔術』
「と、いうことですね」
アーレントは満足そうな表情を浮かべる。
後で『刻印』の要素に関する情報を上げればもっと喜ぶだろう。
聞けばアーレントは魔術的遺物の魔法陣の研究をするために研究者となったらしい。
解析が始まって以降、いつもより饒舌だ。
そんなアーレントの目線は今、己の腰元の刀に注がれていた。
「ふふふ……。その刀、どうやら内部に魔法陣が刻印されているようですが、構成要素が全く読み取れないんですよねえ……。
いえいえ、空属性というマイナー属性に反応したことから、そう簡単に行かないとは思っておりましたが。ナギア殿、ちょっとお昼の間だけでも貸していただけませんか?
ええ、ええ。ちょっと、ほんのちょっと色々やるだけですので……」
「じりじりと寄ってくるんじゃない。落ち着け、離れろ。手を伸ばすな舌なめずりをするな」
……いや、別にこれを渡せば俺は許されるのでは?
未練とかも特にないしな。
そう思って大人しく渡そうとすると、
『もしこの変態に渡すのでしたら、今晩から適合者が眠る時間になる度に大音量で騒ぎますのでお覚悟を。
死なばもろとも、というやつです』
「最悪だな!」
結果として、血走った眼をして追いかけてくるアーレントを殴り倒すまでナギアは逃走を強いられることになった。
この研究者、異様に体格が良くて魔力で強化した拳で殴っても何度でも起き上がってきた。
ゾンビかよ。




