第84話 裏側トーク
~ 騎士団 団長室 ~
朝一番の光が差し込む小さな部屋がある。
表の看板に「騎士団団長室」と書かれた部屋だ。
その中には2人の人がいる。光王国騎士団長シューヤ・カタギリと副団長の男だ。
光王国に騎士という階級はない。
光王国における騎士団とは、光王国での治安維持、犯罪捜査等々を行う警察組織だ。
もっとも、空中に浮かぶこの国で犯罪を犯しても逃げ場となる場所は限られ、さらに光王の差配一つで島の位置関係が容易に変えられてしまうともなれば、犯罪率自体は低い傾向にあった。
故に、騎士団の仕事とは、遺物の異常挙動及び航空型魔獣・野獣の対応であった。あと光王のフォロー。
そんな組織のトップ2人は、机の上に置かれた書類の束を見て難しい顔をしている。
書類は今日の朝一番に持ち込まれたもの。
昨日この国に来訪した若者が一晩で完成させたものだ。
書類の束は2つ。
それぞれ表紙には『ソルアリシアと魔王の関係』『ドールの裏切りについて』と書かれている。
シューヤはその内の一つ、己から見て左側の『ソルアリシアと魔王の関係』と書かれたものを手に取る。
そこに書かれているのはとある女の悪夢。そして過去である。
「ここに書かれていることは、俺たちにとって特に目新しいものじゃない、よな?」
「ですな。ソルの森での異常現象がソルアリシア嬢の手によるものという事は推測から確定に格上げされたとはいえ、彼女が魔王かもしれないという推測までもそうであるとは言えませんな」
「風王国に報告することは当然として。
……とはいっても、2000年も前の事、今更そのことでソルアがどうこうなると思うか?」
「いえ。夢によればろくな魔力制御もできていない時期の出来事。
時間の経過も加えると、不幸な事故というほかないでしょう」
長くの時を生きるとはいえ、2000年も前のこととなれば流石に過去の出来事。
賠償問題が幾らか発生する可能性があるとは言え、今すぐ拘束、とはならないというのが2人の判断だ。
……また賠償だぞ、ナギア! 頑張れ!
ソルアがやらかすたびに保護者としてその責任を取らされているナギアを思い、心でエールを送る。
同情もしつつ、一息で己を正したシューヤはもう一つの書類を手に取る。
「問題はこっちだな」
「まさか学院の敷地内での接触を許すなど……。
すでに巡回の人員を倍にするよう指示は下してあります」
「助かる。……まあ、上手く捕獲できればラッキーくらいに思えばいいか」
書類に書かれているのはこの書類を作った若者――ナギアと、魔王の部下――ドールのやり取り。
神出鬼没に現れたドールは、ナギアに対し裏切りと協力を申し出てきたらしい。
裏切りの内容とは、魔王の計画に関する情報漏洩。そして協力とは、その計画の打破であった。
シューヤは書類の中に何度も出てくるある一文を指す。
「『大魔獣ジャバウォックの襲来』」
その魔獣の名を知らぬ者はこの国にはいない。
それは子供のころから聞かされる物語に現れる強大な魔獣の名である。
空を埋めるほどの巨大な体躯、雲を裂く鋭利な爪、そして何よりその狡猾さによってその名をはせる生きる災害。
そして、
「初代光王、すなわち光神によって討伐され、現在この国の地を浮かす部品……。
ははは、まさかその神代の怪物が襲来してくるとは!」
副団長は大げさに空を仰ぎ、笑う。
しかしその目は全く笑っていない。
「……神代、八人の神の手によって我々人類の存続を脅かす災害は排除されたことで、今の人類の生存圏があります。
ジャバウォックもまたその災害の一つ。」
「今回、俺たちは神の不在のまま、この災害の相手をしなければならない、か……」
騎士団、各島に配備されている対航空型魔獣防衛兵装『セラフィム』、この国に保管されている戦闘系遺物……。
シューヤはこの国の戦力を考える。
相手は神に手傷を負わせたとさえ言われる大魔獣。
最大戦力をあらかじめ用意しておくのは当然のこととして、今からでも戦力の増強計画を練らなければならない。
「副団長、学院の各課長に以下のことを通達。
1つ目、ジャバウォックが襲来してくるとされている今から1か月後まで、戦闘系遺物の研究を最優先で進めさせること。
2つ目、研究員の中から何人か騎士団に派遣させ、使えそうな遺物のレクチャーをさせること。
3つ目、学院を避難所としたときの体制に不備がないかチェックさせること。
4つ目、ジャバウォックに関連する情報の収集をさせること」
「承知。
国民への通達はよろしいので?」
「まだいい。その前に考えなくちゃいけないこともあるからな」
……それは、と副団長は考える。
シューヤが書類を手に持ったまま己の前で振る。
それを見て思い出す。この書類を作ったのは誰かという事を。
「そこに書かれていることが全て虚偽であるという可能性の検証、ですな」
「……そう。ナギアもまた、魔王あるいはその協力者と疑われている者の一人だ。
ドールと手を組む形でデマをこちらに流そうとしている可能性も、ある」
学院はこの国の中でも厳重な警備システムが組まれている。
シューヤが地球にいたころの知識を活かし、監視カメラや振動検知などの防犯装置を魔術的に再現し、その気になれば学院内に忍び込んだ小動物程度なら追跡することも可能だ。
……本当にナギアはドールと接触したのか?
だからこそ、こんな疑問を抱いてしまう。
そこに、全て嘘であってほしいという気持ちがあることは否定できない。
「しかし、カムルナギア殿が虚偽の報告をしたとして、魔王にとってどんなメリットが?」
目の前の副団長の声で、揺れかけていた己の心を正す。
「ジャバウォックの襲来は1ヶ月後と言っておいて、もっと早くに来るとか?」
「1か月後の襲来に合わせて態勢を整えるわけがないだろ。
今日この後すぐから騎士団は厳戒態勢だ」
「となると、ジャバウォックというビッグネームを出し、その裏でこっそりと何かをするつもり……」
「隠れてコソコソやりたいなら、こうして報告書上げてこないだろ。
学院内で密会できるほど隠密できるなら、そのまま事を成してしまえばいい」
「むう……」
うーん、と二人で腕を組んで考える。
そのまま数分が過ぎ、
「やはり我々、こういうの考えるの向いてないのでは?
ほら、うちの陛下は基本的に何か問題にぶち当たってからドカン系というか」
「分かるー。闇王陛下だとこういうの嬉々としてやるんだろうけどなー。
でもこういう感じだから周りの国から『どうしてそんなんで研究はものすごくできるんですか?』とか言われるんだぞー?」
ははは……、と乾いた笑いが部屋に満たされる。
何はともあれ、今はジャバウォックが襲来するものとして考え、警戒することは必須。
「だけど、ソルアやナギアに対してこちらがどういうことをするのか、という事は伝えない」
「では騎士団の掲示板を介して通達することにいたしましょう」
「頼む。今すぐできるか?」
「ええ。少々お待ちくだされ……」
そう言って副団長は手元に光で構成されたパネルを表示させる。
一定のメンバーだけが閲覧可能なメッセージを残す伝達魔術『光ちゃんねる』。
シューヤの知識をもとに発明された魔術だ。
副団長が掲示板に書き込みをしている間、手が空いたシューヤはお茶を入れることにした。
少し空気が柔らかくなったところで、副団長が手を伸ばし、机に置かれた書類を手に取る。
「しかし、この報告書、よくできておりますな……。
この完成度の高さがまた信ぴょう性を上げる一要因でもあるというか」
事実と推論を分ける。一文を簡潔にまとめる。
読み手に配慮した構成、文体であったことから、2人は苦労することなく書類を読むことができていた。
「元の世界でも、こういう後方支援というか事務系を中心にやってたらしい。
まだ22歳だっていうのに、凄いよな」
「22……。
そのころ自分、機動飛行できる遺物でヒャッハーしておりましたなあ……」
……22の頃、か。
確かその時自分は就活も終わって毎日友人と飲み歩いていた気がする。
あの時の自分が今目の前にあるような報告書が書けるか、と聞かれればもちろん答えはノーだ。
副団長の方を見れば、己と同じようにその目には感心が浮かんでいたが、それだけではなかった。
「副団長?」
「……我、ひ孫がおりましてな」
「ん? ああ、知ってる。
この前こっそり騎士団の団員募集のチラシ置いてウザがられたって言ってたな」
両手で顔を覆う副団長。
今思い出しても中々に応えるらしい。
「……ごほん。
そのひ孫がまさにカムルナギア殿と同じくらいの年なのですが。
果たして我はひ孫が同じようにこの報告書を持ってきた時、手放しで喜べるのか、と思いましてな」
「……」
「団長、これを持ってきた彼の顔、覚えておられますか」
「……ああ」
朝一番。
光王が毎朝のお勤めに行ったのを見送った後、副団長と出勤してみれば、ナギアが入口で己を待っていた。
徹夜でもしたのか、少し白くなった顔色に薄く見える隈。
しかしナギアはそれを隠すように気丈に振る舞っていた。
「……不憫というか、己が不甲斐ないというか。
魔王も、ジャバウォックも、本来彼とは関係がないというのに……」
「副団長……」
「分かってはいるのです。
我が彼を哀れに思うことが、かえって彼の矜持を傷つける事になるということは。
それでも、と思ってしまい……」
ナギアは元の世界でも軍人として似たようなことをしていたと聞いている。
だが、それは彼が望んでやってきた事だったのだろうか?
あの完成された書類を作れるようになるまで、多くのものを切り捨ててしまったのではないか。
「団長は、カムルナギア殿からの情報漏洩を考慮して、何も教えないという考えになったと思いますが。
我としては、これ以上彼に負担をかけないという意味で賛成です。
大人は、子供を守るのが義務でありますからな」
……子供か。
シューヤにとって、22歳を指して子供と呼ばれることには、かつては抵抗があった。
それは己がこの世界に転移してすぐの時。
存分に甘やかされ、守られ、世話をされることを鬱陶しく思ったこともある。
しかし今はどうか。
なんだかんだあって光王と結婚し、子供も生まれ、自分が思っていたよりもずっと歳を重ね。
副団長が言うことが、ストンと胸に落ちるようになっていた。
「……俺も、歳を取ったってことかなあ」
口から漏れた一言に副団長は口を笑みの形に変え、
「そこは、大人になられたということでしょうな」
光王国騎士団の団長と副団長。
かつて偶発的な転移に巻き込まれこの世界に飛ばされた青年と、当時騎士団長として青年の保護・後見を行った男。
2人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。




