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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第5章 光王の献身
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第83話 夢現ナイトメア

~ 光王国 学院 来客用宿泊室 ~


 夜。

 ナギアは割り当てられた部屋のベッドに腰かける形でくつろいでいた。

 昼食の後、アーレントと共に学院に戻ったナギアは学院に保管されている様々な遺物を見せてもらっていた。

 ページを開くとこれまで何を食べてきたかが分かる本、何でもくっつく球体といった興味深いものから、虹色に輝くだけの板など、存在理由がよく分からないものもあった。


「この島が王国の他の島に合流するのは3日後……。つまり試練が始まるのはそれから……。

 それまでは研究三昧か……。ふふふ……」


 正直とても楽しみだ。

 時折すぐ隣から爆発音や悲鳴が聞こえてくるという点い目を瞑れば、興味のあるものをじっくり研究できる環境は最高といってよい。

 そして何より、


「最高の福利厚生……!」


 例えば学院に併設された食堂は質が良いことで評判で、学院外からの利用者も多い。それが研究員であれば無料。そう、無料。闇王国で稼いだ金銭もソルアのこれまでのやらかしに対する弁償でほとんど消えそうと知ったときは膝から崩れ落ちかけたが、これで文化的な生活は保障された。

 元の世界での腹持ちだけは良い携帯食料をかじりながらの書類仕事など比較対象にすることすらおこがましい。

 部屋の中一人で全力のガッツポーズ。


「ふ、ふふふ……!」

『率直に申し上げますと気持ち悪いですね適合者。

 この部屋の防音性能が完璧であったことを設計者に感謝すべきかと』


 訂正。一人と一振りの刀だった。

 この刀に所有者と認められることもブライト博士から与えられた課題なのだが、現状全く仲良くなれる気がしない。

 性格はさることながら、高度な処理能力を備えた刀はナギアの言動に現れない心のうちまでしっかりと読み取っている。


『そろそろ現実逃避もやめにした方がよいかと。

 さっさとその左ポケットに隠し持っている物と向き合っては?』


 ピタリと笑うのを止めて緩慢な動きで左ポケットに手を入れる。

 中から取り出されたのは真っ黒に濁った水晶体。偶然拾ったソルアの夢の結晶だ。


 のそのそと動いて自分の夢の結晶と見比べる。

 薄い青色の形のそろったものと濁った黒色のぐにゃぐにゃとしか形容できないもの。

 曰く結晶の色・形は夢の内容に応じて変わる。よい夢であれば美しいものに。悪夢であれば醜悪なものに。つまりこれはソルアにとっての悪夢だ。


『夢はその者の無意識の投影。

 本人が覚えていないことすら夢として現れることがあるそうですね?

 生憎私は刀に過ぎず、夢を見たことはありませんが』


 スリープモードはあるんですけどね、と冗句なのかよく分からない声が聞こえるが頭に入ってこない。

 ソルアの夢を見れば、ソルアが魔王かどうかわかるかもしれない。

 そんな思いで思わず拾ったはいいが、今となっては自己嫌悪しかない。


『人の無意識を無断で覗き込もうなどとは、なかなかいい性格してますね、適合者?』

「分かってるから言わなくていい……」


 だから現実逃避をしていたというのに。

 ベッドに倒れこんで数分間ゴロゴロして何に対するかもわからない抵抗を試みる。

 明日何気ない顔でソルアに返す、という選択肢をとるのが一番穏便ではあるが、ソルアが魔王の関係者かもしれないという状況でそれが最善とは断言できなかった。


「見なかったことにすれば良かった……」

『適合者の性格的に、それはそれで気になって眠れない日々が続いたでしょうし、端的に申し上げますと見つけた時点で詰みだったかと』

「くそう……」


 どうすればいい。……いや、結論は出ている。夢の内容を明らかにすべきだ。

 魔王と関係しない内容ならそれでよし。関係するものであれば光王に報告。

 この場合、見ないという選択肢が一番もやもやする。


「もしかしたら、食べ物に押しつぶされるというかいう内容かもしれないし……」

『楽観的なご意見ありがとうございます。

 一応聞いておきますが、本気でそうお思いで?』


 うるさい。

 机の上に置かれた刀に向かって枕を掴んで投げる。

 ぽす、と間抜けな音を立てて枕は刀の上に乗っかった。


 ……そろそろ覚悟を決めるか。

 夢の結晶の使い方は簡単だ。これを割ればいい。

 右手に握った黒い結晶に力を籠めると、思った以上に軽い力でひびが入り、そのままパリンと割れる。

 結晶から漏れたもやを吸い込むと、たちまちに眠気がやってくる。


『それでは適合者、良い悪夢を――』


 意識が落ちる最後の瞬間。

 小憎らしい機械音声が聞こえた。








~ ???? ???『????』 ~


 緑が溢れる場所。

 そこで『私』は目を開ける。

 本当は開けたくない。開ける理由がないから。

 瞳を開いたところで目に映るものは変わらない。興味がない。


 『私』は玉座に座っている。

 どうしてここに座っているのか。いつからここに座っているのか。

 疑問は頭を叩くが返ってくる応答はない。すでに何度も繰り返した工程だ。


 何も考えられない。まるで頭の中に海があるようだ。

 ……『海』とは何だ? 『私』はそれを知らない。だが知っている。

 疑問が頭を叩く。だがすぐに興味を失う。どうせ何も分からないから。


 最後に目を開けてからどれほど時間がたったのだろうか。

 数秒か。数日か。数年か。数十年か。数百年か。数千年か。

 何もかもがあいまいだ。


(――×××。×××を頼めないかな――?)


 頭の中で誰かの声がする。

 それは誰かに何かをお願いされた時の記憶。

 『私』を構成する中で最も初めにある記憶。

 しかし何を頼まれたのかはもう思い出せない。

 それを受け入れたからここにいるのか。

 それを拒んだからここにいるのか。

 もう、思い出せない。


 だから目を閉じる。

 次に目を覚ますときにも何も変わっていないだろうと思いながら。

 何があろうとも、ここだけは、きっと永遠に変わらないままなのだろうと思いながら。


「おや? おやおやおや? これは珍しい」


 目を完全に閉じるその寸前。

 『私』のものではない声が聞こえた。

 再び目を開けば、涼やかな声の主は『私』の前に立っていた。


 それは口を三日月のようにしながらなおも言葉を続ける。

 まるで旧友との再会を祝うように。まるで怨敵との邂逅を喜ぶように。


「これは良いものが見れた。まさか目を覚ましている君に会えるとは。

 おはよう。良い夢は見れたかな?」

「…………」

「返事はなし、と。まあいいけどね、初めから期待してないし」


 何を言っているのか理解はしている。

 それに対し応答する気にはならない。

 頭の中の海は今もまだどこかへは行ってくれない。


「せっかくの機会だし、ゆっくりお話でもしようじゃないか。

 なあに心配はいらない。時間は幾らでもあるからね、ボクにも、君にも――」


 それからそれは本当にずっとしゃべり続けた。

 どこかで誰かが生まれた、死んだ。作った、壊した。進んだ、後退した。覚えた、忘れた。見つけた、見失った。拾った、捨てた。勝った、負けた。広げた、狭めた。起きた、眠った。買った、売った。笑った、泣いた。斬った、繋げた。仕えた、裏切った。殺した、殺された。……。……。

 そのどれも『私』は記憶していく。

 しかしそれ以上の興味がわかない。

 それでもそれはしゃべり続ける。


「……それで、その時、……が……になって――」


 まだまだ話は続く。

 面白いとも、鬱陶しいとも思わない。

 ただ音が流れていく。そしてそれを記憶していく。

 延々と、延々と――。


 何を目的にしゃべり続けているのか。

 海に投げた小石が大波を引き起こすのを待つように、広大な砂漠から一粒の砂を探し当てるように、それは前後のつながりも関係なくしゃべり続ける。


「――ああ、そうだ。そういえば――」


 また話が変わる。

 出てくる登場人物に共通点もない。

 ただ一つ言えるのは話に出てくるのはどれもこの世界で現実に起きた話だということだ。

 だからどうという事もない。

 『私』はいつまでもその話を聞き続ける。






 ちょうどどこかの誰かが死んだという話になった時。

 ピクリ、と『私』の右手がわずかに動く。

 それを目ざとく見つけ、


「お? おお? 何か面白いところでもあったかな?」


 期待のこもった目でこちらを見つめてくる。

 しかし『私』の目がどこでもないところを見つめているのを見ると、すぐに残念そうな顔で笑う。

 それにも興味は、ない。


「なにか、きた」


 『私』の呟きは目の前にいるそれに対して発したものではない。

 『私』が感じたのは指先を虫がはいずるような感覚。

 不快とは思わない。感覚に対する興味がないから。

 だから、『私』が発したのも、ただの独り言。


「……ああ、確かに。ここは君の領域だ。

 異物が入り込めば君の知覚から逃れる術なんてないのは当然か」


 勝手に納得してうんうん、と頷く。

 面白い、面白いと呟きながらそれは『私』に問いかける。


「で、君はどうするのかな?」


 …………。

 どうするのかと聞かれても。

 『私』はどうすべきなのか。今までどうしてきたのか。

 思考はまとまらないまま、体は勝手に立ち上がる。

 今は体が動くままに。それがきっと『私』がやるべきことなのだろうと思う。


 数歩進み、ふと後ろを振り返る。そこには今まで座っていた玉座がある。

 野ざらしに置かれた玉座。

 時の流れにさらされたはずのそれは今でも作られたばかりのような輝きを放っている。

 これは『私』のために用意されたものだったのか。それとも誰かから奪ったものだったのか。

 疑問は頭を叩く。しかしすぐに興味を失う。


「なぜなら、こたえは、でないから」

「?」


 誰に言うまでもなく言葉が漏れる。

 すぐ横で首を傾げる者に対する興味は、やはりない。


(――×××。×××を頼めないかな――?)


 あの声が聞こえる。

 何度も響くあれはいったい、誰の声なのだろう。







「――×○△◇!? ×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇!?」

「――×○△◇×○△◇。×○△◇×○△◇×○△◇!」

「――×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇」


 『私』が感じた『なにか』はすぐに見つかった。

 どこにいるのか、どれほどいるのか、分かり切っていた事だ。驚きも何もない。

 しかしあちらはそうでもなかったようだ。

 複数いた『なにか』は『私』を見るなり様々な反応を見せた。先がとがった金属を付けた棒を構える者、それを止める者、固まる者、ゆっくりと近づく者、離れていく者……。その数、ぴったり500。


 まとまらない頭でぼんやりと思う。

 前にも似たようなことはあった気がする。その時はもっと数が少なかった気がするが。

 ……前とはいつだったか。思い出せない。


「×○△◇×○△◇×○△◇。×○△◇×○△◇×○△◇? ……×○△◇?」


 『なにか』の中から一つが近づいてくる。

 それは何かを言っているが、何を言っているのか分からない。

 分かっていれば何か答えるのだろうか、『私』は。分からない。

 

 後ろから声がする。理解ができる声がする。


「ああ、君は彼らの言っている言葉は理解できないかな?

 ――今は神代の終わりかけ。

 人類は8人の初代王、八神とも称される存在の庇護から遂に脱し、人の時代を切り開きつつある。

 その中で人類は新しきものを次々と生み出し、これまでの物を古きものとして扱っている。

 その中の一つにあるものが、言語。

 今ボクたちが話している言葉は、今では古代語とされるものであり、既に廃れつつあるものなのさ」


 声はなおも感慨深げに続く。


「いやあ、何とも素晴らしいよねえ……。

 生まれたときは吹けば飛ぶような、いや、ちょっと間違えれば絶滅しそうだった人類がここまで成長するなんて。

 八神が『ここまでくればもう人類は大丈夫』って判断するまでに何十万、いや、何千万年かかったっけ?

 いやもうこれは拍手を贈るしかないよね! ビバ成長! 人類に栄えあれ!」


 パチパチと手を叩く音がする。

 人類――そう呼ばれた生き物のうちの一つは今もなお『私』に近づきつつある。

 ようやく顔が見れるまでに近づいてきた。その表情から窺えるのは緊張、戸惑い、恐怖。

 どうやら人類を礼賛する祝福の拍手は聞こえていないらしい。


「あ、ちなみにそこの彼がさっき言ってたことを翻訳してあげるよ。

 『君は何者だ? ……いや、そんなことは良い。ここは危ない森なんだ。ついておいで。

 お母さんやお父さんはどこにいるのかな?』

 大体こんな感じー」


 アブナイとは。オカアサンとは。オトウサンとは。

 いくつかの言葉の意味は分からないが、どうやら目の前の人類は『私』の心配をしてくれているらしい。

 ぐるぐると頭が回る。

 どうするべきか。どうしたいのか。どうなるのか。


「×○△◇」


 人類が遂に『私』の肩に手を柔らかな力で置く。

 彫が深い顔の口角をぎこちなく上げ、何か一言を言った。

 きっとそれは『私』を安心させるための一言だったのかもしれない。




 だけど、そんなものに、わたしは、きょうみがなかった。




「さわるな」

「――パ?」


 『私』が発したのは一言。

 その一言で目の前の人類の顔はきれいに横に3分割された。

 赤いものをまき散らしながら倒れたそれはもう動かない。

 

「×○△◇×○△◇×○△◇!!」


 体を赤く染めたそれが地面に倒れる前に残り499の人類が一斉に持っている物を構えた。

 その数の多さから全員の姿が見えているわけではないが、感覚で分かる。

 まっすぐ突っ込んでくる者、回り込んでくる者。

 最終目的地を『私』に定めた手が様々なルートで進む。


 しかし、


「うるさい」


 次の瞬間立っている者はいなかった。

 体に傷もなくそのままカクンと倒れる者、胸に突然大穴が開くなど突然致命傷を負う者、血を吐いて倒れる者……。

 その場にいる全員が何が起きたかもわからぬまま斃れた。

 次に立った音は499の体が地面に倒れる音ではなく、カランカランという499人分の白骨が地面に落ちる軽い音だった。


「なるほどなるほど。彼らに『いつかの未来』に訪れる死の瞬間を『今』に持ってきたのか。

 死に方が違うのはそれぞれ死因が違うから、と」


 『私』の後ろで涼やかな声が生まれるが、どうでもいい。

 姿を変え、動かなくなったものに目を向ける。

 どうして動かなくなったのか分からない。

 邪魔だな、ただそう思った。


「――!!??」


 『私』がそう思ったからなのかどうかは分からない。

 しかし、先ほどまで動かなくなっていた500は初めに見た姿そのままに戻っていた。

 初めと異なるのはこちらを見る目。

 様々な感情が浮かんでいたそれは、今では恐怖というたった一つの感情に占められていた。


「×○△◇×○△◇×○△◇! ×○△◇×○△◇×○△◇!!」

「『お前は何者だ。その力は何なんだ』だって」


 そんなこと言われても困る。

 『私』が何かなど、『私』が一番知りたい。

 何億という問答を繰り返しても出なかった答えは『私』に無気力だけを与えていった。


「×○△◇×○△◇×○△◇!!! ×○△◇×○△◇×○△◇――っ!!!???」


 また全員が白く軽いものに変わる。

 うるさい、とまた思ってしまったからだろうか。

 だから戻す。初めの姿に。


「×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇×○△◇―――っっっ!!!」


 どうしてこれらは戻すたびに喚くのだろうか。

 どうすればこれらは邪魔にもならず、うるさくもならないのだろうか。

 どうすればいいのか分からない。

 だから、繰り返す。

 最適解を思いつくまで。


 白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す、白く、戻す……。







「あ、あのー?

 もういいんじゃないかなー?

 もう『壊れてる』よ、それ」


 何度も繰り返すうちに戻し忘れや白くし忘れたものがあったらしい。

 500は、白くなっているものと、戻っているものに分かれていた。

 もう、戻っているものも何も言わない動かない。


「君は一体どうしたいんだい?」

「じゃま」

「そっかー……。

 じゃあ、これらはボクが何とか処理しておくよ。それで良くない?」

「…………」

「そんなに睨まないでほしい……。

 お楽しみの途中だったのは分かるけどさ……」


 お楽しみ。

 聞こえた言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 涼やかな声は、今度こそ楽しそうに降ってくる。

 遂に大波を起こす小石を、一粒の宝石を見つけ出したように。


「あれ? あれあれ? 分かってない?

 君、今、笑ってるぜ?」


 手を口元にあてる。

 確かに、声の通り、『私』の口角は、上がっていた。


「そう。君は今楽しんでいる。

 一方的に、無慈悲に、容赦なく、手加減なく、不合理に、理不尽に命を奪うという行為を楽しんでいる」


 聞こえる言葉は『私』を教え導くように降ってくる。

 『私』はそれを咀嚼し、飲み込む。

 なるほど。

 なるほど、これが、『楽しい』か。

 もう一度、500の方を向く。


「―――――――――ひ、ぃ」


 かろうじて聞こえた声に、『私』は、興味は、ない。

 今、興味があるのは、この『楽しい』という感情だけだ。










「――――で、あれからまた気が済むまで楽しんでご満悦。

 今はおねむというわけだね。うーん、えぐい」


 あれからまた長い時間がたった。

 涼やかな声の主は倒れている500の間を歩きながら感想を述べる。

 これもダメ、これもダメ、と一つ一つ首の後ろを掴んでは無事かどうかを確かめていく。


「ボクとしてはこういうのも嫌いじゃないけど、正直もう少しバリエーションが欲しいかなー」


 あ、これなら大丈夫そう、といって一つを掴む。

 体中の穴という穴から出せるものはすべて出し切ったように見えるそれを汚いものを触るようにつまみ上げる。


「とりあえずこれをもとの場所に戻せば、もう来ないでしょ。

 残りは、うん、その辺の動物の餌にでもするか。めんどいし」


 最後に、と1つを引きずりながらこちらに近づいてくる。

 ぺしぺしと『私』の頬を軽く叩き、起きていることを確認する。


「今日はラッキーだ。久しぶりに起きている君と交流できたし、力の一端も見ることができたし。

 ……でもまだ君が動くには早い。

 もっと人類が発展して、もっとみんなが幸福になった時がボクたちのスタートラインだ。

 希望と絶望の落差が大きいほど、君ももっと楽しめるだろうしね」


 久しぶりに目を覚まし、『私』は十分に楽しんだ。

 眠気に負け、目蓋を閉じながら最後に聞こえた声の意味は分からなかった。


「その時は、是非ボクも一緒に楽しませてほしいな。

 よろしくね? ――――未来の魔王サマ」












「違うっっっ!!!」」


 鋭い声を上げ、俺はベッドから跳ね起きる。

 滝のような汗が流れ、手が震える。

 落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。


『一応申し上げますと、適合者が眠っていたのは1時間ほどです。

 推察するに、随分な内容の悪夢だったようで』


 声が遠くに聞こえる。心臓がバクバクとうるさい。

 夢と現の境があいまいだ。


「『私』は……。っ、違う、俺は『私』じゃない!」

『落ち着きなさい適合者。まずは深呼吸です。私はしたことありませんが』


 目を閉じ、ベッドに倒れ、意識して全身の力を抜く。

 深く息を吸って、吐く。ただそれだけを行うことだけに意識を全集中させる。

 そうしないと、またあの光景がはっきりと目に浮かんでしまう。


 必要以上の時間をかけて自分を取り戻す。

 ベッドに座り直し、部屋に備え置かれた飲み物を口に含む。

 ……失敗した。途端に吐き気がこみあげてきて洗面所へ駆け込む羽目になった。


「……はーっ。はーっ」


 自分のうめき声ですらいまだ遠い。

 もっと静かな場所へ、冷たい場所へ行きたい。

 フラフラと、足は扉へ向かう。


『適合者、いずこへ?』

「……外」


 何とかそれだけを口から絞り出す。

 まるで頭の中に、海でもあるようだった。








~ 学院 中庭 ~


 学院には休憩場所として緑を多く配置した中庭が用意されている。

 四方を建物に囲まれ、ベンチに座り上を見れば正方形に切り取られた空が見える。

 時刻はすでに深夜だが、熱心な研究員がいまだに居残りで研究を続けている。

 福利厚生が充実しすぎて「あれ、これぶっ倒れるまで研究できるんじゃね? ヒャッハー!」的な状況になっているともいえる。


 そんなベンチにナギアは倒れこむようにして座る。

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸をして、全身の震えを少しずつ抑えていく。


「……冷静になれ」


 持ってきたメモに先ほどの夢の内容を書き込んでいく。

 夢だからすぐに記憶から薄れていくかと思ったが、いつまでも頭に残り続けている。最悪だ。


「あの夢はソルアの主観だった……。

 恐らく2000年前、風王国が行ったソルの森の調査の時だろう……」


 闇王国で読んだ報告書と内容も一致する。

 やはり調査団を壊滅に追い込んだのは、ソルアだったという事だ。


「古代語による会話……。

 あいつ、光王よりもずっと長く生きているのか……」


 本人も分かっていないようだったが、少なくとも2000歳オーバーという事は確定した。

 出会ったときに会話が成立しなかったのも、今の言語を理解していなかったから。


「そして、あいつは、魔王と呼ばれていた――」


 『ソルアリシアは魔王である』

 その一文を書いた自分自身にどうしようもない罪悪感が沸き上がる。

 それにまだ確定ではない。『未来の』魔王。あの時点では魔王ではなかったという事だ。


 『ソルアリシアは魔王である?』

 一文字を付け加えて、一息つく。こうすれば罪悪感も少しは薄れた。

 ここまで書いてふと気づく。気付きは疑問となって口を出る。


「あいつを魔王と呼んだあれは、誰だ?」

「こんばんは。良い夜だね」


 ゴリ、と後頭部に何か硬い物が押し付けられるとともに声が降ってくる。

 それは闇王国で聞いたことのある声だった。

 空を飛ぶこの国で、聞こえるはずのない声だった。


「……ドール……!」

「うん? ……ああ、ボクの事ね。うんうん、中々いいんじゃないかな。的を射てるし」


 ゴリゴリと硬い物――拳銃と呼ばれるその武器を押し付けてくる。

 あふれ出る余裕は、今まさに生殺与奪権を握っていることから現れるものだろう。

 聞きたいことは幾らでもあるが、


「……何の用だ」

「うんうん。悪くない。ボクも端的に進めていく姿勢は嫌いじゃないよ?」


 どちらかといえば派手に行く方が好きだけど、と言いながらも空いている左手で頭を撫でる。

 まるで問題に上手に答えられた生徒を褒めるように。


「今日は君に提案――というか相談があってきたんだ。

 受け付けてるんだよね? お悩み相談。いやあグッドタイミング!

 賢い君ならきっと一発でズバッと解決してくれるんだろうなー」

「期待してもらってるようでどうも。

 お前が言うと皮肉にしか聞こえないんだが?」

「まあまあ、そんな斜に構えないでよ。

 君にとっても悪い話じゃないんだからさ」


 くるり、と拳銃を頭を押し付けたままドールは正面に回る。

 そこで初めて今のドールの姿が目に入る。

 千切れたはずの腕や肢は何もなかったようにくっつている。服は前見た時と同じ、フリフリのメイド服。

 額に拳銃の銃口を押し当てながら、三日月の形に口をゆがめたそれは、






「ボク、魔王を裏切ろうと思うんだけど、協力してくれない?」






 満月の下、そういった。

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