第77話 試練スタート
~ 光王国 第4セクター「リターンポイント」 ~
永遠とも思える上昇から解放され、ほっと一息をつく。
渾身の力でつかんでいた魔術柵もその役割を果たし、出現時と同じように溶けるように消えていく。
「に、二度と……乗りたくない……」
「そう? 楽しかった。
帰りもこれがいい」
床に手をついてガタガタ震えるナギアと、それを見下ろし首をこてんと傾げているソルア。
ソルアは余裕からか、上昇中も円盤の中心で飛び跳ねていた。
手は魔術柵を掴むために、口は叫ぶために使っていたナギアはそれを恨めしい目で見ていることしかできなかった。
「ナギアってば大げさ。
孤児院で院長が勢いよく『高い高い』してくれるのとそんなに変わりなかったよ?」
「絶対違う。その院長のことは知らんが絶対に違う。
……待て。お前、孤児院で働いてたとは聞いてたけど、『高い高い』してもらったのか?」
「…………さぁ?」
汗をダラダラと流しながら目を背けるその姿に説得力はない。
「お前、ただ一緒に世話されてただけなんじゃ……」
「違うし。ちゃんとお世話する側だったし」
「一番お気に入りだったお菓子は?」
「黒糖をたっぷり使ったやつー!」
「はいアウト―」
そんな会話をしていると二人の人間が近づいてくる。
シューヤと光王ルクスピカラだ。
平均的な身長のシューヤの前をその腹ほどしかない小柄な光王が堂々と歩く。
「来たわね!
私が光王ルクスピカラさんよ!
崇め奉りなさい!」
「初めまして。その旦那のシューヤ・カタギリだ。
堅苦しいの苦手だからシューヤでいいよ。あと、ルーのことも崇めたりしなくていいから」
「何で!?」
ムキーと腕を振り回す光王とその頭を押さえつけてにこやかに笑うシューヤ。
何とも仲睦まじい様子だった。
「初めまして。俺はカムルナギア。
ナギアで構いません。で、こっちは……」
「ソルアリシア。ソルアでいい」
簡単な挨拶を済ませると、ナギアは改めて自分のいる場所を見渡す。
広い倉庫のようなこの場所には今しがた乗ってきた【天の階】が複数置かれている。
遠くを見ればそれ以外の見たことのないものが多数陳列されている。
中には厳重に保管されているものもある。
「ここは我が国が誇る第4種【遺物】保管庫よ。
私たちは第4セクターって呼んでるわ」
「第4種? 【遺物】?」
「その辺は移動しながら説明してあげるわ。
ついてらっしゃーい」
マイペースにどこかへ行く光王を急いで追いかける。
その途中にも見たことのない【遺物】が多数目に入る。
【天の階】と同じような未知の技術が用いられていると思うとナギアの興味を多分に惹いた。
「ナギア? おいてくよ?」
「あ、すまん。今行く」
ついつい目を奪われ足が止まっていた。
いつかじっくりと見せてほしいと思いながら、第4セクターを後にした。
「【遺物】は異世界から流れ着いた物の総称よ。
最近の子は【アーティファクト】なんて言い方もするみたいだけど」
「日用・戦闘・その他・移動で分類されてて、それぞれ別の場所に保管されてるって感じだな」
「普通その他は最後では?」
「……倉庫に入りきらなくなったから分類を追加したのよ。
あんま細かいこと気にしてるとハゲるわよ」
現在光王の先導に従って移動中。
といっても、倉庫を出てからどういうわけか地面が勝手に動いているため歩いているわけではない。
「地面のこれもアーティファクト?」
「そうよー。
危険性がないと判明したものはバンバン使うようにしてるわ。
動力とかができる限り魔力になるように改造したりするけどね」
「俺みたいな異世界出身者の知識が使えることも多いんだよ。
そういう意味ではナギアにはこの国にいる間だけでも、学院での研究に協力してくれるとありがたい。
ちなみに地面のこれは俺の世界にあったやつ。正式な名前は知らないけど【動く歩道】って言われてた」
研究の話はナギアからしてみれば願ってもない話だ。
自分にこんな研究者気質があったとは驚きだが、色々な遺物に触れてみたいと思っていた。
「まずはざっくりとこの国の説明でもしましょうか」
ナギアたちの前に立っていた光王がくるりと反転してこちらを向く。
「光王国は浮遊島群で構成されてる世界で唯一の浮遊国家よ。
島って言っちゃってるけど実際は異世界から流れ着いたとある魔獣の死体の再利用。
つまり、国土自体が一つの【遺物】ってわけ」
「建国当初からそうなんですか?」
「そうよー。
初代光王が討伐・加工したものを、光王を継承した者がその運航も引き継いでいく感じ」
見た瞬間に感じていた化石感に納得がいく。
恐らくはいくつかのパーツに分けて利用しているのだろうが、それでも一つの国を丸々浮かせていると思うと大きな魔獣であったことが予想される。
「ウチはこうした【遺物】の発見・研究・利用が中心よ」
「何でこの国が?
別の国でもやればいいのに」
「それは地理が関係しててだな」
そういうとシューヤは空中に地図を魔術で表示させる。
いつか風王国で見たものと同じ内容のものだ。
「この世界の地図ってどういう感じか知ってるか?」
「中心に樹王国である『アルス島』。
その島を囲うようにしてある『アルス湖』。
さらにその外側を6つの王国が囲っているんでしたよね?」
「その通り。
で、光王国は基本的にはさらにその外周の上空をぐるぐる回ってるんだよ」
そう言いながら地図のもっとも外側をぐるぐると指で刺しながら回す。
およそ1年をかけて1周。
それが他国との取り決めで決定された光王国の道筋だった。
「そんな中、【遺物】は6つの王国の外側――未開拓領域ってところで見つかることが多い。
というのも、この未開拓領域は、観測されていないがゆえに未確定になってるとか小難しい理論で説明されるんだが、他の異世界との境界があいまいでそういったものが流れ着きやすくなってるらしい」
「流れ着く【遺物】は安全なものばかりとは限らないし、数は少ないものの生物という例もあるわ。
機動性をもって調査が可能であり、もしもの場合も周囲への影響が少ないという理由から、うちが一番【遺物】の調査・研究が進んでるのよ」
そんな会話をしながらナギア達は動く歩道に身を任せている。
外の風景をよく観察してみれば、見たことのない素材でできたものがあちこちで見られる。
「あっちの大きな建物が見える?
あれがこの王都で最も大きな研究機関『学院』よ」
「さっきも言ったけど、ナギアとソルアにはここにいる間は学院での研究にも協力してほしい。
衣食住は保障するから、今のうちに希望があったら言ってくれ」
光王が指さす先には一際巨大な建造物がある。
純白のそれに多くの人が出入りしているのが見える。
新しい【遺物】なのか、奇妙な形をした物を手にした者もちらほらと見える。
「私は美味しいものと戦闘訓練ができる場所と働ける場所があるなら何でもいい」
「俺も同じく特にリクエストはありません。
……ああ、でも、【遺物】を多く見てみたいとは思います」
「分かった。手配しておくよ」
他愛もない会話をしながら移動をすること約数分。
遂に目的地に到達した地面が音もなく停止する。
「ここが王城よ。
私に用がある時はここかさっき見た学院に来てね」
そう言って光王は一つの建物の中に入っていく。
王城とは言うが他の建物と比べて大きな差はない。
風王国の王城のようななく、そこらにある一軒家と同じような造りだ。
光王の後をついて王城に入っていったナギア達はそのまま一室に入る。
中にはシンプルな大きな机が二つと本棚が置かれている。
どうやらここで普段は執務を行っているようだ。
「さて、ここまで色々話してきたけれど、試練の内容は分かったかしら?」
「え?」
机に備え付けられた椅子にどっかりと座りながら光王が尋ねる。
いきなり試練の話になったナギアとしてはこれまでの会話を思い返す。
あの会話のどこかにヒントがあったということには違いないだろうが……。
「はい、じゃあそこの白くてちっこいの。
当ててみなさい」
「光王もちっこいと思うんだけど」
「気のせいよ」
「無理あると思う」
((二人とも小さいんだよな……))
睨み合いながらも考えるソルア。
「……新しいアーティファクトの発見とか?
今この島がどこに向かってるか知らないけど」
「ブッブー。違いまーす。
この島は今他の島との合流ポイントに向かってるし、遠征には遠征用の島がちゃんと用意されてるわ。
はい、じゃあ次のそこの黒くて中くらいの」
次に光王はナギアを指さす。
すぐにシューヤがその指をやんわりと下ろさせる。
人を指さしてはいけません。
「【遺物】の研究を進めること?
異世界出身者の俺の知識が使える部分もあるでしょうし」
「それはそれでやってほしいことだけれど、それは試練とは別口よ。
というか、研究も初めは簡単で安全な奴からやってもらうわ。
いきなり素人にあぶないことさせるわけないじゃない」
「……」
召喚の才能があると分かったその日から何度も命がけで召喚を強制されてきた身としては驚くような待遇だった。
福利厚生という概念はあの世界には無かった。
「……もう、ここまでいろんなことを聞いて、見てきたというのに分からないの?」
やれやれと大げさにジェスチャーをして落胆をアピールする光王。
闇王の試練を突破するほどの知恵があると聞いていたのにがっかりだ。
異世界の技術を積極的に取り込んできた光王国。
独自の文化、独自の発展を遂げてきたこの国には外してはならない問題がある。
それは……。
「私の!」
勢いよく立ち上がる。
「やることが!!」
一回転してナギア達に人差し指を突きつける。
「無いっっっっ!!!」
ないっ……ないっ……ないっ……。
広くはない部屋に光王の声が響く。
その横でシューヤが静かに顔を覆っているが多分見ない方が喜ぶ。
「正確にはやることあるのよ!?
【遺物】の動力となる魔力の補充とか島の運航とか!
でも地味! めっっっちゃ地味!
でも研究に参加しようとすると『邪魔なんでどっか行っててください』とか言われるし遠征にも行かせてくれないし!」
一気にまくしたてる。
よほどストレスが溜まっていたのか机をバンバン叩き始める。
残念ながら子供が駄々をこねているようにしか見えないが。
研究に参加させてもらえないのもそういう一面があるからだとは本人だけが知らない。
「というわけでナギア!
あんたに課す試練は単純明快!
私がもっとみんなにチヤホヤされるようにしなさい!」
…………。
呆気にとられた表情で固まるナギアとソルア。
恐らくもう少しまともな反応があるだろうとシューヤの方に視線を向ける。
「シューヤさん……」
「言うな。何も言うな。
俺だっておかしいなーとは思ってるんだ」
シューヤも事前に光王から聞かされた時同じような表情になった。
しかし試練の内容の最終決定権はその国の王にある。
こうと決めたら覆すことはできないのである。
そして光王は頑固であった。
「……まあ、一応道理が通ってないわけでもないんだ。
聞いてると思うけど、王の力って民からの支持――信仰が源なんだよ。
つまり王の扱いがぞんざいになればなるほど……」
「王は弱くなる」
「で、さっきルーも言ってたけど、この島ってルーの魔力で浮かしてるから……」
「最悪墜落すると」
「まあ、そういうこと」
一国を形成するほどの超々巨大構造物の墜落。
余波だけで他の国に絶大なダメージを与えかねない。
ふざけた試練かと思えば、割と深刻な話だった。
「ルーに何か策があるらしいから聞いてやってくれ。
……この世界を守るためにも、な」
光王の人気を回復させ、世界を守る。
光王国におけるナギアの試練はこうして始まった。




