第75話 光王カミング
音もなく現れた『それ』を見るためカムルナギアは建物の屋上に飛び出す。
『それ』――闇王曰く光王国の王都島マルクスは見える範囲全てを覆うように悠々と空を泳いでいた。
「…………」
ぽかんと口を開けたまま固まるしかない。
(あれが闇王の言っていた王の力を使う上での抜け穴ということか……。
確かに国土ごと持ってこれば制限はないだろうが……)
「なにあれ?」
いつの間にか隣に来ていたソルアリシアも同じように頭上を見上げている。
「あれが光王国……。
俺の腕を治すために闇王が呼んだらしい」
「なんで浮かんでるの?」
「……本当、なんでだろうな」
ソルアが駄目なものを見る目で見てくるが分からないものは分からない。
(いや、知らんで思考停止するのはよろしくない。
まずは観察だな)
光王国は闇王国の王都全てを覆うように浮かんでいるが基底部の各所で灯っている魔術光のおかげで昼間と同程度の明るさを保っている。
しかしよく見てみれば浮いているのは地面ではない。
どこか生物的な――言うなれば、化石のようなものだ。
「飛行タイプの魔獣……?
いや、魔法陣が見当たらない。それにあれはどう見ても生きているようには見えないしな……」
「光王が魔法で浮かばせてるとか?」
「確かに王の力ならそれも不可能ではないかもしれないが……。
国を浮かせて動かせることにそこまでメリットあるか?
別に戦争してるわけでもあるまいし」
「むう」
下を見れば闇王国の国民が何事かと上を見上げているのが分かる。
しかしこの世界の住民であれば光王国が空飛ぶものであるということを理解しているためか、すぐに納得した表情となって帰っていく。
「やっと来たわね」
そう言いながらゆっくりと闇王クロアネロンが屋上に姿を現す。
その後ろにはカロス、ガスティがついている。
「二人そろってバカみたいな顔して面白いわね。
……ああ、そんなに睨まないでちょうだい。
ほら、始まるわよ」
「「?」」
そういうと各所の魔術光からレーザーのように光が放たれ、新たな魔法陣を作り上げる。
数秒かけて完成した魔法陣はその形からどういった魔術なのか読み取ることができる。
それは投影魔術。遠方に映像と音声を伝えるための魔術だ。
その映像に、一人の女性の姿が映し出される。
ソルアと同じくらい小柄な体にそれに不釣り合いなほどに長く伸びた黄金色の髪。
同じく黄金の瞳は、これでもかというくらい自信に満ち溢れていた。
『……ふふふ』
「?」
女性――光王ルクスピカラの口から笑みがこぼれる。
その視線の先には、闇王クロアネロンがいた。
『ふはははーーっ!
クーローアーちゃーん? あんたがどおおおしてもって半べそでお願いするもんだから来てあげたわよ!
どう? 嬉しい? 嬉しいわよね?
だって私だもの! この世界で最も高貴にして光輝なルクスピカラさんだものね!
いやー、困っちゃうわー! 有能だと他国の王からも頼られちゃって辛いわー!』
困るといいながら渾身のドヤ顔を浮かべる光王。
少なくとも王都全体に響き渡る音量で放たれた第一声はまさかのマウントであった。
『やっぱでもほら私って物凄い優しいし器も大きいから?
普段憎まれ口をたたいてくるクロアちゃん相手でもこうして大人の対応ってものができるのよね!
流石私! これはもう歴代最高の光王といっても過言じゃないんじゃないかしら!』
なおも続く光王による自画自賛。
同時にナギアとソルアの背後で高まり続ける圧。
「……自殺志願者かな?」
「これは死んだわー。絶対に死んだわー」
後ろを振り返る勇気はない。
目が合ったというだけで理不尽に八つ当たりを受けること間違いなしである。
「……ねえカロス?」
「何でしょう、陛下」
これ以上ない美しい笑顔でカロスの方を見る闇王。
いつだったか、笑顔とは本来威嚇のために用いられていたという話を聞いたのは。
「あの巨大なゴミ、私の国の領空を侵犯してると思うんだけど、撃ち落としてもいいわよね?」
「自分から呼びつけておいてその理屈はさすがに通らないと思いますよ!?」
「あらそう? じゃあさっきから囀ってるあの羽虫を呪うくらいにしておくわね?
『三禍終命――』」
「それ即死技ーー!」
カロスは魔法陣に向けて腕を伸ばし術式を唱え始めた闇王を必死に抑える。
冗談と思いたいが、残念ながら目が本気だった。
そんな地上の様子が見えていないのか、悦に入っているため気付いていないのかは不明であるが、光王の堂々とした演説は続く。
ナギアはいつ後ろから上空に向かって漆黒の魔術が飛んでいかないか不安でたまらない。
しかし唐突に状況は変化する。
『いい気分ね!
普段ネチネチと嫌味を言われてるだけあって、こうして私のターンが回ってくるとこう、なんていうか、ものっすごい気持ちいいわ!
まだまだ言いたいことはあるわよ!
例えばこの前会った時のことだけどぎにゃあああああああああああああ!?』
突如映像が真っ白な光に包まれると同時に光王の悲鳴が響き渡る。
直前に何者かが光王のいる部屋に入る音はしていた。
光王国側でもまずいと思うものがいたのか、あちらでもしかるべき処置という名の閃光魔術が実行されたようだ
白い光が収まり映像が復旧すると、そこには目を抑えて地面を転げまわる光王と、ひれ伏して地面に頭をつけている一人の男が映っていた。
『うちのバカが本当にすみません!
悪気は……ありましたけど、悪い奴じゃないんです…………多分!』
男はひれ伏したまま器用に魔術を使うとナギア達のいる場所に一つの魔法陣が現れる。
その魔法陣から先程と同じ男の声が流れる。
『その魔法陣に話しかけてもらえば会話ができますんで、謝罪の機会を頂けないでしょうか!』
「……とりあえず、顔をあげなさいな、シューヤ。
ていうか、その姿勢何?」
『俺の故郷に伝わる深い謝罪を意味する姿勢、ドゲザです!』
「……はあ。よく分からないけど、話しにくいから、ね?」
男――シューヤの鬼気迫る態度に闇王はちょっと引いていた。
その間にカロスがススっとナギア達に近づき、説明をしてくれる。
「光王ルクスピカラ様の王配、シューヤ・カタギリ様です」
「ナギア、王配って何?」
「女王の夫のことだな」
「なるほどー」
闇王から一応の許しを受けてシューヤが立ち上がる。
黒髪黒眼という闇王国でよく見る容姿だ。
そしてその間に光王も復活したようで映像の後ろでゆらりと立ち上がる。
後ろからシューヤの首元を掴むと前後にがっくがっくと揺さぶる。
『何すんじゃーー!』
『こっちのセリフだバーーカ!
昨日原稿一緒に考えたよな!?
何で一言目から全然違うもんが出てくるんだよ!?』
『なんかクロアの顔見たらビビッと来たんだもん!』
『わけのわからん電波受信してんじゃねえ!
しょーもない恨みを公衆の場でぶちまけるな!』
『しょーもなくないですぅー!
100年位前にあいつのための落とし穴掘ってたら後ろから蹴落とされて鼻で笑われたんですぅー!』
『しょーもねぇー!』
映像の向こうで繰り広げられる夫婦喧嘩。
しばらく続きそうなそれを見て、ソルアが闇王に一言。
「これ、収拾つくの?」
「……私に聞かないでちょうだい」




