表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第4章 闇王の難題
78/100

第73話 原点回帰の日常

 病院での会議から数カ月。

 カムルナギアはまだ闇王国にいた。

 闇王曰くカムルナギアの腕を治してくれる人はあと少しで来るらしいが、この世界で「あと少し」がどれほどを意味するのか不明なだけに、ただ過ぎていく日々に焦りを感じていた。

 もっとも、今のカムルナギアにはそんな焦りと感じる暇もないのであるが。


「なぜ、俺は、ここにいるんだろう……」

「愚痴なんて言っている暇があるなら腕を動かしなさい。

 農産物の生産調整に関する意見書のまとめ、治水工事の進捗の確認、新しく申請された福祉事業の審査……。

 やることはいっぱいよ?」

「迂闊……。余りにも迂闊……」


 カムルナギアは闇王の執務室で仕事を手伝わされていた。

 闇王の「将来の仕事に慣れるため」という誘いに乗せられ、ホイホイとついていったのが運の尽き。

 減るどころか増え続ける書類との格闘を強いられることとなったのである。

 しかし……。


「……ん?

 闇王、この農作物であれば俺の元居た世界でもっと効率よく栽培できる魔術が開発されてましたよ。

 育成を阻害する菌の活動を抑える術式で、1割程度の増産が見込めると思いますよ」

「いいわね。後で理論を書き出しておいてちょうだい」

「了解です」


 元の世界で獲得した事務処理スキルと、召喚した者たちを理解する上で学んだ知識を活かして、そこそこ役に立っていた。

 財務、身体的及び精神的な健康管理、装備補充、人事、etc……。

 ワンオペ体制によって嫌でも得ることになったノウハウは伊達ではないのである。

 利き手である右手が現在でも使えないこともあり、最高効率を叩きだすまでには至っていないが、ブラック環境の賜物によって左手であっても書類作業をすることも可能となっていた。


「陛下、先ほど貴族院から魔王対策委員会で使われる情報網の構築に関し、こちらが指定した業者に対して異議が出されました」

「……チッ。利権しか頭にない無能どもが。

 しばらくは放置しておいても構わないわ。

 あまりに騒ぎ続けるようならこちらも手札を切るだけよ」

「こちらが反対派のリストになります」


 会議を終えたカロスがガスティと共に執務室に帰還する。

 ガスティも仕事に慣れ始め、カロスの後ろにいるだけにとどまらず少しずつその存在感を示すようになっていた。


「それでケイオシア、頼んでおいた来年度の予算案の草案はできたかな?」

「も、もう少し待って!

 今ちょうど過去10年分の傾向分析が終わったところだから!」

「はあ……。ちょっと時間がかかりすぎじゃないかな?

 ナギアさんより作業効率低いってどういうこと?」

「それはあの人がおかしい!

 何であんな細かい文字の書類をスイスイ読んじゃうの!?」

「慣れじゃないかな。

 あと、人を指さしておかしいとか言わない」


 ケイオシアもカロスのスパルタ指導の下、実地訓練を積み続けていた。

 現在ではその能力はカムルナギア以下であるが、将来的には優秀になる……と信じたい。






 一方そのころ。


「はぁ……、はぁ……」

「……むぅ」


 闇王国における訓練所。

 ソルアリシアとアスディルは難しい表情で睨み合っていた。

 両者ともに額に汗を浮かべ、呼吸が短くなっていたことから、激しい戦闘があったことを物語っていた。


「――っ『アクセル』!」


 ソルアリシアの全身に魔法陣が浮かび上がり、加速した動きをもってアスディルの周囲を縦横無尽に動き回る。

 その動きはどんどん加速し、遂には目で追うのがやっとな速度にまで達する。

 長い白髪がたなびき、真っ白な塊が飛び回っているようにしか見えなくなる。


「……『影海』」


 対するアスディルは両手に短剣を構え、自身を中心として半径5mほどの黒い円を生み出す。

 影属性魔術『影海』。

 影を踏んだ者の位置を探知する索敵魔術である。

 アスディルは、ソルアリシアの位置を把握した後は純粋な反射神経をもって対応し、カウンターを叩きこむつもりだった。


 両者の戦いは、ソルアリシアの攻撃が届くのが先か、アスディルのカウンターが決まるのが先かの速度勝負となった。


「……はぁっ!」

「……むんっ!」


 ソルアリシアはアスディルの背中をめがけて、一気に突撃する。

 その足がアスディルが展開する影に一歩踏み込んだ瞬間にアスディルは全身を大きく横に捻り、遠心力も込めた全力で短剣を振りぬく。

 魔術を使っていないはずのその振りぬきは、ソルアリシアの攻撃がその身に届く前に頭を打ち叩く勢いだった。

 しかし……。


「『ブレーキ』!」

「……っ!」


 アスディルの両腕が作り出す円の外周。

 そのギリギリ外側でソルアリシアの体がビタッ!っという音を立てそうな勢いで止まる。

 加速を無理やり魔術で止めた反動がソルアリシアの体を襲うが、その隙は全力の攻撃が空振ったアスディルのものよりも小さい。

 ソルアリシアは、回転の勢いそのままに自らに背中を晒したアスディルに向けて今度こそ槍を突き立てる。


「『影槍』」

「……くぅっ!」


 しかしアスディルはそれを踏まえての保険も準備していた。

 いまだ消えていなかった影の海からソルアリシアの腹をめがけて影の槍が突き出される。

 後ろに跳んで緊急回避をするソルアリシアめがけて、アスディルは短剣を投擲する。

 咄嗟に跳び上がってしまったソルアリシアには回避する手段がないように思えるが……。


「『リバース』」


 時間を巻き戻す魔術により、投擲されたナイフは滑らかな動きでアスディルの手元まで戻り、そのまま受け取られなかったために地面に軽い音を立てて落ちる。

 そして二人はまた距離を開けて睨み合う形となる。

 この状況は、すでに何度も形を変えて繰り返されてきた光景だった。


「……今日はもういいだろう。

 こちらはもう残弾が尽きた」

「そだね。訓練に付き合ってくれてありがと」

「問題ない。陛下からの頼みごとが終わった今、暇を持て余していたのは事実だ」


 アスディルは自身の性格が組織に属することに向いていないことは自覚していた。

 闇王国に籍を置いてはいるものの、普段はあちこちの国を放浪している風来坊なのである。

 今回、闇王国の依頼を受け、ある程度の実績を残したことで闇王からも継続した契約を持ちかけられていたが断っている。

 また別の国へ旅立つ準備を済ませたところに、ソルアリシアから訓練の相手になってほしいとの申し出を受けたのである。


「随分と戦闘に慣れてるね?」

「あちこちを回っていれば荒事に巻き込まれることも多い。

 そこでの噂を聞きつけられてまた巻き込まれての繰り返しだ」

「ふーん。

 私ってどう? 強い方?」

「時属性という属性自体を始めて見たため、比較検討は難しい。

 だが何度か戦ってみてわかったが、その属性は前衛向きではないだろう。

 中衛、もしくは後衛で補助に回った方が属性を活かせるのではないか?」

「私、自分以外に魔術かけられないし……」

「……そうか。努力しろ。

 ちなみにこれはお前の連れ……カムルナギアといったか。あいつにも同じことだ。

 機動力があったところで、攻撃手段が殴る、刺すくらいしかないなど宝の持ち腐れもいいところだろう」

「ん。伝えとく」


 アスディルとソルアリシアは帰途につく。

 いつもは途中までは同じ道を通って帰る二人だったが、今日は訓練所を出たところから違う道だった。

 ソルアリシアから持ちかけられた訓練期間は今日で最後。

 アスディルはこのまま別の国へ行くつもりだった。


「ではお別れだ。

 次に会う機会があるかどうかは知らないが、その時はよろしく頼む」

「うん。またね。

 あんまり面倒ごとに巻き込まれないと良いね」

「……そうだな」


 そう言ってアスディルは去っていった。

 これ以降、どういうわけかアスディルが荒事に巻き込まれることは目に見えて減るのであるが、その原因は不明である。







 さらに数日後。

 カムルナギアとソルアリシアは街に繰り出していた。

 闇王から初めて休暇を与えられたカムルナギアがソルアリシアを誘ったところ、二人で街をぶらぶらしようという話になったのである。

 ちなみにソルアリシアはアスディルと別れて以降、何でも屋のようなことをやって日銭を稼いでいた。

 本人としては犯罪者の捕縛など戦闘系の依頼が良かったのだが、どうにもこの国ではそういった被害・犯罪が少なく、結果として荷物運びや子守り、迷子のペット探しなどしていた。

 楽しかったので良し。


「なんか久しぶりに会った気がするな」

「ナギア、私が起きる前に出て行っちゃうし、寝た後に帰ってくるもんね」

「それで仕事が終わらないっておかしいよな……」


 カムルナギア、連日の激務により少し線が細くなったように思われる。

 ソルアリシアはそんな彼のために、今日周る場所を考えていた。


「まあまあ。そんな君のために今日は私のおすすめの場所教えてあげるから」

「それはありがたい。

 ずっとあの執務室に缶詰めでまともに観光できていなかったからな」

「というわけで、今日は大食いチャレンジの店をはしごしていこうか!」

「待って」

「まずは黒鳥の炭火焼き100本でしょ、その次はイカスミパスタ1kg、デザートに善哉2kgもあるよ」

「待ってくださいお願いします!」

「む?」


 早速1件目に向かおうとする肩をがっしりと掴む。

 このまま黙ってついていった場合、間違いなく胃が死ぬ。

 

「大食いチャレンジ以外の選択肢はないんですか!?」

「ないよ」

「断言しやがったコイツ!」

「『白いブラックホール』とは私のことだよ。ふふん」

「何上手いこと言ったみたいな顔してるんですかねえ!」

「じゃ、行こうか!」

「勘弁してくれ!」


 その後、長時間にもわたる説得の末、初日に訪れた店に行くことになった。

 折角の厚意を無碍にされたソルアリシアがむくれたのは言うまでもない。


「いらっしゃい。何人?」

「二人です」

「適当なところで座ってて」


 いつの日かと同じやり取りをして、二人は前に来た時と同じ席に座る。

 しばらくすると、この店唯一の料理が運ばれてくる。

 当然、普通の一人前である。


「久しぶり。

 その腕輪を見る限り、試練には合格したようだね」

「ええ。……おかげ様で?」

「うちの王様は相変わらず最悪だったかい?」

「そうですね。常にこちらの予想の上を行く最悪っぷりでした」


 女将はカムルナギアの答えが気に入ったのか、自慢げな顔をして空いている席に座る。

 二人は運ばれてきた料理が冷めないうちに食べ始める。

 しばらくは緩やかに時間が流れる。


「……貴方たちがなぜ最悪な闇王を嫌悪しないのか、分かったような気がしますよ」

「ほう? それはどういうことだい?」

「闇王は確かに最悪です。

 でもそれは凶悪という意味であって、劣悪という意味ではない。

 この数カ月、すぐ傍でその仕事っぷりを見ていましたけど、彼の王は王としてはものすごく優秀ですよ」


 この数カ月、カムルナギアは激務にさらされ続けてきた。

 しかし闇王はカロスの補助があったとはいえ、これまで一人でこなし続けていた。

 少数精鋭といえば聞こえはいいが、その精鋭をまとめ上げ、かつ、自身もその精鋭以上の成果をたたき出し続けていたのが闇王という存在だ。

 カムルナギアが闇王の仕事を手伝っている間も、カムルナギアが音を上げるギリギリを見極めながら、自身の仕事をものすごい勢いで捌き続けていた。

 事務処理能力だけでいえば、カムルナギアがこれまで会った誰よりも優れていた。


「将来、俺が年を重ねたところであの領域に達することはないんじゃないですか……」

「中々分かってきたじゃないか。

 それにあんた、何でこの国の犯罪率が低いか知ってるかい?」

「それは気になってた。何で?」

「そりゃまあこの国で犯罪を起こして捕まろうものなら、闇王直々に刑が執行されるからさ。

 あんた達どうだい? 犯罪者として陛下に会いたいかい?」

「「……」」


 二人はもしそうなった場合を想像する。

 両手両足を拘束され、地面に転がされる。

 そしてその前に、獲物を前にして舌なめずりするような表情の闇王がいる。


「「絶対に嫌ですね」」


 何をされるか分かったものじゃない。

 もう無事に朝日を拝める気がしない。

 そう確信させるだけの恐怖は二人にしっかりと刻み込まれていた。


「あっはっは。まあそう言う事さ。

 それでいて私たちは私たちであの王が決して横暴をなすとは思っていないのさ。

 きっと何か理由があるんだろう、と思うくらいには信頼しているのさ」


 唐突な解雇は職務に年齢が追い付かないか、もしくは後継が十分に育ったと判断されたから。

 唐突な取り潰しは競業他社との競争を維持できないと判断されたから。

 ガスティやアスディルが親の解雇にも関わらず、試験に参加したのもこうした事情を理解していたからだった。


「この国は、王と民の間でしっかりと信頼関係が築かれているんですね」

「まあね。

 ま、陛下の性格が悪いってことはどうしたって否定できないけどね。はっはっは」


 女将の快活な笑い声が響く。

 この国の人々は閉鎖的で排他的かもしれないが、試練を突破したことで、どうやら身内認定されたようだ。


「台無しだよ」


 ソルアリシアの呆れた声が、小さな食堂に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ