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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第4章 闇王の難題
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第71話 一件落着の会議

 会議室での戦闘から1カ月。

 カムルナギアはいまだに闇王国における最大規模の病院の一室にいた。


 キメラから発生した呪いの黒煙を吸い込んでいた6人は体の痺れ、嘔吐感と言った体の不調を抱えており、騒ぎを聞いて駆けつけてきた兵によってその日のうちに全員病院に運び込まれた。

 6人の中にこの国トップの闇王が含まれていたということに加え、試験中に起きた不祥事を隠すという目的もあったのか、事実上ただそこにいただけのソルアリシアですら国賓級の扱いを受けることができた。

 幸いカムルナギアを除く5人の症状は軽く、数日のうちに退院が許された。


 問題はカムルナギアの右腕。

 病院にたどり着くまでに肩まで上った呪いは深刻で、カムルナギアの右腕の機能を完全に奪うとともに、そこから新たに呪いを振りまく原因となっていた。

 しかし幸いにもここは呪いに詳しい闇王国。

 こうした時の対処にも慣れたもので、右腕にぐるぐると包帯を巻かれ、その腕から何枚もの呪符をべたべたと貼ることによってこれ以上の侵食と拡散を抑え込んでいた。

 結果として、カムルナギアは現在、呪いによって制御できない片腕を抱えるという思春期の男子が喜びそうな状態にあった。


「残念だけど、私でもその呪いを完全に解くことはできないわ。

 私、呪いをかけるのは得意だけれど、あまり解いたりしないし……」

「つまりかけっぱなしにして放置すると。

 相変わらずの最悪っぷりですね」

「そんな……。褒めても何も出ないわよ?」

「褒めてねえよ」


 闇王とカムルナギアの間でこんな会話があったかなかったとか。


 こうして何日にもわたり足止めを食らうこととなったカムルナギア。

 いつもの魔力制御の訓練をしようにも、右腕に魔力が通らなくなっていた。

 ソルアリシアは毎日のようにお見舞いにやってきては、その日に食べたものの感想を楽しそうに語っては帰っていく。病院食しか食べられないカムルナギアにとっては羨ましい限りではあったが、あまりに楽しそうに語るのでまあいいか、と思っていた。





 そんな入院生活が続くある日、闇王があの事件があった日の当事者全員を連れてカムルナギアの病室にやってきた。

 指示されるまでもなく動くカロスとケイオシアのおかげで、カムルナギアが使うベッドを囲むように6つの椅子が設置され、それぞれカムルナギアを起点とした時計回りにからソルアリシア、ガスティ、カロス、闇王クロアネロン、ケイオシア、アスディルが座る。


「……急にどうした?」

「分かんない。街中でぶらぶらしてたら捕まって連れてこられた」


 いつも通り食べ歩きでもしようかと思っていたところ、気配もなく背後から忍び寄ってきたアスディルに肩を掴まれ、そのまま引きずられるようにして連れてこられたソルアリシア。

 もう少しで悲鳴を上げるところだったのは本人の名誉のために割愛する。


「今日はこの1カ月で集まった情報の共有と今後の検討をしたいと思います。

 それなりに議題もあるので、お昼ご飯でも食べながら進めましょう」


 カロスはそう言ってテキパキと配膳を済ませてしまう。

 相変わらずの真っ黒な料理で何が具材に使われているのか全く分からない。

 それでもソルアリシアにはどんな料理か分かるらしく、目を輝かせて真っ先に口に運んでいた。


「む? 食べないの?」

「いや、食欲……」

「じゃあ貰うね」

「待ちなさい。食べるから。皿を引っ張るな」

「ちっ」


 ソルアリシアも黒煙の影響で数日はまともな食事をとることができない状態にあったが、現在ではすっかり回復したようだった。

 むしろこれまでの遅れを取り戻す勢いで食い意地が張っていた。

 自分の食費は自分で稼いでいるようなのでカムルナギアにとっても文句はなかった。

 人のものまで取ろうとするのはどうかとおまうが。





「あ、あのー……?

 わたくし、ここにいて良いのでしょうか……?」


 ガスティが恐る恐ると言った感じに手を挙げる。

 確かにあの日の現場にはいたが、それは受験者の一人という立場に過ぎず、こうして闇王直々に招集をかけられるほどの関係でもなかったはずだ。


「ああ、そういえば伝えてなかったわね。

 ガスティ、官僚登用試験合格おめでとう。

 それと同時に魔王対策委員会のメンバーに任命するわ。

 他国との折衝とか過去の情報整理、よろしくね?」

「……はい?」

「あ、これ正式な辞令になります。

 陛下による唐突な配置転換はよくあることなので早目に慣れた方が精神的にもいいですよー。

 立場上は僕が上司になるので、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」

「……はぁ」


 ガスティは渡された文書を受け取るが、告げられた怒涛の情報に頭が追い付いていないようだった。

 そんな彼女を放置して会議は進む。

 後に『万能宰相』と呼ばれることになるガスティの活躍はまた別のお話。





「ではまず私たちの前に現れたあの『メイド服の女』についてね。

 アスディル、報告を」

「結論から言えば逃げられた。

 先行する奴が曲がり角を曲がり、一瞬目を離した間には姿が消えていた」

「あれだけ大怪我負っていた相手に逃げられたの?」


 ソルアリシアが非難を含んだ声音でアスディルを追及する。

 メイド服の女は逃走を開始する時点で右腕と左肢を失っていた。

 普通に考えれば逃げ切る方が難しい状況だった。


「その点に関してですが、現場に残された右腕と左肢を検分した所、生活していれば通常できるような傷や劣化が全くなく、まるで生まれたてのようであったのに加え、魔術的な調整がされていました。

 このことから、あの体は何らかの方法を用いて作られたものであり、一部が欠損しようが問題なく機能するように弄られたものであると思われます」

「俺も追跡途中にいくらか攻撃を加えたが、奴はそれを意に介することなく反撃してきた。

 魔王とやらに実験結果を確実に伝えられるように生存に特化した体だったということだろうな」

「魂魄属性や死属性など、多くの属性で人形のように他の体を操る魔術の存在は確認されています。

 恐らく彼女もそうした魔術の使い手であり、本体はまた別の所にいたと考えるべきでしょうね」

「人形ねえ……。じゃあ、あの女のことは『ドール』とでも呼びましょうか」

「では、あの女性がまた五体満足で何処かに現れる可能性があるということですわね……」


 重い空気が場を支配する。

 いくらでも代えの肉体があるということは、どれだけ倒しても意味がないということであるし、捕まえたところで魔術を解除すればそれだけで逃げられるということを意味する。


「奴自体に戦闘能力があるわけではないようだったが、奴が持っていた武器は問題だな」

「魔術を使わずとも人を殺傷することが可能な武器、ねえ……。

 土王が聞いたら大喜びしそうな話ね」

「何発か撃ったらそれ以上は使えなくなるようだ。

 そこから更に補充することができるのか、使い捨てなのかどうかは判断できなかった」

「十分よ。とりあえずあの女――『ドール』の姿は他の王に伝えておいたわ。

 姿を変えられたら流石に対処は難しいけれど、何もしないよりかはマシでしょう」


 『ドール』は魔王に繋がる重要な手がかりだ。

 新しい肉体を次々と用意できると言うのであれば話は別だが、それでも『ドール』の行動を制限する事に繋がることであれば取れる手は取っておくべきだろう。





「じゃあ次、『魔王』についてね。

 この世界のルールとして、『八王』以外に王を名乗ることは許されていないということはすでに説明された通りよ。

 だから最低でも見つけ出して叩き潰すくらいのことをしておかないといけないのだけれど、魔王についてこちらが持っている情報はほぼ0よ。

 『ドール』と一緒に他の王に魔王の存在は伝えておいたから、今は情報が集まるのを待つしかないわね」

「『魂の強制結合』という実験をしていたということは分かっていますが、それが何を目的としているのかも不明ですね」

「まあ、意図的に情報を出さないようにしていると見るべきでしょうね」


 エドグランに干渉し、事実上死に追いやった黒幕『魔王』。

 この世界における王にとっては最優先で抹殺すべき対象であり、闇王によって情報が拡散された現在、全ての王が魔王に関する情報の収集を始めていた。

 しかし現在においてもその目的、正体、所在の全てが不明。

 得体の知れない存在への不気味さを誰もが感じていた。


「こればかりは情報が集まるのを待つしかないわね。

 じゃあ次。カムルナギア君の事ね」

「……試練の話ですね?」

「ええ。色々とゴタゴタしてしまったけれど、ここで結果発表といきましょうか」


 カムルナギアは緊張の面持ちで唾を飲み込む。

 魔王について思うところはあるが、現在優先すべきは試練の突破。

 元の世界に帰還し、仲間たちを救うためには王とならなければならない。


「まあ、合格でいいんじゃないかしら」

「……!」

「私が思い描いていた答えではなかったけれど、『反論すら許さない』答えというのは私好みだったわ。

 試験の初めにも言ったけれど、的確に状況判断できていればそれで良かったのだし」


 安堵の息を吐く。

 自分が出した答えが確実に闇王が考えたものではないと分かっていただけに、この1か月間は十分に寝付けない日々が続いていた。


「あれで良かったんですか?」

「王は正解を導き出すことが役割じゃなくて、正解を作ることが役割なのよ。

 だから王を目指す者としてなら、私が想定する答えが何かを考えずに、別の正解を作ってしまうというやり方の方がむしろ適切とさえいえるわ。

 貴方も王を目指すなら、自分のやっていることが正解だと言い切れるだけの傲慢さを持ちなさい。

 国のトップに立つ者が下々の声に振り回されて良い結果を出したことなんて一度もないわ」

「……肝に銘じます」


 闇王がスッと指先をカムルナギアの腕輪に向けると、宝玉の1つに黒い光がともる。

 あと1つで折り返しという所まで来た。

 3つの異なる色を持つ腕輪を感慨深げに眺める。





「さて、とりあえず議題としてはこれだけですかね?」


 カロスが会議を締めようとする。

 それを聞いて場の緊張が解け、空気が緩む。

 しかし闇王はそれを許さなかった。


「あら、議題ならもう一つ、忘れてはいけないものがあるでしょう?」

「え?」

「今回『ドール』を逃がしたことについての責任をはっきりさせておかないとね?」


 責任問題。

 望む結果が実現しなかった場合に関係者の誰かに何らかの処分を与えること。

 組織においては誰かがその職を辞するという形で決着することが多い。


「『ドール』を逃がしたことは、どれだけ初見で適切な対処方法が判明していなかったはいえ、魔王につながる情報を逃したという点でこちらにとって大きな痛手よ。

 他国に示しをつけるためにも、何かしらの処分をする必要があるわ」

「……具体的には?」

「ケイオシア、貴女クビよ」

「私ですか!?」


 ケイオシアはガタッと椅子から勢いよく立ち上がる。

 てっきり『ドール』を逃がしたアスディルに責任を問うのかと思っていただけに、二の句を継げずに闇王の顔を見て固まってしまっていた。


「ど、どうして……」

「だってあなたが人質に取られさえしなければアスディルももっと自由に動けたのよ?

 そうすればエドグランがキメラになることも阻止できたかもしれなかったじゃない」

「しかし、急に後ろから襲われては私にはどうしようも……」

「仮にも秘書を自称する者が主を差し置いてあっさり気絶させられるとかどうなのかしら」

「うぐぐ……」

「それに貴女さっきから一度も発言してないわよね?

 せっかく情報整理をして色んな意見を集約させたいっていうのに、ずっとだんまりなんてやる気あるのかしら? それとも頭が足りていないのかしら?」

「……」


 まともな反論をすることすらできず黙り込み、地面をじっと見つめることしかできなくなる。

 闇王はそんなケイオシアに呆れるようにため息をつく。

 あえて聞かせるようなため息にさらにケイオシアは縮こまる。


「ともかく貴女はクビ。

 1カ月の猶予はあげるから、その間に次の職でも探しなさい」

「…………はい」


 きっぱりと告げる声に対して返されるのはか細い声。

 ガスティはかけるべき声も分からずオロオロするばかりで、カロスはこうなることをどこかで予想していたのか、表情を消して黙ってやり取りを聞くに徹していた。





「今度こそ議題は無くなったわね。

 あ、カムルナギア君。その右腕の呪いだけれど、何とかする方法に心当たりがあるからもう少しこの国にいなさい。

 その腕に関してはこちらの都合に巻き込んでしまったわけだし、私が何とかしてあげるわ。

 それじゃあね」


 そう言って闇王はさっさと病室を出て行く。

 アスディルも用は済んだと言わんばかりに闇王の後ろをついていく形で出て行った。

 残された面々の間には気まずい空気が流れていた。

 いまだに地面から目を離さないケイオシアに対して「帰れ」と言えるほどカムルナギアは非情ではなかった。

 




「…………」

「ケイオシア、気持ちは分かるけど、いつまでもここにいたらカムルナギアさんたちにご迷惑だろう?」

「…………うん」


 ケイオシアはぼんやりを返事をするが、足を動かす様子はない。

 長年闇王に仕えてきた間、小さな失敗をして咎められることはあったが、こうして具体的な処罰がされることはなかったため、ケイオシアには「クビにはされないだろう」という慢心があった。

 実際の所、優秀な兄であるカロスの抱き合わせでしかなかったのだが、ケイオシアはそうした点に気付くことすらできなかった。


 ソルアリシアは目に見えて意気消沈しているケイオシアに何と声をかけてよいのか分からず、オロオロするばかりだった。

 カロスは見かねたようにため息をつくと、カムルナギアの方を向く。


「カムルナギアさん、ご相談があるのですが聞いていただけますか?」

「何でしょう?」

「貴方が王となった後、貴方の業務を補佐する秘書となる方に心当たりはありますか?」

「……今の所いませんね」


 唐突に始まった会話にソルアリシアは頭の上に疑問符を浮かべる。

 カムルナギアはカロスの意図に気付き、黙って次の言葉を待つ。


「僕の妹をあなたの将来の秘書とするのはどうでしょう?」

「兄さんっ!?」

「ちょっと黙っててね。

 いかがでしょう? つい先ほどフリーになりましたけど」

「お話としてはありがたいですが、能力面で不安な面がありますからね……」


 カムルナギアはわざとらしく難しい表情を浮かべて明確な回答を避ける。

 カロスもそんなカムルナギアの返答も予想通りと言わんばかりの表情を浮かべる。


「ええ。僕としても不出来なまま妹をあなたにお仕えさせるのは本意ではありません。

 ですから貴方が王となるまでの間、闇王国に出向という形で訓練させるというのはどうでしょう?」

「それは俺が試練に合格するまでの間、この国で教育してくれるということですか?」

「そうですね。

 貴方が王となった時にご満足いただけないときには改めてお断りしていただいても構いません」

「悪くないですね。

 その条件であればよろしくお願いします」


 ケイオシアは台本を読むかのように目の前でかわされる2人の会話を前に、だんだんと顔を輝かせていく。

 闇王とケイオシアの間の雇用契約は消えたが、カムルナギアとケイオシアの間に結ばれた契約を土台に、間接的に闇王国とケイオシアの間に契約が締結された。

 これでカロスの下での教育という形で今後もケイオシアは闇王の下で働くことができるということになったというわけだ。


「兄さん、カムルナギアさん、ありがとうございます!」

「ケイオシア、これまでは甘やかしてきたけど、これからは厳しく行くからね?」

「はいっ!」


 先程までとはうって変わって喜びの表情を浮かべるケイオシア。

 今後の彼女の在り方は努力次第ではあるだろうが、少なくとも今すぐ闇王の下から離れなければならないということは無くなった。


 カムルナギアはススッとカロスのそばによると、先ほどのやり取りが正解だったのか確かめる。


「……大丈夫なんですか?

 これって闇王陛下の意向に反することになりそうですけど」

「僕にはある程度の人事権は与えられていますし大丈夫でしょう。

 それに、陛下がすぐに席を外されたのも、こういうやり取りをやりやすくするためだと思いますよ。

 この部屋を去る最後の一瞬、僕の方見てましたし」

「……分かり辛い」

「そうでもないですよ?

 聞いたことありませんか? 闇王国の人は身内に甘いんですよ」


 嬉しそうに飛び跳ねる妹とともに喜ぶガスティ、ソルアリシアを見ながら、カロスは微笑んだ。

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