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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第4章 闇王の難題
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第69話 急転直下の事態

 目を覚ますと前回と同様に椅子に座らされていた。

 近くにはソルアもいる。


 ……この後は解散してしばらくは待機か。

 目覚めたばかりのぼんやりとした頭で考えていると、俺の左側――他の受験者が座っている方向から、エドグランの怒声が響き渡る。


「おい、どういうことだよ!?

 何で俺が縛られてるんだよ!?」


 声のした方向を見ると、確かにエドグランはひもを使って椅子にぐるぐる巻きにされた拘束されていた。

 ご丁寧に全身が椅子に括り付けられるようにいくつものひもを使って縛られており、自由に動くのは首から上だけだ。

 エドグランはジタバタと体を動かし、何とか拘束から逃れようとするが、ひもが解ける様子はない。

 それどころかエドグランが暴れるほど、周囲の警戒レベルが上がっていた。


「説明しろよ!

 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ!」

「それは貴方が私の暗殺を計画していたからよ」


 激昂するエドグランに対し、落ち着いた様子で闇王は答える。

 既に闇王は暗殺対策のための方策を全て終えている。

 圧倒的優位な立場から闇王は話を進める。


「貴方は知らないだろうけど、実は私、人の心が読めるの。

 だから貴方がこの試験に現れた時から、貴方の暗殺計画はバレバレだったのよ」


 正確には読心術ではなく、夢という無意識を介しての諜報術であるが、わざわざ手の内を晒すような真似はしない。

 さらに暗殺計画自体もエドグランがこの試験に申し込む前から筒抜けだったがわざわざ教えてあげる義理もないので黙っておく。


「……暗殺? どういうことだ?」

「分かんない。

 ナギア達が眠ってすぐ、黒服たちがわらわら来てアレを縛ってた」


 アレって……。

 ソルアは昨日のやり取りをまだ根に持っているらしい。

 縛られている間も特に疑問を挟むことなく「何か悪いことしたんだろうな。ざまあ」くらいの気持ちで見ていたのであった。


「あ、暗殺なんて……。

 エドグラン様、どうしてそのような恐ろしいことを……!」


 ガスティは少しずつ事態を把握し始めていた。

 余りこれまで会話があったわけではないとはいえ、ガスティとエドグランはこの試験を通してナギアよりも長い付き合いだった。

 乱暴な人だとという印象は抱いていたが、これまでの試験を通過して来ただけあって優秀な人だと思っていただけに、ショックを隠せなかった。


 ……ガスティさんの疑問はもっともだが、俺、ソルア、ガスティの3人はおそらくこの作戦に組み込まれていない。よく分からんが、今は部屋の隅で待機しているのがベストだろう。


 そう判断したカムルナギアは、ソルアとガスティの服を引っ張り、少しずつ騒ぎから距離をとり始める。

 アスディルがカムルナギアの考えから外されていたのは、目覚めてすぐアスディルが持ち込みが許されていないはずの武器――短剣を持って、闇王のそばに控えていたためである。

 それを誰も咎める様子もないことから、アスディルが闇王側の者であるということは明白だった。


「決まってんだろ!

 こいつは俺の親父の会社をふざけた理由で潰しやがったんだ!」


 エドグランはガスティの問い答える。

 カムルナギアが闇王から与えられた受験者に関する情報に確かにそのことは書いてあった。

 エドグランには、闇王の暗殺を決意するだけの理由がある。


 しかし、その叫びを聞いても周囲の者の態度は変わらない。

 それどころか「何言ってんだコイツ」のような空気まで生まれ始めている。

 カムルナギアが予想していた様子と異なることに疑問を浮かべていると、部屋の隅まで移動し終えたガスティがその理由を教えてくれた。


「あの……。

 確かに貴方のお父様の会社『デイリーダーク』は陛下の指示によって廃業に追い込まれていますが、それはもう100年以上前のお話ですわよね?

 もう貴方のお父様もとうの昔に新しい事業を始めたと聞いておりますし、廃業の際に陛下から金銭的な補償があったと聞いておりますが……」

「え、マジで?」

「マジです」


 ソルアがガスティに確認をとると肯定の返答が返ってきた。

 確かに闇王から渡された資料には『いつ闇王が取り潰したか』については書かれていなかった。

 ここは人の寿命という概念がない世界。

 事実として記載されていることが100年単位で昔のことであるという可能性については考えが及んでいなかった。


「そう。つまり貴方は100年以上の前のことを急に思い出したかのように私に対して殺意を抱いた。

 それもちゃんと補償を受け取ったという所だけ都合よく忘れる形で。

 ねえ、これってどういう事かしら?」

「俺は……」


 エドグランはガスティの指摘を今の今まで忘れていたようだった。

 呆然とした表情でうなだれ、先ほどまで抱いていた怒りの置き所を見失っている。

 地面を見つめ、どうして自分がそのような考えに至ったのか、必死に記憶を掘り起こす。


「貴方に暗殺を唆した『誰か』がいるはずよ。

 思い出しなさい。それは誰?」

「俺は……」


 エドグランは必死に過去を思い出す。

 この日のために何日も暗殺計画を練ってきた。

 試験を突破することが難しいと分かれば、そのための勉強も1日に何時間もしてきた。

 これまで遊び歩いていた息子が急に真面目になったということで両親も喜んでくれた。

 そのことに対して実は暗殺を考えているということを打ち明けられず、罪悪感を抱いたことも覚えている。


 だが、何故暗殺を思いついたのか、それだけがどうしても思い出せない。


 エドグランは地面をじっと見つめ、過去を振り返っているのを周囲もじっと見守る。

 特に闇王とカロスの2人は、『魔王』につながる情報がないか、期待を膨らませていた。


 

 しかし唐突にその様子が急変する。

 エドグランの視点が合わなくなり、全身をガタガタと震わせ、挙げ句の果てに泡を吹き始める。


「おおおおれはははははふふふくくくししゅううううううををををしししししななななくちちちゃちゃちゃ」

「……!?」

「復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐」


 その場にいた全員がエドグランから一歩距離を取る。

 その急激な変化に誰もが一瞬意識を奪われる。

 今もなお同じ言葉を吐き続けるエドグランに嫌悪感を覚え、武器を構える者まで現れ始めている。






「あーあー。ダメだよ。

 適当に作った設定の矛盾点を突けば壊れちゃうに決まっているじゃないか」


 声がしたのは闇王の背後。

 先程まで闇王が座っていた豪華な椅子に、一人の女性が座っていた。


 肩口で切り揃えられた髪。

 頭に載せられたホワイトブリム。

 白と黒に揃えられた、たくさんのフリルがついたエプロンドレス。

 俗に言う――メイドの装いだった。


 ……いつからそこにいた?

 つい先程までエドグランに目が奪われていたのは事実だが、女性が座っているのは部屋の入口から最も遠い位置。

 誰にも気づかれず入ってくるのは不可能だ。


「うん。とりあえず怖い目で睨むのはやめてほしいかな。

 御覧の通り、こちらには人質がいるんだ」

「ケイオシア……!」


 尊大な態度で椅子に座る女性の膝にはカムルナギアたちをこれまで誘導していた女性――ケイオシアが乗せられていた。

 女性の左手で腹のあたりを支えられているが、両手両足を前に投げ出してピクリとも動く様子がない。

 気絶しているようだ。


 女性はだらりとしたケイオシアの頭に右手に持った見慣れぬ黒い物体を押し付けていた。

 黒光りするその物体の材質は鉄。途中でほぼ直角に折れ曲がり、ちょうど折れ曲がったあたりから生えている突起に女性の人差し指がかけられている。


 アスディルは声がした時点で持っていた短剣を投擲することもできたが、人質がいるという事実に動くことができないでいた。

 闇王もまた、エドグランの様子が急激に変わったこと、親しいメイドが人質にとられていることからすぐに反応することができなかった。

 しかし、闇王はそれを表情に出すことなく、あくまで冷徹に対応する。 


「……この私が人質を取られたくらいで貴女の言う事を聞くと思う?」

「え、聞いてくれないの?

 流石にお兄さんの目の前で妹さんの頭を吹っ飛ばすのはボクでも抵抗あるんだけど」


 女性は右手に持つ鉄の塊を真上に向け、人差し指を引く。

 ガァン!という音と共に何かが発射され、天井に穴が開き、そこから破片がパラパラと落ちる。


「見ての通り、これ、魔術を使うための杖とかじゃなくて『拳銃』っていう異世界の武器でね。

 人に対して使ったら、そこそこ酷い光景になるんじゃないかな」

「……っ!」


 闇王は初めて見るその武器の音とその威力に戦慄を覚える。

 アスディルからアイコンタクトで人質を無視してでも捕縛するかを尋ねられるが、許可することはできない。

 兄であるカロスに対する配慮もあるが、単純な戦力比較によってもアスディルがあの女を無傷で捕縛できる保証がなかった。


「その武器、どこから手に入れたの?」

「ボクがその質問に答える必要はないよね?

 ……まあこれくらいならいいか。魔王様から頂いたんだよ」

「……そう」


 魔王。その言葉に闇王とカロス以外の者は動揺し始める。

 闇王は背後で起きている動揺に内心舌打ちしながらも頭の中でこれからの展開をシミュレートする。


 一方、部屋の隅にいるカムルナギアは『魔王』という言葉がこの世界において持つ意味も分からないため、何故黒服たちがざわざわしているのかも理解していない。

 ガスティに尋ねてもいいが、状況的にそれが許される空気でもなかった。


「魔王って何?」


 しかしそんな空気を読まないのがソルアリシア。

 人質がいるという緊迫した状況で、まるで生徒が教師に質問するように、右手を真上にピンを挙げていた。


「魔王様っていうのはね、ボクの……うん、上司的なポジションの人で、そこでガタガタ震えてるエドグラン君の魂を弄った人のことだよ」

「……悪い人だね?」

「そうだねー。

 そしてこの世界では、8人の王様以外『王』を名乗ることは禁忌だから、魔王って名乗っている時点で世界に喧嘩売ってるようなものなんだよ。分かったかな?」

「なんとなく」

「オッケー。詳しいことは後で闇王陛下に聞いてねー」


 親しげにレクチャーする女性とそれに応えるソルアリシア。

 全く空気を読まない2人の会話に毒気が抜かれる。

 闇王が咳ばらいをすることで、何とか場の空気をもとに戻す。


「それで? 貴女は一体何のためにここに現れたのかしら?

 見た感じ、エドグランの解放を望んでいるようではないようだけれど」

「ボクが魔王様に言われたのは実験結果の観察。

 だからボクの邪魔をしないでいてくれたら、この子も無傷でお返しするよ」

「実験?」

「そう。魔王様は『魂の強制結合』とかって言ってたかな。

 要は、死者から取り出した魂を他の生物に混ぜるとどうなるかっていう感じ。

 すでに実験開始から結構日数経っているけど、集中力の向上や思想の変化みたいな効果が見られたよ」

「暗殺計画を立てたのもその影響かしら?」

「そうだね。どうやら物忘れや記憶の混濁とか副作用もあるみたい。

 暗殺とか言い始めたのはボクも想定していなかった。ごめんね」


 謝っているが、そこに誠意は全く感じられない。

 それ以前に『実験』を行うことについてエドグランの安全を一切考慮していないあたり、人としての倫理観が欠落している。


「ならこのままエドグランは私たちの方で処理しても構わないのね?」

「うーん。もう少しデータが欲しいところではあるけど……。

 ボクの邪魔をしないでいてくれるならそれでもいいかな」

「そうね。でもお断りするわ」

「え? ……っ!?」


 ケイオシアに銃口を突きつけている右手。

 その腕に背後の壁から伸びる粘性のある泥が絡みついていた。

 『不和の泥』。触れた者の動きを阻害する泥を召喚する闇属性の魔術。

 闇王はケイオシアが人質にとられてから、少しずつ魔術発動の準備をしていた。


「……『術式』唱えた様子はなかったんだけど?」

「詠唱も術式も所詮は魔術の発動を早める程度のものよ。

 別に時間をかけてもいいなら無詠唱でも発動できるわ」

「あー。そうだったね。忘れてたよ」


 何とか泥から逃れられないか試みるが、動く様子はない。

 どうやらこの泥、その粘性で動きを阻害するというよりも、触れている部分に呪いを染み込ませることによって魔術的に動きを封じているようだった。


「アスディル」

「御意」


 短いやり取りで闇王の意図を汲んだアスディルが一気に距離を詰める。

 容赦なく女性の顔面に飛び膝蹴りを入れ、人質を解放する。

 蹴り飛ばされた女性は椅子ごと後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 更にアスディルは持っていた短剣を女性の左足に向かって、地面に縫い付けるようにして刺す。


「痛ったー! そこまでやる必要なくない!?」

「……」


 余裕を感じさせてはいるが、右腕は壁に張り付き、左足にはナイフが刺さり血がどくどくと流れ続けている。

 アスディルはその痛々しい様子に眉を顰めることなく、もう1本の短剣を取り出して顔に突き付ける。


「よくやったわアスディル。

 さて、これで形勢逆転かしら?」

「陰湿だねえ」

「よく言われるわ」


 これで女性の動きは封じた。

 エドグランはいまだに同じ言葉を繰り返しながらガタガタと震え続けている。


「さて、魔王について、洗いざらい吐いてもらいましょうか」

「うわ。怖いね」

「安心なさい。私の国の拷問は安心安全で評判だから」

「それって拷問官にとっての安心安全であって、ボクの安全は守られてないよね?」

「さて、どうかしら」


 今この場で女性が術式を唱え始めてもアスディルが短剣を突き立てる方が早い。

 闇王は勝利を確信していた。

 この瞬間、闇王は確かに油断していた。



 だがそれは誤りだった。

 闇王は、目の前にいる者を『人間』として扱うべきではなかった。


「この国の拷問に興味はあるけど、今回は遠慮しておくよ」

「この状況から逃げられるとでも?」

「逃げられるよ。

 ……せーのっ!」


 ブチブチィッ!

 女性の右腕と左足が根元から千切れる音がする。

 自らを縛る体の部位を力任せに捨てた女性は、残った右足で窓に向かって飛びあがる。

 アスディルは短剣を顔面に向かって突き立てるが、女性はその短剣が顔の右半分に致命傷にも近い切り傷をつけることにも構わず跳躍を完成させる。


「あー痛い痛い。こんな痛いのは久しぶりだよ」

「……待ちなさい!」

「待たないよ。

 あ、これ最後の置き土産ね。『強制結合深度上昇:起動:キメラ』」

「アスディル、追跡を!」

「御意」


 窓の向こうへひらりと消える女性。

 同じ窓を通って、アスディルは追跡を開始する。


 アスディルの姿が消えると同時、エドグランの様子がまた一段階変化する。

 震えが一段と激しくなると共に、全身に明らかな異常が現れ始める。

 右手が融け、パシャッという音と共に腕だったものが床にぶちまけれられる。

 対し左手は急速に肥大化し、鱗のようなものが生え始める。


「……陛下!

 エドグランの体内魔力、異常膨張!

 これは……肉体が作り替えられている!?」

「ao;ibaosbasjlvbsda;ug;aowiehg:!!!!」


 もはや人語を発しなくなったエドグランに対し周囲の警戒レベルは最大まで引き上げられる。

 強制結合の深度上昇。あの女は最後にそう言い残していった。


「まさか……人以外の魂も混ぜていたのか!?」

「魔力膨張、肉体の限界を迎えます!

 このままでは内側から破裂します!」

「総員、対ショック姿勢!」


 次の瞬間、エドグランだったものは破裂した。

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