第68話 最低最悪の探偵
「…………」
「おい、早く推理を披露しろよ」
「ちょっと待ってください。今、心の防壁の準備してるんで」
「はあ?」
まずは深呼吸をして気持ちを整える。
今から言う事に対してはほぼ確実に非難が浴びせられる。
それを知りつつも言わなければならないというのが辛い。
これもあの闇王の前で隙を見せた俺自身のせいでもあるのだが気が滅入るのは仕方がないと思う。
……よし。心の準備完了。
ここから先、俺に求められるのはガスティのような堂々とした姿。
ある程度変なことを言ったとしても堂々としていれば案外不思議に思われないかもしれない。
そうであってほしい。
では始めよう。
「エドグランさん、探偵って何だと思います?」
「急にどうした?」
「いいから答えてください」
まずは流れを作る。
俺が司会者、それ以外が回答者という関係を作るのだ。
「探偵っていうのは……。
捜査して、情報集めて、事件とか解決したりするやつのことだろ?」
「そうですね。そして俺たちは今回、闇王陛下の作り出した夢の中で探偵としての役割を与えられました。
ですがどうでしょう? ガスティさん、俺たち探偵は事件を解決することができましたか?」
「……いいえ。私たちが披露した推理のいずれも完全なものとは言えないものでした」
闇王が考えたのであろう黒望館での物語は、それぞれの登場人物が犯人であるかのような要素を含みつつ、しかしどこかで明確な犯人性が否定される内容となっている。
闇王の性格の悪さ、ここに極まれりである。
「では俺たちは探偵としては失格ですね。
事件を解決するのが役割であるというのに、その役割を果たせなかったのですから」
「……まだ分かんねえだろ。
お前がこの試験から降りるってんなら好きにすればいいけどよ」
「おや、エドグランさん。まだ披露していない推理でもあるんですか?」
「……ちっ」
あからさまな挑発にもエドグランは舌打ちをして顔を背けることしかできない。
ここにいる全員、既に事前に考えてきた推理は打ち止めなのだろう。
俺を含め、自信満々に練り上げてきたものは既に他の者が収集した情報によって否定されている。
「カムルナギア様、そろそろ推理を披露していただいてもよろしいでしょうか?
一体、誰が犯人だというのですか?」
「まあまあ、まだ慌てずに。
実の所、あまりに単純すぎて推理の披露を始めてしまえばすぐに終わってしまうんですよ。
折角闇王陛下がこんな舞台を用意してくれたんです。もっとゆったりと物事を進めようじゃありませんか」
余裕があるように振る舞ってはいるが内心は冷や汗が止まらない。
時間稼ぎをしているのも、できる限り罵倒の嵐が起きるのを遅らせようとしているだけに過ぎないからだ。
……このままずっとのらりくらりと躱し続けられないかなあ。無理だろうなあ。
「私に気を遣う必要はないわよ?
さっさと披露しなさい? 失格にするわよ?」
闇王からのありがたくないお言葉。
どうやらこれ以上の時間稼ぎはできなさそうだ。
「分かりました。分かりましたよ……。
言いますよ……」
覚悟を決めるために最後にもう一度全員の顔を見渡す。
ニヤニヤとした表情を崩さず俺を見続ける闇王。
俺の推理を叩き潰そうと目を爛々と光らせるエドグランとガスティ。
目を閉じ、興味なさげにしながらも聞き耳はしっかりと立てているアスディル。
そして最低最悪の探偵の推理が披露される。
「俺の推理は間違っていなかった。
犯人は『ミストレス』。
彼女は魔術を使って密室を突破し、犯行に及んだのです」
「……何言ってんだお前?」
全員がポカンとする中、エドグランが代表して苦言を述べる。
円卓の中心にメイドの姿が投影され、例の証言が再び再生される。
『え? 魔術ですか?
えーっとぉ、お話の中とかではなく、現実に、ですか?
おかしなことを言う人ですね? 魔術なんて、おとぎ話の中でしか存在しませんよ?』
「この証言があること忘れたわけじゃねーだろ?
あの世界に魔術はなかったんだっつの」
もちろん忘れていない。
俺の推理はその証言によって否定されたのだから。
だがここからだ。ここからが俺の主戦場だ。
「その証言は嘘ですね。
エドグランさんが夢の中で魔術を使えなかったのは、館の中に魔術の行使を阻害するジャミング装置が設置されていたからです」
「……証拠は?」
「逆にお聞きしますが、メイドの証言こそが真実であるという証拠は?
それに、ジャミング装置が存在しないという証明はあなたはできるんですか?」
一般的に『存在しないこと』の証明は不可能だ。
仮にエドグランが「屋敷の中を全て捜索したがそんな装置はなかった」と言ったところで、「誰にも見つけられない場所に隠されていたからだ」と反論すればいい。
「待ってください。なぜメイドが嘘をつくのですか?
貴方の推理ですと、メイドがミストレスを庇っていることになりますが、メイドが嘘をつく理由がありません」
「それはミストレスがメイドを雇い始めてから数日しかたっていないという証言を根拠としていますよね。
それも嘘です。
ミストレスとメイドは長年の付き合いです。
メイドはその忠誠心からミストレスを庇ったのです」
「…………」
「先に言っておきますが、ヴィクティムが元軍人だというのも嘘です。
ミストレスが自分には殺害することができないという印象を植え付けるために書類を偽造したのです」
かつて1つの酒の奪い合いが起きた時、とある女戦士は公平な酒の配分方法ではなく、酒そのものをなくすという解決方法に出た。
俺がやっていることも同じことだ。
謎の解決方法ではなく、謎そのものをなくすための理論を構築したということだ。
「ふざけんな!
そんなの推理でも何でもねえじゃねえか!」
「そうです!
貴方にとって都合の悪い事実を『嘘』の一言で済ませているだけではありませんか!」
その通り過ぎて何も反論できない。
証言の無視、提示された謎の無視、挙句の果てに事実のでっち上げ……。
都合の悪い事実を全て嘘としてしまうという方法はありとあらゆる『推理もの』に使えるだろうが、間違いなくそいつは二度と探偵を名乗るべきではない。
怒りを顕わにする2人に対して俺はもう開き直るしかない。
「でも何の矛盾もなく説明できていますよね?
皆さんも俺の推理に対して特に反論は無いようですし……」
「「~~!」」
実際は反論が無いのではなく反論のしようがないが正解なのだが。
どんな証言や証拠を挙げたところで『それは嘘』の一言で片づけられることは目に見えている。
これ以上議論は進まない。
会議が躍る前に議場ごと吹っ飛ばしたようなものだ。
しかしそもそもこの推理を披露するように言ったのは闇王だ。
俺は悪くない……ということにしておきたい。
「正直なところ、別に犯人はミストレスである必要はないんですよね……。
皆さんの推理に乗っかった上で、矛盾する証言を嘘だと言えばいいだけですし。
そういう意味では、皆さんの推理もあながち間違いじゃなかったということで……」
「それで私たちが満足すると思ってますの?」
「……いえ、全く……」
渾身のフォローに対しても冷たい返答しか返ってこない。
もう怖くて皆の方を見れない。
この夢から覚めた瞬間に全員からボコボコにされるんじゃないだろうか。
「…………」
闇王も何とも言い難い表情を浮かべて固まっている。
もしかしたら情報をうまく整理すれば闇王の思い描いていた完璧な回答導くこともできたのかもしれない。
それも俺の推理のような何かのせいでぶち壊されてしまったわけだが。
「俺の推理は以上です。
俺の推理と矛盾する情報は全て嘘。もし真実であるというのならその証拠を提出してください」
他の受験者は俺の推理が間違っているというための証拠、その証拠が真実であるというための第2の証拠、第2の証拠が真実であるというための第3の証拠……という無限に続く証明をしなければならない。
そんなことは不可能だ。
謎を解決する者が探偵だというのなら、謎を粉砕する者は何というのだろうか。
「……もういいわ。
これで試験は終わり。結果は後日発表するということでいいかしら?」
その言葉と共に夢の世界が溶けていく。
闇王の魔術が解かれていっているのだろう。
試験の結果はどうなるだろうか。
『矛盾のない答えを導き出す』ということには成功しているが、間違いなく闇王の想定からは外れてしまっているだろうからな……。
「後は、残された問題を片づけてしまいましょう」
闇王の呟きの意味も分からぬまま、俺の意識は闇に落ちた。




