第67話 跳躍思考の探偵
「犯人は『アスリート』だ」
簡潔にアスディルは告げる。
そしてこれ以上口で説明するのも面倒なのか、彼の思い描く真実が世界を形作る。
『 時刻は24時ころ。
探偵、ミストレス、ヴィクティムの3名はそれぞれの部屋に戻り休んでいる。
「悪い、ちょっと席外すわ」
空になったグラスを豪華な装飾の入った机に置き、アスリートが立ち上がる。
これまでにも何人かが用を足しに席を一時的に離れることがあった。
皆、アスリートが食堂を出て行くことに気付きながらも、無言でその姿を見送り、談笑を再開した。
アスリートの足はキッチンへ向かう。
そして凶器となるナイフを入手する。 』
ここまではこれまでの推理と大差ない。
問題はここからだ。
『 アスリートはナイフを手に入れるとその目を階段――ではなく、キッチンに備え付けられた窓に向けられる。
そして運動前のウォーミングアップでもするかのように肩をぐるぐる回す。
「うしっ」と気合を入れると、アスリートはその柔らかい体を活かし、自らの体をその小さな窓にねじ込んだ。
アスリートはこうした館の外に出た。 』
「館の外に出たって……」
エドグランとガスティは困惑の表情を浮かべている。
俺は――アスディルが何を言おうとしているのか分かった気がする。
『 アスリートは館の外周をぐるっと回るように移動し、とある場所で止まる。
そこはヴィクティムが休む3階の部屋の真下。
アスリートは、命綱もなしに、壁をよじ登り始めた。 』
「殺害現場の窓は開いていた。
メイド以外にあの扉を出入りできないのならば、扉以外の所から入ったと考えた」
『 突如窓から入ってきたアスリートにヴィクティムは驚愕の表情を向け、固まる。
その隙をついて、アスリートは持っていたナイフをその胸につきたてる。 』
「私が聞くべきかと思いますのでお尋ねしますが、殺害動機は何ですの?」
「……そうだな。
アスリートは体操の選手だ。
ならば当然スポンサーというものも付くのだろう。
会社社長でもあったヴィクティムはそのスポンサーを断った、というのはどうだ?」
「いえ、『どうだ?』と言われましても……」
アスディルの言葉が真実であるという証拠はどこにもない。
だが、彼の言葉が嘘であるとする証拠もどこにもない。
エドグランもガスティも、ただの創作かもしれないアスディルの推理を否定できない。
「まだ問題はあります。
返り血はどうするんです?」
エドグランやガスティが推理で披露した工夫をアスリートがする余地はなかったように思える。
このままではアスリートは血がべったりと付いたまま食堂へ戻ることになる。
……ここから何か反論ができるのか?
これまで発言を最小限に抑えてきたアスディル。
受験者の中で最も謎が深く、ダークホースのような立ち位置にいる。
もしかしたら、俺にも想像がつかないような方法でこの問題を解決できるのかもしれない。
「………………」
「アスディルさん? あの、返り血の件についてはどうするんですか?」
「………………知るか」
「えぇ……」
考えてないのかよ。
再現された世界の中でアスリートはヴィクティムの死体の前に立っているが、その姿にひびが入る。
「これは蛇足かもしれませんが、事件のあった次の日、館の外の地面がぬかるんでいました。
このことから、事件当時には雨が降っていたのだと思われます。
アスリートが館の外から直接犯行現場に侵入することができたとしても、食堂に戻ってくることには全身ずぶぬれになっていたんじゃないですか?
そんなことがあれば、流石に他の客に怪しまれると思います」
「……そうか」
アスディルはあっさりとこれ以上の反論を諦め、椅子に戻る。
世界は砕け、またあの真っ白な空間に戻る。
「これで4人目の探偵の推理も破却。
これで1周したわね。
ここからは自由に推理を披露してもらって構わないわ」
エドグランとガスティはすぐさま次の推理を披露し始める。
初めから複数の回答を準備してきたのだろう。
「犯人は客人ではなく、外部犯っていうのはどうだ?」
「ここはボートがなければたどり着くこともできない絶海の孤島なんですよ?
どこから外部犯が紛れ込むというのですか」
「ミストレスとメイドの共犯であれば、犯行は可能なのではないですか?
メイドがミストレスに鍵を渡し、ミストレスが実行すればよいのです」
「ミストレスの方に犯行動機がないとは言えねーにしても、出会って数日のメイドがミストレスの犯罪に協力する理由がねーだろ」
「――――」
「――――」
だがその推理もすぐに反論される。
世界が形作られ、また砕けるのを何度も繰り返す。
そのたびに再現される世界でヴィクティムは殺され続けるのだが、世界が砕けるたびにすべては始まりに戻される。
「……」
アスディルは深く椅子に腰かけて目を閉じていた。
新たな推理を考えているのか、眠っているのか俺には分からない。
――カムルナギアは知る由もないが、アスディルは闇王の護衛のためにこの試験に参加しているのであって、試験の結果に関心はない。
一応受験者としての体裁を整えるために一度は推理と披露したが、それが破却された今、新たな推理を考えるつもりはないのであった。
「……」
俺もすぐに推理を披露することはなかった。
その代わりとは言っては何だが、捜査の際に集めたメモを円卓に並べ始める。
唯一明確なアリバイのない女主人。
唯一密室を突破できる女従者。
唯一明確な動機を持つ老社長。
唯一被害者を殺す実力を持つ運動選手。
彼らの間で共犯関係を形成する時間はなかった。
だから犯人は一人のはずだ。
しかし誰もが怪しい部分があるのに、単独での遂行は既に否定された。
後はドクターがいるが……。
彼は今回の犯人から最も遠い場所にいる。
彼にはアリバイがあり、密室を突破することもできず、動機もなく、ヴィクティムを殺す実力もない。
「カムルナギア君、貴方はもう推理を披露しないの?」
闇王は告げる。
ニヤニヤと、性格の悪さを隠すこともなく実に楽しげに告げる。
「それでは、試練に合格したとは認めてあげられないわねえ?」
「……」
返す言葉もない。
今もエドグランとガスティの間で繰り広げられている推理の応酬に俺は付いていくことすらできていない。
考えろ。
どうすればこの事件を解決できる?
どうすれば反論の余地のない推理を展開できる?
そんな時、思い出すのはかつての思い出。
とある勇敢な女戦士が示した乱暴な解決。
それをもとに、ある一つの推理を構築する。
そうして出来上がった結論は、あまりにも酷いものだった。
「……いや、駄目だろこれ」
思わず言葉が漏れる。
そんな言葉を聞き逃さないのが闇王クロアネロン。
俺の推理が酷いものと知った上で、俺に開示を迫る。
「あら、どんな推理ができたのかしら。
是非とも聞かせてほしいわねえ。
エドグラン、ガスティ。カムルナギア君が新しい推理を披露するみたいよ?」
2人は向き合っていた顔をこちらにグルン!と音を立てる勢いで向ける。
その目は俺の推理を叩き潰そうとする意思に満ちている。
「……分かりましたよ。どうなっても知りませんからね?」
そして、再び1人目の探偵が立ち上がる。




