第7話 魔術とは
森から出て街へ行く道中。
俺と彼女は2人並んで道を歩いていた。
道と言っても丁寧に舗装されたものではない。
せいぜい草がかき分けられて地面が露出しているというだけだ。
あの森に人が来ることはあったようだが、そう頻繁にあったものでもないらしい。
見るからに異様な光景が広がる森だった。
長居したくもないし、近づきたくないという気持ちもよく分かる。
そんな森に長い時間いた俺はかなり精神力が強いのではないだろうか?
自分で自分をほめてあげたい。
……だがそんな精神力の強いはずの俺が今直面している問題がある。
「あのー……」
「……」
2人並んで道を歩いている。
彼女は俺の前をずんずん進んでいく。
森を出て以来、手は繋がれたままである。
すなわち、俺は彼女に手を引かれる形で道を歩いている。
人の目がないとはいえ、かなり恥ずかしい。
この年になって人に手を引かれて歩くことになるとは……。
そんなに街に早く行きたいのだろうか。
彼女は早足で進んでいく。
「もう、手は離してもいいんじゃないですかね……?」
「…………わかった」
渋々といった感じで手を離される。
羞恥心から解放される。
「あと休憩したい」
「むう」
彼女のペースについていくのにかなり体力を使った。
後方担当は体力がないのだ。
それにどのみち今のままでは街に入ることはできない。
彼女の時間を操る能力を制御できるようにしなければ、街に入った後大混乱が起きる。
そんなわけで道端に放置されている大きな石に腰を落ち着ける。
「というわけで、魔術の勉強をしよう」
「おー」
いい機会なので魔術について彼女に教えることにした。
適当な小石を使って地面に文字を書きながら説明する。
「まず、魔術とは『魔法陣』に『魔力』を通して起こす現象のことだ」
「うん」
「まず『魔法陣』の説明からだな。
魔法陣は基本的には頭でイメージして形成する」
魔術を使うにあたって魔法陣は必須。
そういうと彼女は首を傾げた。
「? あのもりに、まほうじんはなかった」
「魔法陣を通して起こす現象が魔術、魔法陣なしで魔力の放出によって起きる現象はただの暴走だ。
あの森の現象はぼ・う・そ・う」
「むう」
気に食わなさそうに口を尖らせる。
単なる魔術学上の定義ではあるが、あの森で起きていたことは魔術ではない。
「魔法陣には、魔術の効果を安定させる効果と、各々が持つ魔力の属性を使いたい魔術の属性に変換する効果がある」
「ぞくせい?」
「先にそっちから説明するか」
魔力には属性があり、人によって異なる。
基本属性と呼ばれる「火」「水」「風」「光」「土」とそれ以外の特殊属性に分けられる。
このどれにも属さない浮遊術式や暴走術式などのための「無」属性はあるが、ここでは説明を省いてもいいだろう。
「俺の属性は『召喚』。
君の属性は『時』だろう」
「どっちもとくしゅぞくせい」
「そういうことだ」
中には複数の属性を持つ者がいる。
こうした者は魔術師として優秀と評価される。
ちなみに特殊属性だからと言って強いとは限らない。
むしろ前例が少なすぎて研究が進まないため、まともに使える者の方が少ない。
さらに異なる属性の魔術を習得することは難しい。
こうしたことが特殊属性の魔術師の待遇をより不遇なものにしている。
「自分の属性に合う魔術は魔法陣がなくても使うことができるが、効果は安定しない。
だから自分の属性の魔術であっても魔法陣は使う」
「なるほど」
「それに加えて自分の属性に合った魔術であれば魔法陣の形成までの時間が大きく短くなる」
俺は右手の掌を上に向ける。
「『召喚陣』」
右手に召喚のための魔法陣が現れる。
ここに魔力を通せば召喚魔術は成立する。
「こんな感じですぐに魔法陣は形成できる。
逆に属性に合わない魔術の場合……」
俺は指先を彼女の方ではない適当な方向に向ける。
そして初級火魔術の詠唱を開始する。
「~~~」
1秒、2秒、3秒……
「~~~~~~」
4秒、5秒、6秒……
「~~~~~~~~~」
7秒、8秒、9秒、10秒。
ようやく指先に魔法陣が形成される。
そして、指先から魔力を放出すると、その魔力は小さな火の玉となって前方に発射。
火の玉はゆっくりと5mほど飛んで消えた。
「こんな感じだ」
「ながい。しょぼい」
「属性が合わない、というのはこういうことだ」
「あのくちにだしていってたのは?」
「あれは詠唱だ」
詠唱は魔法陣の形成を補助する。
魔方陣の形成までの時間を短縮するために用いられる。
「えいしょうがないとどうなる?」
「魔法陣の形成までにさらに長い時間がかかる。
俺であればさっきと同じことやろうとしたら1分はかかる」
「……つかえないね?」
「やかましい。
後方担当だった俺には必要なかったんだ」
とりあえず魔法陣の説明はこんな感じ。
彼女は地面に書かれた説明を読んでふんふんと頷いている。
学習能力は高そうだったからすぐに覚えるだろう。
「次に魔力の説明だな」
「まりょくにはぞくせいがある」
「ああ、その通りだ。
魔力の説明で重要なのは、属性と魔力総量だ。
属性はさっき説明したから、次は魔力総量だな」
魔力総量とは文字通りその者が体内に有する魔力の総量だ。
「魔力は魔術行使のために消費されるが、その消費量も属性に合った魔術かそうでないかで変わる」
「あわないと、しょうひりょうがおおい」
火属性の魔術師であれば1の魔力量で使える魔術であっても俺であれば10の魔力量を使わなければ使えない。
「その通り」
「えへへ」
正解したので頭を撫でる。
彼女はうれしそうに目を細める。小動物の様だ。
「そして体内の魔力を制御できずに体外に放出された結果起きる現象がさっき言った暴走だ」
「む」
「暴走現象は体外に出てしまった魔力の属性と量によってその内容と規模が大きく変わる」
個人が持つ魔力総量には限界があり、その魔力の放出によって起きる暴走現象にも限界はあるが……
「あれだけの規模の暴走を起こせたのなら、君の魔力総量はかなり多いんだろう」
「えっへん」
「褒めてないよ?
そのせいで俺たちはあんな被害に巻き込まれてたんだからね?」
ちょっとイラっとしたのでデコピンを食らわせておく。
「うー」と額を抑えこちらを恨めしそうに見てくる。
魔力総量が多ければそれだけ暴走した時に甚大な被害が発生する。
普通は暴走が起きてもあそこまでの現象は起こらない。
「きみのまりょくそうりょうは?」
「平均よりかなり低いと言われている。
属性にあった召喚魔術でさえ、3回使えば魔力が枯渇する」
「まりょくがこかつすると?」
「ぶっ倒れる。
魔力が完全に回復するまで気絶することになるから、魔力残量には気を配るように」
「はーい」
召喚士として働かされていたころは毎日のように気絶していた。
回復後も吐き気とめまいと悪寒に苦しむことになるため、何回やっても慣れるものではなかった。
「そして最後に『術式名』だな」
術式名は魔術に付けられた名前のことだ。
決められた魔法陣を迅速に形成するための記号として使われる。
これは自分の属性に合った魔術でしか使えない裏技のようなものだ。
「基本五大属性であればその属性の魔術師も多いからな。
規格化された『術式名』は一定の効果を期待できるから真っ先に覚えることになるらしい」
特殊属性の俺には関係のない話だった。
「逆に特殊属性の場合は人ごとに術式名は変わる」
「さっきの『しょうかんじん』もそう?」
「そうだな。
あれが俺の召喚術の術式名だ」
個性が現れるものでもある。
俺の場合、俺に召喚術の才能があると判断した者に勝手につけられた。
別に気にならなかったため今でも使っている。
「ここまでで何か質問は?」
「どうすれば、じょうたつする?」
「まずは、魔力の制御だな」
最初の訓練として行われるのは、自分の体内から一定量の魔力を放出することに慣れること。
「魔法陣は必要ない。
とりあえず体内の魔力を操作して無駄なく魔力を放出するんだ」
俺はそこらの草むらに指先を向ける。
指す方向に魔力を放出すると空間が小さく歪み始める。
このまま放置すると何が召喚されるか分からないため、すぐに放出をやめる。
単一の効果が生じるように魔力を制御し、一定量の魔力を均一に放出する。
これができることが魔術師としての第一歩だ。
「放出と、それをやめること。
それができないうちは次のステップには進ませないし、街にも入れないからな」
「むう」
彼女は早く街に行きたそうにしていた。
こう言えば進んで制御を覚えようとするだろう。
彼女は同じように指先を草むらに向ける。
指を向けられた草は一瞬にして枯れ、そしてまた青々とした草に戻るといったことを繰り返した。
「今のを見ただけでも成長させるのと、巻き戻らせるの2つの効果が発生している。
君の属性からすればどちらか1つだけの効果に絞れるはずだ。
どちらかの効果だけが発生するように制御してみるんだ」
「むむむ……」
彼女は集中する。
草の成長と巻き戻りの速度が増す。
制御できるようになるまで時間はかかりそうだ。
「できるようになったら教えてくれ。
さっきの実演で消費した魔力を回復させるために寝てるから」
「むー!」
「怒らない」
……。
…………。
結局、一眠りしてから目を覚ますまで彼女は制御することができなかったようだ。
「……下手か?」
「むー!」
「あっ、こら、石を投げるな!」
「おしえかた、へた!」
「人のせいにしない!」
その日の夜、彼女はすねた。ふて寝した。
口もきいてくれなかった。
野生動物を狩って焼肉にしてふるまったら一瞬して機嫌が直った。
ちょろい。




