第60話 黒望館殺人事件①
「きゃああああああ!」
早朝から甲高い女性の悲鳴が響く。
俺はその声でベッドから飛び起きる。
今の声は……『メイド』さんの声か。なんだ、また皿でも割ったのか?
……いや違うな。今の声は上の階から聞こえた。キッチンがあるのはこの館の1階。上の階から悲鳴が聞こえてくるのはおかしい。
何か尋常でないことが起きたのか?
気になってしまった以上職業柄確かめないわけにはいかない。
俺は客室を飛び出して、声の聞こえた方へ向かう。
階段を上がり、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を見渡せば、メイドさんが廊下にへたり込んでいた。
メイドさんの表情は凍り付き、わなわなと震える指先は大きく開かれた扉の中を指していた。
あの部屋は……『あの人』の部屋だった気がする。
「どうかしましたか?」
「あ、あわ、あわわわ……」
メイドさんは混乱の余り上手く言葉をしゃべることができないようだ。
埒が明かなさそうなので、指の指す先を見る。
俺が使わせてもらっている客室と同じ構造。
その部屋の真ん中で、『ヴィクティム』さんが胸からナイフを生やして仰向けになって倒れていた。
「ヴィクティムさんっ!」
急いでヴィクティムさんの体に駆け寄り、首筋に手を当て、脈の有無を確認する。
だがその反応はない。
……だめだ。既に、この人は……。
「何があったぁ!?」
先ほどのメイドさんの悲鳴が聞こえたのだろう。
俺とメイドさん以外のこの『黒望館』の滞在者が全員集まってきた。
今の大きな声は『アスリート』さんのものか。
「なっ……!」
「……!」
部屋の中の様子を見て、皆絶句する。
無理もない。昨日まで元気だった人が見るも無残な姿となっているのだから。
「ヴィクティムさんは……」
「……残念ですが、もうお亡くなりになっています」
「……そんな」
黒望館の主『ミストレス』の言葉に無念を込めて答えを返す。
重苦しい空気が漂う。
突如目の前で起きた人死にという現実に認識が追い付かない。
だが。だがしかし、だ。
今この状況を何とかしなければならないのは他でもないこの俺だろう。
何故なら、俺は『探偵』なのだから。
『探偵』である俺はまず何をすべきか。
……。
「ミストレス。事件が発生した以上、ここから先は探偵である俺が仕切りますがよろしいですね?」
「え、ええ……」
よし。まずはこの館の主から捜査権をゲット。
「『ドクター』、ヴィクティムさんの検死をお願いできますか?」
「う、うむ。……何を調べればよいのかな?」
「まずは死亡時刻と死因の特定を」
「……分かった。検死などやったことはないが、できる限り調べて見せよう」
「お願いします」
次は何をすべきか。
まずは現場の保存だな。後はメイドさんに発見時のことを詳細に聞かなければ。
「皆さん、とりあえず食堂へ移動してください。
そこで皆さんに事情聴取をしたいと思います。
俺は自分の部屋に戻ってメモを取ってくるので先に行ってください」
「……分かった。任せたぜ、『探偵』」
「任されました。安心してください。
この事件は、必ず俺が解決して見せます」
検死のためにドクターを部屋に残し、皆は食堂に移動する。
俺は自室に帰る。メモは探偵に必須。ありとあらゆる情報を迅速かつ丁寧に拾わなければ。
うん? 何だこれ……。
自室に帰った俺はベッドのすぐ横に置かれた小さな砂時計を見つけた。
おかしな砂時計だった。俺が見つけて初めて砂が落ち始め……
その瞬間、俺――カムルナギアは全てを思い出す。
ここが夢の中ということ。今まさに闇王の試練を受けていること。
そしてこれが、闇王からの出題ということを。
「……!?」
今の今まで俺は何を言っていた?
『探偵』? 何だそれは。『黒望館』? 聞いたこともない。
だが俺は覚えている。知らないのに覚えている。
俺は昨日『メイド』の給仕を受けて『ドクター』『アスリート』『プレジデント』の3人と夜遅くまで飲み明かしていた。
明らかに現実と矛盾していると分かっているのに明確な記憶が存在する。
……これが闇王が見せる夢ということか?
夢に堕とされた者は闇王が決めた『設定』に縛られる。
今の俺はこの黒望館の主――ミストレスに招かれた5人の客人のうちの1人。
全世界で活躍する『探偵』だ。
夢だということに気付き、現状を認識したならまずは心を落ち着ける。
恐らく闇王からの出題とはこの殺人事件を解決すること。
そしてこの砂時計の砂が落ちきるまでが俺が夢にとどまっていられる制限時間というわけだ。
「ぼんやりしている暇はない。急いで情報を集めよう」
メモを掴んで食堂へ早足で向かう。
恐らくこの試験ではいかに効率よく情報を集めるかも問われている。
時間を無駄にすることはできない。
食堂へ向かうとドクターを除く4人全員はおとなしく俺を待っていた。
この黒望館はミストレスが所有する孤島にぽつんと存在するらしい。
その孤島が地図上のどこに存在するのかは、ここに来るまでの道のりがメイドの手によって目隠しされていたことから定かではない。
ミストレス曰く「つまらない俗世との関わりと断ちたい」とのことらしいが、金持ちの考えることはよく分からん。
「早速事情聴取を始められますか?」
そう尋ねるのはこの黒望館の主――ミストレス。
若くして事業に成功して一財産を築いた後、事業は親戚に任せ、自身はこの孤島で静かに暮らしている。島の外から様々な経歴を持つ人を招いてはその話を聞くことを趣味とする酔狂な趣味を持った妙齢の女性だ。
「いえ、それはドクターが戻ってからにしましょう。
まずは今まで何があったのか振り返ってみましょう。
何か事実と違う点がありましたら指摘をお願いします」
そういうと皆は素直にうなずく。
俺にとっては経験していないはずの事実なのだが、はっきり記憶に残っているというのが気持ち悪い。
俺たち客人5人がメイドに連れられこの館に到着したのは昨日の夕方17時。
到着してすぐ屋敷内部の案内を受け、その後ウェルカムパーティが開催された。
21時にミストレスが先に休むと言って部屋に戻り、22時にヴィクティムがも同じようなことを言ってあてがわれた客室に帰っていった。
その後残されたメイド、ドクター、アスリート、俺、プレジデントの5人で夜遅くまで飲み明かした。
各々がいつ頃部屋に戻ったのかは覚えていない。
「あんたは23時には酔い潰れて先に部屋に帰ったぜ、探偵。
俺たち4人は日付が変わってからも食堂で飲んでたはずだ」
そう言うのは客人の一人ーー『アスリート』だ。
現役の体操選手であり、この屋敷にいるメンバーの中で最も体格が良い。性格もまさに体育会系といった感じで豪放磊落といった言葉がぴったり合う男性だ。
アスリートの言葉に異を唱えるものはいない。であれば彼の発言は真実と考えていいだろう。
「……ドクター、検死は終わったのかね?」
メモを取りながら考えていると、杖を突いた老人――『プレジデント』が食堂の入り口に目を向けながら問う。
プレジデントは大企業グループを束ねる一族の当主。
莫大な財産を所有していると言う点ではミストレスと共通しているが、彼はまだ第一線で老獪な手腕を発揮している。
そんなプレジデントが言う通り入口の方に目を向ければ、確かにドクターが戻ってきていた。
ドクター。
若くして『神の手』と呼ばれる素晴らしい技能を持つ外科医。これまで何度も困難と言われた手術を成功させ、今後の医療界を牽引していくと噂されている。
「はい。終わりました」
少し顔色が悪い。検死などしたこともないのだろう。
必要なことだったとはいえ、少し悪いことをした気分になる。
数多くある椅子の中でも最も柔らかそうな椅子に誘導し、仕事をねぎらう。
「では、ドクターもいらっしゃったことですし、事情聴取を始めます」




