第59話 驚天動地の初日
朝。
目を覚ますとすぐ目の前に夢の結晶があった。
言葉だけ見ればロマンチストのようだが、闇王の魔術の結果と分かり切っているので感動も何もない。
結晶は薄い青色をした正八面体。
濁りのない透き通ったガラスのようで、宝石店に並んでいてもおかしくないと思う。
見た夢は起きてすぐの今なら少し覚えている。
在りし日の思い出。当時は食堂での何でもない出来事だったが、今ではかけがえのない思い出だ。
「これを複製すれば何度でも同じ夢が見られるのか……」
良い夢だった。
覚めなければ良いと思うくらいに。
「……」
だがそれは甘えだ。彼らを思い出にしてはならない。
夢の結晶を砕かずに固く握りしめる。
夢ではなく、いつかの未来とすること再び誓って。
決意と共に気合いを入れる。
今日は闇王の試練の1日目。
集合時間はまだ先だが、早めに準備しておいて困ることはないだろう。
「まずはソルアを起こすか……」
ソルアも愛用の槍を取り戻すために闇王と相対しなければならない。
すぐ隣の部屋に向かい、部屋の扉をノックする。
……でも朝早く起こすと不機嫌になるんだよなあ。
「ソルア―? 朝だぞー、起きてるかー?」
多分起きていないと思う。
自分から進んで起きてくれるのなら、俺は毎日枕を投げつけられていない。
しかしこの日は違った。
部屋の中に向けて声をかけると、中からガタッ!っという音が聞こえた。
……起きているのか? 珍しい。
「入るぞ」
「……っ!」
中に入るとソルアは驚いたようにこちらを向き、手を後ろに回した。
どこからどう見ても、何かを隠しましたとでもいうような動きだ。
今この場面で隠すようなものなど、夢の結晶くらいしかないと思うが。
「ナギア、女性の部屋に入ってくるとかデリカシーないかも」
「これまで同じ部屋で寝起きして、かつ俺に起こされておきながら何を今更」
「むう……。とにかく用意するから外で待ってて」
どういうわけかソルアは俺をこの部屋から追い出したいようだ。
今まで何度も同じ部屋で着替えてきたというのに……。
いや、違うな? 今までがおかしかったのか。
一人部屋になって、ソルアも羞恥心というものを覚えたのか。
……そういう事なら仕方ない。あるべき姿に戻ったということを喜ぶべきだろう。
俺は優しい笑顔を浮かべ、ソルアに背を向ける。
「うんうん、そうだな。じゃあ先に下に降りて待ってるから、準備できたら降りてきてくれ。
できるだけ早く出発したいから準備も手早く済ませてくれると助かる」
そう言ってさっさと部屋から出る。
……これが成長か。ふっ、良いものじゃないか。
ナギアが部屋から出て行って扉が閉まったのを見て、ソルアはホッと安堵の息をつく。
何やら勝手に納得して出て行ったが、目的は達成できたので良しとする。
後ろ手に隠した夢の結晶を恐る恐る目の前に掲げる。
どす黒い濁り切った気持ちの悪い形をした結晶。
ナギアの様子を見る限り、ナギアの夢の結晶はこんな形ではなかったのだろう。
どんな夢を見たのかもう思い出せない。
それでも、この結晶からして良い夢だったとは誰も思わないだろう。
夢には自分が知らないものは現れない。
だがどうしてこんな結晶が出来上がったのか、全く心当たりがない。
心当たりがないということは、自分も知らない過去が関係しているのだろうか。
「……違うもん」
思わず漏れた言葉の意味すら自分でも分からない。
この結晶は自分とは何かという問いのヒントになるのかもしれない。
だが結晶の在り方を見て、自分の過去を知ることが少し怖くなった。
ソルアは、この結晶を持ち歩いているカバンの奥深くにしまうことにした。
「……お待たせ」
下に降りてから数分。
ソルアは準備を済ませて降りてきた。
表情はいつもより少し暗い。昨日の夜、嫌な夢でも見たのだろうか。
……いきなり一人で寝起きするようになって、愛用の槍も奪われたのなら、精神的に少し不安定になるのも仕方ない、か。
「朝食を食べたらすぐに出る。……大丈夫か?」
「大丈夫」
あまり大丈夫そうではないが、置いていくこともできない。
今日一日はソルアの様子を注視することにしよう。
倒れるようなことはないと思うが、意識しておく分にはタダだしな。
指定された集合場所は公民館的な建物だった。
申請すれば誰でも使用を許可してもらえるような会議室を抱える建物。
国家試験と言えばこういう場所で行われるものなのだろうか。受けたことがないからよく分からないが。
「おはようございまーす。試験を受けに来られた方ですかー? それとも付き添いの方ー?」
入り口付近に立っていたのは糸目の柔和そうな男性。
この王国の住人にしては感情が表に出ている。
……いや、感情が表に出ないのがデフォっていうのがおかしいからな?
「試験を受けに来ました。……これを見せればいいんですかね」
そう言って『継承の儀』のために使われている腕輪を見せる。
闇王から話が伝わっているのなら、これを見せれば理解してもらえるはずだ。
「あ、はいはい。カムルナギアさんですね。
で、そちらは陛下に槍を取られたソルアリシアさんと。
こちらの入り口から入ってください。中に入ったらメイドが案内してくれますんで」
「ありがとうございます」
「……」
入口の男性の言う通り、中ではメイド姿の女性がキビキビと働いていた。
「メイドさん」と声をかけて案内を頼むと何故か睨まれたが、受験者の待機部屋まで案内してくれた。
「こちらでお待ちください。時間になりましたらお迎えに上がります」
「ありがとうございます」
「……いえ」
何で少し機嫌が悪いんだ? 何か気に障るようなことを言っただろうか。
……気にしても仕方ないか。気を取り直して待機部屋と言われた部屋に入る。
部屋に入ると既に中にいた3人の視線を浴びる。
この人たちが今回の受験者なのだろう。
「……子供を連れてくるなんて、随分と余裕なんだな。ん?」
そう言って3人の中で最も鋭い視線を向けるのはツンツン頭の男性。
その態度からして明らかに有効的ではない。
……それにしても、また子供扱いされてるよ。
「いいよなあ。王様候補ってのはそれだけで特別扱いしてもらえるんだから」
「……」
今回の受験者から見れば確かに俺は特別扱いを受けている。
試験が間もなく近いというストレスがあることも考えれば、文句を言いたくなる気持ちもわかる。
嫌味を言う男性に対して女性は諫めるような視線を送ってはいても直接止めるまではしない。
もう1人の男性に至っては最早興味がないのか、読んでいた本に目を落として動かない。
この程度の嫌味、俺にとっては元の世界では毎日のように聞かされていた。今更別に同ということもない。
だが、ソルアはそうではなかったようだ。
正直そんな気はしてた。
ソルアはツンツン頭の男性の方へズカズカと歩を進め、真正面に仁王立ちした。
「な、なんだよ……」
ツンツン頭はその気迫に少し押し負けている。
座っているツンツン頭の目線の高さよりもその目の前に立つソルアの目線の方が流石に高い。
ツンツン頭の戦闘能力が如何ほどか知らないが、あの様子だと戦闘向けではないようだ。
「子供じゃない」
「…………は?」
「子供じゃない。私は成人してる」
「…………」
「フンッ」
言いたいことを言って気が済んだのか、ソルアは俺の傍まで戻ってくる。
そのまま俺の手を持ち上げて、自分の頭に乗せる。撫でろということらしい。
……そういうところだと思うぞ?
そのまま試験時間まで何もないかと思っていたら、女性がしずしずと近づいてきた。
その目線はソルアの方に向けられている。どうやら用があるのは俺ではなくソルアの方のようだ。
見るからに機嫌が悪そうなソルアに声をかけようとするとはなかなか勇気がある。
「あの……」
「……なに?」
「わたくし、ガスティと申します。今回の官僚登用試験の受験者です。
えっと……。貴女は、本当に成人されているんですの?」
「嘘だと思ってるの?」
ソルアの声は冷たい。
その声に女性――ガスティは怯えるかと思ったが、実際の反応は俺の予想を裏切るものだった。
ガスティはソルアの手を両手でガシッと掴む。
「いいえ、もしそうなら大変素晴らしいことです!
わたくし、もっと女性の社会進出を推し進めるべきと考えていますの。
この国は陛下こそ女性ですが、それ以外の官僚となるとほとんど男性ですもの。
今後この国には女性目線の政策も必要となりますわ。わたくし、貴女のような強い女性が憧れですの!」
「お、おう……?」
「先ほどのエドグラン様にも屈しないその御姿、わたくし感動いたしました!
よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」
「……ソルアリシア」
「ソルアリシア様! しっかりと覚えましたわ!」
珍しくソルアが押されている。
見ていて面白いので放置しようとしていたらソルアに睨まれた。
……だが先ほどの会話からツンツン頭がエドグラン、本に没頭しているのがアスディルということが分かった。
頭の中で書類の情報と彼らの姿を合わせていく。
その作業で忙しいのでソルアを助けるのは後に回そう。
先ほどから背中をこづかれているがあえて無視する。そっちはそっちで頑張ってくれ。
思考に没頭する中、待機部屋の扉が突如開けられる。
扉の先には俺たちをここまで案内してくれたメイドが立っていた。
「お時間となりました。
試験会場にご案内いたします」
……ついに時間か。
俺たち5人はメイドの後についていく。
試験会場は1つ階を上がった場所。
1列に並んで階段を上がり、部屋の前に到着する。
「こちらが試験会場となります。どうぞお入りください」
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
扉に最も近い場所に立っていたエドグランがゆっくりと扉を開ける。
扉の先には闇王。
右手をこちらに向け、既にその手には魔法陣が出来上がっている。
「「「「「は?」」」」」
俺たち全員の声が一致した。
「『夢堕とし』」
突如襲われた眠気に抗えず、俺たちは眠りに就いた。
こんなの聞いてない。




