第57話 最凶最悪の王様
とりあえず荷物を抱えたまま歩き回るのは疲れるのでエクサさんおすすめの宿屋へ。
「いらっしゃい」
「3部屋空いてますか?」
これまではお財布事情からソルアと俺は同室だったが余裕のできた今なら別室になっても良いのではないだろうか。明日の別行動は既に宣言されてしまったし、ここでの生活パターンも違ってくるに違いない。
「空いてるよ」
「じゃあ、とりあえず10日分」
「はいよ、これ、鍵ね」
宿屋の店主との会話はスムーズに進む。
これはこれで嫌いではないが、火王国ではおすすめの観光場所を暑苦しく紹介してきたのに慣れてしまっていたため、若干の物足りなさを感じる。
ソルアだけでなく、俺もあの国に毒されているみたいだ。……風王国に比べて滞在期間長かったしな。
この時点でエクサとは別行動となる。
荷物を整理したらすぐにでも商売の準備を始めたいとのこと。
受け取った鍵を使ってお世話になる部屋に入る。
ベッドと箪笥が備え置かれた普通の部屋。白と黒を基調とした洗練されたデザインは俺好みだ。
適当に荷物を置いてソルアの様子を見に行くと、ベッドに突っ伏していた。
「……やっぱりダメそうか?」
「むううう。これ闇王の魔術じゃないのー?」
「無いとは言い切れないのが恐ろしいな……」
どうやら『継承の儀』のルールとして当事者である俺に対する妨害はできないらしいが、ソルアはそのルールの適用外。俺に対してなぜか友好的ではない闇王がソルアを狙ってきたとしても……
「失礼ね。ええ、本当に失礼だわ。
このまま不敬罪でひっとらえてやろうかしら」
「「!?」」
気づいたら俺のすぐ後ろに一人の女性が立っていた。
俺より頭一つ分高い身長。床まで伸びた真っ黒な髪に死んだ魚のような真っ黒な瞳。
ゆったりとした服を何枚も重ねて着て、右手に煙管を携え、不思議な雰囲気を纏っている。
おかしい。こんなに目立つ人がここまで接近するまで近づくことができないなんて。
女性は目線だけを動かして俺の方を見る。深い隈が刻まれたぎょろりとした目で見られるとそれだけで一歩距離をとりたくなる。
「ただの属性不適合まで私のせいにされてはたまらないわ。
本当に無知とは恐ろしいものね。そうやって今までいくつの冤罪を作り上げてきたのかしら」
「貴女は……」
「人に名前を尋ねるならまず自分から名乗るべきじゃないかしら。
ああ、でも名乗らなくて結構よ。貴方のことは知ってるもの。ねえ、カムルナギア君?」
女性は最早俺の方を見ることなくソルアの部屋にずかずかと入っていく。
そして徐にベッドから体を起こしたソルアの顔面をガシィッ!と掴む。
「何を!?」
「『黒式・吸収阻害』」
「……っ!」
ソルアの顔面を掴んだ女性の右手に魔法陣が現れる。
この女性の正体はおおよそ予想がついているが、このまま黙って見ているわけにはいかない!
「やめ……!」
「『黒式・行動阻害』」
「……!」
こちらを見ないままに向けられた左手に浮かんだ魔法陣の効果なのか、全身に重りがつけられたように動かなくなる。
……魔術の並行使用!?
魔術を使うにあたって必要なのは魔法陣。だから魔法陣を2つ同時に形成できるならば理論上は魔術の並行使用も当然できる。
しかしそれは右手と左手で別の作業を同時にするようなもので、相当の訓練を積まなければできないものだ。
「はい、終わり」
そう言ってあっさりとソルアの顔から手を放す。
ソルアがそのまま後ろにドサッと倒れると同時に俺の体も元に戻る。
急いで駆け寄って様子を見れば、右手首のあたりに何か黒い文字がはいずり回っている。
女性の方を振り返れば、ベッドに腰かけて優雅に煙管をふかしていた。
「……どういうおつもりですか、闇王陛下?」
女性――闇王クロアネロンに厳しい口調で尋ねる。
何故ここに、とか他にも聞きたいことはあるが、今はソルアが第一だ。
「まあ、さすがに気づくわよねえ。これで気付かなかったらどうしようかと思ったわ」
「質問に答えてください」
「別にどうもしてないわ。ただ魔力回復を遅らせただけよ」
手の平をひらひらと振りながら気だるげに答える。
腰かけているのも面倒臭くなってきたのか、そのまま後ろに倒れてくつろぎ始める。
「ベッド、固いわね……」と自由気ままだ。
一体何を考えているのか全く分からない。
「……ううん」
「ソルア! 大丈夫か!?」
「うん、大丈夫。むしろ、胸のむかむかが無くなった……?」
確かに先ほどより明らかに顔色が良い。
説明を求めるように闇王の方を向くと、闇王はうんざりとした表情を浮かべてこちらを見ていた。
「魔力の回復方法は大気からの魔力の吸収。
大気の魔力にも土地ごとに属性がある。
吸収した属性と適合しない場合は酔いに似た症状が現れる。
……これ以上の説明、必要?」
「……簡潔にどうも」
つまり、闇王はソルアの症状を改善してくれたらしい。
ここだけ見ればいい人なのだろうが、そこまでの過程が雑すぎる。
……いや、それ以前になんでこの人は俺たちがここにいることを知ってるんだ?
「短気な上に愚鈍なのね。
貴方がこの国に入ってから、誰からも監視を受けていないとでも思っているのかしら」
俺の考えを読んでいるのか?
さっきから先手を取り続ける闇王にやり辛さしか感じない。
せめて話の流れをこちらに引き戻したいのだが。
「……御用件は」
「試練の話よ。貴方のためにわざわざ試練を考えるのも面倒だから、今やってる官僚登用試験に混ざってもらうことにしたわ」
「……」
「あら。何かしらその表情は。まさか貴方のためにこの私がわざわざ試練を考えてあげるとでも思ったのかしら?
嫌ねえ。物語の主人公にでもなったつもりなのかしら。自分が新たな土地を訪れれば、都合よく事件が起きて、都合よく自分にそれを解決する力があって、都合よく皆から感謝されるとでも思った?」
話すのも面倒臭そうな態度をとっているのに、口だけは俺を責めるために回り続ける。
いい加減分かってきたがこの人は本当に俺のことが嫌いらしい。
「具体的な試練の内容はここに書いてあるから読んでおきなさい。
じゃ、私は帰るわ」
言いたいことを言いたいだけ言って闇王は立ち上がり、部屋から立ち去ろうとする。
ゴミを捨てるように床に投げられた紙の束が試験内容が書かれたものなのだろう。
嵐のような、いや、悪夢のような人だ。
だが闇王のターンはまだ終わらない。
「あ、これ貰っていくわね」
そう言って掴んだのはソルアが風王国でゼルオスから貰った槍。
長いこと使ってきてソルアの持ち物の中で最も愛着が強い物となっている。
「な、なんで!?」
ベッドに倒れてボーっとしていたソルアが跳ね起きる。
気持ちは分かる。俺もナイフをいきなり没収されそうになったら同じ反応をする。
「なんでって……。それは貴女、治療代よ。
私が無料で治してあげるわけないじゃない。
闇王直々の治療なんて一生生きてて受けられるかどうかわからないものよ? だからあなたの持ち物の中で一番価値がありそうなものをもらっていくわ」
「お金ならある!」
「生憎だけど、私も王様だからお金なら捨てるほど持ってるの。
知らなかった? お金って、持ってる人からすればそれほど価値って無いのよ」
闇王は俺たちをいたぶって楽しんでいる様子はない。
この部屋に入ってから今まで、面倒臭そうな表情は一度も崩れていない。
……だからといって、俺たちの闇王に対する評価がどうなるものではないが。
「まあこんな風に理由なんて幾らでも言えるけど、本音を言ってしまえば、この国に来ておきながらこの私を避けようとしたその根性が気に入らないってところかしらね。
私、来るものはとりあえず虐めるし、去る者も追いかけて虐めるタイプなの」
「……最悪!」
「知ってるわ」
今度こそ闇王は部屋を出て行った。
俺たちは、その背中をいつまでも睨んでいた。




